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名前

 翌日の朝。葵は恐る恐る十科神社の裏参道へと足を踏み入れた。今回もなにもお咎めなしという事実に、ほっと息をつく。

昨日幼子を送り届けて東岩に交渉したのは、他でもない「この境内に出入りする許可」を求めたからだった。


今まで、これからもずっと一人で生命が輝くさまを眺めて羨んで慈しんで一人で過ごしていくしかないのだと思っていた。しかし、違った。神社の境内に入ることができたし、何より話をすることができる存在が見つかった。それは葵を歓喜させるのに十分だった。

また第二の理由として、あの子の行く末も気になった。きちんと安定して育つだろうか。大きくなったらどういう存在になるのだろうか。それは川べりで抱きしめたあの時から葵の楽しみにもなっていた。

また、可能性としてだが宮司…つまりは人と話をすることができるかもしれない。そう思うと、わがままと知りながらもどうしても頼まずにはいられなかったのだった。

すると東岩は、「大丈夫ですよ。いつでもおいでくださいね、その方があの子も喜ぶ。」と答えてくれた。しかし


「そういえば、あの子の名前は何というのですか?」

「それが、まだ聞けてないんですよねー。まだ決まっていないようなら不便だからこちらでつけてしまおうかとも考えてるんですが、全くいい案が思いつかなくて…。」

「え、まだないんですか!?」

「ええ、引っ込み思案だし、僕とあの子の一対一だったから急ではなかったので。…でも、こうなると名前が欲しいですよね。」

「そうですね、名前があれば呼びやすい…。」

「あ、じゃあ葵さん、もし思い浮かんだら明日教えて下さい。明日をあの子の命名記念日にしましょう。」

「え、ええ!?」


などという昨日の会話が思い出される。思いつくには思いついたが…しかし、これでいいのだろうか。東岩はどういう名前を思いついたのだろうか。頭を抱えながら境内へ進んでゆく。


「あ、葵さん。おはようございます。」

「あ、東岩さん。おはようございます。」


ぺこりとお互い一礼して挨拶を交わす。それだけでも人らしくてなんだかこそばゆい。慣れるまでは時間がかかりそうだ。


「ところで、あの子は一体どちらに?」

「ああ、まだあの子は今日見かけてないですね。どこにいるんだろう。まだ出てきてないのかな。」


そう話しているとどんっ、と後ろから衝撃を受ける。何かと後ろを振り向けば、緑色の髪の毛と小さな手、白い上衣に緋袴。…あの子だ。

いつものことなのかと思い思わず東岩を見るが、東岩も目を丸くしてそれを見ている。珍しいことのようだ、と思い至り慎重に声をかけた。


「おはようございます。…あなたのお名前は何ていうの?」

「おは…?」

「そう、おはようございます、っていうのはご挨拶なの。言ってみて?」

「お、おはようございます。」

「よくできました。」


葵は微笑んで腰のあたりにある頭をそっと撫でる。避けられやしないかという危惧は無意味だったようだ。挨拶を褒められた幼子は、葵の着物をつかんだまま動かない。今度は東岩が話しかける。


「おはようございます。僕は東岩っていうんだ、よろしくね。」

「おはようございます、とういわ…さん…?」

「そうそう、ありがとう。名前を呼んでもらえてとっても嬉しいよ。君の名前はあるのかい?」


東岩の問いかけに、幼子は無言で左右に頭を振る。どうやらまだ名前はないらしい。葵と東岩は目を合わせ、頷いた。


「そうしたらね、僕たち、君の名前を考えてきたんだ。聞いてくれる?」

「お名前、くれるの?」

「うん、もちろんだよ。気に入らなかったら一緒に考えようね。」


幼子はあまり喋らないが、表情が感情を物語っている。顔を赤らめてまで、嬉しいようだ。


「じゃあ僕から発表するね。僕が考えたのは、木野ちゃん。響きがいいかなって。葵さんは?」

「私が考えたのは…霞。霞ちゃん。…どうかしら?」


二人でドキドキしながら幼子の顔をのぞき込む。目を丸くした幼子は、「きの…かすみ…」と呟いている。それを何度か繰り返すと、心を決めたようでうん、と頷いた。


「…決まったかい?」

「…うん。」

「…どうする?」

「…わたし、わたしね、」


「かすみにする」


                〇


今朝めでたく名前の決まった幼子——もとい霞は、葵と東岩と一日良く話し遊んだ。お兄さんはなんていうの、お姉さんは、あのひとたちは誰、あれはなにと質問が尽きない。そうした質問には東岩が答え、葵と霞が勉強をするような形になった。

勉強を一通り終えると、木々の間からかくれんぼをしたり、木や東岩のいる大岩に上ってみたり、色々なことをして学んだ。始めは引っ込み思案な子かと思っていたが、随分と好奇心旺盛な子だ。ただ慣れていないだけだったようだ。


またこちらは残念なことに、宮司はやってきたのだが今日は駄目だったらしい。東岩が目前に顔を近づけてみても、何かを探すようにきょろきょろと辺りを見渡す彼をみ、「駄目みたい!」と一言、それで終わった。まあ、宮司に会うのは明日の楽しみとしよう。

…「明日の楽しみ」。随分と人染みた考えに、心躍ったのは言うまでもない。

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