クイックと決勝戦
依里亜は【クイック】スキルのことを黙っていた。レビはもちろん皆のステータスを見ることができるのでわかっていたのだが、PvPの話題が出た時、依里亜に「シー」と言われ黙ってしまっていた。レビ以外が知らなかったのは当然だ。
ただでさえ、依里亜のスピードに追いつけない以蔵が、倍の速度になった依里亜に対応出来る訳がなかった。それは翻弄されるというレベルではなく、何も出来なかったというのが正しかった。
1度膝を曲げ沈み込み、飛ばずに膝を伸ばすだけといういわゆる「1人時間差」的な動きをした依里亜は、ジャンプはしなかった。
直後【クイック】を発動し姿を消した。ブンッ、という音だけが聞こえた。至近距離まで迫っていたレーザーを避け、すぐに反転し以蔵に向けて走り出していた。
この時点で既に以蔵は全く何が起こっているのか理解できていなかった。ただ、依里亜の姿が消えたという認識しかできなかった。
依里亜は以蔵のボディを壁走りで登っていきジャンプした。速度があがっているのでジャンプの高さも飛躍的に伸びている。
以蔵の高さが10mとはいっても、開けたドアの一番下の部分までは5m程度だ。いまの依里亜なら届く距離のはず。
開ききってしまったドアに向かいジャンプした依里亜は、ドアの内側に両足で蹴りを食らわせた。
ただでさえ高さが不自然なまでに伸びており、ドアまで開いているのだから、バランスを崩すのは当たり前だった。
以蔵はよろよろとしながらも何とか体勢を立て直した、かのように見えたが、以蔵の下の床が重さに耐えきれず崩壊した。ファイアを散々撃ち込んでいたところだ。決して煙のために撃っていたのではなかったのだ。
以蔵はどうすることもできず、舞台の外に倒れる。
「お、逆転からの場外か」
朔太が歓声をあげる。
「よっしゃ! 」
依里亜がガッツポーズで勝ち名乗りを上げた。
が、そこでまた予想外のことが起こった。倒れた以蔵の上部が、観客席にぶつかり斜めになったまま止まってしまったのだ。ドアは開かれたまま前面を下にして以蔵は身動きが取れなくなった。
冷蔵庫の中は戦いの前に【アイテムボックス】に移動していたので空だ。
確かにフローリングにはどこも接していないから「場外」にはならない。だが、【巨大化】のスキルを解除したら、その途中で場外に落ちるだろう。
依里亜はいつの間にか以蔵の真下まで来ていた。誰もそれに気づかなかった。ドアが開けっ放しになっている冷蔵庫の中に向かって【ファイア】を撃ちまくり始めた音と光でやっと何をしているのかがわかった。
以蔵の大きさに伴って増えた防御力は、あくまで外側だけである。1発ごとに大きく減っていくHPは半分を切った。
『依里亜さんこーゆーとこ怖いよねー、敵に仲間がやられたらキレるのに、普通にそれ以上のことを平気でやる……内臓ファイアはやべえ』
レビは、戦いと一緒にその声が録音されてしまっていることを忘れている。
『というか、以蔵さんはもう動けなくないですか? ねえ、朔太さん! 』
「あ、お、おう! そうだな! 依里亜おわり! 勝ちだよ! 」
「えー最後までまやらせてよー」
「まじか……」
依里亜はTKOで満足したくなかった。そのまま【ファイア】を撃ち続けると、すぐに以蔵のHPゲージはなくなり、光となって砕け散った。もちろん、仮想対戦なので舞台横にすぐにリスポーンしたのだが。
「よーし!完全勝利! 」
パチパチパチという拍手が聞こえる。見回してみると観客席に野次馬的な観客が増えていた。元々、公共の体育館の出入りは無料だからだろう。
決勝戦前に休憩を挟むことにした。みんなでレビの録画を盛り上がりながら見た。
『いりあさん スピードあがるの だまってた』
「うん、ごめんねー、PvPを思いついた時何か1つ秘密があれば有利だよなーって思っちゃって」
「この最後の大ジャンプは、足から【ファイア】でも出して、もっと加速したりしてたら、より『天下一なんとか』っぽくなってたのにね。ジャンプだけに。はははは」
という朔太の声が聞こえたが、依里亜は何か不思議な力にでも操られているかのようにノーコメントを貫いた。
『内臓ファイアはやべえ』
まで録画を見て、依里亜は立ち上がった。レビは怒られるかと思って、ツンツンプニプニできないくらい体を固くしたが、どうやら次の対戦に向かうようだということがわかり、安堵のため息をついた。
「さーてと、んじゃそろそろやりますか」
「そうだな、俺も手は抜かないよ」
2人が決勝戦の舞台に上がる。
本日2話目でございます。
評価、ブクマありがとうございます。
まだ「なろう」のシステムがよくわかってないのですが、評価の平均が出てきました。星4でした。
今後もよい評価をもらえるようがんばりますー




