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第2話 扉を開けなければ…

あるはずのないロッカーの出口の先に広がる未知の世界を覗き穴から見つめるアキトの日々が幕を開けた。


ロッカーの中で呪詛を吐くにも、後ろの出口が気になって出来ず、他にこれといってやることもないアキトにできることはそれくらいしかないのだ。


ロッカーの出口など普通では考えられない出来事に流石のアキトも最初は自分の妄想かと疑っていたが、ひとりぼっちのアキトにとって彼の目に見える世界が全てなのだ。


その見えるものが本物かどうかなど取るに足らない些細な問題でしかない。


だから目の前に見えるあり得ない光景をいきなり受け入れるのは普通ならあり得ないだろうが、アキトはその自らの異常性を理解しながらもロッカーの出口から見える眩しい世界から目が離せないでいた。


もしもこの扉を開けたなら…どんな世界が僕を待っているのだろうか?。


そんな期待が膨らむばかりで、目の前の光景を幻だと疑う発想さえ、すでにどこかに消えてしまっていたのだ。


だけど…アキトはそんな期待に反して、目の前にあるはずのロッカーの出口を開けられないでいた。


この鉄のゆりかごの中にいれば無敵、扉を開けなければ何人たりとも自分を傷つけられない。


だけど…扉を開けてしまったのなら…。


アキトの脳裏に昔の光景がフラッシュバックした。


アキトがまだ小学生の頃、いつものようにいじめっ子達に追い詰められ、掃除ロッカーの中に隠れていたアキト…そんなアキトを追い詰めるため、いつものようにいじめっ子達はロッカーを叩きつけていたのだが、しばらくすると飽きてしまったのか、ロッカーを叩きつける音は聞こえなくなり、ロッカーは静寂で満たされた。


ロッカーの覗き穴から外の様子を覗き込むと、いじめっ子達の姿はなかった。


その代わり、当時アキトが密かに想いを寄せていた女の子がロッカーの前に立ち、小さな声でロッカーの中のアキトに声をかけてきた。


「もう出てきて平気だよ、アキトくん」


彼女のそんな言葉を聞いたアキトはなんの疑いもなく扉を開けた。


好きな女の子に助けてもらい、ロッカーの中から嬉しそうな顔をして出てきたアキトの顔に反して、彼女の顔は暗く、そしてアキトの顔から目を背けて彼女は小さく呟いた。


「…ごめんなさい」


なんのことかわからず戸惑うアキトに、ロッカーの脇に隠れていたいじめっ子達がアキトに飛びかかり、アキトを羽交い締めにしてサンドバッグのように殴りつけた。


扉を開けようとするたびにあの日の光景が蘇り、思わずその手を退けてしまうのだ。


扉を開けなくても出口の外の世界への未練は捨てきれないアキトは覗き穴から外の世界を覗き込むことしか出来なかった。


そんな日々が数日続いたある日、アキトは覗き穴を通してロッカーの目の前にウサギのような生き物がいるのに気がついた。


『ウサギのような』というのは、その生き物は身体の骨格こそウサギと瓜二つなのだが、二足歩行をしていて、長い二つの耳が先端で二股に分かれていたのだ。


少々歪ではあるが70%はウサギと同じ、小さくて愛らしいウサギが二足歩行する姿は引きこもりのアキトの興味を引いた。


少しくらいなら…開けても大丈夫…。


アキトは何度も何度も自分にそう言い聞かせて、恐る恐るロッカーの出口へと手を伸ばした。


だが、それでも昔の記憶がフラッシュバックしてアキトの決意を何度も滲ませる。


忘れることもできず、ぬぐい去ることもできないトラウマに吐き気と過呼吸に苛まれながらも、アキトは出口の扉に手を触れ…そして決意と共に扉を開けた。


キィーっと古い鉄が擦れる音を立てながら、ロッカーの出口は静かに開けられた。


ロッカーの扉が開かれたことで遮るものが少なくなり、もういつぶりかわからない太陽の日差しに晒されてアキトは思わず目を細めた。


アキトは久方ぶりに『眩しい』という感覚を思い出した。


ようやく開けた扉…だが、そこから一歩踏み出す勇気が持てないアキトはロッカーの中にしゃがみこみ、ウサギらしき生き物に手をこまねいて見せた。


「おいで…怖くないよ…」


最後に生物にいつ触ったかもわからない寂れた手が生き物の温かさに飢えているようにも見えた。


そんなアキトの寂しさに惹かれたのか、ウサギはトコトコとアキトの方へと歩き出してきた。


「おいで…おいで…」


温かさに飢えたアキトの手がウサギに触れそうになったその瞬間…突如としてウサギは鼓膜を破るかのような薄気味悪い奇声を上げてアキトに飛びかかった。


突然の出来事になすすべもないアキトはウサギの飛び蹴りをモロに顔面に喰らい、そのままロッカーの中で気を失ってしまった。


ああ…やっぱり扉を開けるんじゃなかった。


扉を開けなければ…飛び蹴りなんて喰らわずに済んだのに…。


アキトが意識を失う直前、アキトの脳裏に走馬灯のようにあの日の光景が蘇った。


ちくしょう…


扉を開けなければ…ボコボコに殴られずに済んだのに…。


ちくしょう…ちくしょう…


扉を開けなければ…あんな痛い目見ずに済んだのに。


ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!


扉を開けなければ、こんな笑われることはなかっただろうに!!。


ちくしょう!!


ちくしょう!!


ちくしょう!!


ちくしょう!!


扉を開けなければ!!


扉を開けなければ!


扉を開けなければ…





…あの子を泣かさずに済んだのに。







そしてアキトはロッカーの中で一人、気を失いながら、涙を流していた。


アキトに襲いかかって逃げ出したウサギのようなモンスターに反して、ロッカーの中で気絶するアキトの元へ近づく影が一つあったとさ。

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