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おはよう

 空高く突き抜けるような晴天である。霞は大岩に寄りかかっていた。まだ漸く朝日が指し始めた頃合いで、境内には人っ子一人もいない。鳥のさえずりばかりが響くような時分である。


「いやぁ。よぉっく晴れましたねぇ。昨日までのざんざ降りが嘘のようです。」


すっかり晴れた天気をそのまま現すような、からりとした笑顔で話す。


「そうだね。昨日までの降りは凄いものだったから…。その前に霞ちゃん、そこに腰掛けていると衣が濡れてしまうよ。」

「うわあ!そうでしたっ、後ろがびちょびちょです!!」


ちょっとぉ、乾かしておいてくださいよ!と楽しそうに言うのを微笑んで見つめるのは東岩とういわという。着流しを纏い、気涼しげな様子で笑う様は風情が漂う。一方のからりとした表情が印象的な女性――霞も、白い上衣に綺麗に折目のついた緋袴を身に付けており、すっかり巫女の装いである。境内に人のいないのをいいことに親兄弟のように戯れる様は、どこか世俗離れした印象を与えている。

とその時、


「あ、姉様!」


ぱっと弾かれるように駆け出して行った先にいるのは、艶やかな烏羽色の髪のたゆたう女性。


「あぁ葵さん。おはよう」

「東岩さん。おはようございます」


折り目正しく一礼したのち、霞ちゃんもおはよう、と頭ひとつ小さな霞の頭を撫でて言う。豊かな髪に流れるような着物の袖が、ゆらりと消えてしまいそうな儚さを醸

し出している。その葵も東岩と同じく慈しむような笑みを湛えていた。


「やっぱりこうして見ると姉妹のようだね。」

「ふふ、では東岩さんは兄様ですか?」

「いやそこは父さまでいきましょう!」

「うーん、僕は叔父さんでいいかな。」

「叔父と言うには見目若すぎますよ。間をとって年上の従兄弟にしましょう?」

「どことどこの間をとったのかな?」

「そことここの間です。」

「えぇ…?」


そうこうして皆で戯れているうちに、すっかり日も昇り暖かな日差しが降り注ぐようになっていた。いつの間にか境内にも人が入り、和やかな雰囲気が漂い始めている。

御神籤を引く若人、赤ん坊を抱いた母を囲む家族。風景を写真に納めるふたり組に、小指でこっそり手を繋ぐ恋人たち。そしていつもより忙しなく境内を掃き清め、調度を整える職員たち。普段より賑わう境内を見て、東岩は眼を細める。


「おや、今日はなんだか賑やかだね。」

「そうですよ、今日は大安吉日の日ですもん。わたし、毎度楽しみにしてるんです!今日だって早く出てきてしまったし。」

「霞ちゃんは賑やかなのが好きですものね。」

「だってひとがいてこそのわたしたちですもん。」


わたしたちだって神様方だって慈しむのに見返りは求めませんけど、ひとの子からも頼られたり愛情が返ってきているのを沢山見られるのは嬉しいじゃないですか、とはにかむ。


「ほう、末娘がそうしゃんと考えてるとは知らなんだわ。」

「ひっ!?」

「あら、正蔵さん。おはようございます。」


いつの間にか霞の後ろへ立ち、にやりと笑っているのはこの神社の名物宮司の桐畑正蔵だ。


「いつも参拝者にちょっかいかけては遊んでいるものとばかり思っていたわ、失敬失敬。」

「そんなにいつもひとに何かしてるわけじゃないでしょう!わたしを見てくれた子をあやしたり遊んだりしてるだけですー!その言い様では濡れ衣です!」

「ほぉ、なるほど本当に濡れ衣を着ているな?」

ちらりと袴の後ろを見て言う。なかなか目ざとい姑のようよね、と密かに葵は思う。

「揚げ足とりはやめてください!」

「はっは、まぁこの良き日に御前方の調子の良いのは良し良し。」


少し離れた境内で掃除をしていた若い職員から宮司さま、と呼ばれた男はかかと笑ったそのままに場を去っていった。

今日は大安吉日。人にとっても人ならざるものにとってもことの良い日であり、また慌ただしく忙しい日でもある。本来かの男もかかずらいに来る暇もないのだが、これが彼なりの挨拶なのだろう。忙しかろうが何だろうが毎朝欠かさずに顔を出していく。

正蔵が正殿へ入り少しすると、雨露の輝く境内に太鼓が響く。

「さ、さ。今日も1日しゃんとしていきましょうね。」

葵の打った柏手が小気味良い音を立ててひとつ響いた。

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