第5話 冷たいゆりかごに揺られ
有り余る時間の全てをホライズンで冒険していたアキトだったが、ロッカーの中から見渡せる世界はもう見慣れすぎて目新しいものもなく飽きてしまっていた。
だが、それでもアキトには他にすることもなかったため、結局ロッカーの中から冒険することしか出来ず、アキトは暇つぶし程度にホライズンで最初に見つけた村の様子をずっと眺めていた。
アキトのお気に入りは三つ編みのおさげをぶら下げた明るく活発な例の女の子。
抜けているところも多々見られるが、友達思いの優しい女の子だ。
ドジな面が表に出て空回りも多いが、それでも彼女はいつだって誰かの助けになろうと奮闘していた。
今日だって彼女の友達が無くしたペンダントを一日中探し回り、全身泥まみれになりながらも誰かの助けとなろうとしていた。
誰も見ていなくても真っ直ぐに、そして健気に頑張るその少女の姿にアキトは目が離せなかった。
「馬鹿なくせに…よくもまぁ、頑張るよな、あの子」
口では悪く言いながらも、彼女の懸命な姿はアキトを元気付けるものがあった。
そんなある日のこと、彼女は子供達が集まる学び舎のボス的な存在の男の子に花瓶の水をこぼしてしまった。
もちろんわざとではないが、何もないところで転んで水をかけてきた彼女にその男の子は激怒した。
そしてその日以来、彼女に対するいじめが始まった。
相手が女の子でも容赦なく、暴力を振るい、彼女をボロボロに痛めつけた。
人気もなく誰も助けに来ない暗い場所で何人もの子供が彼女を取り囲み、痛みつける中、彼女は身を丸めて震えながら痛みに耐えていた。
そんな無残な光景をアキトは何を思うでもなく、ただ漠然と傍観していた。
「…まぁ、そんなもんだよ」
ロッカーの中から彼女を見下しながら、アキトは小さくそんな声を漏らした。
その後も傍観を続けながら後、ただ痛めつけられる様を見るのも胸糞悪くなり、他に視点を移そうとしたその時、ひとりの子供が大人を連れて彼女の元に駆けつけて来たのだ。
大人の姿を見るなり彼女を痛めつけていた子供達は散り散りに走り去っていった。
大人を連れてきたその子は彼女の友人で、以前ペンダントを彼女に見つけてもらった子だった。
その子は彼女の元へと駆け寄り、優しく声をかけて彼女へと手を差し伸ばした。
手を差し伸べられた彼女は瞳を涙でにじませ、その子に抱きついた。
そして抱きつかれたその子は優しい両手で彼女を抱きしめ返した。
「…なんだよ、それ」
そんな光景を目の当たりにしてアキトは小さな声でそう呟いた。
「俺があの時誰にも助けてもらえなかったのは、俺のせいだって言うのかよ…」
アキトは好きな子に裏切られたあの日の光景を思い出していた。
村で抱き合う二人の姿がもしも自分が普段からあのおさげの子のように優しく振舞っていたら、あの時彼女は自分を裏切らなかったとアキトに言っているような気がしたのだ。
「違う…違う違う違う!!僕は悪くない!!悪いのはあいつらだ!!あいつらが全部悪いんだ!!」
あの時自分に落ち度があったのではないかと言う猜疑心に駆られたアキトはそんな疑いを否定すべく、ロッカーの中で叫び狂った。
「僕は悪くない!!僕はこんなにも凄い力を持っているんだ!!そんな僕が悪いはずがない!!僕は正しい、僕は正しいんだ!!」
ロッカーを内側から何度も何度も叩きつけながら、アキトは吠え狂った。
「僕は凄いんだ!!だから僕は正しいんだ!!僕が間違ってるはずがないんだ!!全部あいつらが悪い!!全部あいつらが悪いんだ!!」
何度も何度もロッカーに拳を叩きつけ、手を血でにじませながら、それでも何度も何度もロッカーを叩きつけたのは、自分の非を認めてしまったら、もうこんな自分では何も出来ないと絶望してしまいそうだったから…。
自分が情けなくて、気が狂いそうになってしまっていたから…。
しかし、やがてそんな行いに意味が無いことを察してしまい、アキトはロッカーに叩きつけた血塗れの手からゆっくりと力を抜いて、うな垂れるようにロッカーに寄りかかって、涙声で小さく呟いた。
「それでも…優しくしたら助けてくれたのかな…」
だけど、彼の身を守る鉄のゆりかごはそんな問いかけに何も答えてくれない。
ロッカーは何を語るでもなくただ冷たく彼を包み込むだけ。
そのことに気がついたアキトは涙で声を枯らしながら力なく言葉を吐いた。
「せっかく力を手に入れたんだ…こんな僕でも誰かの役に立てるんだ…」
この力で、誰かを救おう。
なるべく多く、たくさんの人たちを救おう。
こんな冷たい檻じゃなく、いつか温かい誰かに抱きしめてもらえるように、と…。