第十話 決断は少年の手に ①
あの話のあと、僕らは目が覚めたときの小屋に戻された。ただでさえ過去に来て若干混乱を起こしているというのに世界線を作り直すとか言われては脳みそが混乱する。
「……なぁ川村、お前ならどうするんだ?」
「どうするって何が?」
「世界線を作り直せば大烏は消えると言われたら、作り直すという決断ができるか?」
川村は困ったように首を傾げた。俺だって困ってる。
いまいち実害が分からない。このまま大烏を放って置くなら直に人が食われ始めて自衛隊とかが出動するのだろうか。それで撃退とかできるなら世界線を再構築なんてしなくても大丈夫だし。
大烏についてもっと知っておかなければならないな。
俺は紙に鉛筆で質問リストを作り、再び喜助さんたちに質問する事項を書き留める。なにせ、頭が混乱している中で記憶なんてできるはずがない。
「難しいね。だって大烏に対して私たちがどこまで抵抗できるか分からないもん」
川村はさっきの問いに答えた。やっぱりそうか。
封印する手立てについては聞いたけど撃退する手立ては聞いてない。
質問リストに「鉄砲は効くか」ということを書き留めた。
「じゃあさ、大烏に鉄砲が効かない、更には殺せないって分かったら、どうする?」
俺はどうする? と聞くことしかしていないが、こういうことは考えるのが難しい。
「さあね、私もわかんない。……色々ありすぎて混乱してるんだから少し休まない? 村の中を見て回るとか」
「そんなことしていいの?」
「村をでなければ好きに外で遊んでいいって喜助さんが言ってたよ」
そうか。外の空気を吸って頭をリセットするのもいいか。
俺と川村は小屋を出て、村を歩き回ることにした。
村の中はやっぱり長閑でそこにある種の非現実味を感じる。森の中の開けたところに民家が何軒かあり、森の中にも何軒かある。若い人もいて、みんな農作業したりとか、道で話し込んでいたりする。現代にもこんな場所はあるのだろうか、なんて関係ないことを考えたりもしている。
小さな子供が走ってやってきた。
「ねーねー、お兄さんたち何者?」
何者ってどんな質問だよ。
「名前を知りたいの?」と川村が返す。
「うん! 僕の名前は堅太郎って言うんだ」
「いいね、かっこいい名前じゃん」
「お姉さんはどんな名前なの?」
「私? 私は玲奈って言うの」
「れな、ふーん、それってハイカラってやつ?」
「え?」
ハイカラって何? と川村は俺に耳打ちした。俺も知らん。
俺は適当に「物珍しいとかじゃない?」と返した。
「た、多分ね」と川村は子供にそう言った。
「へー、かっこいい。お兄さんは?」
「俺は聖っていう名前。あんまり気に入ってないけどね」
「ひじり、うーん、れなの方がかっこいいよ」
そんなこと言われても一生俺はこの名で生きていくんだが。
「ふふ、ありがとう」と川村は少し嬉しそうだが、俺は不機嫌だ。ただでさえ気に入ってないけどね名前を更に批判されてはバツが悪い。
「あ、ねぇねぇ、お兄さんたちはどこに住んでるの? この村の人じゃ無いよね?」
「そうだね。山を越えたところに住んでるんだ。でも今はあの小屋で寝泊まりしてるんだよ」と俺は答えた。
「へー、ねぇねぇ、一緒に遊ぼうよ、花子とか剣助とか呼んでくるからさ」
「え、あ、」
可、不可を答える前に堅太郎は走り出してしまった。
「この時代の遊びって鬼ごっことかだよな?」
「まあ、そうなるね」
「俺、そんなに足速くないんだけど」
「私もだよ」
せめて、鬼ごっこでなければいいのだが。
しかし、その願いは堅太郎と数人の子供達により打ち消され、俺は延々と走らされ続けることになったのだ。
* * *
「やっぱり、残酷だと思います、師匠」
村の中で走り回る子供達に混じって遊ぶ久山と川村を見ながら喜助は言う。
「そうじゃな。確かに、ああ見れば彼らはただの子供であるように見えるな」
「はい。そんな彼らに大烏と闘うために死ね、などというのは酷いです。我々にできることは無いのですか?」
「無いな。これは儂も辛いところじゃ。しかし、封印が解かれてしまったのは仕方の無いことなのじゃ。この時代で儂らが大烏を殺せたとしても彼らの時代にはまだ大烏はいる。たとえ未来でも大烏を殺すことは難しいじゃろう」
「ですが……」
「残酷なんじゃ。時間というものはな。儂らはその残酷を甘んじて受けるしかないのじゃ。そして、その時代のことはその時代で解決しなければならぬ。少女の方は表情が乏しかったが、少年の方はそれをわかっていてあのような顔をしていたと儂は思う」
喜助は納得ができなかった。納得せざるを得ないことに納得できなかった。そして、自分が大烏に対して何もできないのを悔やんだ。
「儂らが彼らにできることは助言しかないのじゃ」
「はい、わかってます」
「それを破るならば、死よりも残酷な運命が彼らに降り掛かってしまうのじゃ」
喜助はその場を離れた。
* * *




