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第十話 決断は少年の手に ③

 午前の遊びはケイドロだった。俺と川村はドロとして逃げていたが、情けないことにすぐに捕まってしまったので、2人一緒に「牢屋」にいた。

 しかし、これは正直、川村にあのことを話すチャンスであったのでまぁ、良かった。

「川村」

「何? この村では玲奈姉ちゃんって呼ばれてるからそう呼んで欲しいんだけど」

「……れ、玲奈姉ちゃん」

「はい、なあに?」

 こいつ、ふざけやがって。俺は呆れながら、早速本題に入る。

「村川神って覚えてるか?」

「ああ、あの、元人間だったっていうやつ?」

 やつって言っていいのか?

「それ。昨日、目が覚めてさ、村川神の自伝貰ったじゃん? あれを読んでたんだよ。読んでたらわかったことなんだけどさ、俺の見立てでは、『村川神』は『村川案介』だ」

 と言うと川村は少し黙り込んだ。

「なるほどね、確かにそれなら、未来から来たって言うのも『村川神』って名前も納得行くね」

「だろ? ということで、村川案介は村川神としてこの村で祀られている。この時代に来た理由は恐らくトキ神が関係している。でないと『トキ神に弟子入りする』なんて言う理由が分からない」

 川村は首を傾げた。確かにここは飛躍している。

「前提として、ここからの話は根拠が無い。だから俺の想像なんだけど、失踪した高校生3人は知らないうちに大烏の封印を解いてしまった。その時にトキ神が現れて大烏から彼らを守った。守った結果として、村川案介は過去に飛ばされる。命を守ってくれた恩人に弟子入りする。という想像」

 正直、色々とすっ飛ばしている箇所があるが、俺としてはこれが最も筋が通った説明な気がする。

「なるほどねって、あ、助けが来た」

 助け? ああ、そういえば俺たちはケイドロの最中だったんだ。

 助けに来た子供は川村だけをタッチして、牢屋の前の警察から素早く逃げた。

「じゃ、気長に待ちなね、泥棒さん」

 川村は牢屋を出ていった。

「牢屋で1人は暇すぎる」


 昼になった。

 俺は結局、助けられることはなく、増えたり減ったりする牢屋のメンバーを眺めることしかできなかった。

 と、そこで堅太郎の母親が喜助さんが俺たちを呼んでいる、と言ったので俺たちはそのまま神社へ向かった。

 子供たちは俺たちとまた遊べないと勘違いして騒いだが、すぐに戻ると言ったら静かになった。

 神社への道中、川村が俺に訊いた。

「さっきの話なんだけどさ、トキ神が村川案介を守って過去に飛ばしたというところなんだけど、なんで他の2人は来てないの?」

 最初は何の話かわかんなかったけど、すぐに理解した。なんやかんやケイドロの最中にも考えてたんだな。

「ああ、そこなんだよ。俺も変に思ったんだ。日記の中にもそれらしい人物は登場してないし、だから3人ともてんでんばらばらに逃げたのかなって。でもそこに目を瞑ればできた仮説なんだよね」

 川村は苦笑した。

「確かにね。……でさ、話変えるけど、世界線のこと、どう思う?」

 まじかよ、俺に訊くか?

「俺は正直、反対。やってることは壮大な自殺みたいなように思えてさ」

「そうねー。私もそう思ったけどさ、どうせ死ぬなら壮大に死んでみたくない?」

 どんな死生観だよ。

「みーんな私たちと一緒に作り替えられるんだよ? 死ぬと同義でも同じじゃないじゃない」

 言いたいことはわかる気がするけれど、

「大烏から逃げられれば寿命を全うできる」

「してどうすんのさ」

 この言葉に俺は衝撃を受けた。川村自身は大したことないと思っているかもしれないけれど、俺は目からウロコだった。

 確かに寿命を全うする理由はよく分からない。……多分、ここからは哲学的な話になる。哲学はよく分からないからあんまり拡げたくないけど、でも、寿命を全うする理由を問われたらそれに対して論理的に説明できる気がしない。

「私としては世界線を、作り替える派なんだ。何者かに怯えながら暮らすって嫌じゃない? 今まで食物連鎖の頂点にいたのにその座を奪われるって感じで」

「それ、本気で言ってんの?」

「冗談だけどさ、でも、大烏から逃げながら暮らすなんてごめんだよ」

 こいつ、こんな感覚を持ってたんだな。そこも目からウロコ。

 神社に着いた。

 神社では喜助さんとおじいさんが待っていた。

「再び、すまぬな」とおじいさんが言った。

「すぐに済みますからね」と喜助さんは言う。

「単刀直入言うが、やはり大烏は殺せぬ。封じることもできぬ。未来の兵器を持ってしても無理じゃろう」

 俺はすかさず訊く。

「なんでですか?」

「昔、大烏に鉄砲を撃った者がおる。じゃが、その鉄砲で死ぬことはおろか、傷もつかぬかったらしい。弾がただ、空気を抜けるように大烏の体を抜けていったとのことじゃ。その鉄砲の弾が大砲程大きくなったとしても同じことが起こるじゃろう」

 他にも兵器はある。大砲以外にも大烏を倒せそうなものはあるが、それが出動するのにどれくらいの時間がかかるだろうか。

「じゃが、儂も残酷なことを言いすぎた。大烏を殺さずとも生きていくことはできる。大烏から逃げながら静かに暮らすことはできるのじゃ。君たち2人に大きすぎる決断をさせようとした儂を許してくれないか?」

 川村が言う。

「私、久山君と少し話したいです。少し、2人きりにしてください」

「わかった。答えが出たら呼んでくれ」とおじいさんと喜助さんはその場を離れた。

 2人きりになった神社境内は静かで自然の音しかない。

「久山君。もうわかってると思うけど私は世界線を作り替えたい。大烏から逃げるのが嫌、という理由の他にもあるの。家族が大烏に食われるところを見たくない、とか、人が食われる日常に慣れたくない、とか。そんなグロテスクで非情な世界が待っているなら私はいっそのこと1から作り始めたい」

 俺は少し、疑問をぶつけてみる。

「トキ神様が大烏を倒してくれたりしないかな」

「多分、ない。封印したときだって、神社の人と協力して封印したんでしょ? なら、多分、無理なんだと思う」

 そうか。と俺は呟く。

「俺は怖い。自分でない自分が生まれるということは自分は死んでるってことだろ? なんか、いい言葉が浮かばないけど、もったいないっていうか。やり残したこととか多いし」

「そうだよね。私も怖い。でも、私はこう考える。そのもったいないって感情すら消えるって。後悔することも無い。消える寸前までは後悔の念があるけどね」

 やっぱり、そう言われるか。俺はそんな気がしていた。死んだら後悔も消えるって。

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