43話 ニールの肩
投稿が体調不良で遅れました。
翌朝、透子が起きると、ウォーターマットが残されたまま、誰もいなかった。
「う~ん・・・あれっ? うそ! 誰もいない!」
透子は慌てて起き上がると、展開していた全ての魔法を解除して、ログハウスの外に出た。
ビューシッ、ビューシッ、ビューシッ、ビューシッ
ビューシッ、ビューシッ、ビューシッ、ビューシッ
ビューシッ、ビューシッ、ビューシッ、ビューシッ
クーリン、コーク、ラータンの3人は木剣で素振りをしていた。
ニールさんがそれを見て、あーだこーだといろいろ指導していた。
透子はおそるおそる近づいて、声をかけた。
「おはようございます?」
「ああ、おはよう!」
ニールはさわやかな笑顔で返した。
「なんだか寝坊したみたいで・・・これは朝の剣の訓練ですか?」
「いや、よく寝ていたからさ、起こさなかったんだ。魔力の回復には睡眠が大事だからね。俺が朝練始めていたらコークが来て真似始めて、後からラータンとクーリンも来てやりたいっていうんで、やらせたんだけどなんか基礎が全くできてないんでね、ついいろいろと手と口が出ちまったのさ。」
「あーそうなんですか、クーリンが木剣持っているのは初めて見ました」
「だろうね、獣人で武器を持つのはガーディアンと兵士くらいだからな、あとは一部のハンターか」
「あの、ガーディアンって、どういう仕事をするんですか?」
「ああ、基本的に傭兵というか護衛だよ、人や物・貴重品とか、その両方・商隊とかのな」
「ハンターとは違うんですよね?」
「そうだな、ハンターは素材採集と狩猟だからな、場所も基本的に森林や山になる、ガーディアンは街道の護衛と街中の移動中とかだな」
「なるほど、違いがわかりました」
「渡来者の従者はガーディアン的な感じだからさ、クーリンは何か武器が使えるようになったほうがいいと思うぞ、牽制や脅しにも対抗できるしな、トーコさんの魔法はすごいと思うがそれだけに頼るのは危ないと思うんだ」
「・・・魔法が使えない場所があるとか?」
「場所というよりも状況かもしれんな」
「私も武器が必要だと思います?」
「うーん、どうだろう? メスだからな、ゴロツキに絡まれたとき逃げれるくらいの体術があればいいんじゃないかな? いざとなれば中途半端な武器よりワイバーンも倒したというあの氷雪魔法のほうが強いと思うし」
「あー、なるほど!」
「まあでも、ナイフか小剣は武器としてより道具として持っていたほうが、何か切ったりする時必要だと思うから持ってないなら村で購入することをすすめるよ」
「そうなんですね、わかりました」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ここから先は、村道を上って行く。距離は半日くらいだし、道は馬車が通れるようになっているからゆっくり歩いても昼過ぎくらいのは着くだろう。」
「この道は下らずに上るの?」
「下れば山のふもとの町へいく。村へは上りになる。じゃあ行こうか」
昨日と同じように、ニール、トーコ、クーリン、ラータン、コークの順で進んで行く。
昨日のデコボコ獣道と違って馬車が通れる程度には平地になっているので、透子でもつまずいたり転びそうになることもなく、普通に歩いていく。
普通に歩けるということは、目線も前を向く、というかニールの背中を見て歩く、ということになる。
しばらくすると、透子はニールの後ろ姿がすごく気になるようになっていた。
歩き方が変なわけではないのに、妙な違和感を感じるのだ。
自然とジィーと見つめながら、首を傾げて考えながら歩いていた。
暫く行くと道の脇に点在する路肩で小休憩を挟むためニールが道を外れた。
「ここで少し休もう」
「「「おう」」」
「トーコさん、水頼む」
「はーい」
「俺も」
「俺も」
「はい、はーい」
「ニールさん、どこか体の具合が悪いところがあるんじゃないですか?」
「ん? そうかな? なんでそう思う?」
「う~ん、なんか歩いている時の後ろ姿がね、バランスがおかしいというか違和感を感じるんですよね」
「そうか」
「あー、それ、ニール兄の肩じゃね?」
「あっ、肩をケガしたって言ってたよな」
「肩ですか? もしかして右肩?」
「ああ、だがもう治ったんだ」
「そうですか? でもおかしいところがあるんですよね?」
「ポーションも飲んだし、ヒーラーにも魔法をかけてもらったがこれ以上はムリだそうだ」
「・・・私に触らせてもらっていいですか?」
「・・・ああ」
透子は詠唱して『ウォーターマット』をだす。
「じゃあここに座って肩を診せてください」
透子は右と左の差を確認しながら、肩の筋肉の状態を触診していく。
「ニールさん、肩の動きを診るので腕を私の動きに合わせて動かしてくださいね」
透子は肩の挙上・外転・外旋の他動運動や水平屈曲など徒手検査をする。
「ニールさん、もうこれ以上挙げられないですか? 痛みはありますか?」
「ああ、もうこれ以上はムリだ。上げようとすると痛いな」
「これはどうですか?」
「ああ、ここも痛いな」
「こちらへ動かすことができますか?」
「あー、ここまでだな、これ以上はムリだ」
(これは、凍結肩だね、ケガの後遺症かな?)
「ニールさん、夜寝ているときに肩が痛くなって起きたり寝れなかったりしますか?」
「ああ、よくわかるな、そういうこともあったな」
「今はないですか?」
「ベッドで寝ればないが、野宿するとあるかな」
(夜間痛があるのね、温めたほうがいいかも)
「私が肩に施術していいですか?」
「施術って?」
「えっと、指圧マッサージです。手で筋肉を押したり揉んだり捏ねたりして痛みのあるところを楽にする方法です」
「あっ!ウサギのばあちゃんの膝治したやつだろ! ばあちゃんピョンピョンしながら言ってたぞ」
「あー、腰も良くなったとかばあちゃん言ってたな」
「おお、それなら俺も聞いた。ポーションでもヒールでもない、初めて聞く方法だが、すごく効いたとか」
「いやぁ、あれは思っていた以上に良くなったんで、私もビックリしたんです。ニールさんの肩にどこまで効くかはやってみないとわからないです」
「おお、よろしく頼む!」
ニールはキラキラとした瞳で透子をみた。
透子はたじろきながら言った。
「あまり期待しすぎないでね・・・じゃあ、このマットにうつ伏せに寝てもらっていいですか、少し温めます」
『ウォーターホットパック』
透子はいつも治療院で使っていたホットパックと同じ形状の温水球をだして、ニールの肩に乗せた。
「このままこれで暫く肩を温めますから、そのままでいてください」
「へー、ニール兄、どうなの?」
「ああ、なんかいい感じだ」
「ねえ、それ中身温水なんだよね? あてておくだけで良くなるの?」
「楽にはなるよ、良くなるには足りないかな」
「指圧マッサージ?しないの?」
「するけど、筋肉を先に温めておくと、硬くなった筋肉が緩んで指圧マッサージしやすくなるんだよ」
「へーそうなんだ」
「ヒールと違うんだよね、魔法は使わないの?」
「うーん? ヒールとは違うと思うけど、精霊魔法のことがそもそもわかってないんだよね。なんとなく使っているというか、使えちゃったというか、なんで。指圧マッサージは元の世界で仕事にしていたからできるけど、魔法のない世界なので魔法はなかったはずなんだけどね、ウサギのおばあさんにした時は魔法が発動した感じがあったので、どうなんだろうね? 私もよくわからないのよね」
「ふーん、じゃあ、ニール兄にその指圧マッサージをすれば、魔法が発動するかわかるんじゃないか?」
「そうかもしれないね」
「じゃあ、早くやろうよ」
「う~ん、そうねぇ、じゃあそろそろ始めようかな」
透子はウォーターホットパックを背筋上に移動して、肩上部に手を置いた。
「ニールさん、じゃあ指圧マッサージをしますね。痛かったらゆるくしますので言ってくださいね」
「ああ、よろしくな」
透子が軽擦をしてから肩上部に指圧をしていく。
肩甲骨間、肩甲骨周り、背筋、腰筋、首筋周り、上腕と、指圧と揉捏を交互に繰り返しながら、経絡の流れを意識していく。
ポワァーと透子の手掌下が光り、薄い水色がかかった半透明な膜がニールの体を包み込んでいく。
「うわー、光った!」
「こっこれ、なんかの魔法が発動しているよな?」
「うーん、そうだね、ヒールとは違う水属性のトーコの癒しの魔法だ。・・・オリジナルかな?」
クーリンが首をひねりながら言った。
「オリジナルって?」
「あっ!聞いたことある、ヒューマンが考えた今までにない新しい魔法のことだよ」
「へーそうなんだ」
「オリジナルは考えた本人しか使えない場合と、手解きをうければ他の者でも使える場合があるらしいぞ」
「そうだね、でもこれは職業かその技術に帰属するみたいだから、指圧マッサージができないと発動しないんじゃないかなぁ?」
「へーそうなんだ」
「見ているとそんな感じだよな、真似できそうでムリっぽいもん」
「じゃあ、ニールさん、今度は右を上にして横向きでお願いします」
「おお、わかった」
透子は首筋周りから肩関節まわり、上腕、腋窩、前腕と指圧マッサージを続けていく。
透子の手掌が触れたところは、淡く発光して水色の半透明膜に包まれていく。
「ニールさん、肩の関節を動かします、力を入れないで動きに軽く乗ってくださいね」
透子は上腕を保持して肩関節を回していく。
テンションを変えたり圧を加減したりしながら可動域を矯正し広げていく。
透子の動きに合わせて淡い発光が強くなったり収まったりして水色の膜が波打つように揺らいでいる。
「ニールさん、それでは始めと同じように座ってください」
「おお」
「それでは、もう一度始めのように肩を動かしてみます」
透子は右肩を挙上・外転・外旋の他動運動や水平屈曲をしていく。
「動くようになりましたね、左も同じようにしてみますね」
透子は左肩を挙上・外転・外旋の他動運動や水平屈曲をしていく。
「どうですか、右と左同じくらいに動けるようになったとおもいますが、自分で動かしてみてください」
ニールは自分で肩をグルグル回したり、バンザイしたり、エアー素振りをしたりした。
「いい! すごく動く!ケガをする前に戻ったようだ! 痛みもないし凄い!」
「うん、大丈夫そうですね、ほんと良くなって良かったです」
ニールは透子の手をつつんで持って、感激したように言った。
「本当にありがとう! あなたは本当に素晴らしいヒーラーだ! 右肩が重くなっていてガーディアンを続けていけるか悩んでいたんだ。ありがとう」
「良かったな、ニール兄!」
「おう」
「うん、良かったね! でもトーコさんヒーラーじゃないみたいだよ?」
「ん? そうなのか? でもギルドのヒーラーよりずっといいと思うよ。なによりも気持ちよかったしな」
「ヒーラーのヒールは気持ち良くないんですか?」
「ヒーラーの腕にもよるかな? ケガしていれば普通に痛いしな」
「トーコさん、ヒーラーになれそうじゃん!」
「光じゃないけど水属性だし、いいんじゃないか」
「うん、興味があったら街のギルドで研修受けたらいいと思うな」
「ギルドで研修ですか?」
「ヒーラーを希望する者は、光か水か闇の属性持ちであれば可能だ。ギルドで研修するか魔法学校に入って学ぶことになっているんだよ」
「魔法学校! あるんですね、入るのは難しいですか?」
「トーコさんの魔力なら大丈夫と思うけどね、魔法学校の受験は有力者の推薦が必要なんだ。なんとか長の推薦かギルドの推薦があれば領都の魔法学校、貴族の推薦と学力があれば王都の魔術学校を受験できる。」
「王都は学力がいるんですね」
「王都は国内最高レベルの人材を集めるから、魔法に限らず文官も武官もお勉強ができないと無理だな、ということで、お前らも王都を目指してがんばれ!」
「ゲッ!」
「はい」
「・・・なんだ、ゲッて! 親が泣くぞ」
ニールはコークの頭を小突く。
「勉強はラートンにお任せてなんだよ、ニール兄だって似たようなもんだろ!」
「・・・しょうがねぇなぁ」
きまり悪そうに言う。
「フフフフフフ・・・」
「ハハハハハハ・・・」
「ハハハハハハ・・・」
透子・クーリン・ラートンが笑う。
「それじゃ、そろそろ行くか」
ニールの声かけで一行はノアキネー村に向かって行く。
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