僕と俺
単純なトリックとすら言えないもの。1枚カードを重ねていただけ。そもそもカードを相手に見せる必要なんて一切ない。しかし、わざわざ見せるのは4枚のものを3枚だと誤認させるためだ。依里亜の左肩がだいぶ治ってきたのを確認した上でのスペル詠唱。
「『Hang』」
何もない空間から猿のミイラのような4本の手が現れた。依里亜を掴んで『吊り上げる』つもりだ。
依里亜は唯一勝っているスピードでかわす。振り向きレイピアで手を切り刻み、【ファイア】で焼き尽くす。
そのままの勢いで、朔太とは違う方向に走り出す。できるだけ地面が壊れていないところに朔太を誘導したい。
その意図に気づいた朔太は、それはそれだ、とわかってて乗ることにした。歩いて依里亜に近づいていく。
「今度は俺のプレイヤースキルで戦ってみよう。どこまで通用するかを試したい」
というと朔太は警棒を無造作に捨て、カードを出しスペルを唱えた。手には「鞭」が握られていた。『Whip』だ。長さは5~6mはあり、レイピアとは比べるべくもない。
「朔太は、普段『僕』なのに、戦うときは『俺』なのね」
攻めあぐねた依里亜は、会話で間を取る。
「そういう細かいところに気づく依里亜は好きだよ」
と言って、朔太は鞭を地面で打ち鳴らし、時間稼ぎには乗らない、とアピールする。
依里亜が少しでも動くと、その度に鞭がしなり地面を叩く。動けない。しかし、時間が経てば朔太は恐らく次のスペルを唱えてくるだろう。そうするとさらに打つ手がなくなる。
もう、私はただのテイマーなのに、なんでこんな肉弾戦をやってるのかしら。と思った依里亜は、ある事に気づいた。すぐにしゃがんで確認をする。
「来ないなら俺からいくぞー」
朔太が近づいてくる。そして依里亜のしたことには気づいていない。
「私も大好きよ! 」
立ち上がった依里亜は、【ファイア】を撃ち、その後を追い掛けダッシュした。
朔太は、難なくファイアをかわすと、素早く鞭で依里亜の足を払う。転倒する依里亜。
「フェンシングって2mの幅で戦うから、極端な横からの攻撃には弱いんだよね」
そんなことはわかっていた。それはフェンシングで戦うなら、だ。
「これならどう? 」
起き上がった依里亜は【ファイア】を3連で撃ち、再び追いかける。1つ目のファイアを朔太が迎撃したタイミングで真横に飛ぶ。舞台から飛ぶと非破壊オブジェクトの壁を走り、朔太の後ろに回り込む。
依里亜の姿を目で追っていた朔太は釣られて振り向いてしまった。2発目は外れたが、3発目のファイアが背中に直撃した。これでやっと初ダメージ。無防備なところに当たったので、かなりのHPを削った。衝撃でノックバックする体がこちらに飛んで来たので、さらに追い打ちでレイピアで切り付ける。追加ダメージ。
できれば、もう一撃なにか欲しかった。
「お、やるなあ」
戦闘中の横柄な態度は相手をイラつかせる演技だ。普段の朔太を知ってる依里亜には通じない。
「ねえ、カードってあと何枚なの? 」
「15枚」
即答。常にカードのカウントは怠らないのは戦いに慣れているから。同じ手が通用するとはとても思えなかった。
「おいで」
暖かくも冷たい一言。依里亜のプレイヤースキルを確認するための一言。
依里亜は動いた。直線。突きを出すが、鞭の距離と速度の方が遥かに勝る。突くのと同時に来る鞭に足をやられ転倒する。
「フェンシングは突きばかりだから、右肩が前に出た時、視野の外からの攻撃に対応できない」
偉そうに分析している朔太の言葉で、朔太が勘違いしていることが今はっきりとわかった。
「フェンシング舐めんなよ」
依里亜は本気で怒っていた。そして、朔太が勘違いしている大きな大きな穴に気づいた。




