第4話 ロッカーの中は全知無能
あの日以来、アキトは幾度もなく検証を重ね、ある結論に至っていた。
ロッカーの中で冒険した世界の景色は全て本物である、と…。
あの巨大な竜が青い月へと飛んでいく様をロッカーの中から覗き見た後、実際に月に向かって飛ぶ竜のシルエットを覗き穴から見つけた時、アキトはそんな予感をしていたのだ。
それ以来、アキトはロッカーの中で冒険した景色からあらかじめこのロッカーの覗き穴からそのうち見えるであろう生物をピックアップして、実際に見えるかどうかを確かめるという検証を何度も何度も繰り返していたのだ。
そして検証の100回中100回が実際に覗き穴から見えたのを確認したアキトは確信した。
自分はロッカーの中から実際に世界を冒険しているのだと…。
「…凄い、凄い…本物だ。本物の超能力…いや、本物の魔法だ!!」
自分の力に気がついたアキトは興奮しっぱなしだった。
「やっぱり僕は特別だったんだ!!あいつら凡人とは違う!!僕は特別だったんだ!!はははははは!!!僕は特別!!僕は天才!!やっぱり僕は正しかったんだ!!間違っていたのはあいつらの方だったんだ!!今に見てろ…凡人が天才を怒らせたらどんな目に合うか見せてやる!!」
自分の能力に目覚めたアキトはかつて自分をいじめたいじめっ子達へと憎悪を露わにしてロッカーの中でそう叫んでいた。
それと同時に、アキトは自身の能力でどこまで遠くまで冒険できるのかを調べてみることにした。
そしてその結果、ロッカーの中から見えるのは自分を中心に半径およそ5kmまでということが判明した。
それより遠くを見ようとすると不思議と頭の中にビジョンが浮かばなくなってしまうのだ。
「はははっ、5キロも遠くを見渡せるなんて…天才だぁ…やっぱり僕は天才なんだぁ」
己の能力に溺れたアキトはそう言ってしばらく歪んだ笑みを浮かべていた。
自分を中心に半径5キロまで見えると言っても、一度にその全ての景色が見えるわけではなかった。
半径5キロまで操作ができるドローンに乗せたカメラで外の世界を映して見るような感覚で世界を見渡すことができるのだ。
それが引きこもりのアキトに授けられた力。
アキトはこの自身の能力を『ロッカーの中の冒険者【ホライズン】』と名付けた。
そしてアキトはホライズンで四六時中世界をロッカーの中から冒険し続けた。
それと同時にこうやって能力を使い続ければ少しずつだが、より遠くまで冒険できるようになったことにアキトは気がついた。
アキトは来る日も来る日も寝る間も惜しんで冒険を続けた。
その過程でアキトはこの世界に存在するさまざまな不思議な存在と出くわした。
草原を跋扈する魑魅魍魎のモンスター、ジャングルの奥地でひっそりと咲き乱れる七色に輝く花、砂漠の遺跡で眠る前人未到のダンジョン、山に住み着く凶悪な竜の巣…そんな日々を繰り返しているうちに、アキトのホライズンで見渡せる範囲は気がつけば50キロほどまで拡張していた。
普通なら草原を跋扈するモンスターが危険で歩き回るのも困難な草原をアキトは自由に駆け抜け、一度入れば二度と出られないくらい複雑に群生する魔のジャングルに生い茂る世にも珍しい花々も飽きるほど鑑賞し、誰も攻略できていない難攻不落のダンジョンも細部まで事細かに把握して、凶悪すぎて見るだけで足がすくむ竜相手にも堂々と巣の中で居座ることができた。
「ははっ、凄い…凄いんだぞ、僕は。こんなこと誰も真似出来ない。こんなことできるのは僕だけだ。どうだ?愚民ども、お前らにこんなことできるわけないよなぁ?。ははっ…ざまあみろ、ざまあみろ、ざまあみろざまあみろざまあみろ…」
アキトは自分だけの特別な力を手に入れ、悦に浸っていた。
だけど、それでもアキトは時々無性に虚しくなる。
草原を自由に駆け抜けても風を感じることはできない。
七色に輝く花も見るだけで匂いを嗅ぐことも出来ない。
前人未到、難攻不落のダンジョンの最奥部に眠る宝箱を見つけることができても手に入れることはできない。
竜の巣を訪れても認識すらされない。
結局ロッカーの中に閉じこもっている自分には、何一つとして手に入れることができない。
ロッカーの中の冒険者のままでは、世界を知ることは出来ても、触れることは出来ないのだ。
そう考えるとアキトは自分の空っぽな手のひらが無性に虚しくなる。
何も得るものがなくて虚しくて、薄暗い檻の中が寂しくて、誰かの温かさが恋しくなって…だけど、それでもアキトは目の前の出口を開けることは出来なかった。
今まで何度だってこの目の前の扉を開けて、自分の足で冒険に出たい衝動に駆られた。
だけどその衝動に任せて出口へと手を伸ばすたびに、思い出したくもない忌々しい光景がフラッシュバックして、手が前へ進むことを拒絶して、身体が吐き気を催して、足がすくんで動けなくなって…そしてそんな情けない自分が腹立たしくて、涙で視界がぼやけてしまうのだ。
アキトは世界を見渡すことができる。
きっとこのままいけばホライズンの能力はもっともっと拡張され、いずれは世界中をロッカーの中から見渡すことが出来るようになるかもしれない。
そうすればアキトは世界の全てを知ることが出来る。
ありとあらゆる世界の理を知ることが出来るのだ。
だけど…それでもアキトの手には何もない。
全てを知ることが出来ても、アキトは世界に干渉することは出来ない。
結局ロッカーの中からでは、アキトに出来ることなど何一つとしてないのだ。
全てを知ることが出来るが、何もすることは出来ない。
『全知無能』
それが久留米アキト、ロッカーの中の冒険者である。