35話 王の卵②
卵の守護長のキーサは、ホッとしたようなさみしいような複雑な気持ちを抱えて、透子に言った。
「トーコ殿、どうぞこちらへお上がりくださいませ」
透子はキーサに招かれて黒曜石の祭壇に上がった。
祭壇の台の上には、鳥の羽で編まれた駕籠の中に羽毛が王の卵を守るようにひきしめられていた。
駕籠の周りは、黒色石や茶色石、濃灰色の石が置いてあった。これらが強化用の精霊石なのだろう。
「こちらが王の卵でございます。どのようにしてお持ちいただけますか? 駕籠のままお持ちいただけなければ入れ物をご用意いたしますが、どうしましょうか?」
キーサは言った。
透子は羽毛の中に隠れている卵を確認するように触れてみた。
卵は濃茶色をしたソフトボール大サイズで少し暖かくざらついていた。
「そうですね、駕籠に直接持ちてをつけるか、駕籠ごと入れられる持ち運びできる袋かバッグがあればお願いします」
透子がそう言うと、控えていたミミズクがどこからか、革のバッグを持ってきた。
キーサは愛おしそうに名残惜しそうに卵を撫でて、駕籠ごとバッグの中に入れた。
「どうぞ、トーコ殿」
キーサは場所を譲った。
透子はその場でルーナたちに言った。
「どうぞ王の卵としばしのお別れをしてください。」
透子の成り行きを見守っていた面々は、そう言われて『はっ』として、顔を見合わせてから、順に祭壇に上がり、王の卵に声をかけて別れを惜しみ無事の帰還を願っていた。
最後のトリはリーア姫になった。
「王様 、わたくしはいつまでもお待ちしておりますの。王様がこの地を治める日が来るまで皆と共に守っていますわ」
リーア姫は卵に愛しそうに触れてキスをした。
(うぁあ、なんかまじで王道な○○○○王国物語の愛の一場面を見た! 亡国の姫と旅にでる王子の切ない別れみたいな・・・卵だけど‼
さしずめ、私の役処は王子を連れ去る悪役か?・・・卵だけど‼
・・・イヤイヤ、ナイナイ、頼まれて連れて行くんだから、それはナイ!
リーア姫とあの卵の王は従姉弟同士、もしかしたら最後のカイザーミミズクの許婚関係かもね?)
透子は雛ミミズクの大人びた行為に、王道恋愛ファンタジーを妄想して悶えながら、そう感じた。
「それでは皆さん、お預かりいたします。」
透子は王の卵が入った駕籠入りバッグに大真面目に恭しく触れて、詠唱した。
『収納』
すると、革のバックはマジックバッグに吸収されていった。
そして何故か王の卵入り駕籠は、何事もなかったように黒曜石の台上に置かれていた。
「ええっ?」
一瞬、透子は目が点!
「「「「「「・・・・・・・・・」」」」」」
ミミズク一同、ポカンと放心中・・・・・・
一休とクーリンは頭を抱えてうなだれた。
(・・・しまった! 間違えた!!)
「お主は一体何をやっとるんじゃ? 全く締まらんやつじゃのう! 」
「あはははは・・・やり直すわ」
透子はマジックバッグから取り出した革のバッグを開いて、王の卵入り駕籠を置くように入れた。
そして、バッグ・駕籠・卵が見えるように配置して、詠唱した。
『収納』
今度は無事に全てマジックバッグに収納された。
「あっあのー、王の卵は、大丈夫なのでしょうか?」
キーサは不安そうに聞いた。
「トーコのそのバッグに吸収されたけど、どうなっているの?」
リーナ姫も不安そうに聞いた。
「そのバックはヒューマンが持つものがたくさん入るマジックバッグですよね?」
ジーカが興味深そうに聞いた。
「マジックバッグには生き物は入らないはず? 王の卵は大丈夫なのでしょうか?」
ルーナも不安そうに聞いた。
「そのマジックバッグ、ワイバーン入れてましたよね? 卵つぶれたりしないでしょうか?」
カーナも困惑した顔で聞いた。
他のミミズクの巫女たちも口々に不安を言い始めた。
「・・・トーコよ、彼女らの不安を取り除く必要があるのう」
「・・・だよねー」
「・・・・・・」
(一休曰く大丈夫と思うけどね? 卵つぶれてないと思うけどね? 今まで形がつぶれたのはなかったし? ちょっと出してみて、卵確認するか)
『カイザーミミズク王の卵と駕籠とバッグのセットで』
透子が呼び出しの詠唱を唱えると、黒曜石の台上に、元道理に戻った。
「「「「「「おおおおおおおおおおぉー」」」」」」」
透子は王の卵に触れてみた。
ほんのり暖かくてザラッとしていた。
(大丈夫そうね)
「キーサさん、王の卵を確認お願いします。」
リーア姫と巫女たちは固唾を飲んで見守っていた。
緊張感が漂う中、キーサは王の卵に慎重に触れてみた。
「王様」
優しく語りかけた。
そしてロッドをかざすと、卵に魔法を流した。
卵は一瞬照り返して、元のように沈黙した。
キーサが再び触れて頷いて言った。
「王の卵に問題はありません」
「「「「ほうぅー」」」」
ミミズクの巫女たちはホッとしたように息を吐いた。
一休に小突かれて透子は観念したように言った。
「皆さん、このショルダーバッグは私が持ち込んだもので、門を渡りし時に精霊王の特別な加護がかかり、容量が無制限・重さも軽量・時間も停止している渡来者だけが持つ特別仕様のマジックバッグになっているそうです。
バッグの中では、王の卵も時間を停止したまま保存されます。
つまり皆さんがしていたような冬眠の魔法は必要なくバッグに入れた時のままの状態が維持されます。
また、バッグの中では物同士が押されたりつぶれたりすることもなく、個々を保っています。
私が預かっている間は安全に保管できると思いますが、私自身に何かあると卵をお返しできなくなる可能性があります。
私も探してみますがなるべく早く闇魔法の加護持ちを見つけて、卵を孵化した方が良いと思います。」
透子は、ここで息を切って一同を見回した。
「それでよろしければ、マジックバッグに王の卵をしまいます。よろしいですか?」
透子は意論がないのを確認して、再びバッグ・駕籠・卵が見えるように配置して、詠唱した。
『収納』
「トーコ殿、こちらをお持ちください」」
キーサは灰色の大きな精霊石されたをルーナは黒い大きな精霊石を持ってきた。
「この灰色精霊石には、わたくしの魔力を溜めてあります。この魔力には孵化をサポートする力が込められています。こちらの黒色精霊石には先代から引き継いだカイザーミミズクにとって必要な知識と記憶が封印されています。万が一わたくしたちのもとでなく、トーコ殿の元で孵化が始まった場合、この2つの石の魔力を開放して注いでほしいのです。お願い致します。」
キーサとルーナは恭しく精霊石を差し出した。
「わかりました。そのようなことがないといいですけど、お預かりしておきます」
透子は提供に受け取って、マジックバッグにしまった。
「それでは、戻りましょう」
カーナが言った。
来た時と同じメンバーにリーア姫とお付きの護衛が加わって、来た道を戻って行く。
闇の回廊を登って行く様子を、残されたキーサと数人は胸に手を添えて祈るように静かに見守りながら見送りをしていた。
キーサの泣きそうな切ない視線はずっと透子のマジッグバックの中にある王の卵に注がれて、透子が黒の扉を超えて姿が消えるまで見つ続けていた。




