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第0話 歯車を回す者

「それで…結局どうするんですか?マスター」


鋭く長い耳を携えたエルフの少女は宙を舞う無数の歯車と人ほどの大きさの白い卵のようなものが見渡す限り敷き詰められた空間の中心でしかめっ面をしながら4枚の書類に目を通す青年にそう声をかけた。


「シルフィ、この4人から選ばなきゃいけないんだよな?」


マスターと呼ばれたその男はエルフの少女であるシルフィにそう聞き返した。


「ええ、私達の勢力がイリアスに召喚することができる条件が整っているのはその4人の誰かです」


「そうか…」


それを確認したマスターは再び書類と向き合った。


「ちなみに私のオススメは1枚目の『安土山才賀』です」


シルフィにそう言われて最初の書類に書かれた安土山才賀のプロフィールにマスターは目を通した。


「『安土山才賀』18歳…生まれつきの茶髪に目をつけられて何かと不良に絡まれて喧嘩を買ってるうちに彼が通う高校の番長まで登りつめた不良少年、と…」


マスターは気だるそうに目の前の書類に書かれたプロフィールを読み上げた。


そんなマスターの言葉に付け加えるようにシルフィが口を開いた。


「喧嘩の強さが優位に働くのはもちろんですが、単なる肉体の強さだけではなく、信念と根性を兼ね備えた仲間思いな人物です。世間の評判では彼は喧嘩っ早い暴力的な嫌われ者ですが、その実、喧嘩するのはいつも仲間のためで、曲がった事が許せない正義感の強い人物です」


「なんだそりゃ、ヤンキー漫画の主人公かよ。却下だ却下。仲間のためとか、自分の正義感のためとか、人間その程度で社会に楯突いてまで反抗しようとしないもんだ。そんな社会に反旗を翻して不良と呼ばれても自分の信念を貫き通せるまっすぐな奴が主人公じゃ、共感出来ないし、現実味がなくて思い入れも生まれない。そもそも暴力でしか物事を解決できないとかやってることは猿と変わらんだろ。知性のかけらも感じない。主人公には役不足だ」


「マスター、お言葉ですが、選ぶのは単に異世界に召喚する人物であって、別に主人公向きとかそういうのを考えているわけでは…。それにそれはあくまでマスターの主観の話であって、重要な人選に私欲を入れるのはどうかと…」


「いいや、そんなことはない。異世界に召喚されるなんていう特別な人物なら主人公と呼ばれても過言ではない。それに私欲がどうこう言っているが、面接でもなんでも人選を選ぶに当たって能力ややる気を考慮するのは勿論だが、その人と仕事がしたいかと思うような要素があることも重要だ。仮にも俺の後継者となるわけだからな、一緒に何かをする機会もあるだろう。そういう時に相手が俺が嫌いなやつだったら俺が仕事に手を抜いてしまうかもしれないだろ。だから今回の人選に好感が持てる主人公かどうかは重要な要素なんだよ」


「仕事なら嫌いな奴とでもキッチリやるのが道理では?」


「うるせーな!俺が選ぶんだからいくら私欲が混じろうが俺が正義なの!!」


「ですが、イリアスに召喚された際に覚醒する能力である彼のギフトは『フィジカルブースト』は肉体を際限なく強化できる強力な能力です。性格も才能も共に申し分ないかと。なによりも…イケメンですし」


「はい!却下ぁぁ!!!」


シルフィから出たイケメンという言葉を耳にした瞬間、マスターは食い気味にそう叫んだ。


「なんで人を選ぶのに見た目が関係あるんですかぁ!?!?なんで見た目で人を判断しようとしてるんですかぁ!?!?。所詮見た目は見た目!それなのにそんなんで人を判断するから人間は愚かなんだよぉぉぉぉ!!!」


随分と熱が入ったマスターの叫びにシルフィはただ一言こう述べた。


「でも、見た目がいいとだいたい性格もいいですよね」


「そぉぉぉぉなんだよなぁぁぁぁぁ!!!!なんか知らねえけどイケメンって性格いいんだよなぁぁぁぁぁぁ!!!!!だからこそ俺はイケメンが嫌いっていうか…イケメンが良いやつだったら俺は一体なにを恨めばいいんだって思っちまうんだよなぁぁぁぁあ!!!!!!。お前らイケメンは見た目がいいんだから、せめて性格はブサメンに譲ってくれよなぁぁぁぁぁあ!!!!!」


「マスター、ドードー、ドードー」


涙を流しながらその辺に捨てられた大きな卵を手で何度も叩きながら荒れ狂うマスターを家畜を宥めるかのようにシルフィは落ち着かせた。


「なんにしてもこいつは却下だ!!。っていうかギフトが『フィジカルブースト』ってことはこいつ異世界来ても肉体で喧嘩するってことだろ!!異世界の意味ねーだろ!!」


シルフィに宥められてわずかながらに理性を取り戻したマスターはそう叫びながら安土山才賀のプロフィールが書かれた書類をビリビリに引き裂いた。


「次ぃ!!」


「候補者二人目は『石上太一』、16歳の高校生。性格は一言で言うと無気力、何事にも真剣になれない、真剣になっても長続きしないタイプです。ちなみに帰宅部でギフトは相手の能力を奪う『スキルテイカー』です」


「えぇ…なに?今度はやれやれ系主人公ってやつぅ?」


書類に書かれた内容を読み上げたシルフィにマスターは落胆したようにそんな言葉を吐いた。


「どうせアレだろ?能力しか能が無いくせに、能力のおかげでどんなピンチも何の苦労もなく乗り越えて、特に頑張ることもないくせに能力のおかげで女の子にモテモテで、権力も持って、能力しか能がないくせに粋がる系主人公だろ?主人公に都合の良い異世界で主人公に都合の良い能力で主人公に都合の良い展開で、世界も能力も敵も展開も全ては主人公を持ち上げるためのもので…そうでもしなきゃ魅力が引き出せない主人公とか…一言で嫌いだわ。主人公にはもっと苦しんで欲しい」


「マスターがそれを言いますか?」


「そりゃ恵まれた能力で無双してる本人は楽しいよ。もしも自分がそういう立場になれたら…なんて妄想して楽しめる層は一定数いますから、それはそれで需要のある主人公だと思いますよぉ?。でも恵まれた能力でしかそういう理想を手に入れられないって言われているようで側から見てると嫌なんですよねぇ。そういう主人公が無双してる様を自分と重ね合わせてもひと時、気を紛らわせてるに過ぎなくて、物語が終わって現実に戻った時の虚しさたるや…。そんな一時しのぎの現実逃避にしかならない物語に何の意味があるのか?」


「なんの話をしてるんですか?。…っていうか、マスターがそれを言いますか?」


「なんにしても却下だ!!主人公にはもっと苦しんで欲しい!!お前なんか汗かいて恥かいて泥に塗れて涙に濡れて、それでも努力を続けて理想を手にしてろ!!バーカ!!」


そう叫びながらマスターは書類をビリビリに引き裂いた。


「次ぃ!!」


「えっと…3人目は『マリア』、8歳の女の子ですね。両親に虐待を受けて死にそうになっていたところを近所の人に助けられて孤児院に預けられたんですけど、その孤児院でもいじめを受けて、しかも何故だか院長にまで嫌われてて大人も誰も助けてくれなくて一人で孤独で辛い日々を送ってる女の子ですね。この子なんていいんじゃないですか?マスターが要求していた『苦しんでる』っていう要素もクリアしていますし、心無いマスターでも同情できると思いますよ」


そんなシルフィの言葉にマスターはバツの悪そうな顔に手を当てて俯いていた。


「…どうしたんですか?マスター」


「いや、たしかに苦しんで欲しいって言ったけど…なんか、そういうのじゃない」


「と、言いますと?」


「可哀想なのは普通に心苦しいのでちょっと胸に来るというか…見てて疲れるだろ?。特に救いようがない物語はほんと見てて辛いからもうちょっと方針を変えてと言いますか…苦しむっていうと語弊があるから…努力をして欲しいって言えばいいのかな?」


「はぁ…だったら最初の不良少年でいいんじゃないですか?スポ根もの並みの努力をしてくれそうですけど?」


「いや、それじゃあまた違うんだよ。そういう系は真っ直ぐすぎるっていうか…普通そんな真っ直ぐにはなれないだろ。そういうところが共感できないし現実味が欠けてるというか…努力っていうよりも葛藤をして欲しいんだよね。無力で情けない自分の弱さと真摯に向き合って、それでもなお立ち上がる様を見てみたいというか…どんな人でも努力すれば何にだってなれるんだっていうのを証明して欲しいというか…」


「ほんとクレームの多い人ですね」


「なんにしても可哀想なのはダメ。悲惨な目に合うにしても可哀想と思わないくらいどうでも良いやつならいい」


「そんな都合の良いやついるんですか?。とりあえず最後の一人を読み上げますよ。最後の一人は『久留米アキト』、14歳の中学生ですが、引きこもりの不登校ですね。性格は…思い込みが激しく、卑屈。独り言が激しく、ロッカーの中に閉じこもっていじめっ子に復讐する様を妄想するのが日課…うわぁ、お近づきになりたくないタイプだぁ…」


「最後は引きこもり系主人公か…まぁ、異世界系で主人公が引きこもりなのは王道だけど、引きこもりである意味はほとんどないんだよねぇ。異世界転生なんて恵まれた出来事、側から見たからヘイト集めそうだから、そのヘイトを沈めるための申し訳程度の主人公の不幸な要素っていうか…どうせすぐにでも忘れ去られる保身の為の設定だろ?そんなんでヘイト沈められるかって俺は思うけどね」


「さっきからなんの話をしてるんですか?マスター」


「いや、だから先輩の俺がそいつを主人公として認められるかどうかって話だよ。認められねえ奴を異世界に呼びたくねえし…」


「ほんと自分勝手な人選ですね…言っておきますけど、この選定はイリアスの未来に関わる大事な前提なんですからね?」


「分かってるよ。…それで、その久留米アキトとか言ったっけ?。そいつのギフトはなによ?」


「ギフトですか?えっと…久留米アキトのギフトは…え?」


「ん?どうした?性格は悪いけどすごいギフトにでも恵まれたのか?」


「いや、その…久留米アキトにギフトは…無いそうなんです」


「…ギフト無し?」


「ええ。ギフト無しなんているんですね、私初めて見ましたよ」


「引きこもりのギフト無し、か…」


マスターはなにか考えるそぶりを見せながらそう呟いた。


「まぁ、なんにしてもこいつは無いですね。そうなると消去法で3人目のマリア辺りが…」


シルフィがそう言ってアキトの書類を捨てようとしたその時…


「いや、そいつにしよう」


マスターがはっきりとそう宣言した。


「…え?正気ですか?。これはギフトもないただの重度の引きこもりの子供なんですよ!?」


「いいんだよ、そいつが一番気に入ったんだ、そいつにしよう」


「分かってるんですか!?マスター!!これはイリアスの未来に関わる重大な選択なんですよ!?それなのにこんな才能も能力も何もない卑屈な引きこもりの少年なんか…」


「分かってる。…だが、俺にはこんな世界の未来より大事なものがあるんだよ」


「だ…大事なものって?」


そんなシルフィの言葉にマスターはニヤッと笑いながらこう宣言した。


「見てみたいんだよ、能力も才能も何もない卑屈な引きこもり久留米アキトが…勇者になる姿を」


こうして、異世界の片隅である一人の男によって重大な決断が下された。


そして…それと同時に空間を漂う無数の歯車が、錆び付いた鈍い音を立てながら、ゆっくりと回り始めるのであった。

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