第7話 冒険の幕開け
「開かない?ロッカーの扉が?」
アリーシャはそう口にしてロッカーの扉に手をかけた。
「いや、開かないって言うのは…えっと…その…」
簡単に開くはずの扉を『開かない』などと嘘を吐いたアキトはその嘘を付いたことがバレないように言い訳を考えて慌てふためいたが、特になにも思い付くこともなく、アリーシャの行動を許してしまった。
『嘘がバレてしまったら…村人達を見捨てた引きこもりの自分の情けなさがバレてしまう…』
そんなアキトの心配をよそにロッカーの扉に手をかけたアリーシャが扉を開けようとしたが、扉は鍵がかかったように開けることが出来ず、今度はアリーシャが両手で力一杯扉を開けようとしたが、ロッカーの扉はまるでアキトの思いに応えるかのように開くことはなく、ビクともしなかった。
「本当だ、開かない…」
『開かない?僕が開けた時は簡単に開いたのに…もしかして外からは開けられないのかな?』
アキトがそんなことを考えているとアリーシャが腰に携えていた剣を抜き出して口を開いた。
「開かないなら壊すしかないか…ちょっと姿勢を低くしててね…」
「…え?」
アキトが返事をするまもなく、アリーシャはロッカーの上部を目がけて剣を振るった。
洗練されたアリーシャの目にも留まらぬ太刀筋をロッカーはまともに受けたが、ロッカーは切れるどころか、傷一つつくことはなかった。
「そんな…私の剣で傷一つつかないなんて…」
目の前のロッカーを真っ二つにすることができなかったのがショックだったのか、アリーシャの声から動揺が見て取れた。
『おまけにかなり丈夫に出来てるのか』
アキトがそんな事を考えていると、アリーシャが再び質問をぶつけてきた。
「ねぇ、どうして君はこんなロッカーの中に閉じ込められているの?」
「そ、それは…色々あってなんやかんやでこの中に…」
『閉じ込められているのではなく閉じこもっている』というのが正確なのだが、そんな情けない事をアキトが言えるはずもなく、アキトは適当にごまかした。
「いろいろって…いつからなの?」
「えっと…だいたい4ヶ月前くらいからここに…」
「4ヶ月もロッカーの中に!?。どうやって生きてきたの!?食事はどうしてるの!?」
「え、いや、それは…食事は親に用意してもらってるし…」
「親御さん!?君の親もそのロッカーの中にいるの!?親御さんも一緒にロッカーに4ヶ月も!?」
「いや、そうじゃなくて…このロッカーは僕の部屋と繋がっているから、僕の部屋に行く分には平気だから…」
「部屋に繋がってる?…随分と不可解なロッカーね。まぁ、とりあえず君のことは一旦置いといて…これからの話をしましょう」
アリーシャはそう言ってドラゴンの襲撃の唯一の生存者である村の娘の頭の上にポンッと手を置いて目線をその子に合わせて優しい声をかけた。
「あなた…名前は?」
「…メイ」
親しい人達を亡くし、自身も死の淵を彷徨った彼女は憔悴しきっているようで、焦点も定まらない虚ろな目をして、力無い声でわずかにそう名乗った。
「メイちゃん、これから頼れる誰かに当てはある?」
アリーシャのその言葉にメイはゆっくりと首を横に振った。
「じゃあ、王都にある私の家においで。心配しなくていいよ、みんな良くしてくれるからさ」
そんなアリーシャの優しい声にメイはゆっくりと頷いた。
「よし、決まりね。…ねぇ、ロッカーくん、君はどうする?」
「え?ロッカーくん?。…それって僕のこと?」
「そうだよ」
彼女は何食わぬ顔でそう答えた。
「えっと…まぁ、そっちの方が都合が良いか…」
自分が知っている人物にそっくりな顔をしたアリーシャ相手に自分の名前を名乗るのが憚られていたアキトは素直にロッカーくんという命名を受け入れることにした。
「それで、これからどうするの?ロッカーくん」
「どうするもなにも、僕はこの中から出られないから…」
「それなんだけど…君が良ければ私が王都まで運んであげようか?」
「え?運ぶって…どうやって?」
「ちょっと失礼するよ…」
彼女はそう言ってロッカーを両手で抱えて持ち上げて見せた。
「うん、良かった。重さは普通のロッカーだ」
アキトが入ったロッカーを軽々と持ち上げた彼女は嬉しそうにそう口にした。
「ま、まさか…ロッカーごと運ぶ気なの?」
突然アリーシャに持ち上げられて、ロッカーの中で体勢を崩しながらアキトはそう尋ねた。
「そうだよ」
彼女は何食わぬ顔でそう答えた。
「王都までどれだけの距離があるかは知らないけど、少なくとも50キロ以上は離れてるんでしょ?。その距離をロッカーを抱えながらなんて…」
アキトのホライズンで見渡す限り、半径50キロ以内には王都らしきものは見当たらなかったため、アキトは王都までの距離を考慮してそう述べた。
「大丈夫大丈夫、全然平気。それに…君もこのままここに至って仕方がないでしょ?。王都に行けばロッカーを開ける方法も見つかるかもしれないし、君にとって良い事だと思うんだ」
「でも…そんな苦労して僕なんか連れて行ってもなにも良い事無いよ…」
アキトが頑なに拒む理由は『自分が役に立つかどうか分からないから』と言うことだけが理由ではなく、一緒に旅する中で村人を見殺しにした己の情けなさが露呈してしまうのが憚られたからだ。
しかし、アリーシャはアキトのそんな心配とは裏腹にアキトの入ったロッカーを真っ直ぐ見つめながら答えた。
「そんな事無いよ!!メイちゃんを連れて行く道中、凶悪なモンスターに遭遇したり、盗賊に襲われたり、何があるかわかんないんだよ!?。でも君の透視魔法があれば事前に危険を察知出来る!!危険な道のりを安心して進むことが出来る…これって凄いことなんだよ!?私は君の力を借りたいんだよ!!」
「僕の力を…借りたい…」
「そう。だからさ…一緒に冒険に行こ?」
この二人と共に行動するには自分の引きこもりがバレた時のリスクを鑑みて、正直なところ、アキトは迷っていた。
もしかしたら村人を見捨てた自分の非情さがバレてしまうかもしれない。だけど…だけどそれでもアキトは…自分と共にいてくれる温かい誰かを欲していた。
「ま、まぁ…どうしてもって言うなら…別に良いけど…」
しかし、そんな思いを素直に口にできる程真っ当に生きていないアキトはぶっきらぼうにそう答えて見せた。
「うん…じゃあ、よろしくね、ロッカーくん」
こうして、ロッカーの中の冒険者アキトとアキトが昔好きだった人と同じ顔をしたアリーシャとアキトが見捨てた村娘のメイの冒険が幕を開けたのであった。