26話 温泉精霊魔法の特訓
5人が里に戻ってくると、里の入り口で一休が仁王立ちしていた。
「お主らは、ワシに何も言わんで、ほっつき歩いていたようじゃが、何かとやらかしておるようじゃの!」
ビクッとして、透子はなんとなくエルトさんとマックさんの影に隠れた。
一休の鋭い視線を受けてクーリンがしどろもどろに弁明する。
「巻き込まれただけだから! やらかしたのはトーコだけど、問題は起きてないから!! 」
エルトとマックとビルも視線をさまよわせている。
「ほう、広場の雪像以外にもなにやらあるようだの。そちらさんたちも関係しておるようじゃの?」
一休が鋭い視線を里の3人に飛ばすと、そわそわして挙動不審になる。
透子は慌てて3人の前に出て、かばうように言った。
「あっあのね、一休。広場のは子供達にいいかなぁって、ちょっと張り切って作った感あるけどね。ほらっ!みんな喜んでたから~・・・・・・いいよね?」
「・・・・・・あまりよくもないが、あれはよろこばれてたからのう・・・」
渋々言った。
「そうそう」
「だが、そちらさん達の件はどうなのじゃ? なにやらやらかしてる感がひしひしと伝わっているがのう?」
「あー カメさん、トーコさんにお願いしたのは、俺らなんであんまり怒んないでくれないかな?」
「カメさんに何も言わずに連れ出して、遅くなっちまって悪かったよ」
「心配かけたようで、すまないカメさん」
3人が口々に透子をかばうように謝罪した。
「心配かけてごめんね」
「じーさんゴメン、誰かに伝言頼めば良かったよ」
「ん! わかればよい ・・・だが、何があったのじゃ?」
「話はここでは難だから、里長のところでしようと思う。カメさんもそれで頼む」
エルトさんが言った。
「ほうか、わかったわい」
「里長! いるか、報告に来たぜ!」
「あら、いらっしゃい。どうぞ入って。トーコさん達もおかえりなさい」
マリーさんが出迎えてくれた。
「「「おじゃまします」」」
「ただいまです」
「ただいまです?」
透子はクーリンを振り返って見て、あれっと思い首をかしげたが、
クーリンは、きまづそうに見返した。家に帰宅の習慣がないので透子の真似をしたのだった。
「おーご苦労さん、今日はお前たちだったのか? トーコさん達と一緒か?」
ホータンが奥の部屋から出てきた。
「ええ、同行お願いしました。それでいろいろ報告があります」
エルトが言った。
「そうか、そこに腰掛けてくれ。トーコさん達も・・・おーい、飲み物頼む!」
「はーい」
一同はリビングのテーブルの席についた。
「報告とは、地震のときから湧水が出ている山壁の件でだな?」
「そうです。」
3人はニコニコと満面の笑顔で言った。
「ほう、水源が見つかったのだな? トーコさんが見つけたか?」
「ええ、そのとおりです」
ビルさんがスパーニ様との出会いから一部始終を報告した。
「・・・・・・・・温泉の精霊様とは?! 初めて聞く、驚いたもんだ!」
ホータンは一通り聞いて息を吐いた。
「そうですわね、あなた」
マリーが飲み物を配りながら同意した。
「だが、温泉の精霊様の祝福をお前たち3人が受けたことは、この里にとっても喜ばしいことだ。おめでとう!」
「おめでとう!良かったわね」
「「「ありがとうございます」」」
「じゃあ、早速うちのお風呂にその温泉湯を入れてもらいたいわ!」
マリーはニコニコと催促した。
「あっ!」
「あー」
「うっ!」
3人はやっと気づいたように、呻いた。
「あら、どうしたの? 誰でもよいわよ?」
3人はきまづそうに視線をさまよわせた後、透子を縋るように見た。
3人の視線を追って、全員の視線が透子に集まった。
「えっ、私?・・・・・・・・いいですけど」
透子が立ち上がろうとした。
マリーがそれを遮るように言った。
「ちょっと待って、トーコさんよりあなたたちの温泉魔法?が見たいわ」
「そうだな、ワシもおまえらのが見たい」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
3人は顔を見合わせている。
「どうしたのだ?」
ホータンが追求した。
「えー、実は、どうやって出すのか? わかりません」
エルトが申し訳なさそうに言った。
2人もうなづいた。
「あーそういうことか?」
ホータンは落胆したように言った。
「ビルはどうだ? おまえならできそうだが」
「・・・すぐには無理かと、練習すればなんとかいけるかも?な感じです」
「そうか・・・」
「あのー、みなさん、ちゃんと祝福されてましたから、温泉魔法使えると思いますけど~」
透子はなんでそんなに沈痛な雰囲気になるのかわからず、言ってみた。
「獣人は身体強化系は得意だが、放出系は苦手なんじゃと教えたであろう?」
一休はあきれたように言った。
「あーそうだったね。 でも穴掘りって放出系だよね? 得意だって言ってましたよねマックさん? ビルさんもウィンドカッターで枝とか実とか落とすって言ってましたよね? 」
「・・・・・・そうだった、お前らは落とし穴作りの達人だったな。里の男の半数がお前らの被害者だった。エルトはともかく2人は放出系元々できるんだから、とりあえず外でやってみろ!」
(あー、マックさんだけでなく、ビルさんも落とし穴の共犯者だったんだ! 掘った穴を隠す枝とか葉とかビルさんが風魔法で集めたんだねぇ)
8人は、家の前に出た。
「トーコさんすまないが、見本をやってくれないかね?」
ホータンが言った。
「いいですよ。」
(何て詠唱しよう? 温泉湯? いや、飲めるほうがいいだろう? ホットウォーター?・・・・・・そうだミネラルホットウォーターでやってみよう)
透子はグーにした形で親指を立てて、曲げた肘を伸ばすように手前から遠くに投げ出す動作をつけて詠唱した。[ミネラルホットウォーター]
透子の親指から透明なお湯がビューユーとホース状に力強く放出された。
「「「「おおー」」」」
「じゃあ、皆さん、やってみましょう。詠唱は[ミネラルホットウォーター]にします。飲める温かいお湯のことです。イメージは今日見た山壁から放出した温泉湯です。あれを思い出して練習しましょう!」
3人は頭の中に[ミネラルホットウォーター]をブツブツきざみこんで、手の動作を繰り返し真似ていた。
「何してるのクーリン、君も一緒にやるんだよ!」
「えー? 俺も?」
「そうじゃな、クーリン」
「はぁ、まじか」
クーリンは肩を落として、3人に混じって真似始めた。
「フム、クーリンとそこのウサギのビルとやらも、そろそろできそうじゃの?」
一休が透子に言った。
「そう? じぁあ、一人づつやってみましょうか? クーリンから」
透子はクーリンを見た。
クーリンは確認するように目を瞑り、決意したように目を開いて詠唱した。
[ミネラルホットウォーター]
クーリンの指からホース状の水流が [ビュー] と2秒くらい放出された。
「「「「「「おおー」」」」」」
クーリンは冷や汗をかいている。
「ゴソッと、魔力が抜けたよ! 半分くらいもってかれた気がする。もうこれ以上無理」
「そうじゃな、それ以上はやめたほうがよかろう」
一休が同意した。
「うん、よくできてたよ。お疲れさまクーリン、休んでていいよ」
透子は労った。
「次はビルさん、どうぞ」
「わかった」
ビルは何度か手をグーパーして、拳を作ったあと親指を立てて詠唱した。
[ミネラルホットウォーター]
ビルの指からホース状の水流が [ビュー] と、クーリンと同じように2秒くらい放出された。
「「「「「「おおー」」」」」」
ビルはホッとしたように、嬉しそうに笑った。
「よくやった! 魔力はどうだ?」
ホータンが聞いた。
「かなり持ってかれましたよ。あと一回くらいならなんとかいけそうですが・・・」
「そうか、風呂を貯めるのはむずかしいか?」
「今はそうですね、使いこなしているうちに量が増えるといいですが・・・」
「コータスも始めは少なかった。地道に増やすように頑張ってほしい」
「そうします」
「次は、マックさん、やってみましょうか?」
「おう」
マックはブツブツと何度か繰り返し詠唱をリハした後、顔を上げて、拳を胸に当ててから離すように指を立てながら詠唱した。
[ミネラルホットウォーター]
マックの指から放たれた水流は、スパーニ様が放出した温泉湯と同じくらいの勢いを持って力強く [ビュユゥーーー] と放出した。10秒くらい時が止まったように水音が響いてやがてフェードアウトするように消えると、マックはそのまま後ろにグラリと倒れるように昏倒した。
「危ない!!」
透子は慌てて、ウォーターマットをマックと地面の間に滑り込ませて、保護した。
一休もマックの背中に風を展開して倒れる勢いを殺した。
「い、生きてる?」
透子は恐る恐る聞いた。
「勝手に殺すでない! 魔力切れだわい。一晩寝ればケロっとするであろう」
一休が言った。
「そうですな、いきなりあの勢いの水?湯を加減も考えずぶっぱなしたせいでしょうな」
ホータンが言った。
「マックは細かい事考えないやつだから、全力でやったんだろう」
ビルが言った。
「「「「「「あぁーあ」」」」」」
みんながうなづいた。
「で、どうします?このままじゃまずいですよね?」
透子が聞く。
「あー、後で人手を呼んで、家に運ぶから今はそのままでいい。それよりエルト次はお前の番だ」
ビルが言った。
エルトが進み出て言った。
「・・・全くできる気がしないんだが?」
「フム、そうじゃな、放出はできぬといっておったな。 魔力の回路が詰まっておるかもしれん、トーコよ、エルトの手を取り、左手からトーコの魔力を押し込み流し、体を巡らせて、右手から抜けて戻すように循環させてみるとよい」
一休が透子に言った。
「わかった、左手は誰の?」
「エルトの左手じゃ」
「エルトさん、手をお願いします」
「おう」
エルトは手のひらをズボンで拭いて差し出した。
透子は目を瞑り、エルトの左手から自身の魔力を押し流すように送った。
「ううーっ」
エルトは初めて感じる魔力の動きに鳥肌が立った。
透子の魔力は何度か引っかかり押し戻されながら、さらに強く押し返し、ところどころ綱引きのような争いの後、ズズッと押し流し巡り回っていく。
「うおーっ!」
強い魔圧がかかる度、エルトはのけぞるように全身を震わせて、珠のような汗をかく。
透子の魔力が右手の出口に近づくと、透子はエルトの両手を合わせた。
「このままもう一周します。今度は誘導だけです。自分の魔力を感じて私に付いて巡らせてください」
「お、おう」
エルトは滝のように汗をぶわっと出しながら、体内の奥で蠢いていく魔力の圧に耐えながら、透子の魔力に必死で追従した。
そうして、透子が一周回すと、右手から自身の魔力を抜いた。
エルトは力尽きたように、膝をついて四つん這いになって、肩で息をした。
「大丈夫か? エルト!」
ビルが駆け寄っていく。
「おう、なんとか」
目を瞬いたり、頭を振ったりして、体勢を整えていった。
「エルトさん、落ち着いたら、一回だけやってみましょう」
透子は声をかけた。
「おう、ちょっと待ってくれ」
エルトは息を整えると、マリーが差し出したタオルで汗を拭って、透子に向き合った。
「エルトさんは魔力がまだ少ないので、水を飛ばすことを考えずに、指先から垂らすことをイメージしてください。そうですね、雨上がりに葉や枝から露が垂れ落ちるイメージです」
透子は易しく言った。
「わかった。葉や枝から露が垂れてるイメージだな」
エルトは目を瞑り、その情景を思い出すように浮かべた。そして目を開いて詠唱した。
[ミネラルホットウォーター]
エルトの指から、 [ポッタリポッタリ] と雫が落ち始めた。やがて [ポタリポタリポタリ] と落ちて、 [ポタポタポタポタ] としてきた。
そして、エルトの体がユラッと揺れた。
「そこまでじゃ!」
一休が大音量でストップをかけた。
エルトはハッとしたように、止めた。そして肩で息をした。
「よくやったエルト! 十分頑張ってくれた。休むが良い」
ホータンは労った。
「で、できた! 俺魔法できたよな? できてたよな?」
エルトは湯を放出した自分の手を見つめながら、他方の手でビルの肩をつかんで揺すった。
「おっおう、できてたぞ! ちゃんとお湯がポタポタしてたぞ! よかった!よかったな!」
ビルはエルトを労った。
2人は抱き合って、喜びを分かち合っていた。
ホータンはニコニコとうなづいていて、マリーは感動して涙を拭っていた。
3人は幼馴染で一緒に行動することが多いが、エルトさんだけ土精霊の祝福があるものの、ほとんど魔力が使えなくて悩んでいたらしい。・・・そのかわり、体を鍛えたそうだ。
(ヒグマの中でも立派なガタイしているもんね)
「エルトさん、ビルさん、魔力は体の中で毎日巡らせるといいですよ。量が増えていろいろ便利になりますよ」
透子はアドバイスした。
「そうなのか」
「ええ」
「じゃが、やりすぎるとマックのように昏倒するからの。寝る前がよかろう、そのまま寝てしまえばよい」
一休も言った。
「ありがとう」
「ありがとう」
昏倒したマックをチラ見しながら、7人はなんとなくほんわかとした雰囲気が漂う中で、みんな和やかに良かった良かった的な談笑をしていた。
空はオレンジ色に染まり夕暮れの柔らかな陽が辺りを優しく包んでいた。
そこへ影のようなものが突然差し込んだ時、透子を除く一同が耳をピンと立ててはじかれたように空を見上げた。
突風と伴にフータスが風を纏って、走り込んできた。
「父さん、大変だ!!」
「どうした?」
「フクロウ族の軍団がこっちに向かってやってくる!!」




