第九十六話 寝ない子誰だ
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させて頂きます。それほど長くはないので、ちょっとしたお暇な時間にでも楽しんで頂ければ幸いです。
『寝ない子誰だ』
名も無き異世界の魔都に、今も住む数少ない住人達も寝静まる時間、
「門は閉ざされ道も封鎖されている魔王城の中央部、そこにどうやっていくのか・・・」
地球の月より僅かに大きく感じる異世界の衛星を背に、その影は一人ごちり魔王城を見詰める。
「そう・・・道が無ければ空から入ればいいじゃない?」
その影は朝から魔都のあちこちを探索するも、聞いていた通りに寂しいもので、早々に公園のベンチで仮眠をとることとなったユウヒであった。夕方までベンチで日向ぼっこをすることとなったユウヒは、バッグにまだ残っていた芋を夕食に食べた後、予定していた行動を開始する為に魔都の空から魔王城を見上げている。
「昼間も人が居なくて暗かったが、夜はさらにさみしいな・・・少し霞んでるが月明りがあって助かったよ」
空の上で気合を入れ直したユウヒは、静かに魔王城へと移動しながら眼下に広がる魔都の物悲しさに何とも言えない表情を浮かべるも、頭上に輝く異世界の月の柔らかな光を見上げるとホッとした様に笑みを浮かべた。
「さてと、見つからないことを祈るとしよう」
そんなユウヒは人に見つからない様に朝のうちに調べていたルートで魔王城の城壁に取りつくと、壁の内側を見下ろしながら僅かに緊張した面持ちで月に祈りを捧げるのであった。
ユウヒと言う侵入者が城に入り込んでいる頃、その城の奥ではドレスを纏った女性がランプの明かりが灯る薄暗い部屋の中で、ベッドに体全体を預けていた。
「ひめ・・・」
「ぁ・・・」
よく見ればドレスはあちこちが肌蹴、肌蹴た場所からは透き通るような肌が露出しており、ベッドの上に広がったスカートからは白い下着も見えている。そんな主のあられもない姿に、メイド姿の女性は情けなさで乾ききった目で彼女を見下ろすと、小さく脱力した声で呼びかけ、その呼びかけに姫と呼ばれた女性は極々小さな声を洩らしてびくりと体を震わせた。
「はぁ・・・こんな姿、臣民が知ったらどれだけがっかりするか」
「仕方ないじゃない、今日は特に力が出ないんだもの」
メイド姿の女性はゆっくり歩み寄るとお姫様のドレスを整えはじめ、緩慢な動きで起き上がったお姫様はなされるがままに衣服を整えられながら不平を口にする。どうやらこのお姫様、疲れか何かにより体に力が入らず休憩をとっていたようだ。
「それはわかりますが、だからと言ってその様なだらけた姿で居て良いわけではありません」
休憩を取っていたこと自体は悪くは無いと言うメイド姿の女性は、困った様にため息を吐き諌める様に小言を口にしながらお姫様の後ろに回ると、乱れた髪をブラシで整え始める。
「それに今日はなんだか暑いんだもの」
「・・・そういえば、今日はいつもより湿度を感じますね?」
しかしそんなお小言聞き飽きたと言った表情を浮かべたお姫様は、今日は暑いと言いながらドレスの胸元引っ張り涼を求め。彼女が胸元を動かす度に、服の隙間から見え隠れする慎ましやかな胸を見下ろしたメイド姿の女性は、思わず閉口するも暑いと言う事には同意なのか、お姫様の髪を解きながら首を傾げる。
「・・・ちょっと外の空気を吸ってきます」
魔王城の周辺地域は一年を通して湿度が割と低く、特に世界樹が枯れてからは土ぼこりの立たぬ日は無いほどに乾いていた。いくら季節が夏季であろうと、いくら湿度調整のための魔道具城内使用されて居ようと今の湿度は可笑しい、そう思い至ったお姫様は眉を寄せて目を細めると、すっと立ち上がりそのまま部屋の外に向かって歩き出す。
「それでは御付きを「いらないわ」姫!」
「もうこの城に私を狙う者などいないでしょ?」
僅かに険しくなる表情で振り返ることなく御付きは必要ないと言うお姫様は、何処か物憂げな雰囲気の笑みを浮かべ振り返ると、この城も自分にもすでに大した価値は無いと言いたげに小首を傾げる。
「それでも何があるかわかりません」
「だいじょうぶよ、世界樹様の庭に行くだけだから」
屋外用の靴に履き替えた彼女に、メイド姿の女性は心配そうな表情で駆けより説得を試みるも、庭に出るだけだからと言ってお姫様は聞く気が無いようだ。
「だとしても・・・いえ、わかりました。何かあれば呼んでください、近くに控えておきますので」
「ええ」
お姫様の父である魔王亡き後、彼女は良く一人で世界樹の庭で過ごすことが多かった。情けない姿を臣下に見せない為の行為であったのだが、そこで静かに泣いていた事を思い出した女性は、眉を寄せて言葉を止めると深いお辞儀と共に了承する。
それでも近くには控えていると言う女性の言葉に、お姫様は苦笑を零すと小さく返事を返し部屋を出て行く。
「・・・そうね、狙われることも無くなったと言うのは、変な話ですが少し寂しくも感じますね」
メイド姿の女性が警護の人員に声をかける為、急いでお姫様と反対の道を走ってく姿に困った様な表情を浮かべた彼女は、自分で言った言葉に何とも言えない寂しさを感じて微笑むと、メイド姿の女性に見せていた柔らかな笑みを消して世界樹の庭に向かうのであった。
魔王の娘が、その顔に不安と僅かな期待の色を浮かべながら世界樹の庭と言う場所に向かっている頃、偶然にも同じ場所へユウヒも向かおうとしていた。
「おっと・・・ふむふむ? シルキーとな」
現在ユウヒは魔王城の一番高い場所に位置する屋根の列を、まるで鼠小僧の様に静かな足取りで走り渡っている。だが時折、お城の建物と建物を繋ぐ渡り廊下に人の気配を感じては身を屈め、そっと顔を出すと右目でその種族や容姿を確認して一喜一憂していた。
「なんだっけ? 屋敷に住む妖精だったか? あ、あれだクロモリの中に出て来たハウジングサポーター」
まるで団地を密集させた様な構造の魔王城内は、複数の建物を風通しの良い渡り廊下で繋いでおり、その渡り廊下からはユウヒの歩く屋根のうえが見渡せてしまう。その為こそこそ隠れながら移動しているのだが、此処まで来るまでにも様々な種族の魔族を見かけており、興味を惹かれたユウヒは人が通るたびに本来の目的から断線していた。
「元ネタはどっかの伝承だったかな?」
先ほどまでユウヒが目を向けていた渡り廊下には、メイド姿の女性が一人走っており、その種族はシルキーと言う種族であったらしく、日本でも割とメジャーでゲームにも出て来た種族の名前にユウヒは僅かな興奮を覚える。
「一応お城には人がいるんだな、町と同じで人気は少ないけど夜でも起きてるな」
しかし、本来の目的忘れてしまったわけでは無いようで、人が居なくなるとすぐに立ち上がって軽快な足取りで屋根を伝って世界樹へと向かって走り跳ぶ。
「警備も兼ねてるのかな? ぱっとみ戦闘力があるようには見えないけど、魔族は見た目じゃわかんないしなー」
そんな彼が度々目撃するお城の住人はそのほとんどメイドの姿をしており、その事を不思議に思い首を傾げるユウヒは、しかし一見強そうに見えない種族ばかりであったが、見た目で強さを判別できない魔族のメイドなので警備も兼ねてそうだと呟くと難しい表情を浮かべる。
「よっと、ほっと・・・おお、ここは眺めがいいな。月明りで余計にさみしく感じる街並みと冷たく感じるお城か・・・あ、使い捨てカメラ持って来ようとか思ってたのにまた忘れたな」
今はまだ侵入がばれたり見つかったりしては居ないが、捕まった後の事を想像してちょっと怖くなったユウヒは、気を入れ直して建物から建物へと跳び移り、いつの間にか城の一番奥に建つ建物の屋根まで到達していた。
「いやでも、じぇにふぁーからだいぶ貰ったしな。少しくらい衝動的に使おうか・・・どうせなら良いカメラで撮りたいしな」
そこから見る魔都の景色は物悲しくも美しく、使い捨てカメラでも持ってこようと思っていた事を今更思い出すと、しかしこれほど綺麗な光景なら高いカメラで撮った方がいいのではないかと、また思考を脱線させていく。
「・・・カメラで精霊って写せるんだろうか?」
移り気なところがあるユウヒが思考をふらふらさせていると、彼の目の前を緑色の綿毛が通り過ぎて行き、そんな精霊を目で追ったユウヒはカメラで精霊は写せるものなのかと首を傾げる。
「緑色の小さな光は樹の精霊かな?」
緑色の綿毛を目で追ったユウヒは、左目から伝わる感覚とその見た目から樹の精霊だとあたりをつけると、小さな精霊の跡を追う様に屋根の上を歩いて行く。
「俺を呼んでる? いや気のせいかな」
精霊はゆっくりと進むと屋根が途絶えている場所で止まり、くるくるとその場で円を描くように踊るとそのまま下へと姿を消していった。
「・・・・・・はは、これが魔王領の世界樹かぁでかいなぁ」
まるで呼んでいる様な精霊の動きに笑みを浮かべたユウヒは、精霊の降りて行った場所を見下ろす為数歩前に進むと、見下ろした先に広がっていた光景を目にして息を飲む。
「外から見た姿よりこの城は大きく深いんだな、山のように感じていた部分は全てお城の一部と言うか、世界樹を守る壁になってるのか」
精霊がふわふわと降りて行く先には、魔都から見上げた魔王城の高さだけでは足りないほど深く巨大な空間が広がっており、そこには地球上のどんな木よりも背の高い樹が聳え立っていた。
ユウヒがその空間を見て理解した通り、魔王城はこの世界樹を守る様に作られた壁、その壁伝いに作られ広がった城のようで、良く見ると穴の中の壁は建物の上に継ぎ接ぐように新しい建物が作られている。
「深い割に明るいのは何か魔道具を使っているんだろか?」
また穴の中は薄暗くはあるものの深い竪穴と言う割に明るくて見通しが良く、ユウヒの左目に映る精霊達以外にも何かしらの光源を用いている様だ。
「月明りを中に導いてるのかな? うん・・・なんでだろ、空飛ぶのは怖くないけどこういう深い穴に飛び込むのって妙な怖さがあるよね」
まるで空の月から光が注がれているような神秘的な明るさに満ちた竪穴、その巨大な穴を見下ろしていたユウヒは、生唾を一つ飲み込むとどこか情けない声で独り言を洩らす。
「高層ビルから下を見下ろしたらこんな感じなのかな?」
何度か【飛翔】の魔法が効いている事を確認したユウヒは、ゆっくりとした速度で穴の中に身を投じ、小さく見える穴の底を見下ろすと自分とは縁遠い高層ビルと言う物に思いを馳せる。どうやら本気で怖い為にいろいろな事を考えて恐怖を誤魔化している様だ。
「・・・枯れてるな」
そんな恐怖もある程度時間が経てば慣れるようで、底が近づいて来るに伴って世界樹を調べる余裕の出て来たユウヒは、乾ききった木肌を見渡すと眉を顰め小さく呟く。
「あれ? 根っこが無いって誰かいる?」
それからさらに数分後、終点が近づいて来たことで息を吐くユウヒであったが、良く見える様になってきた床に木の根が見えない事に驚くと、木の幹が突き出している場所に小さな人影を確認して驚き、慌てて両手で口を塞ぐ。
「むぅ(小さな人影・・・子供か? こんな時間に出歩くとは、良い子はもう寝る時間だぞ?)」
両手で口を塞ぎ静かに降下し続けるユウヒは、ゆっくりと近づいて来る人影が子供である事に気が付くと、すでに相当遅い時間であることを思い出し首を傾げる。
「ふむ(と言っても俺の方が悪いことしているわけだが・・・)」
しかし現在進行形で悪い事をしているのは、不法侵入しているユウヒの方であり、そんな自分に彼女を責める資格は無いかと小さく肩を落とす。
「・・・変わりはない、気のせいだったかな」
「・・・・・・」
すでにその少女との距離は3メートルを切っており、そこまで近づけば静かな空間故に彼女の独り言も聞こえてくる。ゆっくりゆっくり降りてくるユウヒの視線の先では、世界樹を見詰めていた少女が小さく肩を落としていた。
「ふふ、こんな夜更けにこんな場所で何しているのかしら・・・」
「・・・」
自らの行動を自嘲する少女は、世界樹を見詰めたまま唯そこに立ち尽くし続ける。そんな少女とユウヒの距離はすでに手を伸ばせば触れられる位置であり、彼女の真後ろに逆さまの状態で浮かぶユウヒの周りには、いつの間にか集まってきた緑色の綿毛が飛び交っていた。
「ん? ・・・へ?」
そんな場所まで近づけば、大抵の者は気配と言う何かを感じるであろう。それはこの少女も同様であったのか、何かの違和感に気が付くとそれまで俯かせていた顔を上げ、ふいに背後を振り返ると置物の様に動きを止める。
「あ・・・ね、寝ないこだぁれだ?」
「・・・・・・っ!? ぴぃぃぃっ!?」
何故なら彼女が見上げた先には逆さまで空に浮かぶ男が居り、さらには引き攣った笑みを浮かべ声をかけて来たのだ。ただでさえあり得ない状況に怪しい言動、大の大人でも肝をつぶすこと請け合いである。
ごたぶに漏れず肝をつぶした少女は、白く透き通るような肌を真っ蒼に染め上げ、宝石のような赤く美しい瞳を潤ませると、悲鳴なのかそれとも呼吸が洩れただけなのか、か細い音を口から漏らすと後ずさるようにへたり込む。
「うお!? 予想外にってお前ら・・・俺の顔をライトアップしたな」
≪~♪≫
あまりの驚き様にユウヒも驚いたようだが、目の前の少女の目の動きから原因の一端が周囲の精霊達にもあると気が付くと、嬉しそうに舞い踊りユウヒの顔だけを魔力の灯りで照らし出す精霊達に頭を抱える。
「まおうさまごめんなさいまおうさまごめんなさいまおうさまごめんなさい」
「完璧やりすぎた・・・どうしよう?」
≪?≫
終いには恐怖で頭を抱えぶつぶつと同じ言葉を呟き始める少女を前に、ユウヒは地面に降り立つと心底困った表情で頭を掻き、不思議そうな感情を洩らす精霊達を見上げると、誰にともなく問いかけるのであった。
いかがでしたでしょうか?
夜中にこそこそとお城に侵入したあげく住人を驚かすユウヒでした。いったいなぜこんなことになったのか、またこの後どうなるのか次回も是非楽しんで頂ければ幸いです。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




