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第2話 扉を開けなければ…(裏)

「マスター、例の久留米アキトをイリアスに召喚されたそうですよ」


無数の歯車に囲まれた空間でシルフィはマスターにそんな報告をした。


「お、とうとう来たな、久留米アキト」


「いま、イミラ平原にいるはずです」


「どれどれ…」


マスターはそう呟いて目を閉じた。


「『全知無能』で久留米アキトを見てるんですか?」


「そうだよ」


「…ほんとチートですよねぇ、マスターって」


「まったくだ」


シルフィの嫌味な言葉にマスターは顔色一つ変えることなくさらりと肯定した。


『全知無能』でマスターがシルフィに言われたイミラ平原を覗くと、そこにはロッカーが一つポツンと置かれていた。


「…なに?あのロッカー」


「久留米アキトを召喚する際にロッカーごと召喚されちゃったんです」


「どうやって?久留米アキトはともかく、ロッカーはあちら側の世界の物だから干渉できないんだろ?」


「久留米アキトが随分と長い時間と強い思いをかけてあのロッカーに干渉し続けたせいで、あのロッカーは久留米アキトの一部と見なされるようになったんです。ですので、久留米アキトをこっち側に引っ張って来る際にロッカーも引っ張られちゃったんです」


「へぇ…あちら側の世界の物の所有権を変えるほどの思い入れがあるということか…」


マスターはそう呟いて再び『全知無能』で平原にポツンと置かれたロッカーを覗き込んだ。


そのままロッカーからアキトが出てくるのを今か今かと待っていたが、しばらく経ってもロッカーからアキトが出てくる気配はなかった。


「…どういうことだ?ロッカーから出てこないぞ?」


「いきなり見知らぬところに飛ばされたんですし、警戒してるんじゃないですか?」


「それもそうか。…まぁ、時間はまだあることだし、出てくるのをゆっくり待ちますか…」


マスターは卵から孵る雛を見守るように、『全知無能』でアキトが孵るのを待ち続けた。




そして二人が待つこと5時間…


「…流石に警戒し過ぎじゃないか?」


「…そうですね」


5時間も待った挙句、なんの音沙汰もないロッカーに流石に二人も一抹の不安を覚えた。


「え?なんなの?あいつ。せっかく異世界に来たのに引きこもってるの?」


「まぁまぁ、落ち着いてください、マスター。どうせあのままロッカーの中にいたって食事も出来ないんですから、そのうち出て来ざるを得なくなりますよ」


「ま、まぁ、それもそうか…もう数時間すればお腹空かして出てくるよな」




二人がそんな風に楽観視を続けてから…24時間が経過した。


「なぁ、シルフィ」


「なんですか?マスター」


マスターの能力『感覚共有』でシルフィにも『全知無能』で見ている景色を共有させることで、二人とも平原にポツンと置かれたロッカーを見ることが出来るようになったのだが…


「アキトくんがこっちに来て…どれくらい経った?」


「…丸一日ですね」


なんの音沙汰もないロッカーを見続けるだけで丸一日を消費した二人の声には若干の疲れが見えていた。


「なぁ、シルフィ…なんで出て来ないのかな?アキトくん」


「…さぁ?なんででしょうね」


「なぁ、シルフィ…」


「なんですか?マスター」


「…生きてるよね?アキトくん」


「生きてますよ…多分」


「異世界の召喚に失敗して死んだとか…そういうオチは無いよね?」


「…少なくとも召喚失敗による死亡の前例はないですね」


「今回が初の前例になるってことは…」


「………」


「おい、なんとか言いたまえ、シルフィ」


「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ、マスター。そんなに気になるなら『全知無能』でロッカーの中をのぞいたらいいじゃないですか?」


「いや、あのロッカーはこっちの世界の物じゃないから干渉できないんだよね。だから『全知無能』でもあの中までは覗けないんだよ」


「ちっ、使えねえな」


「全知無能ですから」


「なんにしても…プロフィールの情報によりますと、相手はそんじょそこらの引きこもりなどではなく、正真正銘のプロの引きこもりです」


「…プロのひきこもりってなに?」


「プロのひきこもりともなれば一日くらいなにも飲まず食わずでいることくらい造作のないことなのでしょう」


「ねぇ、だからプロのひきこもりってなに?」


「ですが、流石のプロのひきこもりでももうそろそろ我慢の限界です。今日中には諦めてロッカーから出てくるでしょう」


「まぁ、それもそうだよね。…あとプロのひきこもりってなに?」


「こうなったら後はもうプロのひきこもりとの我慢比べですよ、マスター」


「そうだな、あんなひきこもりに根負けするわけにはいかないからな。久留米アキト、お前のひきこもりと俺たちの我慢強さ、どちらが強いか勝負だ!!」


そんな風に二人は躍起になってアキトがロッカーから出てくるのを待ち続けた。






そして、何事もなく………


…一週間が過ぎた。


「……なぁ…シルフィ…あれから何日経った」


「…ちょうど一週間…ですね…」


一週間、ずっと全知無能でロッカーを除き続ける日々を送っていた二人はなんの変化もない時間がよほど疲れたのか、マスターの声は疲弊しきって枯れていた。


「一週間、なんの音沙汰もないロッカーを見つめるだけで終わっちまったよ…俺、なにやってんだろ?」


「ほんとそれですね」


「俺、一応こう見えても100年近く生きてるけど…こんな無為な一週間を過ごしたのは初めてだわ」


「奇遇ですね、私も800年近く生きてますけど、こんな無駄な一週間は初めてです」


「…え?マジ?シルフィさん歳上だったの?」


「エルフは寿命5000年くらいありますからね。普通の人間を基準に考えればそれでも大体16歳くらいですよ」


「いや、800歳とかババアもいいところっすよ、シルフィさん」


「ババアはさておき…マスターって年上を敬ったりするような人徳のある人じゃないですよね」


「いや、俺をなんだと思ってるんすか?シルフィさん。年上を敬うとか当然じゃないっすか」


「…もういいですよ、普通に話しましょう、マスター」


「ああ、すまん。久しぶりに自分より年上に会ったからつい嬉しくてな…」


「この世界を基準に考えれば100歳なんてまだまだガキンチョですよ。ドラゴンなんて8000年くらい生きますし…」


「そっか…俺もまだまだ若いんだなぁ…」


マスターはしみじみとそんなことを口にした。


そしてふと思い出したかのようにこう続けた。


「ってか、シルフィさんよ」


「なんですか?」


「俺たち…なんで一週間もロッカー見張ってるんだっけ?」


「…なんででしたっけ?」


あまりの変化のなさにもはや二人は目的を忘れてしまっていた。


「なんか、なにかと勝負をしていたような気がするのだが…」


「私もそんな気はしますが…なんの勝負だったんでしょうね…」


二人は少し思考を働かせるものの、疲れてあまり回らない頭ではその答えは出なかった。


「…俺たち、本当に何の意味もなくただのロッカーを一週間も眺めてたのか?」


「………」


マスターのそんな発言にシルフィからの返事もなく、その場になんとも言えない空気が流れた。


「もう辞めましょう、こんな不毛な戦い。美味しいものでも食べましょう、マスター」


「それもそうだな、なんか美味いもの作ってくれ、シルフィ」


「えぇ?私が作るんですかぁ?。…まぁ、別に一人分も二人分も変わらないですからいいですけど…」


「おう、サンキューな」


「その代わり、マスターは机の上の散らかった書類を片付けてくださいね」


「はいよ、了解」


二人が無数の歯車と卵に包まれた空間で食事の準備に取り掛かろうとしていたその時…


「あ、書類落としちゃった…」


「もー、なにやってるんですか?鈍臭いですね、マスター」


二人が同時に落とした書類に手を伸ばそうとした時…二人の目に落とした書類に書かれた久留米アキトのプロフィールが目に入った。


「なんだ?この書類…久留米アキト?誰だこいつ?」


「14歳のひきこもり。性格は…思い込みが激しく、卑屈。独り言が激しく、ロッカーの中に閉じこもっていじめっ子に復讐する様を妄想するのが日課…うわぁ、お近づきになりたくないタイプだぁ…」


「なんなんだ?こいつ?」


「さぁ?ほんとなんなんでしょうねぇ?」


一週間にも及ぶただひたすらにロッカーを見つめるだけの日々を過ごして心身ともに疲れ果てて頭の回らない二人は久留米アキトのプロフィールを見つめながらただただ笑い合い、そして…自らの目的を思い出してしまった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


目の前にある目的すら見失う自らの愚かさとと、こんな簡単なことも分からなかった自分へのもどかしさと、一週間も放置してしまったアキトへの罪悪感で二人は胸が張り裂けそうになり、向かい合って声にならない声を叫んだ。


「え!?待って!?一週間!?…一週間もアキトくんあのロッカーに閉じこもってんの!?飯は!?トイレは!?…え?アキトくん死んでんじゃない!?」


「流石に一週間も飲まず食わずじゃ…普通の人間ならもうお陀仏かと…」


「やべえやべえ!!こうしちゃいられねえ!!今すぐ様子を見に行くぞ!!。『空間圧縮』!!」


マスターがそう言って手をかざすと、空間に歪な渦が発生した。


「行くぞ!!シルフィ!!」


二人は渦の中に飛び込み、アキトがいるロッカーがある草原までワープした。


二人がロッカーの近くまで駆けつけたその時…


「あっ!!シルフィ!隠れろ!」


マスターの声で二人が近くの茂みに身を隠して様子を伺うと、そこにはロッカーの扉を開けて、ウサギのようなモンスターに手を伸ばしているアキトの姿があった。


「生きてるぅぅぅぅ!!!アキトくん生きてるよぉぉぉぉ!!!!」


「良かったですね、マスター。思ってたより健康そうですね」


しかし、そんな二人の喜びもつかの間、ウサギのようなモンスターがアキトに飛びかかり、アキトはあっという間に気絶してしまった。


「やべぇ!アキトくん最弱モンスター『うさぴょん』に負けてる!!」


「え?マジですか?うさぴょんに負けるやつとかいるんですか?人間を見ただけで驚いてショック死するようなモンスターですよ!?」


「あれ?このままだとアキトくん食われるんじゃねえ?うさぴょんに食われるんじゃねえ?」


「え?マジですか?食物連鎖の最底辺に食われるんですか?その辺に落ちてる石ころに小指ぶつけたくらいで死ぬようなモンスターですよ?」


「流石にアキトくん死ぬのは困る。ちょっとだけ手を貸すか」


そう言ってマスターが茂みからうさぴょんを睨めつけると、うさぴょんは危機を察したのか、一目散に逃げ出した。


「よし、今のうちにアキトくんを救助だ!!」


そそくさとアキトが気絶するロッカーまで駆け寄ると、そこでマスターはアキトと初の対面を果たした。


「あーあ、人に会うことがないから見た目を気にする必要がないからってこんな髪の毛ボサボサにして…」


「なるほど、このロッカーにはあっちの世界につながる扉も残ってたんですか…だから一週間ロッカーから出なくても生活できていたんですね」


ロッカーの中を覗き込んでアキトのロッカーの入り口を見つけてシルフィは納得したようにそう呟いた。


「とりあえずアキトくんはロッカーから連れ出して…」


マスターがロッカーの中で気絶するアキトにそう言ってアキトをロッカーから連れ出そうとアキトに触れた時…シルフィと視覚を共有するために発動し続けていた『感覚共有』の力によってアキトの感情がマスターへと流れ込んできた。


自分をいじめた奴らへの恨み、何もできない無力な自分への蟠り、そして…そのせいで誰かを泣かせてしまった後悔。


ぶつけようもないどす黒く歪な怒りの感情に残った一匙の優しさ。


マスターは久留米アキトという人物の片鱗を垣間見た。


「たしかにお近付きにはなりたくないタイプだが…まぁ、生暖かく見守ることにするか」


そう言ってマスターはアキトをロッカーから連れ出すこともせず、その場に立ち上がった。


「久留米アキトをロッカーから出さないんですか?。ロッカーに中に入られたらマスターでも干渉できないですし、その中に居られるとなにかと不便じゃないですか?」


「いや、このロッカーから出るのはこいつの意思でだ。無粋な真似はできない」


「でも、このまま何もせずに放置してたら…多分もうこの子二度とロッカーから出て来ませんよ?」


「…うーん、たしかにそれはそうだ」


「おまけにあの最弱モンスターであるうさぴょんに負けるくらいですからね、ギフトもないし、こんなハードモードじゃロッカーの中に引きこもったままだと思いますよ」


「それもそうなんだが…あんまり俺が直接的に過度な干渉はしたくないし…」


「だからといって何もせずにいたらただロッカーに引きこもって、覗き穴から見える狭い世界を眺めて終わるだけだと思いますよ。まずは何かしらの方法でこの子にもっと視野を広げさせてあげないと…いくら彼がマスターの言う主人公でもロッカーの中からじゃ、そもそも物語が始まりませんよ」


シルフィの言葉を受けて、マスターは諦めたかのようにため息を吐いた。


「たしかに、このままじゃ物語のきっかけすらなさそうだ」


マスターはそう言ってアキトの手を握った。


「アキト、お前に少し力を貸してやろう。…だが、勘違いするなよ?あくまで貸すだけだ。これは仮初めの力で、ただのきっかけに過ぎない。…時が来たら返してもらう」



それだけ言い残し、ロッカーの扉を閉めて、マスターはシルフィを連れてその場を去っていった。


「なんの力を貸したんですか?マスター」


「『全知無能』を貸してやった。…まぁ、その能力だけじゃどうしようもないと気がついたなら、さっさとそこから出てくるんだな、久留米アキト」


そして平原には再びロッカーだけがポツンと取り残されていた。

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