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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第一章 救出と救済

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第九十一話 風に誘われ農村へ

 どうもHekutoです。


 修正等完了しましたので投稿させていただきます。それなりの量ですが楽しんで頂ければ幸いです。



『風に誘われ農村へ』


 風の精霊を折檻するべく、ユウヒが【飛翔】の魔法を行使する事数時間、すっかり太陽は空に昇り中天に至り始めている。


「ハァハァ・・・流石は風の精霊、捕まえきれん」

 本来の予定の何倍もの速度で移動したユウヒは、精霊に導かれ? 予定の進路を猛進する事となり、彼の足元には予定なら二日後に訪れることになるはずの農村が広がっていた。


<ふふん><えっへん>


「ドヤ顔されてもなぁ・・・ん? 雨雲かな?」

 本来の予定と違う道筋ばかりを突き進み魔都を目指すユウヒに、平坦な胸を反らしてドヤ顔を披露するのはすでに二人だけになってしまった口の悪い風の精霊コンビ。そんな二人の様子に、呼吸を整えながら呆れた表情を浮かべるユウヒは、体を起こすと進行方向から近づいてくる大きな雨雲に気が付く。


<あまぐもか、めずらしいな>


「珍しいのか? まぁこれだけ枯れた大地ならそうかもな」

 空の高い位置を飛んでいる事で遠くから近づく雨雲に気が付けたユウヒは、そばに寄ってきた風の精霊の言葉に不思議そうな顔をするも、眼下に広がる枯れた山岳地帯を見下ろすと理解した様に頷いた。


<たぶんアンタのせいだな>


「・・・なんでだよ」

 しかしそんなユウヒの表情も、もう一人の風の精霊の言葉を聞くと不満そうなものに変わり、頷く精霊達にジト目を向けて呟く。


<オマエが干からびた大地に活性化した魔力を放出したからな>


<バランス悪いとこは活性化魔力に過敏なんだ。かなり離れていても雨雲が移動してくるぞ>


 ユウヒからの不満の籠った疑問の声に、二人の精霊は特に気にした様子も無く説明する。


 彼女達曰く、活性魔力の枯渇した大地は非常に不安定な環境であるらしく、そこに突然大量の活性魔力が現れると、周囲の環境はアレルギー反応を起こしたかの如く過敏に反応し、その反応は遠く離れた場所からでも雨雲を呼び寄せたりと、急激な環境変化を起こすようだ。


「・・・・・・ああ、確かに俺のせいだな」

 二人からの懇切丁寧な説明を聞くこと十分ほど、ユウヒは目を瞑り黙考するとやおら目を開き頭を抱え小さく呟く。そう、目の前に珍しい雨雲が存在する理由は、オーク野営地を蹂躙したときに周囲にばら撒いた純粋かつ大量の活性魔力と、ユウヒの魔法によって発生した余剰魔力が原因なのである。


<まぁ俺たちにとっちゃ良いことだけどな>


「ふぅん? しかし雨宿りできる場所を探さないとな」

 背中を丸め若干落ち込んでいるユウヒを、二人の精霊は慰める様に撫でながら精霊にとっては喜ばしい事だと笑い話す。彼女達曰く、悪影響ではないとは言っても、自分が原因であることには変わらず、何とも言えない複雑な気分を抱えたユウヒは、着々と近づいてくる黒く大きな雨雲を見詰めると、雨宿りの必要性を口にして周囲を見回す。


<それじゃあっちだ! 少し前まで緑豊かな農村だった場所があるぞ>


<そこまで案内するのがお礼だ! 後はがんばれ!>

 雨宿り場所を探すユウヒに笑みを浮かべた二人の精霊は、それぞれにユウヒの手を取ると元気よく声を上げ、空に浮かぶユウヒを雨宿りできそうな場所まで引っ張り始める。


「あいあい、あんまり変な噂流すなよ?」

 なされるがままに空を引っ張られるユウヒは、元気のよい風の精霊達に苦笑を洩らすと、案内が終わった後で彼女達が行うであろう行動にクギを刺す。


≪だがことわる!≫


 しかしそんな釘は彼女達の心に刺さることなく抜けて行き、


「ほんと、風は自由だなぁ・・・」

 もとよりダメもとで釘を刺したユウヒは、両手を引っ張られながら脱力すると悟りを開いたかのような色の目を青い空に向け、呆れた声と小さな溜息を一つ漏らすのであった。





 ユウヒが空の上で精霊に牽引されている頃、とある農村の家の中では二つの人影が玄関で何かの作業を行っていた。


「イジェ空見て空見て! 雨雲だよ!」

 その人影の片割れは玄関扉を開けると、遠くの空に雨雲を見つけて幼さの残る元気な声を上げる。


「ほんとですね・・・今日はもう外に出るのは止めておきましょう」

 一方、イジェと呼ばれた人影は元気な声に導かれるように家の中から空を見上げ、遠くに見える雨雲を確認するとどこか消沈したような声を洩らして家の中へと後ずさって行く。


「そうだねーイジェはカミナリ怖いもんねー」


「怖いのではありません。事実命にかかわるのです」

 元気な声の主は女性であるらしく、母性溢れる胸を大きく揺らすとイジェと呼ばれた女性に向かってくすくすと悪意を感じない笑みを漏らし、そんな女性にイジェは緩やかなカーブを描く胸を押さえながら怒りと不安の混ざった声で抗議する。


「そうだよねー、イジェって・・・も?」

 イジェの抗議を受けた女性は目を細め、イジェの姿を足の先から頭の先まで見上げると、先ほどとは反対の空に目を向けながら何とも言えない笑みを浮かべ、彼女を見詰めた感想を口にしようとしたのだが、空に向けた視線の先に何かを見つけると小さく声を洩らして動きを止めた。


「・・・どうしました? まさか稲光ですか、それなら急いで片付けなければ」


「ちがうーなんだろう・・・鳥かな?」

 玄関の中から外に一歩も出ようとしないイジェは、急に動きを止めた女性に目を向けると、彼女が見つめる空を見上げて顔を蒼くする。どうやら彼女は雷の予兆でもあったのか緊張した様であるが、どうやら女性が見つけたのは稲光などの自然現象ではなく、空を飛ぶ何かの影であったようだ。


「鳥ですか? それにしては大きいですしワイバーンでしょうか?」


「えー? こんなところまで出て来ないよぉ」

 空を見上げ続ける女性の言葉に、玄関から恐る恐る顔を出したイジェも空を見上げ、すぐに見つけることの出来た影に首を傾げると、その影の大きさからワイバーンではないかと口にする。


 ワイバーンと言うのは、竜と呼ばれる種の中でも空を飛ぶことに特化し、鱗に覆われた体は細く軽量で翼は体の長さより長く大きい。これらの種は魔王領内の未開地に数種生息しており、時折人里に姿を現すこともあるが、それは未開地に近い場所であって、彼女達の住む農村には先ず現れる事の無い珍しい存在である。


「それもそうですね。どうやら降りて来たみたいですが羽付魔族ですかね、あそこは焼畑のあった場所でしょうか」

 空を見上げ続ける女性の否定に、納得した様に頷いたイジェは影をよくよく見てみればそれほど大きくないことに気が付いた様で、ワイバーンより珍しくない魔族でも飛んできたのかと、降り立った方向に目を向け首を傾げた。


「私あそこ嫌い」


「辛い思いでしかありませんからね」

 そんなイジェの焼畑と言う呟きに、空から降りて来た影を目で追っていた女性は眉を寄せると不機嫌そうな低い声で小さく呟く。小さく不機嫌そうな呟きを聞き、寂し気に瞳を細めたイジェは、玄関から出てくると女性の肩にそっと手を置き優しく声をかける。


「必要なことだって言ってたけど、失敗して火事になって結局みんな出て行って、もう焦げた大地しか残ってないんだもん」

 焼畑と言うのは、一般に火を使い地面を焼くことで畑として使うに適した土壌を作る農法の事で、これは一度行うとしばらく土地を休めなくてはならず、次々と土地を移動しながら行うことで移動農法などと呼ばれ、また森林火災の原因などになるので火をつける時は細心の注意が必要だ。


「・・・大丈夫ですよミルーカ。私はずっと一緒です」

 どうやらミルーカと呼ばれた不機嫌な女性の言葉を聞く限り、その細心の注意が足らなかったのか、それとも不測の事態が起きたのか、彼女達が見詰める先にある黒い大地は焼畑に失敗して火事を起こした場所であるらしい。


「えへへ・・・それじゃいこ!」


「へ? どこにですか?」

 暗い瞳で遠くを見つめていたミルーカは、背中に感じる固く温かい感触に口元を綻ばせると元気よく振り返り、少し前と変わらない楽しげな笑みを浮かべイジェに声をかける。


「焼畑場にきまってんじゃん!」

 イジェの言葉で元気を取り戻したミルーカの瞳には、先ほどまでの暗い色は見当たらず、今では焼畑の事も気にしていないように見えた。


「いやいや、もうすぐ雨ですよ? カミナリ来ますから家で大人しく」


「だって何か降りて来たんだよ? 気になるでしょ? いこいこ」

 そんなミルーカの表情にホッとしながらも、彼女の言葉にはホッとする部分が見当たらず、慌てて空を見上げたり手をわたわたと落ち着きなく彷徨わせるイジェ。先ほどまでミルーカの寂しげな背中で忘れていた天気に顔を蒼くするイジェであるが、ミルーカは全くそのことを気にしてないのか、跳ねる様にステップを踏むと手招きをしながら焼畑場と言われた場所へと駆けだす。


「ちょま!? あそこは背の高い樹も建物も無いのであぶない・・・あぁ行ってしまう」

 雨も雷も嫌いなイジェは、燃え尽きて背の高い物が無くなってしまっている焼畑場を想像しより一層顔を蒼くすると、勢いよく駆け出したミルーカを追ってふらふらと手を伸ばすが足はついてこない。


「イジェー! はーやーくー!」


「・・・ふぅ。女は根性! まってくださーい!」

 しかし遠くから自分を呼ぶ声に顔を上げ、輝く笑顔を振りまいて跳びはね手招きするミルーカを見詰めると、深く息を吐いて深呼吸を行い気合を入れる。そんな彼女は、恐怖を打ち払う様に体を揺らすと、地面と足の間で固い音を奏でながら勢いよく駆け出すのであった。





 一方その頃、焼畑場に降り立った怪しい影はと言うと、


<それじゃあな><がんばってねー>


「おう、ありがとなぁ」

 ここまで引っ張って案内してくれた噂好きな風の精霊コンビを、手を振りながら見送っていた。そう、焼畑場に降り立ったあやしい影と言うのは、風の精霊に誘われるがままここまでやってきたユウヒである。


「・・・行ったか、あいつらが余計なことを風潮しませんように」

 元から小さい体をさらに小さくしながら空に溶けて行った風の精霊を見送ったユウヒは、振っていた手を下ろすとそのまま両手を合わせて叶う事の無い願いを空へと願う。


「よし、とりあえず誰か探して軒下でも貸してもらおう」

 どう転んでもうわさが流されることは確定であろうが、せめてもの悪あがきに祈りをささげたユウヒは、正月の参拝の様に下げていた頭を上げるとくるりと踵を返し、空から見えた赤い屋根があった方向にゆっくり歩き始める。


「それにしてもここは何だろうか? この焦げた地面は・・・父さんに連れられて行ったアフリカの畑を思い出すな、てことはこれ焼き畑の跡かな?」

 黒く焼けた大地を踏みしめ、ぱりぱりと言う軽く乾いた破砕音を鳴らしながら歩くユウヒは、周囲の状況に目を向けると小さいころ父親に連れられて訪れたアフリカ光景を思い出し、目の前の大地がなんであるか察した。


「でも畑らしい跡が少ないし、炭化した木がこんなに多いってことは森林火災でも起こしたのかな? こんな渇いた土地でならまぁそうなるよなぁ」

 畑として使っていたと思われる炭と土の混ぜられて色合いの違う大地を目にしたユウヒは、しかしその面積の少なさや炭化した木々に気が付くと、此処で何が起こったかまで理解する。


「カラカラだな」

 肌に感じる風に湿度を感じない事に呆れた表情を浮かべたユウヒは、地面に片膝を着くと土を手に取り、その畑の様な栄養を感じられない感触に眉を寄せた。


「・・・・・・――――――ぃ! ぉーーい!」


「ん? 声がしたような? あっちに誰かいるな」

 農村にあるまじき光景に、世界樹が枯れた影響の大きさを改めて感じていたユウヒであったが、何処からともなく人の声が聞こえて来たのを感じると立ち上がり、視界の片隅のレーダーに映る人を示す光点に周囲を見渡す。


「ミルーカ! 待ってください!」


「おーい! キミだれー?」


「・・・・・・おおきい」

 【探知】の魔法と声で人がやってくる方向を見たユウヒの目に映ったのは、手を振りながら走ってくる人影と、その人影を追いかけながら走る人影の二つであった。声からして二人とも女性の様であるが、その影は男であるユウヒの身長と同じかそれ以上と言う大きなもので、小さく眉を上げるユウヒであったが、それよりも目の前まで手を振り走ってきた女性の胸で揺れる巨大な二つ果実に、思わず目を奪われ小さく呟いてしまう。


「わ、すごい真っ黒! でもなんだか魔族っぽくないねキミ」

 男であれば思わず見てしまうのもしょうがないであろう大きさの代物に、しかし初対面でそんな不躾な視線を向けるのは良くないと、気合を入れて視線を上にあげたユウヒ。そんな彼を見下ろす女性、ミルーカの頭の両サイドには小振りな角が二本生えており、肩口まであるクリーム色のサラサラな髪の間から見える黒い瞳は、クリクリと可愛らしく見開かれユウヒを興味深げに見つめている。


「む? まさか基人族ですか?」


「おお! かっこいい鎧!」

 男を誘惑する柔らかな双丘へ視線が行かない様に気合を入れていたユウヒであったが、その女性の後ろから顔を出した人物を目にすると完全に視線を奪われ、その姿に子供のような声を上げて目を輝かせた。


 ミルーカの後ろから現れたのは、足の先から頭の先まで全て漆黒の全身鎧で固めた人物。僅かに見える口元やその声、また鎧の構造から女性だと思われる彼女、イジェの纏う鎧は、いくつものパーツで細かく作り込まれた西洋甲冑で、女性の体形に合わせて作られ美しい曲線のくびれがある腰からは、プレートと鎖帷子で作られたスカート部分が脹脛のあたりまで延びている。


「カッコイイだって! 褒められたね」


「な、なにをいきなり・・・恥かしい奴め!」

 サブカルチャー作品なのでは良く見られ、ドレスアーマーなどと呼ばれるカテゴリーの鎧に、ユウヒは純粋に感動し目を奪われていた。そんな彼の発した言葉に、ミルーカは我がことの様に喜びの籠った笑みをイジェに向けるのだが、当の本人はぎこちなく身構えると急に声を荒げ、漆黒のフェイスカバーの隙間からユウヒを睨む。


「え、えぇー・・・」

 全く悪気のないユウヒは、まさか怒られるとは思っておらず、僅かにショックを受けた様に声を洩らし、しかし同時に申し訳なさも感じ肩を落とす。


「んふふ、きにしなくていいよー? イジェは少し変わってるだけだから」

 落ち込み今にも謝りそうなユウヒの姿に、口角上げて微笑んだミルーカは、ユウヒの頭を撫でながら気にしなくていいと優しく語りかけ、イジェに目を向け小首を傾げて見せる。


「私が変みたいに言うな! これはデュラハンの感性なだけであってですね・・・」

 ミルーカの確認する様な仕草に恥ずかしそうに声を荒げたイジェは、自らの体を抱きしめる様に胸の前で腕を交差させると、ちらちらとユウヒを見ながらやはり恥ずかしそうに小さく、そして尻すぼみになりながら呟く。


「デュラハン・・・」

 そんな彼女の呟きにユウヒは目を見開くと、小さく声を洩らして思わずイジェを見詰め直してしまう。


「ん、デュラハンは初めてか? まぁ確かに基人族なら仕方ないか、魔族の中でも我々は希少種らしいからな」

 イジェと呼ばれているこの漆黒の鎧をまとった女性は、デュラハンと呼ばれる魔族の中でも数の少ない種族であった。それ故に奇異の目で見られることは慣れている様だが、ユウヒの目の様に負の感情が一切無い、澄んだキラキラとした目で見られることには慣れていないのか、どこかぶっきら棒に語る彼女は終始恥ずかしそうである。


「・・・私はミノ族だよー」

 一方、イジェを見詰め続けるユウヒに何とも言えない不満を抱いたミルーカは、僅かに棘を感じる声と満面の笑みを浮かべて、ユウヒの目と鼻の先に顔を近づける。


「ミノ・・・ミノタウロスか?」


「わ! 古い名前を良く知ってるね、はくしきー」

 一歩間違えればキスしてしまいそうな距離に現れたミルーカの顔に、驚き後ずさるユウヒであったが、少し大柄な美少女の角と大きな果実、それから彼女のミノ族と言う種族から、牛の頭と人の体を持つ神話の存在の名を思い出し呟くユウヒ。


 その呟きは正解であったらしく、先ほどまでの不満はどこに行ったのか、嬉しそうに目を輝かせたミルーカは、ユウヒの手を取ると上下に振って喜びを表す。


「ふむ、その博識な基人族がこのような場所に何の用です? 空を飛んでいた様ですし・・・正直怪しすぎるのだが」

 喜びを全身で表すたび上下に揺れる大きな果実、その果実に目がいかない様にしながらもドギマギするユウヒを、イジェは目を細めながら観察すると何をしに来たのか問いかける。実際何も無い辺鄙な農村を訪れる人物などあまり居らず、また盗賊すら来る事の無いこの村を訪れた空飛ぶ基人族など、普通に考えて怪しさしか感じられない。


「怪しいって見てたのか・・・実は魔都に向かう途中なんだが、雨が降りそうなのでどこかで雨宿りをと思ってな」


 恥ずかしそうな表情から不審な者を見る様な表情へと変わっていくイジェに、ユウヒは頭を掻くと何処か恥ずかしそうに苦笑を浮かべる。風の精霊に引っ張られるままに降り立つ姿を見られたことに、僅かな恥ずかしくさを感じたユウヒは、自然と丸まっていた背中を伸ばすと正直にここに来た理由を話す。


「・・・雨」

 しかしその話を聞いたイジェは急激に顔色を蒼くする。


 彼女は全身に金属の鎧を纏っているデュラハンと言う種族だ、それ故当然雨は嫌いだし雷など恐怖の対象でしかない。そんなイジェは、雨雲が近づいてきていることを思い出すと体を震わせミルーカの影に隠れてしまう。


「ふーん? それなら家に来ると良いよ」

 イジェが隠れた事で自然とユウヒの前に押し出されるミルーカは、ユウヒの話しを聞くと小首を傾げ、すぐにニコッと笑みを浮かべると手を差出して自らの家に招く。


「ミルーカ」


「良いのか? 正直自分で言うのもなんだが、俺って相当怪しいと思うんだが?」

 ミルーカの笑みと不安そうなイジェの表情を見比べたユウヒは、眉を寄せて首を傾げて見せた。怪しいと言う事は自分でも理解しているユウヒは、二人の異なる種類の視線にどうしたものか悩んでいる様だ。


「自分で言うのか・・・変なことはするなよ?」

 そんなユウヒの言葉に、毒気を抜かれた様な表情を浮かべたイジェは、ミルーカの顔を見上げると苦笑を浮かべながら肩を竦め、忠告の言葉でミルーカの提案を許可する。


「わぁい! 一名様ごあんなーい!」


「本当にいいのか?」

 イジェの言葉に満面の笑みを浮かべたミルーカは、差し出していた手でユウヒの腕を掴むとゆっくりとした足取りで歩きだす。そんな彼女に身を任せ引っ張られながら歩くユウヒは、今日は良く引っ張られる日だと思いながら隣を歩くイジェに問いかける。


「お前に悪意が無いのはわかるからな、今の話にも嘘はなかった。相手の言葉を疑う事は必要だが過ぎれば毒だからな」

 ミルーカの服の端を摘まみながら歩くイジェは、隣から聞こえてくるどこか不安そうな問いかけに、先ほどの言葉に嘘は無かったと語って微笑み肩を竦めて見せた。


「まぁこっちとしてはありがたいけど・・・俺はユウヒ、好きに呼んでくれ」


「わかったユウヒだな、私はイージェスリナと言う」

 鼻歌を歌い歩くミルーカに引っ張られ歩くユウヒは、ようやくいつもの調子を取り戻したのか、覇気の無い笑みを浮かべると自分の名前を伝え、そんなユウヒにイジェは自らの名前を名乗る。


「ながくて呼びづらいからイジェでいいよ! 私はミルニーキア・ホリュカウ。長いからミルーカね!」

 どうやらイジェと言うのは愛称であるようだが、本人ではなくミルーカから愛称呼びを許可されたユウヒは、元気な声で自己紹介をしてくれるミルーカを見上げると、僅かに目を見開いてイジェを無言で見詰めた。


「まったく、勝手に・・・いやまぁいいのだが。そう言うわけでイジェと呼んでくれて構わない。もう慣れた」

 勝手に愛称呼びを許可するミルーカに呆れた声を洩らすイジェであったが、ユウヒの視線に気が付くとどこか照れた様に視線を彷徨わせ頷くと、愛称呼びを許可する。


「苦労してるんだな」


「言っただろ、慣れたと」

 フェイスカバーの隙間から見える、慣れたと呟くイジェの瞳に見覚えのあるユウヒは、心底気遣うような目で彼女を見詰めると静かな声で労い、ユウヒの労いに小さく笑みを浮かべたイジェは慣れたと言いつつどこか嬉しそうに口角を上げた。


「なんのはなしー?」


「なんでもないさ」

 後ろで交わされる話の内容がよくわからず顔だけで後ろを振り返ったミルーカに、イジェは何でもないと言って優しい笑みを浮かべる。彼女の何とも言えない哀愁漂う瞳は、ユウヒも仕事の時によく自分で浮かべていたものと同じ、苦労している人間特有の目なのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 その場の勢いでずっと早く魔王領を突き進んだユウヒは、風の精霊に連れられるまま新たな出会いに恵まれた様です。枯れた農園で今度は何を仕出かすのか、また次回をお楽しみに。


 それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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