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新企画の責任者なんて聞いてない

この企業はやはりおかしい―


 エリアでの会議という事で通常業務開始が十時と言うのに今日は八時から本社の会議室に召集された。今は営業課長が営業数字の進捗を皆の前で報告している。手元には各店舗の月間営業目標の進捗が羅列されたレジュメがあるが、はたしてこれをわざわざエリア内の社員を全員集めて報告する必要があるのかはなはだ疑問だ。こんなのはメールで配信して進捗の悪い店舗には別途指示を出せばよいだけのことだと思う。

 そもそも会議と銘打ってはいるが何かを議論することもなければ営業課長以外がこの議題に対して声を出すなんてことは全くない。あくまで課長たちが自分の担当する業務を皆の前で報告するだけのいわば卒論のプレゼンみたいなものである。


 昨夜は深夜アニメを三時まで観てからの就寝だったので今日は三時間しか寝ていない。この会議で眼を開けながら寝ていればそれほど今日の業務に支障をきたすことはないだろうと考えての行動だ。

 実際手元の資料について課長が誰かに質問を投げかけるという事は一切ない。ここにはエリア内の社員百名くらいが来ているが本当にこの会議に必要な人間はおそらく本社勤務の東京支部長と課長達だけだろう。営業課長の藤崎が数字の進捗を終えると「質問がある方はいますか」と言い誰も手を上げずに次の議題に進んだ。


 毎月毎月、必ず一日と十五日はこのエリア会議を実施して年間二十四回も必要があるのかと問われれば俺の答えは前述のとおりノーである。上の人間に本音を聞いても恐らくイエスと答えるのは三割もいないだろう。それでもこの月間のルーティーンを実施するのはおそらくさらに上、つまり役員からの指示があるのだろう。俺と同じ平社員、もしくは課長の中にも上司にたてつく人間はいる。「これはおかしいと思う」とか「私はこう思います。」とか意見しているのを見たことだってある。俺でも新入社員の頃は自分の意見をしっかりと上司に述べることに美徳を感じていた時期があった。

 けれど役員の指示、考えは前提として自然法則と考えなければならない。

 俺たちの人事権は役員連中が握っており一人の役員だけで俺を左遷することもクビにすることも一声で確定なのだ。

 労働基準法?雇用契約書?そんなものはあって無いようなものだ。公衆便所に書かれている落書き禁止の注意書きと同価値だろう。

 実際入社の際に初任給は二十三万円と提示されて入社したのに二十万円だったしな。人事部に文句言ってやろうと思ったが言ってどうなるものでもないし「だったら辞めれば?」となっても既に内定を蹴った企業が再度内定をくれるわけがない。日本で就職に最強のカード「新卒」はこの会社に譲渡したのだ。もう逃げられない。


 俺がこの会社のトップに立ったら絶対に当時の人事部を真っ先にクビしてやる。


 まぁあり得ないんだけれど。


 そんなことを思い出しながら俺の思考はこの会社のトップになった場合にどの事業部を廃止してどの上司を降格してどの後輩社員を俺の腹心にするべきなのかという方向にシフトしていった。既に営業進捗の書かれているレジュメの裏の空想組織図は完成間際に近づいていた。


 ―それでは今ご説明した新企画を進めるにあたり皆さん、ご不明な点、ご質問はありませんか。


 どうやら新しい企画を来月から運営販売して今年度前期のマイナスを補てんするらしい。皆頑張ればいいさ。俺は支店でおとなしく降りてきた指示に従っておけばいいだろう。


 ―質問ではないけれどこの企画の責任者は誰にするんだ?


 今までずっと口を開かなかった梅林部長が発した言葉に俺も顔を上げて前を向いた。

 突然の質問に驚いた様子の橋本課長が

「えっと、今のところは私が取り仕切ろうと思っておりますが・・・。」

と言うと梅林部長は宙を見上げながら何かを考えている様子だ。

 会議室に沈黙が訪れる。役員の言葉が自然法則、部長に意見できないわけではないがそれでもなかなか意見する人間はいないし部長がそれで激昂しても面倒臭い。

 何を言い出すのだろうと皆が固唾を飲んで見ていると部長は突然皆の顔を見回した。


「樋井川、お前やれ。」


 一瞬、部長が何を言っているのかわからなかった。

 理解するよりも先に皆の視線が俺に向いて戸惑った。


「お前ももう入社して七年目だろ。やってみろ。」


 入社八年目だがそんなことはどうでもいい。なんで俺?っていうか新企画ってどんな内容なの?手元にある新組織図なら今すぐ提出して差し上げますよ。いやそれこそクビになりかねない。どうやって断ろうか考えなければならないのだが良い言い訳が思いつかない。

 自分の評価が下がらず、その上で梅林部長に「それなら仕方ないな」と納得させるだけの言い訳。パニックと睡眠不足で全く頭が回らない。こんなことなら今日の会議体調不良で休んでおけばよかった。

 みんなの視線が俺に刺さる。もちろん一番刺さっているのは梅林部長の視線だ。とりあえずちょっと考えさせてくださいとか言ってなし崩し的に断ればいいだろう。最悪若干評価が下がるかもしれないがそれでクビになることはない。最悪左遷として売り上げの低い店舗に回されるくらいだろう。

 そこまで考えて立ち上がり部長に言った。


「全力で頑張ります。」


 会議の後に同期の小林が

「お前、よく突然指名されてすぐに返事できるよな。部長が言い切るのとほぼ同時に立ち上がってたぞ。」

と言っていた。


 走馬灯ってやつか。過去の記憶がフラッシュバックした気はしないが俺が色々考えを巡らせていたのはほんの一瞬だったらしい。

 

 上司の命令に断る方法って無いだろ・・・。イヤ、マジで俺って何の責任者なの?

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