時間稼ぎと足止め
依里亜と朔太は、軽い感じで会話をしているが、心中は緊張で溢れているため語尾が震えている。武者震いか。お互いの戦いは見てわかってるだけに、全力でいかないと、と思っている。
依里亜は恐れていた。朔太のカードスキルの得体の知れなさと本人の対応力について。
朔太は不安を感じていた。依里亜の超スピードとプレイヤースキルについて。
依里亜はすでにレイピアを抜き構えている。
朔太は左手をズボンのポケットに突っ込み、片足に体重を掛けて立っている。
「ねえねえ、武器出したいんだけど開始前にカード使ってもいい? 」
「いいわよ、それくらい」
「じゃ、遠慮なく、と。【カード】……『S』か、ハズレだな。んー『Special』」
いわゆる「特殊警棒」が現れた。「Special baton」が英語名だが、言いきらなくても1単語の関連イメージだけで出現可能なのはやはり怖い。
しかし、今のやり取りで、前の試合の時から「もしかして」と思っていたことが、依里亜にはハッキリとわかった。
つまり、【カード】と言ってからカードが出るまで、そしてスペルを唱えてから何かが起こるまでに数秒のタイムラグがあることが。たった数秒であっても積み重なると大きな隙になると確信する。
「よし、んじゃレビ始めの合図よろしく~」
そう言った朔太が伸縮式の特殊警棒を振ると、それは60cm以上にまで伸びた。まだ構えは取らない。左手はポケットのままだ。
『わかりました。では、いきますよ、3、2、1、ファイト! 』
「【クイック】【バリア】【スロー】!」
「うわあ、いきなり速いのくるのかー」
朔太はやっと身構えた。左手を後ろに回し半身の構えになる。心臓をより遠くにする構えだ。
依里亜は跳ねるように大きく1歩踏み出し、レイピアを突く。朔太は警棒を使いギリギリで刃先を弾く。金属同士がぶつかる音が響く。
「5m以上あったのに一瞬かよ。」
「遊んでる暇はないわよ! 」
依里亜は、同じポジションからレイピアの突きを幾度もなく繰り出す。全ては受けきれない、とバックジャンプをする。が、逃げられる訳がない。さらに依里亜は距離を詰める。
「やべ、おお、おらっ」
朔太はかじったことのある中国拳法の練習で、棒術や三節棍なども扱ったことがあった。運動神経の良さと相まって、警棒でもなかなかうまく防御することができた。攻めることをせず防御にだけ集中すればなんとかなりそうである。レイピアの刃渡りは1m。警棒で攻めるのは分が悪い。
レイピアを大きく弾いて距離を取ると、依里亜に声をかけた。
「フェンシングどのくらいやってたんだっけー? ものすごく強いな」
依里亜は答えない。相手のペースに乗ることはない。言ってる言葉と違って態度には余裕があるのが憎たらしい。
「あ、時間稼ぎだと思ってるでしょ? 【カード】……お、『J』かあ、何にするかねえ」
カードを左手に持ちヒラヒラさせる。
依里亜は迷わず踏み出しカードを突き刺す。使用前に破損したカードはそのまま失われるようだ。カードは穴が開いたまま塵になっていく。
【カード】といってからのタイムラグは何度も確認したい。
「あらー、1枚無駄になっちゃったわー、【カード】……『E』か、Earthquake」
数秒後、局地的な地震が起こり依里亜のいる場所を中心に舞台に亀裂が走り、所々隆起が起こる。後ろに素早く飛ぶ。依里亜と朔太の間の舞台もデコボコになっている。
「依里亜の足を止めたいんよねー。速すぎるから」
確かにフェンシングでは、平らな床で直線的に動いて攻める。こうなるとなかなか足を生かした攻めは難しい。しかし、それは依里亜がフェンシングだけで戦うならばの話だ。
【クイック】で2倍になったスピードでジグザグに走り、朔太に駆け寄る。
「それでも、直線的に来るよりは遅いんだよね」
と朔太は左手に持った3枚のカードを見せ、スペルを連続で唱えた。




