表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

1、世界の見え方


俺は、目は開いてはいるが、生まれつき目が見えない。

ただ、本当に何も見えなかったのは、6歳ぐらいまでだった。

一か月は30日きっかり、月は1月から10月までで10か月ある。

6歳とは10か月を6回過ごしたのだと教わった。

目が見えないなら、ほかのもので補えばいい。

両親はそう言って、俺に空間魔法を教え始めた。

目が見えると聞いて喜んで学んだ。

父さんと母さんの見てる世界が俺にも見えると思った。

だんだん世界の輪郭が見え始めた。

物の形が分かるようになってきたのだ!

まずは自分の体からだった。

小さいときから触り続けたもの。

難解な指の形。顔のくぼみ。

真っ暗な世界にぼんやりと立体構造が浮かび上がる。


「お母さん! これ! これが俺の形なんだね!」


『ケルン……見えるようになったの!? あなた! ねぇあなた!』


嬉しそうな声だった。

初めて見たヒト種は母さんで、触って形を確かめること、声を聴くことよりも鮮明に、これが自分の母親なんだ!と認識できた。


『あれが木だ。わかるか?』


父さんが俺に聞いた。


「円柱にもじゃもじゃがくっついてる感じのやつのこと?」


『そうそう、それだ。それが木だ。木は円柱の部分を幹、もじゃもじゃの部分を葉という。幹は茶色、葉は緑色をしているな』


「色ってなあに?」


俺には色という概念がわからなかった。

両親と同じものを共有できないのがとても悲しいと思った。

ただ、父さんや母さんが目を閉じると黒が見えると言っていたので、俺が普段見ている視界の色は黒なんだなと分かった。

夜寝るときはみんな黒の中にいて、その時だけはおんなじ感じ方ができると気づいた。

それがどうしようもなくうれしくて、夜が来るのが待ちどうしかった。

目が見えなかった分、ほかの感覚は研ぎ澄まされていた。


家の中ならば、誰が何をしているのか完璧に分かった。


今日のご飯が何なのか確実に分かった。


目で見て覚えることができないから、一度聞いたことは忘れなくなった。


数年ほどたって。

初めて家族以外の人と会話した。

隣のおじさんと、おじさんに連れられた女の子だった。

その日から、俺の世界は色づいた。



「ツィリンダーさん、こんにちは。その子が……」


「ええ、俺の息子のケルンです。ケルン、挨拶して?」


「こ、こんにちは……」


初めて家族以外と接する。

俺はかなりの緊張と、同じくらいの期待をもっておじさんと女の子にあいさつをした。


「こんにちは! はじめまして! 私の名前はリセリルカよ !あなたの名前はケルンでしょ!? 知ってるわ! さっき聞いたもの! 目が見えないんですってね! 今日初めて村に行くんですってね! この村のことよくわからないでしょう!? 私が案内してあげるわ!」


言うや否や、彼女は俺の手をつかんで走り出そうとする。

怖い、怖い怖い!!足元を確認しないなんて!!

歩いてたってくぼみや段差を認識できなければ転んでしまうのに!!

ましてや走るなんて!!

俺は彼女の手を振り払い、数メルト走って(・・・)離れた。


「せ、せめて歩いてください!! 絶対ころぶ!! 怖いんです!!」


リセリルカを止めようとしたおじさんも、父さんも、止まってこっちを見ているようだった。

口を大きく開けているようだ。

リセリルカは顔を俺のほうに向けて言った。


「あなた、目が見えないんじゃないの? 走るの怖いってうそでしょう! 走れてるじゃない!」


「あ……れ?」


言われて気づく。見えるというよりはわかるのだ。距離やら構造やらが。

今自分がどこに立っていて家がどこらへんなのかとか。

どこにくぼみがあるかとか。ここが歩きやすそうだとか。

自分も含めた立体構造の世界が広がっていた。

注意をリセリルカから外してさまよわせてみる。

おお!上から自分が見えるぞ!!下からもいける!!

しばらくぐるぐるぐるぐる注意をさまよわせていると、目が回ってきた。

いや、目が見えないのに回せないから頭だ。頭が回ってきた。


「ね、ねぇ、どうしちゃったの?急に止まっちゃって。大丈夫?」


彼女が歩いて近づいてきた。


「だ、大丈夫です。ちょっといろんなところを見てただけですから」


「やっぱり! 目見えるんじゃない!」


「目は見えないですよ。俺のは空間魔法で…」


「空間魔法!? すごいわ! すごいわ! 使える人はじめてみた! ねぇ! どんな風に見えてるの!?」


「ええと……」


俺は自分が見ている景色を伝えようと身振り手振りを交えて説明した。


「黒くてボールみたいなものの中に俺や君がいるのがわかって、

そのボールの内側なら何がどうなってるのか手に取るようにわかります。

手に取るようにわかるといっても、んと、注意して?見ないと、

そこにその物体があることしかわかりません」


普段は自分が父さんや母さんの見ている世界を聞いていたのに、今は自分が見ている世界を説明している状況がなんだかおかしくて、少し得意な気持ちになった。

自分の世界を他人に伝えるのがこんなに難しいなんて。

でもわかってほしい。俺はこんなものを見てるんだよ?って伝えたい。


「聞いたことしかないけれど、たぶん俺が見ているものは線というものみたいです。

君や俺が線が集まってできてて、そこに立ってます。

俺の世界は線でできてます。

俺は色がわからないから、これが本当に線かどうかわからないけれど。

……線って何色なんですか?」


「そんな風に見えてるのね!

……たぶんその線の色は白色っていうのよ!

白の上に黒が乗ると線や絵や文字になるけれど、あなたのは黒の上に白がのってるのよ!

きっとそうだわ! だって白と黒ははっきりしてるもの!」


そうか、これが白か。


「ありがとうございます。俺に新しい色を教えてくれて」


俺の世界は白黒だ。

もっといろんな色がわかったら、きっと、すごい。

これが白なんだってわかっただけでこんなに感動しているんだから。

口のあたりがむずむずする。笑顔というやつだ。


「ねぇ、今どこを見てるの? わたしのこと見えてる?」


俺の目の前あたりを手で覆うようにして言う。


「えと、はい。見えてますよ。今は下のほうから君の靴と足と下着……」


リセリルカが素早く足の太ももあたりにある服の裾を押さえた。母さんがスカートと言ってたな。


「ばっ……バカ!! どこ見てるのよ!!」


彼女の手がぶれて軌跡を描く。それは俺の頬に吸い込まれて……。



後で聞いた話だが、女の子は足の付け根あたりと胸のあたり、あと自分の下着を見られると怒るらしい。

とりあえずすごい謝って、何とか許してもらった。

女の子って恐ろしい。

母さんはあんなにやさしいのに。


「それじゃあ村に行きましょうか! ここから500メルト位よ! 走ればすぐね!」


声から判断すると、さっきまで怒っていたのにもうなんともないみたいだ。


「ん?……あれが村ですか。動く物体が……あっ、ヒトですか! 何かを地面に打ち付けたり、何かをかけてるみたいです。なんでしょう?」


「たぶん農作業よ! 畑を耕して、水をまいているんだわ!」


「ああ、あれがそうなんですね!! 父さん、行っていい!?」


初めて見るものばかりでとても興奮していた。

怖いという思いよりも、興味のほうが勝っていた。


——なんだあれ!なんだあれ!?知りたい!触れたい!

おじさんとリセリルカはすでに歩き出している。


「……径500メル上の球状……把握に、走行に耐えら……空間処理速度……すでに研究……超えているのか」


「父さん?」


「ん? ああ、すまない、行っておいで。父さんは家に戻ってる。

そこまで空間魔法が使えるなら大丈夫だろう。楽しんでおいで」


「うん!」


「……空間魔法のことは、あまり人に話さないほうがいい。

ケルンは他人にできることができないけれど、それを補って余りあることができるから」


「うん?……わかった!」


俺はリセリルカとおじさんを追って走り出した(・・・・・)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ