37話 里の住民達の思い
〖里長視点〗
ある日、ト―ルが黒目黒髪の若いメスヒューマンと、オスのカワウソとカメの旅人をつれてきた。
遡ること数日前、ノア山麓西側で落雷と地鳴りが起きて、ノアキネー村から鳥便にて渡来者来訪の可能性と保護を求める通達が領主から出されていた。
ト―ルの報告を聞いて、通達の渡来者であると確信した。
渡来者は例外なくヒューマン、そしてこのような森林の山奥からメスヒューマンが一人で現れるということがあり得ないからだ。
ヒューマンは基本、町や都市に住む、村や森に行く場合はチームやパーティーの集団で動く、オスの斥候なら単独で動くこともあるが、メスはない。メスで斥候なら獣人だからだ。
現在まで来訪が確認されている渡来者は、4人。所在が明らかなのは光と火。天は行方不明エルフの森にいるらしいという噂だ。闇か水と思われる渡来者は海で生死消息不明。地は未確認だ。
同じ属性は同時に存在しないのであれば、此度の渡来者は闇・水・地のいづれかであろう。
ホータンは思う。
ミミズクの巫女たちから依頼されている、闇魔法のヒューマン探しが難航しているが、黒目黒髪のヒューマンならば、闇の渡来者である可能性が高かろう。
これで、カイザーミミズク王の問題が一気に解決するであろうか?
・・・メスヒューマンの旅人は渡来者だったが、属性は水。
カワウソとカメを見て眷属の従者と思わず、水属性を疑わず闇属性と思い込むとは!
外見に惑わされるとはワシももうろくしたもんじゃな。
それにしてもコータスは情けない! いい年して引きこもりとは#
トーコ殿は歩く湧水口だった!
我らではありえないほどの水量をガバガバ・ジャブジャブと出す。
それで全く魔力切れがないようだ。
各家から喜びの報告が届く。
マリーはいつもコータスの魔力切れを心配して、給水量を遠慮していたが、今日はたっぷりと給水したせいかとても機嫌がよい。
入浴が好きな妻のためにヒューマンの風呂を作ったが、給水不足でめったには入れなかったが、昨夜はトーコ殿のお陰で満喫したようじゃ・・・とても良い匂いがした。
マリーの笑顔はワシの癒しじゃ、ワシも久しぶりにハッスルして頑張った、ワシも満足じゃ!
〖エナ視点〗
うちのダンナが、メスヒューマンとオスカワウソを連れて帰ってきた。
黒目黒髪の見慣れない服を着て、うちの子供たちをキラキラとした瞳でニコニコと見ていた。
子供好きなのか、息子を嬉しそうに抱っこして面倒をみてくれて、助かったわ。
オオカワウソはたまに見ることがあるがコツメカワウソとは珍しい。
強面のオオカワウソとは違ってなかなかの可愛い系美男ね、うちの子供たちが興味深々だわ。
あら、よく見るとカメもいたのね、・・・なんかひと癖ありそうな爺様カメだこと!
あらあら、ミナったらすっかりコツメカワウソがお気に入りね・・・クーリンとか言ったかしら?
異種族間結婚を反対するわけではないけど、できれば遠くにお嫁に行ってほしくないんだけどねぇ~
ダンナを説得するのが大変そうだし・・・
ダンナは、どうやら前々から探している闇魔法のヒューマンだと思っているようだ。
嬉々として嬉しそうに里長のところに報告に向かった。
この間の地鳴りと落雷で領主が渡来者来訪の可能性を通達してきた。
山林で見かけたら保護するように里長から伝令されていたが、よりにもよってうちのダンナが見つけてくるとは思わなかったのでびっくりしたが、話してみるとトーコは街に住むちょっと育ちのよさそうなしっかりとした娘さんって感じだった。
渡来者の破天荒な噂とは全然違う、ノアキネー村にいるヒューマンより平たい顔の小柄な保護すべき少女な渡来者・・・ナイわ、あれは火の渡来者のことだったわね。
渡来者には属性の眷属の従者がいると聞く・・・カワウソとカメ、どう見ても水属性よね?
うちのダンナの頭は大丈夫かしら?
あとでトーコに、貯水槽に給水を頼んでみましょう。
広場が騒がしくなっていると思って駆けつけてみたら、見たこともない巨大な建造物があった。
近くで見ると氷で出来ていて、触るととても冷たかった。
聞くと雪を固めた雪像の遊具だという。
ああぁ、渡来者はやっぱり破天荒だわ、こんな魔法は見たことも聞いたこともない!
でも、子供たちはとっても楽しそうだ。
オスたちはトーコが闇魔法じゃないことにガッカリしているようだけど、私たちメスは貯水槽や水瓶などあらゆる所を満水にして、鍋までお湯を注いでくれて、初めてみる氷雪魔法にスノースライダーに子供たちの明るい笑顔・・・感謝しかない。
それなのに、オスどもの不甲斐なさと言ったら、腹ただしい!
おめおめとフクロウ長老たちにトーコを攫われるとは!!
ああぁ、どうか無事に戻ってきますように・・・
トーコが美味しいと言った焼き菓子をたっぷりと作ってはちみつハーブティーを用意しておきましょう。
〖エルト視点〗
トールが探していた闇魔法のヒューマンを見つけて里に連れてきたようだ。
泉の森に再生と王の復活はカイザーミミズクたちだけでなく、この地に住む者一同の総意だ。
通達の渡来者の可能性があるらしい、これが本当ならこんなに喜ばしいことはない。
よくやった!と、トールを褒め殺ししたい。
・・・ヒューマンは渡来者だったが、闇属性でなく水属性のようだ。
カワウソとカメを連れていたと聞く、水属性しかないだろうが・・・
トールはいいやつだけど、おっちょこちょいだからな・・・エナに尻に敷かれているのもしょうがないな。
広場に巨大な建造物が出現した!
なんだなんだと行ってみれば、渡来者トーコの氷雪魔法による遊具だった。
ビルのやつは、率先してスノースライダーで嬉々として楽しんでいたが、さすがに俺のような巨体じゃムリがあるだろう。
こういう時身軽なやつが羨ましいと思う、あいつは材木運びなど力仕事のできるやつを見ていいな的なことをこぼしていたこともあったが、ないものねだりだからな。
そもそもウサギとクマじゃ種族の特性が違うんだからしょうがないな。
俺らの里には慢性的な水問題がある。
この里が開拓された頃は、近くにいくつかの泉があった。
このノト山に連なる山脈で北の山が噴火したら、ここら辺はたまに風に乗って灰が飛んでくるくらいで被害がないと思っていたが、地水脈に変動があって泉が枯れ始めたのだ。
水の精霊様が激減し祝福も得られなくなってしまった。
今では水魔法に頼るか、川から汲んでくるしかない。
それが、先日の地鳴りで近くの山壁に湧水が発見されたのだ。
里では朗報に湧きあがったが、如何せん滲み出る湧水で湧水口がわからないため、壁に広く分散して地に付くまでに湿った状態で、水として溜まらないのだ。
これを打開するため、トーコに協力を願った。
結果的に、予想外になったが大成功だった。
俺とビルとマックは温泉の精霊様と邂逅し祝福を授かった。
湧水口を発見し開口部を広げて、常に垂れ流し状態になった。
温泉水なのでお湯で熱めなくらいだ。
地魔法で成型して、風呂と洗い場を作ることになった。
寒い季節に重宝するだろう。
俺は土属性の祝福があっても魔力がほとんど使えなかった。
できるのはわずかにパワーアップするくらいだ。
おれが温泉の精霊様に祝福を受けたのは宝の持ち腐れなんじゃないか?と、里への帰路そう思い始めた。
里長の家の庭で訓練を始めたら、ビルもマックもビューと見事に放出出来るようになった。
トーコの指導する詠唱『ホットミネラルウォーター』で出したお湯は、あそこの温泉水に似て違うお湯が出るとかで、飲めるそうだ。
ヒューマンの組む詠唱は、複雑でわかりにくく長いと聞いていたが、トーコの組む詠唱は割と短くて意味が不明でも俺らのような獣人でも覚えやすい。
トーコの言うイメージのつかみ方が明確で分かりやすい。
爺様カメの助言を受けて、俺の魔法の回路を開いたあの魔力には敬服しかない。
あんなに長い間、悩んでいたことがあっさりと解決したのだ。
トーコは良い精霊魔法の先生になれるだろう。
そして、俺はこの日の出来事を一生忘れないで、トーコに感謝を捧げるだろう。
フクロウのじじいどもは一体何を考えてやがる!
トーコを問答無用で連れ去るとは!!
夜明けを待って戻らねば、我らヒグマ族はフクロウどものねぐらを襲いにいくぞ!
〖フータス視点〗
全く、困ったことだ!
領主の渡来者保護通達に始まる、闇属性ヒューマンの確保問題が渡来者来訪と合わせて期待が白熱化していたのはしっていたが、あれはナイだろう。
どう見ても拉致じゃないか?
あのカワウソとカメの従者が追いかけて追いついたのはさすが!というか・・・
しかしオヤジも、俺らを追い払って置きながらあっさりと連れていかれて、ボケーと放心しているとは耄碌したんじゃないか?
取り合えず放心したオヤジはそのまま眠ってもらって、母さんに押しつけてきたから、里長代理としてなんとか事態を納めないとな。
トーコは商人もこないこの山里に、新しい風を吹いた、イヤ、水属性だから水を流した!と言ったほうがよいのか?
一泊の宿のお礼は、一般的に物交換または精霊魔法による奉仕というが、トーコの水魔法の奉仕は我らの予想を超えるものだった。
給水力といい、あのスノースライダー、ウサギの婆さんの治療、温泉精霊スパーニ様との邂逅と3人の祝福、十分すぎる程の恩恵を貰った。
むしろ、あんな素朴な家庭料理くらいしか出してなくて申し訳ないくらいだ。
街に向かうというのに無一文らしいから、必要な金に換えられる物を待たせないといけないだろう?
ビルには素材になる茸か薬草を、エルトやマックにはちみつを取らせよう。
妻にも何か女性用の小物でも聞いてみるか。
それにしてもヒグマ族もトーコが拉致されて、フクロウ族を襲う計画をしているとかタレコミがあったが、奴らは血気早くていかんな!
今夜は月が丸いからか、これに狼族がいたらもっと大変なことになっていたな。
夜番はいつもは4人で2人ずつ前半後半2交代だが、今夜は8人で2交代だ。
ヒグマ族に早まったことをしないよう言っておかねばならないな。
東の空が明るくなってきた。
トーコ達は今日この里を発つ予定だったが、未だに戻ってこない。
夜明け頃までには戻ってこないと、面倒なことになりそうだ。
ヒグマ族の奴ら、フクロウ族の寝床の木を切り倒す計画をしているらしい?
願わくば、何事もなく無事に戻ってきてくれ!
「フータスさん! 見えました!! フクロウです。3羽います」
見晴台にいる夜番から声があがった。
「何、本当か? トーコさんはいるか?」
「先頭はダー長老です。マー長老とロー長老もいます。トーコさんは・・・・・・待ってください。まだ見えないです。」
「ダー長老の背に乗っているはずだ! よく見ろ!」
「・・・えー、あっ!! いました! うつぶせているので顔はわからないが、姿は黒髪のヒューマンがカメの手に支えられて乗っています。」
「そうか!」
「ロー長老の背にカワウソがいます」
「間違いないな、トーコさんたちだな!」
フータスはホッとしたように言った。
夜番の者たちもホッとしたように、戻って来た喜びを口にした。
夜番たちの声を聞いた者たちが、いつもより少し早く起き出してきた。
やがて地上でも3羽のフクロウの姿が確認できた頃、里の入り口の広場には、トーコ達を出迎えるように里の者たちがワラワラと集まっていた。




