手紙と壁
「親から手紙が来ちゃったわ」
依里亜は溜息混じりに手紙を開封する。
『あれ、生きてるのがわかってうれしくないんですか?』
レビば疑問を素直に告げる。
(ピー!)
レンジのブンジが電子音で呼ぶ、というより依里亜の所まできて、液晶パネルを見せに来る。
しかし、だいたいろくでもないことしか言わないので、見なくてもいいが、見ないといつまでもうるさいのでしかたなく表示された文字列眺める。
『かぞくには いろんなことが あるんだよ』
(ピー!)
『いりあさん ひとにはいえぬ ひみつあり』
(ピー!)
『いつまでも あるとおもうな おやとかね』
(ピー!)
『おやこうこう したいときには………』
「ブンジはなんか不幸な生い立ちなの? 後半はもう普通のことわざじゃない」
(ピー!)
「なんで満足そうなの!? はい、ブンジは元のレンジ台に戻る!」
レビの【移動】スキルは、スキルレベルの表記はないものの、レビ自身のレベルアップで魔力があがったせいなのか、かなりの長時間効果が持続できるようになった。だから、レビが一度スキルを掛ければ、以蔵もブンジも1日くらいは自由に動いている。
「いやね、まあ、確かに手紙を見て安心した自分がいることも認めるけど。たぶんあの人達なら無事転生してるだろうとは思っていたし、前の家で、前のまま生活してるんだろうとは思っていたからほっといたのよねえ。」
『手紙はなんて書いてあるんですか?』
「んー……ちょっと待ってね……。『依里亜ちゃんなら無事転生してるだろうとは思っていたし、前の家で、前のまま生活しているだろうと思っていたので放っておきました……」
『さすが親子! 同じことを言ってる』
「電話を掛けてみたけど繋がらなかったので、手紙を書いてみました。たまには会いたいので、もしこの手紙が届いたなら一度実家に遊びに帰って来てね』って書いてある」
『それじゃあ、行ってみてもいいんじゃないですかー? 隕石が落ちてから会ってないですよねー』
「んー、疲れるからあんまり積極的に会いたいとまでは思わないのよねえ。でも、まあ、さすがに手紙まで来ちゃうとねえ。市内に居るしねえ」
『バタン!』ガコッ、ドカッ、バタッ
以蔵も連れて行ってもらえると思ったのか喜んでいる。以蔵は【移動】するとうるさいので、あんまり動くなとは指示はしてあるが、言わばペットのレベルなので、余り我慢できないことも多い。
机においた封筒の裏には仙台市でも北の方にある地下鉄の終点のある住宅街の住所と「如月健太郎 初枝」と書いてある。両親の名前だ。
「しょうがないかあ、実家行くかー、はあ。いま返事書いて郵便出してくるから、レビ以外はお留守番ね。遊びに行く時は連れていくから。今日はまだ行かないわよ? いいわね? 」
(ピー!)『バタン!』
「んじゃ、レビは先にマイカに乗ってて。返事を書いたらあとから行くから。前も乗ろうとしたらレビごとどっかに行っていなくなってたからびっくりしたわ。今日は先に乗って、どこにも行くなって言っといて」
マイカーのマイカが夜中にふらふら1人で出かけていたのは全然気づいていなかった。ただ、勝手にレベルを上げて、スキルも沢山覚えていたので許した。
そしてマイカが【積載無制限】スキルを手に入れたことについてはものすごく褒めた。テイムした家電たちが全員乗れるのは確認済み。大きさが明らかに違うのに乗せると乗る。なんとも説明はできないが乗るので仕方がない。これで上手く行けば全員で横浜に行くことができる。
「よし、返事適当に書けた。ポストに行ってくるから大人しくしておくのよ」
(ピー!)
『るすちゅうに いどうしないと おもったか』
「わかったわかった。移動はしてもいいから悪さはしないのよ」
――――――――
マイカの【オートドライブ】で郵便局に向かい、ポストに両親宛の手紙を投函したついでに、ポーションなどのちょっとした買い物をした。
「ただいまー」
玄関を開ける。いつもならば留守番部隊が喜んでバタン、ピー!というのだがシーンとしている。いつもではありえない状況に、危機感より、なんだろうと言う不可解な思いに囚われた。
ダイニングに足を踏み入れ、すぐ目に入ってきたのが以蔵の姿である。が、後ろを向いている。ドアを壁のほうに向け、冷蔵庫裏の銀色の金属パネルが見えている。これはなんだろう。
頭の上にいくつものはてなマークが浮かびながら部屋の中を見回すと、ダイニングテーブル下にブンジがいる。レンジ台から降りて何をしているのだろうと思ったが、何もしていない。ドアが不自然にカタカタ動いている。
そこで気づいた。これは留守中にイタズラしてしまったペットのやることと同じだ。
「以蔵くーん、ブンジくーん、なにしたのー? 」
2人とも依里亜の声でガタッと音を立てる。ビンゴ。そこで、リビングに行ってみると、うわあ、なんてことを! 壁が穴だらけになっていた。ボコボコだ。
「……これはなにかなあー?」
少し語尾が震えた。以蔵とブンジの震える音も聞こえてきた。
以蔵とブンジを元の場所に戻し話を聞く。以蔵はしゃべれないのでブンジに事情聴取をする。
(ピー!)
『いぞうがやりましたやりましたやりましたや』
慌てているのかブンジが5、7、5、ではない文字列を並べる。
「落ち着いて話そうか。あとずっと見てるから電子音なしで今はいいわ。怒ってもしょうがないので、事情だけ聞かせて?」
依里亜は既に呆れ果てて怒りもなくなっていた。
『いぞうとね ぼくがたたかい やってみた』
『クロウアイ つかってスキル うちまくり』
『とんできた こおりをぼくが よけました』
「あーなるほど、カラス戦の時のドロップアイテムの【クロウアイ】ね。売値の高いやつ。以蔵!まだ余ってるわよね。アイテム説明表示して」
【クロウアイ】【戦闘時でなくても一定時間攻撃スキルを発動できる。※スキルの練習に使いましょう。※壊れやすいものの近くで使わないこと。※高値で売却できる】
「……壊れやすいものの近くで使うなって注意がきちゃんとあるし……。で、簡単にいえばこのアイテムを使って、以蔵とブンジが部屋の中で模擬戦やって、ブンジが避けたアイスシュートがことごとく壁にめり込み粉砕した、とそういうことね? 」
依里亜はジトーっとした目で以蔵とブンジを交互に見る。
「でも、ブンジが避けただけってことはないわね。あなたは反撃するでしょ。あれ、でも以蔵さん無傷ね。模擬戦だからノーダメージ? 」
(ピッ!)
ブンジから変な電子音が出た。
『うさぎさん ソファーのうらに おちている』
依里亜がソファーの裏を見ると燃え尽きた元うさぎのぬいぐるみが落ちていた。ブンジのスキル【スチーム】だ。可愛がっていたので、けっこうショックだった。
「うわー、どういう流れでこうなるのー」
落ち込んでいる以蔵にレビが話しかける。
『ポーションはダメですかね』
この世界のポーションがどういう仕組みでできているかはわからないが、それを聞いた瞬間、依里亜は違うことを考えた。ゲーム内の家の壁はそもそも非破壊オブジェクトではないのか、ということである。
まず、うさぎのぬいぐるみにポーションをかけてみた。小さいし勿体ないので、瓶の3分の1くらいの量だ。それでも、うさぎはみるみる白い毛並みを取り戻した。
で、あればということで、残ったポーションを壁に掛ける。おそらくこの世界では誰も試していないのではないか。なにせ、ポーションを壁にかけるなんてことは「勿体ない」から。
壁はシミひとつない状態に復元された。
家電たちは単純に喜んでいたが、依里亜はこの予想外の結果に、喜びより驚き、そしてさらに、ある仮定にたどり着いたことによる感情の方が上回った。
小物も壁も非破壊オブジェクトではないから破壊できる。
ポーションで回復することが可能。
HPの設定。
……つまり、家電たちと同じ。
ということは、無生物である限りいつかはテイムできる、ということでもある。
すなわち、依里亜がレベルさえ上げれば、家だろうがビルだろうが、場合によっては街でも山でもテイムが可能なのではないか、という仮定だ。
そして、その発想は当然その先にある帰結にたどり着く。
「……ああ、隕石もだ……」
驚きと喜び、期待と不安、誇りと自信、死と転生、責任と義務感、そしてテイムした仲間への思い……様々な感情でないまぜになった依里亜は、耐えきれず1人で寝室に行き、大声で泣いた。