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最終話 世界線を作ろう ①

 翌日。俺は早朝に学校に来て、昨日印刷した写真を部室に持ってきていた。野球部の朝練のおかげで学校は結構早めに空いている。

 今日で終わりか。

 窓の外の野球部はこれから世界線が変わることなんて知るはずもなく、バットを振ったり、ボールを投げている。

 写真を飾って、俺はすぐに沢下山に向かった。制服のままだけどいいか。

 不思議と気持ちは穏やかで、怖いとかそういう感情は無かった。


 沢下山に8時半に着いた。

「相変わらず、早いなあ」と俺は俺に言う。

 暫くして、川村が来た。

「おっす」俺は挨拶する。

「やっほー。いやー、やっぱり制服だよねー」と川村も制服を着ている。

「おいおい、なんでこんな日にまで単語集なんか読んでんだよ」川村は英単語の本を読んでいる。

「こうしてれば、来世はもう少し英語ができるようになるんじゃない?」

 よし、俺は来世でこいつに英語で勝てないことを確信した。

「問題、Regionってどんな意味?」

「うーん、地域、とか?」

「せーかい」

 やめてくれ。と俺は思う。英語は苦手なんだ。

「じゃあ、次、marryは自動詞? 他動詞?」

 こんな感じに俺は英語クイズに付き合わされた。俺は来世で英語ペラペラになるつもりは一切無いんだけどな。

 と、俺がだんだん答えられなくなっているうちに榊山が来た。

 なんと、示し合わせたかのようにみんな制服だ。

「やー、遅かった?」と榊山。

「まだ9時じゃないから、セーフ」と川村。

 玉朱がいるから勾玉は持ってきている様だな。

「……それじゃ、行くか。探すのは『未来物語』っていう本。内容は分からないけど、それらしい物があったらすぐに言ってね」

 俺たちは山に踏み入った。


 * * *


 再び来た沢下山は何か不気味な雰囲気が醸し出されていた。これからすることが大掛かりだからこんな風に思えるのだろうか。とてつもなく不安に感じる。が、俺たちは歩を進める。進めなければならない。でなければこの山に来た理由が無くなる。

 山に入ってから俺たちは1度も喋っていない。喋れる雰囲気では無い。なぜなら、大烏はこの山にいるからだ。まだ、人が食われたという話は聞いていない。つまり、まだ大烏が山でじっとしているということだ。

 静寂のなか、足音だけが聞こえる。夏だから半袖で来たが、心做しか寒い。

 まだ登山コースだから安心して歩けるがどんどん緊張してきた。手が震え始める。

 そんな手を俺は必死で抑えるが、それも震える。

 そこで榊山が口を開いた。

「おいおい、久山、お前、登れば登るほど震えてきてんじゃんかよ、登った高度と緊張度合いは比例するってか?」と笑わせようとしてくれたが、俺は「比例どころか指数関数だよ」と言ったので逆に笑わせてしまった。

 そのおかげか少し緊張もほぐれるが、緊張は指数関数なのでそこまでほぐれなかった。

「緊張するなら歌えばいいんだよ。指数関数は単調に増加、単調に増加♪」

「文系の癖に無理するな」

「あ、バレた?」

 榊山は余裕なように見えるけど、こいつも緊張している。

「2人ともよく喋れるよね。私なんか不安でまともに歩けてるかすら心配だよ」

 入山まで英単語クイズしてたのは誰だよ。

 それくらい、入山というアクションは大きいんだろう。なんというか、裁判では死刑を望んでいた癖にとうとう死刑執行のときには泣き叫ぶ人みたいな感じ。

 自分で思いついた例えに気分が悪くなったのでもう考えるのをやめた。

「歌がダメならしりとりしよう」と榊山は相変わらず呑気だ。いや、呑気なフリをしている。

「お前が無双するからやだ」語彙力対決で理系が文系に勝てるわけが無い。

「そうか」

 正直、榊山のこのノリにはイライラしているが、俺たちの緊張を少しでも止めようとしてくれていることを思えば責めるのはやめた。

「こんなに遠かったっけ?」と川村。

「前来たときも中々見つからなかったけど、こういうケースだと更に長く感じるんだね」

 と俺は言う。

「お前らさあ、緊張しすぎだって少し立ち止まって深呼吸しようぜ?」

「なんか、それは嫌だ」と川村が切り捨てる。

「ひでーな。まあ、気持ちはわかるけどね。ごめんな最後までくだらんこと言っててな。僕、正直、怖いんだぜ?」

「わかってる。みんなそうだよ。死にに行くのと同義だからね」と川村。

「でも同値じゃない」と俺は言う。

「同値ってなんだよ」と榊山が言った。

「必要十分条件。xの二乗が9でもxが3とは限らない」

「今更、理系感出すなよ。……でも、言ってることは何となくわかった。-3=3ってことじゃないんだろ?」

 わかってるのかわかってないのかよく分からない返事が来たのでこれ以上広げるのはやめる。

「みんな、みて、あれじゃない?」

 川村が立ち止まって、指を指す。その先には確かに集落跡がある。

「あれだな」と榊山が言った。

「いよいよだな」そう言った俺は少し震えてる。

「武者震いか?」と榊山がおちょくるので俺は「静かにしろ」と言った。

「ここからはおふざけはなしだ。榊山、川村、覚悟はいいか?」

 俺たちはお互いに頷きあって、そして、集落跡へ向けて登山コースから離れる。

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