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第6話 悲劇をもたらすもの

この力で誰かを救う。


そう誓ってから再びアキトはロッカーの中から世界を旅した。


全知無能なこの力ではどれほどのことができるかは定かでは無いが、少しでも出来ることをしたくて、彼は日夜ホライズンで世界を見渡し続けていた。


見る事しか出来なくても、それでも新たに気がつくことは山ほどある。


とりわけ興味を引いたのはモンスターの生態だった。


ロッカーの中から観察を続けているうちに、いくつかモンスターの傾向に気がついたのだ。


例えばドラゴンは火に群がる傾向がある。


温かいところを好むのか、それとも虫が力に群がるように繁殖性を高めるためなのか、その真偽は定かでは無いが、気温の低いはずの山の上に巣を作っているにも関わらず、ドラゴン達は火に群がろうとするのだ。


逆にゴブリンやオークは火を避ける。


だけど奴らは血の匂いに敏感なようで、血を見ると急に獰猛になる。


そんな風に日々観察を続けることで新たに見つけることは多々あった。


そんなある日、ロッカーの中の冒険者アキトはあることに気がついた。


「…村がやけに明るい」


いつも見ている村が夜というのにも関わらず、村全体で明るい光を放っていたのだ。


「お祭りやってるんだ…」


気になって様子を見てみたアキトの目に大量の焚き火や松明で村全体を明るく照らし、楽しそうに踊る村人達の姿が飛び込み、それが祭りと判断したアキトは暗いロッカーの中で一人そんなことを呟いた。


「お祭りなんて…見るのいつぶりだろ?」


わけもなくみんなが楽しそうに踊る様を見て、アキトは昔のことを思い出した。


両親に手を引かれ、訪れたそこは夜だというのに不気味なくらい明るくて、喧騒に紛れて意味もなく音楽が鳴り響いていて、わけもなくみんなが楽しそうに活気付いていて…。


だけど…そんなものはもう自分には手が届かない幻。


もう二度と味わうことも出来ないであろう喜び。


みんなが楽しそうに踊る中、一人ロッカーの中に閉じこもる自分を対比して虚しくなってしまい、アキトは祭りから目をそらして他のものを見ることにした。


そうして世界を見渡しているうちに、アキトはまたあることに気がついた。


「…誰かが竜の巣に近づいてる」


巨大な身体を持つドラゴンはやはりこの世界でもかなり上位の存在のようで人間はおろか、獰猛な魔物でさえ近付くことすらしないほどだった。


そんな竜の巣にたった一人で乗り込もうとしていた人間がいたのだから、アキトも注意を払っていた。


その男は黒装束に身をまとい、夜の闇に溶けてドラゴンに見つからないように隠密にそれでいて素早く動いていた。


そして彼は主人のいない巣を狙って、竜の巣から卵を盗み出したのだ。


「…凄い、竜の巣から卵を盗み出すなんて…」


その一部始終を見ていたアキトは素直に感心してそんな言葉を漏らした。…それが悲劇の始まりとも知らずに。


男が巣から去った後、巣に戻ってきたドラゴンは卵が無いことに気がつき、青い月が照らす夜の空にその凶悪な声を轟かせた。


そして、その大きな翼を翻して、夜の空へと飛び立ってしまった。


そんな卵を盗まれて怒り狂うドラゴンをホライズンで追いかけていたアキトはあることに気がついた。


「…マズい。この方向は村があるところだ」


そう、卵を盗まれて怒り狂った獰猛なドラゴンがお祭り騒ぎで浮かれている村の方へ一直線に飛んでいくのをアキトは気がついたのだ。


「でも、だからといってドラゴンが村を襲うとは限らないし…。いや!ダメだ!村は今大量の火を焚いている!!。このままだと怒り狂ってるドラゴンに確実に襲われる!!


ドラゴンが火に群がる習性があるのを知っていたアキトはこのままだと村が襲われる可能性が高いことに気がついたのだ。


「ダメだ!今すぐ知らせないと村人達が…」


まだドラゴンが村にたどり着くまではまだかなりの時間がかかる。


その前に自分で歩いて村まで知らせに行けば避難するには十分な時間がある。


そう、自分で目の前の扉を開いて村まで知らせに行けば、余裕で村人達を避難させることができる。


そう考えたアキトが急いでロッカーの出口に手を伸ばそうとしたその時…あの時の裏切られた光景が脳裏に蘇った。


「なんで…なんでこんな時に…」


あの日のトラウマが再発し、出口へと伸びる手はピタリと止まってしまい、身体が恐怖で震え出して動かなくなってしまった。


「な、何やってんだよ…僕…。みんなの命がかかってるんだぞ?」


そう、今アキトが知らせに行かなければ確実に村は甚大な被害に合う。


そのことはもはや自明の理で、今も刻々と怒り狂ったドラゴンは村へと近づいていた。


「動け…動けよ!!なんでこんなところで躊躇ってんだよ!!ヘタレが!!」


今すぐ知らせに行かなければいけないというのに、恐怖で動けない体が言うことを聞かずにもどかしくなり、アキトは声を荒げて叫んだ。


「みんなの命が危ないんだぞ!?分かってんのかよ!?。人の命がかかってるんだぞ!?ここで動かなかったらもう僕は救いようもない奴にやるんだぞ!?」


何度も何度も自分を罵倒しながら無理やり動かそうとするが、それでも身体は言うことを聞いてくれなかった。


「馬鹿!!動け!!今動かないでどうする!?今誰かを助けなくてどうする!?。ここで何も出来なかったら、何のための力だ!?何のための能力だ!?。誰かを助けたいんじゃ無いのか!?誰かを救いたいんじゃ無いのか!?誰かの力になりたいんじゃ無いのか!?。それなのにどうして…どうして助けに行かないんだよ!!。襲われるのが分かってるのに…助けられるって分かってるのに…それなのに目の前の扉一つ開けられないなんて、情けないにも程があるぞ!!」


もどかしさのあまり目から涙をポロポロと流しながら、必死で体を叱咤して、何度も何度も自分に鞭を振るって目の前の扉を開けようとした。


だけど、そんなアキトの意志とは反して、自分を叱咤するほど身体は徐々に徐々に力を無くしていき…とうとう扉へと伸びかけた腕が力なく地へと沈んでしまった。


「…どう…して…」


アキトが退いた自らの手に落胆したのと同時に…ドラゴンが村へと襲いかかった。


天に羽ばたく巨大な身体から吐き出される炎は凶悪で、一瞬にして村の建物を燃え盛る瓦礫へと変えてしまった。


そんなドラゴンになすすべもなく、村人達は逃げ惑うが、火の手が激しく、逃げ場を失い、そして彼らがドラゴンが放つ業火の中に消えていく光景がアキトにも見えていた。


「ち、違うんだ、これは…僕のせいじゃない…僕のせいじゃ…」


村人達が灼熱の業火に焼かれる様をただただ見つめながら、アキトは一人ロッカーの中に座り込み、頭を抱えながら涙声で口を開いた。


「僕が悪いんじゃない。アイツらが悪いんだ、アイツらが僕をいじめるから僕が出られなくなっただけなんだ…」


念仏のように何度も何度も…


「僕のせいじゃない、僕が悪いんじゃない、アイツらが悪いんだ、全部アイツらのせいなんだ」


何度も何度も何度も…。


「僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない…」


何度も何度も何度も何度も…。


「僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない僕のせいじゃない…」


世界の全てを覗けても、目の前の扉すら開けることが出来ないアキトは、その責任を誰かに押し付けるしか出来なかった。


それでもドラゴンの手によって村人達が次々に苦痛で顔を歪ませながら消えていく様子をただ見ていることしかできず、そのうち胸にこみ上げるそれを誤魔化すことができなくなり、アキトは涙で枯らした声を絞り出すかのように小さくこう呟いた。












「…ごめんなさい」










全知無能


それがロッカーの中の冒険者、久留米アキトの宿命である。


そうこうしている間にもドラゴンの襲撃は着実に進行を続け、アキトが日頃から観察していたおさげの子が通っていた学び舎も灰となり、いじめられていた彼女を助けた友人もドラゴンの業火の中に消えていってしまった。


そのうちドラゴンの魔の手は家族で逃げ惑う彼女へと向かおうとしていた。


「逃げて…逃げてくれ!!」


ロッカーの中で一人で震えるアキトはその光景をただただ見つめるしか出来なかった。


しかし、そんなアキトの願いも虚しく、ドラゴンの巨大で凶悪な腕が家族へと迫った。


「逃げてぇぇぇぇ!!!!」


アキトがそう叫ぶと同時に彼女の両親が子供だけでも守るために彼女を突き飛ばし、彼女だけはその魔の手から逃れることが出来たが、両親はドラゴンの腕に捕らえられてしまった。


小さな少女でしかない彼女が凶悪なドラゴンに対して何か出来るわけもなく、ドラゴンの手の中で最愛の両親がなすすべもなくされるがままな様を恐怖で震えながら見つめる事しか出来なかった。


ドラゴンの手の中でもがきながらも、愛しの我が子だけでも生き延びさせるために、両親は彼女に必死の思いで逃げるように伝えた。


だが、両親を見捨てることができない彼女はその場で立ちすくみ、ドラゴンの口元へと運ばれる両親の最後を見届けた。ドラゴンの大きな口に丸呑みにされる最後の姿を…。


そしてそれは同時にロッカーの中で嘆くアキトにも見えていた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


目の前で最愛の人達を失う彼女への謝罪と、分かっていたはずなのに何も出来ない自分へのもどかしさと、村の人たちを見捨てた罪悪感でアキトは胸が張り裂けそうになり、ロッカーの中で声にならない声を叫んだ。


「誰でもいい!!誰でもいいから助けてくれ!!お願いだからあの子を助けてくれ!!助けて!!助けて!!誰か助けて!!」


目の前の扉すら開けられないアキトはもうどうしていいかも分からず、ロッカーを内側から叩きまくりながら助けを呼び続けた。


「助けてぇぇぇぇ!!!!!誰か!!お願いだから誰か助けて!!助けてよぉぉぉぉぉ!!!!」


恥も何も捨てて何度も何度もロッカーを拳で叩きつけながら声の限りアキトは叫んだ。


だけど、それでもアキトを守る鉄のゆりかごは何も答えてはくれなかった。


「お願いだから…だれか…だれか…助けてください…」


叩き続けた手が、叫び続けた声が、苦しみ続けた心が…ボロボロになってもう静まり返ろうとしたその時…物言わぬロッカーの代わりに誰かの声が聞こえた。


「私を…呼んだ?」


アキトがホライズンでロッカーの目の前を見ると、そこには精巧に作られた甲冑に身をまとった人物の姿があった。


「助けを求め叫んでいたのは…君?」


甲冑で顔を覆っていたため、声がこもって判断しにくかったが、甲冑から漏れ出した声は女性のものだった。


アキトには誰ともわからない人ではあったが、誰でもいいから助けを求めていたアキトには彼女が希望の光のように輝いて見えた。


「村が…村がドラゴンに襲われてるんです…」


一刻も早く状況を伝えるべきだと判断したアキトは叫び続けて掠れてしまった声で端的にそう説明した。


「ドラゴンに!?。わかった、すぐに行く!!」


彼女はアキトの声を聞くなり、すぐさま村の方へと駆けつけた。


甲冑に全身を纏っているにも関わらず、その動きは常人の動きを遥かに凌駕していて、あっという間にアキトの目の前から消え去ってしまった。


それでもアキトは彼女に一縷の望みをかけてホライズンで彼女を追いかけた。


目にも留まらぬ速さで森を駆け抜けて村の残骸へとたどり着いた彼女はすぐさまドラゴンを見つけ、腰に携えていた剣を構えた。


一方、なんとかドラゴンの魔の手を逃れて逃げ続けていた村の女の子ももう体力の限界に達してしまったのか、ドラゴンを目の前にその場で転倒してしまった。


そんな彼女をまるでアリを踏み潰すかのやつに躊躇いもなくドラゴンが足を上げ彼女を踏みつぶそうとしたその時…甲冑の彼女が颯爽とその間に割り込んで、小さな剣一本でドラゴンの巨大な足を受け止めてみせた。


「大丈夫?」


そんな甲冑の彼女の声に、村の娘はゆっくりと頷いた。


「もう大丈夫、下がってて」


その声に従って村の娘はいそいそとその場から離れた。


彼女がいなくなり、再びドラゴンと一対一で対峙した彼女は剣を天へと掲げて、声高く叫んだ。


「私の名はルーサー・アリーシャ!!。ルーサー家の名の下に、あなたを法のもとに連行します!!」


そんな彼女の声など聞く耳も持たないドラゴンは彼女の言葉を無視して彼女に向けて灼熱の業火を放った。


村の全てを一瞬で灰にした灼熱の炎であるはずだが、アリーシャの周りに展開された魔法陣に阻まれてその熱がアリーシャまで届くことはなかった。


「法に触れし獰猛な竜よ!!法の裁きが下るまで、今一時眠りにつけ!!『クリスタルパラナイザー』!!」


アリーシャが呪文を唱えるのと同時に、ドラゴンの周りに魔法陣が展開された。


そしてドラゴンの身体が徐々に凍り付くように結晶化していき、それと同時に少しずつ小さくなり、最終的にはあの巨大なドラゴンが手のひらサイズの美しい宝石と化したのだ。


村を焼き尽くしたあの獰猛なドラゴンを一瞬で沈めたアリーシャの姿をホライズンで見ていたアキトはロッカーの中で一人静かに呟いた。


「そっか…ヒーローは彼女なんだ…」


ようやく収集した事態に、アキトが一息ついていると、アリーシャと名乗る甲冑の彼女がおさげの村娘を連れてアキトが篭るロッカーの元へと訪れた。


「残念だけど…助かったのはこの子だけだった」


甲冑でこもったその声が心傷を帯びていることがアキトには分かった。


そんな彼女の言葉に、アキトは強い後悔の念に苛まれていた。


しかし、そんなアキトの気持ちを知るよしもない彼女はロッカーの中にいるアキトに頭を下げてこう述べた。


「ドラゴンの襲撃、教えてくれてありがとう。おかげで…この子の命だけでも守ることが出来た」


そんな彼女の言葉と反して、アキトの心は村人を見殺しにした罪悪感で満たされていた。


だけど、彼女の謝辞を否定して、全て自分のせいだと説明をする余力も今のアキトには残っていなかった。


だからアキトは彼女の言葉に何も言わずに無言の返事を返した。


「えっと…その…どうして村がドラゴンに襲われているとわかったの?」


彼女は彼女でロッカーの中に引きこもるアキトの姿に思うところがあったのか、戸惑いながらもまずはなぜ村の襲撃をアキトが知っていたのかを尋ねた。


「それは…僕には分かるんだ。この中にいてもだいたいここから半径50キロ以内ならどこでも見通せるんだ」


「それは…つまり透視魔法ということ!?しかも50キロも!?。凄い魔法を授けられたね!!」


彼女の声色からその言葉が社交辞令などではなく心からの言葉なのだとアキトにも分かっていた。


あのドラゴンを一瞬で沈めた彼女が言う『凄い』なのだから、アキトの魔法はこの世界でも指折りの魔法ということが彼女の仕草から見て取れた。


だけど…今のアキトには…。


「別に何も凄くないよ。見える視野がただ広いだけで…僕は目の前の扉すら開けられない無能なんだから…」


アキトの言葉に何かを察したのか、アリーシャはなんといっていいか分からなくなって、一瞬黙りこくってしまった。


そしてすぐさま何かに気がついたのか、頭にかぶった兜を脱ぎ捨て、その素顔を僕に晒してアキトに自己紹介してきた。


「そういえば自己紹介がまだだったね。私はルーサー・アリーシャ。法を司るジャッチマスターたるルーサー家の娘」


美しく輝く金色の長髪を草原の風になびかせ、可愛げがありながらも芯のある声で自らの名を名乗ったアリーシャの素顔を見て、アキトは驚きで目を見開いた。


初めて出会ったはずのアリーシャの顔が…あの時自分を裏切った昔好きだった彼女の顔と瓜二つだったから…。


だからアキトは戸惑いと緊張と、そして恐怖で何も言えなくなってしまい、言葉に詰まって返事ができなかった。


「ところで…透視でドラゴンが迫っていることが分かっていたのに、どうして村に知らせなかったの?」


そんなアキトの心境をよそに、彼女は無邪気にそう尋ねてきた。


「それは…」


『それは僕が目の前の扉すら恐怖で開けられなかったから』なんて情けない言葉を、そのせいで大切な肉親を失った村の女の子と、そして昔好きだった彼女に瓜二つの君を前に言えるはずもなく…


「開かないんだ、このロッカー」


アキトは思わず嘘を吐き出した。


これがアキトとアリーシャの出会い。


そして…ロッカーの中の冒険者の本当の冒険の幕開けなのだった。


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