4、とくべつな一日
「どうやって消すのって言われてもねえ・・・。
lv1魔法を使うと注いだ魔力を使い切って自然と消えるのよ。
魔法陣だって注がれた魔力がなくなったら消えるし。」
どんだけの魔力を持ってるんだよ、俺は?
「俺の体には魔素がいっぱいあるのかな?」
「たぶんね!魔素もりもりよ!」
両手を上げてグッと力こぶを作って言う。
筋肉もりもりと同じような使い方してるな。
自分の体をよく見てみる。
俺の体からは白い靄のような----魔力は出ていない、と思う。
意識を火の壁のほうに向ける。・・・うん、やっぱり熱い。
たぶんだが、俺は感覚で魔力の有無と属性がわかるようだ。
リセの『フラッド』が発動するときには涼しさを感じた。
ほかの属性はどうか知らないが、火属性は熱く、水属性は涼しく感じるようだ。
で、意識しなければ熱さを感じないということは、この火の壁は内側には熱を伝えないということか。
・・・俺が動くとどうなるのかな?
「リセ?ちょっと俺動いてみていい?」
「え?ええ、いいけど気を付けるのよ?ゆっくり動くのよ!」
む、年はそんなに変わらないだろうに、なんだか母さんみたいなこと言われたぞ。
俺は恐る恐る一歩踏み出してみる。
果たして----火の壁は俺についてきた。
「おおっ!動き回れる!」
調子に乗っていろんなことをしてみる。ジャンプしたり、走ったり。
「楽しいのはわかったから!
はたから見たら火だるまの人間が楽しそうにはしゃいでるシュールな絵よ?で、消し方はわかったの?」
「や、わかんない。」
「もう!ちゃんと考えてるの?」
「普通『点火』は魔力が無くなったら火の放出は止まるんだよね?」
「そうよ。込める魔力の量でも放出量は変わるわ。
初心者用とは言ったけど一発で魔力がすっからかんになってちゃ使えないからね!
魔法を習いたての頃は込める魔力も制御できないから、あの男の子は疲れてたみたいだけど。
・・・ケルンは疲れてないようだけどね?」
眉を顰め、目を細めながら、非難するような声のトーンで言う。
じと~っと見つめてきている。
あれだ、ジト目ってやつだ。
おかしいな?今俺から火の壁に向けて魔力は流れていないのに、依然として火の壁は存在している。
これが『点火』だったらとっくに消えているだろう。
魔法の発動時点では『点火』だった。
全身から火が出てたみたいだし。そこから俺は何をした?
自分の感覚では熱さを押さえつけたつもりだった。
俺は火属性の魔法は熱く、いや、火属性の魔力は熱く感じる。
火属性の魔力を押さえつけたとはつまり、魔力の放出を押しとどめたということだろう。
そう考えれば火が放出されずに壁という形で顕現していることの証左になるだろうか。
「ねえリセ、魔力に濃度ってあるのかな?」
「いえ・・?聞いたことないわ。どうして?」
「俺が使った魔法は『点火』だった。
普通はリセのlv3水魔法『洪水』で消せると思うんだ。
で、消せなかった理由は、火の壁の火力が高かったから。
なんで火力が高かったかのかって考えたんだ。
俺は火属性の魔力の放出を押しとどめて火の壁を作ってるみたいなんだよ。
その時に魔力が圧縮されて、濃度が上がったのなら、火力が高かったことの証明になるかなって。
単に火を圧縮したら火力が上がるのかもしれないけど。」
「・・・・ケルンは頭がいいのね。頭の回転も速いわ。とても五大体系魔法の存在をついさっき聞いた人とは思えないわ!」
「そうかな?ありがと。それで、この魔法の消し方がわかったんだけど、20メルトくらい離れててくれない?」
「わかったわ!」
たたたたっとリセが駆けていく。
今、俺の放出した魔力が押しとどめられて火の壁を作っているのなら、押しとどめてる魔力を開放してやればいい。
ただし、指向性を持たせないと俺自身にも文字どうり火の粉が降りかかるかも。
火の壁に注意を向けて集中する。
----あっつっ!熱い熱い!
俺は熱さを感じながらも体全体を覆っている魔力を球体状に丸めていく。
炊き立てのお米でおにぎりを握っているように思える。
「じゃあいくよー!」
「わかったわーーー!!」
イメージはリセが放った『洪水』だ。
俺は右手を突き出し、左手で手首をつかんで支え、
風船の一点に穴をあけるような感覚で、魔力を開放した。
瞬間----リセのすぐ横を、熱線が通り抜けた。
俺とリセは、しばらく立ち尽くしていたが、
「あ、危ないじゃない!!当たったらどうするつもりだったの!?近くにいただけで火傷しそうだったわよ!」
幸いなことに、射線上に建造物や動物はいなかった。
「ご、ごめん。まさか100メルト以上も火が伸びていくとは思わなくて・・・。
魔力ってぎゅって押しとどめてから開放すると勢いよく放出できるみたい。」
「・・・なんかケルン、研究者様みたいね?この短時間でユニーク魔法を二個も開発しちゃうなんてすごいことなのよ?」
「研究者?ユニーク魔法?」
俺はどうやら世間知らずのようだ。
俺とリセは並んで村の散策を再開した。
歩き始めようとして俺とリセは同時におじさんがいないことに気づいて、俯瞰でおじさんを探してみると、すぐそばの民家から出てきてこちらに走ってきているようだった。
おじさんは破魔の杖なるものを持っていた。魔法を打ち消せるらしい。
リセの『洪水』で俺の火の壁が消せなかったとこを見て持ってきたのだとか。
無駄足になってしまったようだけど。
研究者というのは主都でのあこがれの職業らしい。
ユニーク魔法は研究職についたものが独自に作る魔法で、研究成果となるそうだ。
村のいたるところをリセと並んで歩いた。
いろんなものを見て、触って、色を教えてもらった。
リセに触っていいかと聞いたら彼女の顔のあたりから熱さを感じて、
「ダ、ダメよ!淑女はそうやすやすと体を触らせたりしないものなの!!!」
と、大きな声で断られた。
----楽しかった時間はあっという間だった。
「ケルン、夕日がきれいよ。光が川の水面に反射してキラキラしてるわ。あなたも見れればいいのにね。」
どうやらもう夕暮れ時みたいだ。
俺とリセは帰路についていた。
目を閉じた。俺の視界から白が消える。
頭の中で村の全体像を思い浮かべる。見たもの、触れたもの、その細部に至るまで。
目を開けた。村の全体像が白く描かれる。
----うん、一致した。
きちんと覚えておかないとね。
平面に書かれた文字は俺には認識できないから、文字もかけない。日記もかけない。
学んだこと、聞いたこと、最近は見たこともかな?
それらを忘れないようにしないと。
世界が色づいたなら、すべてのことを覚えるのは難しいかもしれない。
色が見えないのならせめて。
見えるものだけでも、聞こえるものだけでも、感触だけでも、感情だけでも。
----残しておきたいなぁと、
そう思うから。
「じゃあね、今日はありがとう、リセ。いろんなこと知れて楽しかったよ。」
「ええ!また明日ね!」
金色の彼女は笑ってそういった。
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「リセリルカ様。どうでしたか?彼は。」
「リセリルカ様はやめてちょうだい。今はそんな身分ではないわ。ケルンは私と対等に話してくれた。」
わたしは彼、ケルン・ツィリンダーについて思いを巡らす。
今日は幾度も驚かされた。目が見えないというから手を引いて案内してあげようと張り切った。
彼は走った。目が見えないにもかかわらず。空間魔法なんて知識の中でしか知らないものを使う彼。
そのくせ魔法の常識すら知らない彼。自分が見える色を教えるだけで宝物を見つけたように喜んで。
ちょっと天然のセクハラがあるけれどっ!
とても頭の回転が速くて、聞いたことのない理論やユニーク魔法を簡単に作ってしまう。
基礎の基礎を教えただけでこれなのだ。彼が知識をつければきっと研究者以上の。
きっと王にだってなれる。
目が見えないハンデを物ともしてない。きっと努力ができる人なんだ。
「明日はケルンと狩りに行こうと思うわ!わたしもしばらく行ってないし、腕が鈍りそうだもの。いいわね、彼。」
「そうですか。」
「ああ、そうだわ。たぶんだけどケルンに破魔の杖は効果がないと思うわよ。
彼は自分で魔力を自在に操るほど魔力制御ができる。
外から魔力放出の妨害をしたところで彼の魔力制御に干渉できないでしょうね。」
大規模魔法陣を用いた魔法でもなければね。
「左様ですか。」
「とにもかくにも、あなた様にお友達ができて嬉しゅうございます。」
初老の男は微笑をたたえてそういった。
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俺は家に帰り、父さんと母さんに今日あったことを話した。
二人とも笑って聞いてくれた。魔法のことや髪の色のことを聞く前に眠くなってきた。
楽しかったけれど、とても疲れた。お風呂に入って、ベットに潜ると、すぐに眠気はやってきた。
俺の視界の白色がぼやける。瞼を閉じて、眠りに落ちた。