7、昼休憩
地上から30セルチ、魔法で舗装された空中を疾駆する。
尻尾を振りながら逃げる兎のスピードは、もはや追いつけないほどのものではない。
「おっと!そっちは行き止まりだ!」
方向転換しようとする兎の転換先を空気のブロックでふさぐ。
突然現れた見えない壁に激突する。
動きが止まったところを捕まえようと走る勢いそのままに兎に飛び掛かるが、
するりと手のひらから抜けられた。
まあいい。あと少しでリセとおじさんがいるところに到着する。
「おっ?」
兎が木の間を縫うように移動し始めた。
なるほど、兎の動きに合わせて移動しようとすると足場の魔法の制御が難しい。
ミスると木に激突しそうだ。
「ほっ、はっ、はっ。」
魔法で階段を作り、木の上に出る。
魔素感知で兎の位置を補足しつつ、空気ブロックをコの字型にして兎の退路を塞ぐ。
兎の背後の空気ブロックにさらに魔法をかける。
与えた事象は前進するだけという簡単なものだ。
ブロックは兎の背を押す。
ブロックに囲まれた兎が取れる行動は前進のみ。
進んだ先には罠だ。死の行進だな。
「よし、かかった。」
さて、リセたちのとこまで降りよう。
下り階段を作る。
降りつつ、リセが魔法を使うところを見ていた。
鮮やかな手並みだ。
あの魔法は何だろうか?ただ、恐ろしく速い。
皮膚がピリッと痛いな。何魔法だろうか?
後で聞いてみよう。
----ズルッ
「ちょっ-----」
足元のグリップが消え、体の浮遊感が訪れた。
思った以上に体は限界だったらしい。
自分が落ちていく様を俯瞰で眺めながら、そんなことを思った。
「痛った・・・。」
兎がかかっていた網に俺も落ちたみたいだ。
俺も罠にかかってしまった。
「ちょっとケルン!?どこから来たのよ!?」
「驚きましたな?ケルン君、木登りでもしてたのかい?」
とりあえず兎を追う過程でやったことを説明する。
二人ともここ最近でよく見た驚きの表情を顔に張り付けている。
「いや、なんかもう何をやっても驚かない自信があるわ。要は飛行魔法でしょう?」
「飛行魔法?」
飛行というより空中闊歩なんだが。
「失われた魔法の一種よ。
研究者は主に新たな魔法の開発と失われた魔法の発掘を行うの。
なんにせよ、ケルンがやってた空中での移動という行為はとてつもないことなの。」
「そうなのか・・・。」
ダメだな、増長してしまいそうだ。
褒められすぎて逆に気持ちが引き締まったぞ。
俺は目が見えないという圧倒的欠点がある。
それを補うための魔法だろう?
歩みを止めてはいけない、せめて色を知るまでは。
「そのうち論文にまとめたほうがよさそうね?」
うん?
論文?
「えっと?」
「あー、論文っていうのは研究者ならだれでも作るもので、
・・・うーん、自分の考えやできることを文章にまとめたものかしら。
それが広く認められれば晴れて正式に研究者よ!
まあ、実際に魔法を使って見せれば論文の真偽がわかるわけだから、
魔法に対する自分の考えを書けばいいと思うわ。」
考えをまとめるにはいい方法だろうか。
でもなぁ。
「俺、文字が認識できないんだよ。だから論文は書けないかも。」
「意外ね?・・・うーん、じゃあ文字は私が書くわ!ケルンは思ってることを魔法で伝えてちょうだい。」
あ、そうか。
代筆してもらえばいいのか。
でもやっぱり文字は覚えたほうがいいだろうな。
何とかして平面に書かれた文字も読めるようにならないと。
そうだ!
「ねぇ、リセ?いや、リセ先生!」
「う、うん?」
「俺に文字を教えてくれませんか?」
「え?でも書かれた文字は見えないんでしょう?」
「別に俺が見る必要はないんだよ。リセが見えてさえいれば。」
「さっきのイメージ転送をリセから俺に送れればできる気がしない?」
「うーん、どうかしら。私はさっきの魔法の理論とかわからないから一朝一夕でできる気がしないわ。」
そうなのか。リセならすぐやってしまいそうだけど。
何せ魔法の知識に関して、彼女は圧倒的に俺よりも勝っているのだから。
「できるかわからないけれど、今日の狩りが終わったらやってみましょう!」
うん、何事も挑戦だよね。
楽しみがまた一つ増えたな。
********** **********
「ケルン君、ナイフだ。」
おじさんが止め刺し用のナイフを渡してくる。
震える手で受け取った。
心臓が早鐘を打つ。
大丈夫。おじさんもリセもやってたことだ。
食べるためには、殺さなきならない。殺す・・・。
震えが大きくなった。
視野が狭まる。
ぐったりと横たわっている兎しか見えない。
兎に向けて足を踏み出す。
しゃがんで兎を仰向けにする。
視界が体表を抜けて心臓を映した。
脈打っている。生きているってことだ。
これを一突きすれば終わりなのに。
何かとてつもなく重い。
ナイフを持つ手が重い。
震えが止まらない。
----ナイフを持つ手の甲を包むような感触があった。
「最初の一回目は私もヅィーオとやったわ。二人で分けましょう?」
何を?
命の重みをか。
ああ、畜生、俺は弱いなぁ。
「ありがと、リセ。」
触れているリセの熱に勇気づけられて手を突き出す。
ナイフは心臓を貫いた。
********** **********
じりじりと焼けるような熱を頭のてっぺんに感じる。
太陽がその位置にあるってことだ。つまりはお昼だ。
とりあえずはおなかが減った。
何よりまずご飯だ。
俺とリセは屋敷までかけっこをして帰った。
結果はリセの圧勝。
余裕のどや顔を見せていた。
くそぅ・・・。
「おかえりなさいませ。」
エリーさんが一礼しながら迎えてくれた。
「昼食の準備は整っております。」
彼女は今朝と変わらない笑顔でそう言った。
四人で食卓を囲む。
長机は片されて、ちょうど4人が座れるテーブルに代わっていた。
「ケルン様。」
エリーさんからお声がかかった。
「なんですか?」
「ケルン様は『いただきます』という言葉をご存知ですか?」
「いえ、知らないです。」
「『いただきます』とは殺した命を食すことに関して感謝を示す言葉です。
自分で取った獲物ならば獲物そのものの命に対して感謝を。
そうでなくとも自分が食べるものに関係するすべてにお礼を言う言葉です。」
自分で獲物をとって初めてわかる。
その大変さ。
命の重さ。
実感できたからこそ、感謝しないといけないという気持ちが生まれた。
「食べる前に両手を合わせて言ってください。」
「では、いただきます。」
『いただきます』
皆の声が唱和した。
昼食は兎肉のスープにパン、リセリルカ邸で取れた野菜のサラダだ。
リセががっつきまくってエリーさんに怒られている。
リセが先に怒られなかったなら俺がお叱りを受けていただろう。
空腹を前に鼻腔をくすぐるこのスープの香りは反則だ。
「はふ・・・。」
ああ、うまい。
すきっ腹に温かいスープが染み渡る。
兎肉は鶏肉のような淡白な味がする。
しっかりと火が通っていて舌の上でほろりと崩れるようだ。
しばらく夢中で口を動かす。
おじさんがパンをちぎってスープに浸して食べているのが目に入ったので、俺も真似をして食べてみる。
少し硬めのパンが、スープに浸すことで咀嚼しやすくなった。
歯ごたえがあるのもいいけど、これもいいなぁ。
「お味はどうでしょう?お口に合いますか?」
エリーさんがニコニコしながら聞いてくる。
先ほどから見られていたようだ。
ちょっと恥ずかしい。
実際にすごくおいしいからな。
「ええ、とっても!」
俺は笑ってそう返した。
「ふふ、良かったです。」
ニコニコとした笑みがにへら~と崩れた。
この人こんな風に笑うのか。
「むうぅ・・。」
そのやり取りを見ていたリセが不満そうに唸っていた。
俺がエリーさんを取ったような形になったからだろうな。
食事が終わり、俺とリセ、それにエリーさんは屋敷内にある書斎にいる。
おじさんは夜の狩りに向けての準備をするそうだ。
見渡す限り一面本棚だ。
ほとんどが魔法関連の本らしい。
なんでもリセはすべて読み切ってしまっているのだとか。
なんというか、凄まじいな。
何が彼女をそこまでさせるのだろうか。
さて、ここに呼ばれた理由は何だろう?
「ケルン様には、今日からここで魔法について学んでいただきます。」
うん?
願ったり叶ったりではあるけれど?
突然だな。
「あー、まってエリー、まだ説明していないの。」
「そうでしたか、私が致しましょうか?」
「いいわ、私が言わないといけないことだもの。」
彼女は一度息を吸い込んで、
「ケルン、私を王にする手伝いをしてくれない?」
そう言った。