カードとカレー
『あ、マイカのレベルがまた上がってますね。いまLv12です』
何も言わずとも勝手にどこかに行くのはいつものことだ。今日も元気に1人暴走族だった。考え方によっては暴走族以上か。モンスターを殺戮しまくるのだから。
レビはスパイ活動に余念がない。
朔太をパーティに加えておこうと思った時に、マイカのこともやっと思い出したので、ついでに加入にした。従ってパーティ全員のステータスが見られるレビのモニターでは、マイカの様子も一目瞭然だ。
依里亜の恋人「秋月朔太」の突然の出現については、依里亜大好き自動車のマイカにはしばらく黙っておかなければやばいのでは? とも考えたが、なんてことはない、元々同棲してた時から一緒に乗っていた車だ。朔太も普通に運転することもあったくらいだ
元々2人が同棲していた部屋の家電たちだから、昔からの知り合いのようなものだ。遠慮はいらない。
朔太にとっては、テイムされた家電は、久しぶりに会った年の離れた従兄弟のようなものだ。俺は昔から知ってるぞ。オムツだって替えたことあるんだぞ、的な思いであり、年下従兄弟としては厄介なヤツであり、会いたくない人として上位にランクインしてしまう存在かもしれない。
依里亜は、朔太との再会をとても喜んていた。細かい話はあとにして、今はただその喜びを享受するだけに留めようと思った。
「今日は久しぶりに朔太に料理作れるわ。再会を記念するなら当然あの日のメニューだと思って」
「うん。ミートソースパスタだろ。ずっと食べたかったんだ、ありがとね」
朔太は笑顔である。満面の笑顔を浮かべ楽しそうに出来上がりを待ちながら【弾力化】したレビをツンツンプニプニしている。なにせ年下従兄弟だ。遠慮はいらない。しない。
(本当はカレーが食べたい。今はそういう気持ちが心を満たしている。ミートソースパスタは実は昨日食べたから、そんなに食べたいとは思ってないし。もちろんおそらく今ミートソースを食べたら確実に美味しいと感じるだろう。依里亜には感謝の気持ちも感じているし、ものすごく気が利く人だという尊敬の念も持っているし、大好きだし、僕は浮気もしないし。
でも、カレーを食べたいという気持ちとは全く別の話だ。
もちろん例のあの隕石が落ちた日に食べたメニューだから、転生して再会の記念に食べたいということは理屈としては理解できる。が、ではいま自分がそう思うかというと全くそんなことは思わない。隕石記念日ってなんだ。ああ、再会の記念か。どっちでもいい。今はカレーが食べたい。依里亜が一番好きな食べ物はミートソースだ。もちろんそれを否定する気はないけど、僕が一番好きな食べものカレーだ。
ラードを熱して、半分をみじん切りに半分を大きめに切った玉ねぎをじっくりと弱火で甘くなるまで炒め、人参もじゃがいもも小さめに。肉は牛肉。炒め終わって水を入れる時にコーンも多めにいれ、ざっくりとアク取り。水は少し多めに入れて長めの時間煮込む。早めに作り始めて、一旦冷めたくらいに再度加熱したくらいがちょうどいい。できあがりはとろみがあるくらいがいい。隠し味は入れない。そんなものはルーに最初から入っている。ルーは「コクなんとか」の中辛。これが一番好き。一番美味しいとか言わない。好きなだけ。だから異論は認める。そして温かいご飯でもいい、トースターで温めたパンでもいい。そこにたっぷりと乗せたカレーが食べたい。ただカレーが食べたい)
ということを、朔太はずっと考えていた。
朔太はカレーが食べたくなるとその気持ちが、止まらなくなる癖があった。
別にカレー専門店のものではない。家で作るカレーが至高だ。アレンジはいらない。いつも同じレシピで同じ味のカレーを食べたい。いくら食べても飽きない。1日3食カレーでいい。毎日カレーでいい。
カレーを発明した人は朔太の中ではノーベル賞だし、金メダルだ。
カレーはもはや飲み物ではなく、空気であり、血である。
妄想が広がり、舌にはまるでカレーを食べているかのような味の記憶が広がる。
お米の1粒1粒の甘みと噛みごたえと香りと絡まったカレーを大きめのスプーンで一気にかき込みたくなってくる。
アツアツサクサクのトーストに山盛りにしたカレーを乗せて、こぼしながらも齧りついた時の歯ごたえを味わいたくなってくる。
でも、今は黙ってミートソースを食べる。
だって、カレーは今ないから。
「久しぶりに依里亜の手料理を食べたよ。美味しかったよ。ごちそうさま。ありがとう」
これは別に嘘でもなんでもない。とても幸せな二人の関係だ。
朔太はマイカとは違った方向でめんどくさく、ややこしい人だと言えるかもしれない。カレーに関してだけは。
お腹がいっぱいになった朔太は、カレーのことはどうでもよくなった。シンプルだ。非常に衝動的だ。まるで子供だ。
これまでの戦闘の話や依里亜のスキルの話も面白おかしく聞いた。大変だった戦いの話を聞きながら涙したりもした。朔太は基本的に優しい。家電たちの呼び名とスキルも把握した。
朔太もスキルの説明もする。
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Lv12 職業は【カード使い】
【出てきたアルファベットカードから始まる単語を唱えるとイメージした現象が起こる】
AからZまでの26枚のカードを1日1回ずつ使える。「カード」と発声するか、念じればランダムにカードが1枚出る。
たとえば「F」のカードがでたら、「Fire」と唱えれば「火」を出すことができる。スペルさえあっていれば効果はあくまでイメージしたものなので、手から炎をだそうが、ロウソクに火をつけようが、敵を炎上させようが可能。
使い終わったカードは消えるが、0時にリセットされ全カードが再度使えるようになる。使いきれなかった分は持ち越せない。0時までに全てのカードを使い切ってもリスクはないが、なんのスキルも使えなくなる。
カードの効果はイメージなので、馴染みのない単語やイメージがうまくできないと威力が落ちたり、時には発動しないこともある。
スペルを全て正確に把握している必要はないが頭文字を勘違いしている場合は、何も起こらずにカードは消える。たとえば、「N」のカードをだして「Knife」と唱えても発動しない。「ナイフ」の頭文字は「K」だから。
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転生組はそのアバター自体が魂100%できているので、依里亜がその強い魂を活かしてテイムを得意とするように、同じく魂を活かす「言霊」的な朔太のスキルも強力である。
「なんか凄いねー難しそう! 」
「慣れればそんなことはなくて、カードを出して思い浮かんだ英単語を1ついえばなんか起こるってことさ。残り枚数の把握はコントロールは必要だけど、スペルミスとか使えない場合のルールは1度理解すれば終わりだし。枚数制限があるから長期戦には向かないスキルだよ」
「試しになんかやってみてー」
「わかったわかった。カード!」
朔太の右手にトランプ大のカードが現れた。両面に「T」と黒字で書いてあり背景は白のシンプルなものだ。
「Tだから、そうだねえ『Tea』」
というと、目の前にペットボトルに入ったお茶が1つ現れた。『多~いお茶』とラベルが貼ってある。確かに中身が多そうだ。
「すごーい! 」
パチパチと拍手をする依里亜。家電たちも騒ぐ。
(ピー!)
『ギィー、バタン!』
『\(^^)/』
「名詞だけではなくて、動詞も使えるよ。いいのがでるといいな、カード! 」
「E」がでる。
「Erase!」
お茶が消えた。
「あ、飲もうと思ったのに」
「あ、ごめん。また今度ね。これね、応用が効くのよね。たとえば『A』のカードを出して、『出現』って意味の『Appearance』って唱えながら、お茶をイメージすれば、さっきと同じことがおこる。湯のみに入ったお茶のイメージならそれが現れる。『P』のカードで『PETbottles』と言っても、これもまたちゃんと出る。頭文字があってる単語を言う以外はかなりルールはゆるゆるなんだよこのスキル」
そんなことを言いながら朔太はカードをもう1枚出した。『R』だ。
少し考えてから以蔵を指さし、『Repair』と唱える。以蔵はドアの軋みが直ったようで喜んでいる。
『バタン!バタン!』
うるさいことには変わりはなかった。
『ということは、ハズレカードはなしですか? 』
レビが疑問を口にする。常に好奇心が旺盛なのはレビだ。
「いままでバトルで全部使った訳ではないけど、困ったことはなかったなあ」
『無敵ですねー』
「いや、そんなこともなくて、枚数制限がやっぱり相当きつい。『D』さえ出ればそのバトルだけは勝ち確だけど」
『どうしてですか? 』
「『Death』で全員即死」
『ああ……』
「あと、仕組みとして『カードはきっかけ、イメージが能力のパワー』だからイメージし切れないと何も起こらない」
「そうなの? イメージって無限でしょ? 」
「いや、イメージって『自由』だけど『無限』じゃないよ。たとえば依里亜は1000人てイメージできる? 』
「そうねえ、中規模高校の体育館での全校集会ってとこかしら? 」
「OK。じゃ、50000人は? 」
「ドーム球場いっぱいのお客さん! 」
「いいね、それじゃ100万人 は?」
「あ……ちょっと厳しいわね」
「東京都の人口は920万人。これが全員1箇所に集まってるイメージってとても無理だよね? 」
「そうねえ」
「人の細胞は37兆とか60兆とか言われてる。人を1人思い浮かべるのは簡単だけど、細胞が37兆が集まってるイメージは不可能だよね。人のイメージには限界かあるんだよ。特に数に関しては。あるラインを超えるとその数字はぼんやりとした統計とか計算の答えになっちゃう」
「ふむ。考えたこともなかったわ」
「巨大な数を示す『グーゴルプレックス』なんて、僕みたいな凡人にはもはや概念としても理解できないよ。あとで検索してみるといい。検索サイトの名前の由来を検索することになる。……あとイメージが無理なのは『パラドックス』の類だよね。『全能のパラドックス』は知ってる? 」
「あーたしかー、『全能者は重くて誰にも何者にも持ち上げられない石を作れるか』ってやつね。つまり『作れないなら全能じゃないし、作った石を持ち上げられなければやっぱり全能ではない』ってやつ」
「素晴らしい! まさにそれ。論理学とか哲学とかの前に、矛盾しちゃってるからイメージできないのよ。こういうのは。だから、まだ出会ったことはないけど、超巨大なドラゴンが現れた時『あー、これ勝つイメージ浮かばないわー』ってなったら終わる。なにも出来ない」
「なるほどねー」
「まあ、だからピンチになりそうだったら、いつも『カレー』のことを思い浮かべるようにしてるんだ。そうすると集中力が何倍にもなる」
「カレー? 」
「あ、いや、なんでもない。今のはなし」
イメージしたせいで、朔太は再びカレーが食べたくなってきた。
カレー(*^O^*)パクパク