17話 里へ
「ひゅー♪ 気持ちいいー!! 快走!快走!」
透子はビューンビューンと滑走していく。
バックの脇ポケットに放り込まれた一休は、体勢を持ち直してグングン進んでいくアイススケートに目を見張っていた。
「これは・・・驚いたのう! すばらしい速さじゃ! アイススケート・ロードとは? トロ子の足先に現れて過ぎると消えていくのが氷の道アイスロードであろうか。 スケートとは初めて聞いたが、その走っているのとは違う足の運び方であろうか?」
一休は分析していた。
やがて、クーリンの焦った声がヤマビコのように風に乗って聞こえてきた。
「トロ子、クーリンが置き去りじゃ! 止まれや!」
透子はご機嫌で木々をよけながら、フッフフーンフーンと鼻歌まじりで滑走しているのでクーリンを置き去りにした事に全く気付いていない。
「トロ子、止まれや! クーリンが見失ったそうじゃ!」
フッフフーンフーンと鼻歌まじりで久しぶりの快走にすっかり夢中になっている透子は一休の呼びかけにも気づかないで滑走して行く。
困った一休は、甲羅アタックをしようとしたが透子の鼻血顔を思い出し、かなりのスピード感でその後の反動衝撃を思いやってとどまった。 かわりに手をマジックハンドのように思い切りのばして透子の脇腹を全力でくすぐった!
「ひっひぇー! あああああーっ!」
透子はバランスを崩して、正面に迫った木に抱き着くように逆ハの字に足ブレーキをかけて止まった。
「はっはーぁ、はーぁ はあぁ」
そしてその場で崩れ落ちて膝をついた。
「ね! ねえ! 何? 何すんのよう?」
透子は一休に肩で息をしながら文句を言った。
「クーリンを忘れておるぞ! 置いてきぼりじゃ!」
一休はあきれたように言う。
「え? えぇ? いないの?」
透子は来た道を振り返って見た。
「そうじゃ! さっきから止まれと言うとるわ!」
「・・・」
「全く! 聞けや! クーリンが見失ったと風に乗せて言うてるわい!」
「・・・ゴメンナサイ、うれしくなって夢中になってしまったの。どうする?戻る?」
透子は聞いた。
「・・・イヤ道がずれて行き違いになると迷うこともあるでな。 このまま待とうぞ。 透子はクーリンに呼びかけをし、わしはそれを風魔法で送ろう。」
一休は風魔法を展開した。
「クーーリーンー!」
透子は呼びかけた。
「クーーリーンー!」
「クーーリーンー!」
透子は何度も呼びかけた。
「クーーリーンー!」
「クーーリーンー!」
「クーーリーンー!」
透子は何度も何度も呼びかけた。
「クーーリーンー!」
「クーーリーンー!」
「クーーリーンー!」
「クーーリーンー!」
透子は何度何度も呼びかけ続けた。
日が真上に高くなった頃、ようやくクーリンの姿が見えてきた!
「クーリン!!」
透子は全力で手を振った。
なんとか合流したクーリンはヨロヨロだッた。
「トロ子! じいさん!」
「お疲れじゃったな! クーリン」
一休はねぎらった。
「クーリン待ってたよ!待ってたよ! よかった!無事にあえて!」
透子は優しくクリーンを抱きしめてナデナデし、さりげなくモフモフした。
・・・大満足だ!
さらにスリスリし、モフモフし、ナデナデし続けていると、クーリンのしっぽがペキペキと叩き始めて眉間にシワが寄っていた。
一休がとりなししてクーリンが解放されると、ランチと休憩になった。
ウォーターマットの上で透子とクーリンは一寝入りした。
一休は2人が寝入ると、風魔法を飛ばしてあたりを探索し、現在地と里方向を確認した。
(フム、アイススケートとやらの速さで行けば、明日には里に着けるかもな? じゃがクーリンは付いて行けてはおらぬ。ブーストがかけられればいけそうやがな? ブースト身に着けさせるかのう?!)
2人を起こした一休は聞いた。
「クーリンの速さに合わせて行くか? トロ子のアイススケートの速さに合わせて行くか? どうするのじぁな?」
「・・・アイススケートね?! あれは確かに早かった! 付いて行けなかった!」
クーリンはくやしそうに言う。
「じゃあ、クーリンの速さに合わせるのね?」
トロ子は確認するように言う。
「透子のアイススケートなら明日には里に着くであろう。クーリンに合わせるならあと2~3日かかるがのう?」
一休は重ねて言う。
「・・・クーリンおんぶする? おんぶしてスケートしようか?」
早く里に着きたい透子は提案した。
「おっおんぶぅ?」
クーリン目を剥いて叫ぶ。
「えーおんぶ、イヤなの?」
透子は残念そうに言った。
「・・・勘弁して」
クーリンは肩をおとして懇願した。
「だって、クーリンに合わせると、遅いじゃん!」
透子はリベンジして言った。
「うっ・・・・・・」
クーリンは胸を押さえて、自分で言った言葉がブーメランされて、
複雑な表情をした。
重くなってきた空気を払うかのように一休は諭すように言った。
「クーリンは枝から枝へ移動するときはシールドに跳躍の付加魔法がかかっておるのじゃが、自覚しておったかの?」
「イヤ、知らない・・・そうなのか?」
クーリンは驚いたように返す。
「そうじゃなければ、カワウソが枝を飛び越えては行けぬ。自覚がなければ本能で付加魔法がかかったのであろう。・・・だが、地を走るときは付加魔法はかかっておらぬ。ただ走っておるだけじゃ。走りに風魔法のブーストの付加魔法がかかれば、もっと早く走りぬけることができるのじゃ! クーリンよ、ブーストを得るのじゃ! さすればトロ子について走れるであろうぞ!」
一休は提案した。
「ブースト? ブーストがあればもっと早く走れるようになるんだな! よし、わかった! 俺!ブースト得る!」
クーリンは元気よく宣言した。
一休はうんうんとにこやかに頷いた。
「ふーん、ブーストねぇ・・・で そのブーストはどうすれば付加できるの?」
透子は、あわよくば自分もブースト得るようになろうと思い聞いた。
一休は、ニヤっと笑った。
・・・そうして、ブートキャンプ第2弾 徒競走 が始まった!!
クーリンが先に先行して走っていく。
透子がアイスロード上をスケートで追いかけて滑走して行く。
透子が追いついて、クーリンを抜いて先行する、一休の合図でターンし、水弓をつがえて水矢をクーリンの頭上にある枝に向けて放つ。 外した場合は再トライする。
クーリンは落下する枝の下敷きにならないように、更にスピードアップして走りぬける。
クーリンが透子を追いぬいて、先行して走って行く。
透子は一休の合図でターンし、アイスロード上をスケートで追いかけて滑走して行く。
透子が追いついて、クーリンを抜いて先行する、一休の合図でターンし、水弓をつがえて水矢をクーリンの頭上にある枝に向けて放つ。 外した場合は再トライする。
クーリンは落下する枝の下敷きにならないように、更にスピードアップして走りぬける。
クーリンが透子を追いぬいて、先行して走って行く。
以下、同文 続く・・・・・・
何度か繰り返すうちに、透子によって爆散する落下物に当たりたくないクーリンは、スピードアップするたびに加速にブーストが掛かって行くようになって行く。
そうして、ついに、透子とクーリンは
追いつき・・・追いぬき・・・
追いつき・・・追いぬき・・・
追いつき・・・追いぬき・・・
を繰り返すようになって、透子が先行して水弓を構えるヒマもなく
常に抜いたり抜かれたりを繰り返して張り合うようになるころには、透子にもブーストが掛かって行くようになった。
そうして一行は夕陽が傾くころまでに、一気に距離を稼いでいた。
今夜の寝床を探していると、土でできたカマクラのような洞穴っぽいものを見つけた。
「どうする? なんだか誰かが作ったような感じだけどね?」
透子が言った。
「フム、土魔法で作ったものであるな? 持ち主がおるか?放置したものか? わからぬな」
一休が検分する。
「中に入ってみて、空っぽなら、放置してるんじゃね?」
クーリンが提案した。
「入ってみて、何か物があれば持ち主が戻ってくるかもね」
透子が追従する。
「・・・入ってみるかの」
一休が言った。
3人は約高さ2m横2m奥行2m位の土ドーム的な人工物の入り口幅80cmから中に入ってみた。
「・・・何もないね」
透子があたりを見回す。
「そうだね」
クーリンも同意して言った。
「・・・いいんじゃね、ここで、もう俺、くたびれたよ」
「うん、私ももう動きたくないね。」
透子も言う。
「・・・獣のにおいがあるぞ、持ち主がおるかもしれぬ」
一休が警戒して警告した。
「えー、今からまた探すかよ?」
クーリンがゲンナリした。
「あのさ、結界石置いとけば、入れないんでしょ? それでいいんじゃない?」
透子が意見した。
「・・・」
一休は困惑して考えている。
「もし、明日の朝、持ち主が現れたら、ゴメンナサイして、怒っていて話が通じないようなら、ダッシュで逃げよう!」
透子が重ねて説得にかかる。
「あー、それ賛成! 俺もそれでいいや!」
クーリンも追従した。
「・・・仕方ないのう、お疲れのようじゃしの 」
一休は肩を落として、あきらめて言った。
それから甲羅から青い結界石を出してシールドドームを張った。
昨日と同じように夕食を3人で分け合って食べた後、透子はドームの裏で湯球を出して汗を拭いてイオン洗濯した。
身に着けたものをそのままマジックバックに入れておくと、門を渡りし時に、汚れや摩耗もリセットされていた。
洗って濡れたタオルや下着は、マジックバックに入れた時の状態を維持していたが、それと同じものがリセットされた状態でもう一組出現していた。・・・つまり複製されたようである?
しくみはよくわからないからいろいろ検証する必要があるけど、とりあえず下着が増えたのは助かった。
今日も濡れたまま放り込んでおこう。また増えるといいな。
土ドームの中は広さも高さも十分で野外テントより快適かもしれない。ダブルサイズのウォーターマットをしいてゴロリン・ゴロリンできる。
クーリンとお約束のモフモフ攻防戦を繰り広げているうちに寝落ちした。
完全に夜の帳が下りたころ、下草を踏み潰しながら土ドームに近づく足音を一休は察知した。
ドームの内側に防護強化と防音魔法を付加した。
ドームの入り口にきた獣は中に入ろうとして見えない壁のような何かに阻まれた。
押しても叩いてもビクともしない。
しかたないので、ウォーオーと咆哮をあげ持っていた斧で力一杯叩いてみたが、変化なし。
何度も繰り返しても無駄だった。
しばらくドームのまわりをうかがっていたが、やがてあきらめたように、立ち去って行った。
一休はその後も様子をみていたが、もどってくる気配がなかったので、ようやく付加魔法を解除した。
そして再び甲羅にもぐった。
朝日が完全に昇った頃、ようやく一休はクーリンと透子を起こしてシールドを解除した。
「おはよ! ぐっすり寝れたね!」
透子はさわやかに言った。
「うん! よく寝れたよ! 寝過ぎなくらいじゃね? もう日が昇っているよ」
クーリンが答えた。
一休はドームのまわりを観察していた。
「昨夜は大型の獣がきた。お主らはのんきに熟睡しておったがの ほれ見てみい! 足跡じゃ!」
「えー? あっほんとだ!」
透子は足跡を見た。
「げっ、でか! もしかしてクマじゃね?」
クーリンは言う。
「大分ドンドン・ガンガンやっておったがの シールドに防護強化を付加したおかげで破られることはなかったがの、斧の付与魔法を見た時は冷や汗がでたわい。」
「付与魔法? 付加魔法とは違うの?」
透子は聞いた。
「付加魔法はシールドにブーストを重ねるように精霊魔法をパワーアップするのじゃな。 付与魔法とは道具に魔石や魔陣印を媒介にして魔法が発動するようにしたものじぁな。」
一休は説明する。
「?結界石に付加魔法を重ねたって言ったよね? 結界石は道具じゃないの?」
透子は問う。
「結界石自体は道具ではない。魔力を貯めて発動する動力じゃ」
一休は返事した。
「あーなるほど。」(バッテリーみたいなものか)
透子は納得した。
「で、そのクマらしき獣は、どうなったのさ?」
クーリンが聞いた。
「しばらく、がんばっていたがあきらめたようでな、立ち去ったわい」
一休が説明した。
「もしかして、そのクマさんの寝床だったりして?」
透子はおそるおそる言う。
「・・・かもしれぬのう」
一休は申し訳なさそうに言った。
3人は朝食を食べて出発した。
少し進むと、木々の間の木漏れ日が多く差し込むようになってきた。
「ここはもう里の近くのようじゃ、木が間引かれておる。今日中には里に着けるであろう」
一休が先を指し示した。
透子とクーリンは、昨日よりはゆっくりと一昨日よりはずっと速く、アイススケートと風走ブーストで仲良く並んだり追い越したり追い越されたりしながら進んで行く。
そうして日が高くなった頃、見晴し台のような開けた場所に着いた。
晴れて空は青く高くクリアだ! とても見晴しがよい。
東は、緑の森が深く続いて行く、その遥か彼方の先に青い海らしきものが見える。
北は、山がそびえ立つ、山頂を見上げると噴煙が薄く伸びていた。
西は、今まで来た森の中に山道と川と渓流が、そしてあの滝がちらほらと見える。
南には、なだらかな丘陵を越えた先に平野が広がって行く。
裾野には街道らしきものが見えて、いくつかの村か町のような集落が点在していた。
そのずーッと先には、砦のような塀に囲まれた都市がうっすらと見えていた。
透子は、初めて見る異世界の景色を・・・これから暮らしていくことになるかも知れない町や街を・・・一休とクーリンに声をかけられても気づかないまま・・・ この異世界の広大なる景観をずーといつまでもいつまでも見つめていた。




