29話 ミミズクの巫女
透子の魔法による光の暴走をフクロウ達に謝って、視力の回復を待ってから岩石の渓谷を進んで行く。
岩石の渓谷は乾いた空気と灰交じりの風で息苦しい。
シールドを薄く展開して湿度を保ちながら、透子は蓄光石を下半分だけ発光させて、懐中電灯のように足元を照らして歩いていた。
少し行くと岩石の渓谷の奥には少し開けた小さな森の入り口があった。
「これから先は、霧の森になるのじゃ。よそ者が入り込まぬよう霧に迷いの精霊魔法がかけてあるそうじゃ。
黒を纏う娘よ。迷わぬようワシと手をつないでくださらぬか?」
「わかったわ。クーリンも私と手をつなごう。精霊石は・・・一休が持ってね」
森に足を踏み入れると、突然空気が変わった。
湿り気のあるもったりとし濃霧が身を包んでいく。
蓄光石の明かりさえ、手をつないだ相手が見えぬほどの深い霧がまとわりつく。
(なんか段々とジメジメしてきた。除湿していいかな?除湿していいかな~? ダメかな~?)
透子はしょうもない事を紋々と考えていた。
やがて樹齢何百年あるかな?的な大樹の前に止まった。
フクロウのダーが何か詠唱を唱えると、大樹の枝がザワリと動いて生温かい風がスゥーと通り抜けていった。
少しの時間の後、再び大樹の枝がザワリと動いた。
そして大樹の向こう側にポツリと緑色の明かりを手に持ったミミズク姿の女性が現れた。
「ようこそお越しくださいました。フクロウの長老方、そして渡来者のお客様、お連れ様。これよりご案内致します。どうぞこちらへ」
緑の明かりが放射状に広がると、立ち込めていた霧は薄くなり拡散していき、視界が開けてきた。
緑の明かりが届く範囲はよく見えるがその先は暗闇である。
女性の後について、神妙に進んで行く。
曲がりくねった道を行き、やがて止まると、緑の明かりを上に掲げて何か詠唱を唱えると、緑の明かりがポツリ、ポツリ、ポツリ、ポツリ、ポツリ、ポツリと木の枝に灯されていき、お祭りの提灯のように道を照らした。木と岩が絶妙な配置で森の中の神殿のような趣をしていた。
よく見るとミミズクが枝に止まり蓄光石で緑の明かりを照らしていた。
照らされた道は神社の参道のようになっていて、奥まで続いていた。
いくつも繋がる大岩をくり抜いたような神殿?的な住まいの入り口にヒト型をしたミミズクの輪郭を持つ緑の貫頭衣を着た女性たちが立っていた。
女性たちは透子を見ると、口々にざわめいた。
「あの黒髪の女の子よ!」
「此度は男性じゃなく、女の子ね」
「黒髪のヒューマン、初めて見た」
「黒髪に黒目だわ!」
「なんて美しい黒なの!」
「大きな魔力!」
「ああ闇の精霊様!」
「これでこれで・・・やっと!」
「王よ!あぁ王よ!」
「ようやく約束が果たされる」
「闇の精霊の加護が!」
「我が一族の悲願が!」
「新たな王の誕生が!!」
(・・・・・・もう帰っていいかな? なんかまた黒とか闇とか言ってるよ!!)
透子は内心うんざりして、やさぐれていた・・・・・・
胡乱な目でフクロウ長老を見て言った。
「ねえ、黒とか闇の精霊の加護とか言ってるけど、あのミミズクさんたち!水の加護だと知らないんじゃないのかな?」
長老たちが目を泳がせた。
「いいかげんにしてほしいな! ないものはないから!!」
透子は半ギレぎみで長老たちをねめつけた。
「おまえさん方があの女性たちに話せばすむ話なんじゃ。こんなところまで連れてきて・・・わしらを巻き込まんでほしい。」
一休もゲンナリして言った。
透子と一休の剣幕に案内のミミズク女性が不安そうに振り返った。
「あっあのー あちらまでどうかお進みください」
「「・・・・・・・・・」」
(予定外の訪問はまだしも、強制訪問とか!押しつけ訪問とかはお断り‼なんですけどねー)
案内に従って渋々神殿前に着くと、一斉に女性たちが胸に手を当ててお辞儀をした。
その中から一番偉そうな女性が進み出てあいさつした。
「ようこそお越しくださいましてありがとうございます。渡来者のお客様とお連れ様。長老方もご苦労様でした。どうぞ奥に席を用意してありますので、このままお進みください」
「こんばんは、おじゃまします」
透子は投げやりに返事した。
一休とクーリンは目礼だけした。
透子たちは案内された席に着くと、すぐに飲み物が用意された。
柑橘系のさわやかな飲みごしのジュースで乾燥した渓谷を歩いた透子の喉をうるおしてくれた。
一息ついた頃に、ミミズクの女性たちが入ってきた。
「改めまして、この神殿の巫女長を務めていますルーナと申します。この度はこのような深い森の中へよくおいでくださいました。感謝しております。」
「ようこそおいでくださいました。巫女副長のカーナと申します。」
「お待ちいたしておりました。警備隊長のイーサと申します。」
「お越しを歓迎致しております。事務長のジーカと申します。」
4人は満面の笑顔で名乗ったあと、期待に満ちた目で透子を見つめた。
透子は観念したように簡単に名乗った。
「トーコと申します」
透子が名乗ると4人はうなづきながら、トーコ様とつぶやいていた。
次にクーリンが、最後に一休が挨拶した。
そして3人はフクロウの長老たちを冷ややかに見た。
長老3人は、ビクッとして冷や汗をかきながら少しの間押しつけあっていたが、ダーが諦めて口を開いた。
「巫女さま方には、残念な報告をせねばならぬことがございます。」
「えっ?まあ~」
「あらっ?そうなの?」
「残念な報告?」
「何が残念?」
思っていたのと違う話に困惑した表情で、透子と長老の間を視線が行ったり来たりした。
ダーが困惑を吹っ切るように言った。
「こちらのトーコさんは、黒目黒髪ですが闇の精霊の加護持ちではありませんでした。」
「申し訳ありません」
「すみません」
3人は一斉に頭を下げた。
「「「「・・・・・・・・・」」」」
4人は困惑を表情に張り付けたまま、大きく目を見開いたままフリーズした。
「我々の力及ばず、闇の加護持ちを探し出す事が出来ませんでした。」
「アリク里長ともよく話合いましたが、此度の渡来者は闇ではありませんでした。」
「無念です。」
「・・・うそでしょう?」
巫女長は手で口を押えた。
「ありえない・・・あなた闇の精霊の加護持ちじゃないの?」
巫女副長は透子を凝視する。
「じゃあ、彼女はいったい何なんだ?」
警備隊長は指で刺し示す。
「・・・・・・もしかして加護じゃなくて、祝福か祝音なの?」
事務長がひらめいたように言った。
「「「あー、なるほど!!」」」
ルーナとカーナとイーサは、納得したようにジーカを見て、同意した。
静かに成り行き見守っていた透子の眉間に皺が寄って、ブリザードな視線を長老たちにジロリと向けた。
「わかったわ、此度の渡来者は闇の加護持ちではなかったのね。だから代わりに彼女を見つけてきた。でも渡来者でないから加護持ちでなく魔力が足りない。祝福?いや祝音ね、でもけっこう大きいわね。」
ルーナが思案するようにまとめた。
「彼女からはかなり大きく強い波動を感じます。渡来者の加護持ちでなくてもじっくり取り込めば可能かもしれません。」
カーナは期待した。
「そうですね。ヒューマンの精霊魔法は鍛錬次第でかなり伸びると聞いています。」
イーサが追従した。
透子のこめかみがピクピクとして、フクロウの長老たちをギロリとねめつけた。
長老たちは、透子の視線を感じながら合わせないようにして、微妙に食い違う巫女たちの見解に冷や汗ダラダラであった。
クーリンは透子の隣で気配を消して空気になっていた。
一休はクーリンの隣から透子のマジックバッグの外ポケットにさりげなく移動して、面白そうに成り行きを見守っていた。
「それでは彼女、トーコさんを神殿に滞在させて精霊魔法を育てながら、孵化を試みるということでよろしいでしょうか?」
ジーカが確認をする。
「そうですわね。それがベストではないけどベターということですわね」
カーナが同意した。
「しかし残念ですな、此度の渡来者は闇ではないとは・・・ならば地か水ということですね」
イーサが言った。
「ええ、でも渡来者様にきていただけなかったのは残念ですわね、孵化がかなわなくてもその絶大な魔力で王の卵を安全に保護することが可能ですから」
ジーカが言った。
「それは、最後の手段です。今はまだ闇の精霊魔法使いのヒューマンの魔力で持ちこたえることが可能です。トーコさんを何としても育てなければ!」
カーナが自己陶酔してやる気に燃え上がっていた。
カーナとジーカは、トーコの滞在準備についてあれこれと打ち合わせはじめて、イーサが時折警備について意見して・・・と、本人不在で話が進んでいった。
長老は状況の悪化にどんどん顔色が悪くなり、巫女たちの勢いに口をはさめなくなっていた。
透子はニコリともせず不機嫌そうに一言も言わずに、長老たちを零下な視線でねめつけていた。
巫女長ルーナは、優雅にドリンクカップに口をつけながら、3者3様の異なる雰囲気に首をかしげていた。
しばらく待った後、会話が一段落したところで、
「フクロウの長老さん方、巫女様たちと話し合いは終わりましたか? 終わりましたよね!!
そろそろこちらを失礼して帰りましょう。 アリク里には夜明け前までに着くように送っていただかなければ・・・お互いにこまりますから!」
透子は爆弾をぶち込んだ!!




