第四話 降霊術 ③
かくして六角形を書き終えて、六芒星も描いた。あとはペンキでなぞるだけらしい。うーん、下書きからダサい。本当に降霊術が出来そうな魔法陣とは思えない。まあ、形だけだから仕方ないか。
「さて、ペンキだけど、制服に付いたらやだな」
久山の言う通り、ペンキが付くのは嫌だ。まあ、水性だから洗えばいいんだが。
「でも、学ランじゃないからいいんじゃない?」
「確かにな」
ということで下書きをペンキでなぞり始める。ちなみに今のところ川村は夏の宿題をやっている。
「でもさ、本当に赤っていう赤だな」円をなぞりながら僕は言った。
「形だけなんだから血みたいな赤黒さは無くていいんじゃないの? まあ、動脈血はこれくらい鮮やかな赤なんだろうけど。」
「見たことあるの?」
「無いな。……いや、理科の教科書に写真はあった」
そんなのいちいち見ねぇよ。と僕は思う。
「あ、そうだ。あのさ、お前、いつ宿題終わらせてんの?」
「古典の時間」
嘘だろこいつ。とんでもねえことしやがる。
「それだけで終わるのか?」
「あと世界史」
とことん文系教科を潰している。
「現国の時間にはやらないのか?」
「まだ楽しいから」
まだ、か。担任が違うからよく知らないけど、確かに久山の現国の担任は面白い先生らしい。僕の先生はつまらないから、羨ましい。
「地理は?」
「あれはしっかりやらないと、流石に入試で落ちる」
そこはしっかりしてんだな。って古典もやらなきゃ落ちるだろ。世界史はまあ……でもやらなきゃじゃないか?
「どこ行くの? 大学」
「決めてないけど国公立にしろって散々言われてるから西大目指して頑張る」
国内一の大学をよく軽々口に出来るな。
「榊山はどこ行くんだよ」
「え? 僕かぁ。あんまり考えてないかな。まぁ、どう考えても文系に行くから、法学部とか?」
別に法律家になるつもりはないから、文学部でもいいんだが。
「そうか」
興味無さそうに返事されたので僕は喋るのを止めた。
その後は黙々と鉛筆をペンキでなぞり。10分くらいしてようやく描き終えた。
「案外、10分で描けるもんなんだな」と久山が言った。
「腰が痛い」
「まあ、それはある」
二度と描くものか、と僕は思った。
「じゃあ、早速始めるよ」
「待て待て、腰が痛いから少し休ませろ」
僕は5分程度の休暇を貰った。
「もう、腰、治っただろ」と久山が聞いた。
「ああ、まあ」
「よし、やるぞ」
ということでとうとう形だけの降霊術が始まった。
「ここに立ってればいいのか?」
「まあ、うん。で、俺が詠唱するから、黙ーって聞いてればいい」
「分かった」
僕は魔法陣の六芒星の中心に立って、特に意味は無いけど目を瞑ってじっとする。
「よし、始めるぞ。えーっと、神に……すまん、川村、これなんて読む?」
続きは川村が読むこととなった。
「神に命を受けしその日から、己が魂を……」
どっちかって言うとうちは仏教なんだけどなぁ。とか思いながら聞き流していた。
詠唱は聞いていると中々支離滅裂で、気持ちがいいほど意味がわからない。読んでる川村の声もなんだか不思議そうな感じを出している。そりゃそうだ。神に感謝するんだか、両親に感謝するんだかどっちなんだよって内容だもんな。
かくして苦行とも言える詠唱は3分に及び、終わった。(3分話すというのは思ったよりも長く、その内容が支離滅裂である場合は聞いている側はその倍の体感時間を得る。)
「終わったぞ」と久山が言った。
目を開けて取り敢えず周りを見回す。特になんともない。当たり前だ。あんな詠唱で何かあられても困る。
「ようやく終わったと思ったらまだ3分しか経ってないのか。明日が来てほしくないときはこれでも読むかな。」と久山がとんでもないことを言うので
「素直に寝た方がいいだろ」と返した。
「……で、なんにも無いの?」
川村の不満も尤もだ。
「まあ、何か期待してたのはあるけど、まあ、赤ペンキ魔法陣で呼び出される守護霊の気持ちになるとねぇ」
「まあ、赤ペンキだろうと血だろうと俺は榊山の守護霊にはなりたくないけどな」
「僕もごめんだよ」
なんでこいつは噛み付いて来たんだ?
「なーんにも無いなら帰ろうか」
そうして僕達は後片付けを明日に任せて帰ることにした。
* * *
「うーん、なんか、拍子抜け」
帰り道に川村はそうボヤいた。
「まあまあ、形だけってのは分かってたんだし、まあいいじゃん」と僕は慰める。慰める?
「そうだけど、なーんか、部室にペンキとハケが増えただけ、みたいな」
「あと、俺特製のコンパスな」と久山は得意げに言った。
「二度と使われることは無いけどな」
「分からないよ? 後輩が魔法陣を描くとか」
無いだろ。
そもそもその後輩が居ないし。
いつの間にか交差点まで来ていたので、それぞれの帰路に着いた。




