第八十九話 オークキング強襲 後編
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させていただきます。またいつの間にか文字数が増えてしまってましたが、その分楽しんで頂ければ幸いです。
『オークキング強襲 後編』
名も無き異世界の荒涼とした山岳地帯で、『男死すべし慈悲は無し』をスローガンに傭兵団オークレディースとラミア騎士団が偵察の為の作戦会議を開き、その姿にユウヒが乾いた笑いを洩らしている頃、一山挟んだ向こうにある山頂に近い山腹では、
「ぐふふ、かぁわいいなぁ・・・ぐふふ」
すぐそこまで近付いて来ている恐ろしい足音に気が付かないコズナの夫が、欲望に塗れた気持ち悪い笑みと涎を垂らしていた。
「・・・」
彼が見つめる先には、鉄の檻の中でラミアの少女が両手を後ろ手に縛られており、ラミア族特有の鋭い視線で目の前のオークを睨みつけている。
「キング」
「なんだぁ?」
また彼女の後ろには種族の違う少女達が同じように縛られており、彼女たちを守る様に前に出されたラミアの尾は、彼女のきつい視線と違い恐怖で僅かに震えていた。そんな彼女を終始機嫌よさ気に見詰めていたオークはオークキングであるらしく、部下に声を掛けられたことで少女達から名残惜しそうに目を離す。
「そろそろ寝ないと、明日は式の準備が大変だ」
「むご? もうこんな時間か・・・かわいいこ見てると時間が早いなぁぐっふふ」
「・・・・・・」
自分達から視線が外れた事でホッとした表情を浮かべる少女達であったが、すぐにまた気持ちの悪い視線を向けられると、彼女達を守る様に座るラミアの少女に自然と身を寄せ、ラミアの少女は気を抜いてしまった表情に力を入れ直してもう一度きつく睨みつける。
「きりっとしたかおもしゅてきぃ!」
本来ラミアの目には相手に恐怖心を与える力があるのだが、どうも彼女はその力を扱い切れて無い様で、オークキングの性癖もあってか今一つ効き目が無い。
「キングもう寝よう」
「ぐふ! そうだなもう寝よう、明日が楽しみだ」
「式はその次の日ですだ」
「そうだったか?」
「・・・・・・はぁ」
自らの力不足と言う現実に挫けそうになりながらも、彼女は必死に目の前のオーク達を睨み続け、多少効果の感じられるオークを連れ立ち、テントからオークキングが居なくなったことを確認すると、肩から力を抜き項垂れ溜息を漏らす。
「リミア大丈夫? がんばろうね、絶対逃げられるから」
「・・・はい」
オークが居なくなったことでほかの少女達もホッとした様で、線の細い背に身を寄せる彼女達は気丈に振る舞っていたラミアの少女、リミアに声をかけ励まし始める。檻に閉じ込められている彼女たち以外にも大きなテントの中には多数の少女が縛られており、その光景に目を向けたラミアの姫であるリミアは、再度気を入れ直して小さく返事を返すのであった。
そんな風に、囚われた少女達が互いに励まし合っていた頃から小一時間後、
「ふしゅるるる・・・」
「鼻息凄いな」
ユウヒは雄オーク達が野営を行っている山腹が見渡せる高台に身を隠し、隣から聞こえて来る鼻息に関心と呆れの混ざった声で呟いていた。
「まぁわからんでもないがな」
ユウヒの呟きを耳にしたのは、荒い鼻息の主であるコズナと彼を挟んで反対側で身を屈める副団長。彼女は何故か土塗れな御座を頭からかぶって何とも言えない表情でコズナを見詰めている。
「一応忍んでるんだからな?」
「ぶひ」
いくら雄オーク達から遠く離れた場所であっても忍ぶに越したことは無く、それどころか今にも飛び出しそうな気迫を滲ませるコズナに不安を感じたユウヒは、念のために注意してみるも、返って来たのは怒りで言語機能が低下しかけたコズナの短い鳴き声だけで、余計に心配になるのであった。
「はぁ・・・しっかし、こういうのは忍者の仕事だと思うんだけどなぁ」
そんなユウヒが夜の闇に忍んでいるのは偵察のためである。偵察行為に多少の心得があるとは言え、本人にとっては素人に毛の生えた程度の認識である為、その感情が思わず口をついて洩れだしてしまう。もしこの場に三人の忍者が居たならば、頼りにされていると喜びドヤ顔を披露してくれるのであろうが、彼らは絶賛安定した生活の為に別の異世界で国家公務員活動中である。
「どうした?」
「知り合いにこういう仕事に適任な奴らが居るんだがな」
離れていないといけないと言っても偵察相手が見えない場所では意味は無い為、匍匐前進の要領で背の低い草や枯草の生えた地面を進むユウヒの独り言に、蛇らしい這うような動きでユウヒに追順する副団長はユウヒを見詰め問いかけ、そんな彼女の問いにユウヒは前を向いたままとある忍者達について話す。
「無い物ねだりか、確かにその者達が居ればこの匂いに我慢する必要はないのだろうな・・・」
「仕方ないでしょぉ? あいつら女の匂いだけには敏感なんだから、ついてこなくてよかったのよ?」
ユウヒの無い物ねだりに頷いて見せた副団長は、ユウヒの言う適任が居たらと呟き自らの纏う泥だらけの御座が発する臭いに顔を顰める。なぜ彼女がそのようなものを頭から被っているのかと言うと、コズナが言う様に女の匂いにだけは敏感の雄オークの鼻を誤魔化す為であり、その泥は彼女達が独自の配合で作る特別臭い泥であった。
「ユウヒ殿だけに行かせるのは心苦しかったからな」
「ふーん・・・いたわ」
本来ならコズナ達とユウヒだけでも事は済んだのであるが、協力してもらっているユウヒの身の安全、主に貞操的な物を考えると誰かしらユウヒに付き添わなくてはならないとなり、代表して副団長が付いて来たのである。そのことに勘づいているコズナは、どこか不満を感じるどうでもよさそうな声を洩らすと、鼻をひくつかせ前を向き小さく声を発して、周囲のオーク女子達にハンドサインを見せて全体の動きを止めた。
「暗くて見えんな」
「位置も悪いしな、【ノクトビジョン】【視力強化】・・・もう大半寝てるな」
暗闇の中にぽつぽつと焚火の火が見える場所を僅かに見下ろす副団長は、目を凝らしてみるも暗くオークの姿が見えないようで小さく呟く、そんな中でもコズナが対象を確認できたのは匂いのおかげである。
蛇であればピット器官と言う赤外線感知能力があるのだが、彼女達ラミアには備わっていない能力の様で、心の中でそんな蛇との違いに関心を示しているユウヒは、その感情を見せることなく体を起こすと魔法の力でオークの野営地を見渡す。
「警戒は?」
「ゴブルが大半だな、ふむふむ小高く緩い山の尾根をキャンプ地にしてるんだな、狭いがそれなりの広さと背後を守る大岩か・・・ちょっと鞍部みたいになってるけど尾根と言っていいか中腹と言うべきか、尾根が崩れたのかな?」
ユウヒが見渡した限り大半の者は寝ているらしく、周囲を警戒している者は皆ゴブルばかりの様である。緩く少し広めの尾根は土砂崩れでもあったのか浅く鞍部の様になっており、あまり山の地形に詳しいわけではないユウヒは首を傾げながら小さく呟き確認していく。
「周りも禿山で視界もとりやすいようだな」
ユウヒが確認する傍らで周囲を見回した副団長が呟いた様に、野営地の周囲もこれまで通ってきた山と同じで枯れた大地ゆえに見通しが良く、警戒する側にとっては良い立地と言えた。
「あぁ・・・大きな岩を背にして円形状の陣地構築、中心に大きなテントと馬車? いや檻か」
「テントねぇ? 雄共は寝るのにそんなもの使わないし、多分捕えた者の中で日の光に弱い種族や価値のありそうなのを入れてるんでしょうね」
「なるほど、その周りにオークが地面に雑魚寝してさらにその周りをゴブル達が囲んで夜番や雑魚寝・・・雑魚寝で背中痛くないのか?」
そんな野営地には山に突き刺さる様な大岩が存在し、その岩を背にして円形の形でたき火や荷物が置かれており、外周をゴブル達が固め内側にオーク達が集まっている。
さらに中央には複数のテントや檻の中に閉じ込められた少女達の姿が見受けられ、唯一その姿を確認できているユウヒは、コズナの予想を聞きながらどこかほっとしてみせると、地面で雑魚寝するオークやゴブル達に目を向け首を傾げた。
「戦地ではそんなものだ、と言っても我らはそんなこと好んでしないがな」
「あたしだっていやよ」
背中は痛くないのかと首を傾げるユウヒに、副団長は珍しくないと語りながらもラミアはそんなことしないと語り、彼女から視線を向けられたコズナも首を横に振り否定すると呆れた目を野営地に向ける。
「ふむ・・・よし、布陣は理解したので戻ろう。適当に作戦も思いついたしすぐに作戦会議して仮眠だ」
二人の反応に首を傾げながらもう一度野営地に目を向けたユウヒは、それから数分ほど野営地を眺めた後身を屈めて偵察の終了を告げた。どうやらユウヒも割と疲れているらしく、目を擦るユウヒの顔はいつもより眠たげである。
「・・・ユウヒ殿は用兵術にも長けているのか」
身を屈めて匍匐前進の様に山の稜線の向こうへと移動するユウヒに、同じ様に移動する副団長は、何気なく話すユウヒの姿に驚いたような表情を浮かべたかと思うと、感心しているのか静かに頷く。
「何でもできる男って素敵」
一方コズナはユウヒを褒めると、視界の端でちらちらと動く臀部を気にしながら鼻息を不規則に荒くする。
「何でもなんてできんよ、ちょびっとづつ齧った程度だ」
背中とお尻に感じる妙な視線に僅かな危険を感じて自然と進む速度が上がるユウヒは、苦笑を浮かべる顔に僅かな影を落とすと、何かを思い出す様な遠い目を暗くなった夜空に瞬く星々へと向けるのであった。
雄オーク野営地の偵察から戻ったユウヒは、ラミアもオーク女子もすべてを集め、彼女達種族の特性を聞きながら作戦を組み立てていた。
「それじゃ作戦の最終確認だ」
「うむ」
出来ることと出来ない事を確認し作戦を組み立て終えたユウヒは、作戦内容を頭の中でまとめ直すと静かになった周囲に目を向けて最終確認を始める。
「現在、雄オークは禿山の尾根部分を野営地にして大半が寝ている」
オーク達は見通しもよく接近し辛い場所に居ると言う事もありその大半が眠りについており、警戒のために起きているのは一部のゴブル達だが、やる気がないのか居眠りしているものが大半であった。
「若干の鞍部になっている中央部分に要救助対象がまとめられているので、俺が山頂側にある大岩を使って一気に接近、彼女たちの安全を確保する」
「・・・本当に大丈夫なの?」
警戒している目がほぼ無い事もあり、もっとも警戒されていないであろう空から一気に侵入したユウヒによる要救助者の安全確保が、今作戦の第一段階である。ユウヒが何でも無い事の様に話す中、周囲の者の表情は微妙に心配そうで、ヘリアンは表情だけでは無く不安そうに呟いた。
「問題ない、その件はすでに話した通りだ」
なぜラミアもオークも不安そうな表情であるのかと言うと、要救助者のまとめられている点と大岩のある周辺までは割と距離があり、空を飛べると言われても基人族が空を飛ぶなど聞いた事の無い魔族としては理解しがたい作戦であるからだ。
「・・・」
特に気負いも不安も無いユウヒの返事にとりあえず信用することにしたらしい彼女達は、しかしその顔に一抹の不安を残している。
「ラミア騎士団は複雑な地形でも問題ないと言う事だから大岩のわきを抜けるルート。オークレディースは山麓側から広く展開し半包囲」
一方ラミア騎士団は、その種族特性を生かして大岩の裏に待機し、突入時は不整地な大岩の脇を二手に分かれて突撃。オークレディースはその人数と潜伏能力の高さを生かして山裾側に待機し、半包囲しながら接近後、一気に突入する。
「任せなさいな、十分人数は揃えてるからね」
「我らも問題ない、地形はある程度把握している」
突入はユウヒが中央を確保した後の第二段階目となるのだが、ユウヒの確認する様な声と視線に周囲の魔族たちは目をぎらつかせ笑い、今にも跳び出しそうな覇気を纏う。
「・・・うん、先ず第二段階目には俺が魔法で壁を作り救助者の安全を確保したら照明弾・・・周囲を照らす光の魔法を空に打ち上げるので、それを合図にあとは作戦通り突入。あとは包囲殲滅だ」
そんな彼女達の姿を見て気圧された様に苦笑を洩らしたユウヒは、一つ頷いて説明を続ける。空から突入した後、ユウヒは要救助者の安全を確保した後に魔法で照明弾を打ち上げると言う。
これは現代兵器でも存在する物を魔法で再現したものであるらしく、暗い周囲を明るく照らし出し続ける花火のようなものであるのだが、その存在を知らない魔族達の顔色に解りやすく言い直すユウヒ。
「優先順位は雄どもよ、ゴブルは別にいいわ」
「あまり良くはなのだが、首謀者が捕まればまぁ良いか・・・」
包囲殲滅と言う言葉に興奮した感情を鼻息と共に吹き出すコズナは、鋭い歯をむき出しにする笑みを浮かべ夫を血祭りに上げるべく拳を握りしめて見せる。彼女はゴブルなど目にないと言った事を言っているが、ラミア騎士団的には全て捕えたいところで有る様だ、しかしすぐにあまり欲張りすぎてもしょうがないかと肩を竦めて苦笑を洩らす。
「では仮眠後に作戦開始だな」
『おう!』
周囲に目を配り、特に疑問の表情を浮かべる者がいない事を確認したユウヒは、満足そうに笑うと疲れた様に背中を伸ばし、胡坐を掻いて座っていた自分の両膝を掌で叩いて音を鳴らすと、周囲に作戦会議終了の声をかける。
これから仮眠だと言うのに気合の入りまくる女性達に苦笑を浮かべたユウヒは、用意してもらった自分のスペースへと消えるとすぐに寝息をたてるのであった。
ユウヒがラミア達に囲まれるように守られ眠りについた数時間後、地面に沈んだ太陽が這い出ようとする地平線は、その余波を感じさせるように少しずつ色合いが変わり始めていた。
「もうすぐ朝ね・・・今ならもしかしたら」
「逃げるの?」
その光景は作りの荒いテントの中にある檻からも見ることが出来るようで、檻に閉じ込められた少女達の目にもうっすらと映り込んでいる。ラミアのお姫様であるリミアは少し前から目を覚ましており、空の色を確認すると小さく呟き、その呟きに檻の中の少女達は一斉に身を起こし始める。
「皆さんは」
「全員は無理だね」
どうやら彼女達は自分たちの身を守るために交代で周囲警戒のために起きていたようだが、気の昂り故か休んでも睡眠には至っていなかったようだ。視線の集中したリミアは、振り向き薄暗い中でも仄かに眼光を灯らせる少女達に声をかけるも、その返事は芳しくない。
「そうで―――え?」
全員で逃げることがかなわないと言う事に悲しい表情を浮かべたリミアであったが、緩やかな風が頬を撫でた瞬間何かに気が付き言葉を止め、続いて突風によってテントが空高く飛んでいく姿に大きく目を見開き呆ける。
「な、なんだ!?」
周囲の少女達が驚きで身構える中異変は続き、視界の開けた周囲には突如地面から氷柱が生え捕えられた少女達を囲むように折り重なって行く。なにがなんだかわからない状況に少女達はリミアを中心に寄り添いあい、何かが降り立つような音がした頭上を一斉に見上げる。
「助けに来た! 少しの間じっとしていなさい!」
「光の・・・」
そこには一人の人物が檻の上に身を屈めるように降り立っており、次の瞬間空に眩い光が咲き誇ると、その人影は大きな声で周囲に助けであることを伝え立ち上がった。その人影とは、当然彼女達を助けに来たユウヒであり、リミアが見上げた先で魔力の燐光を撒き散らすユウヒは、空で爆発する様に輝く光源もあって少女達の目に幻想的な光景として映し出される。
「さぁパーティーだ豚共! 目覚ましに冷たい飛礫をプレゼントだ!」
そしてこの日早朝、妙にテンションの高いユウヒの声により戦闘は開始されるのであった。
空に開戦の光が放たれた頃、雄オークの野営地周辺で待機していた女性達の目にもしっかりその光は見えていた。
「な、なんて明るさなの・・・」
むしろあまりの眩しさに一瞬目がくらむほどであったようで、目の上に手で庇を作ったラミア達は口々に驚きの声を洩らし、次第に慣れて来たのか細めていた目を見開き始める。
「それにあれが氷の檻か・・・まったく、計り知れん男だ。ふぅぅ・・・総員構えぇ! とぉつげぇき!」
『おおおおお!』
照明弾を開戦の合図に突撃の予定だったが、その明るさに思わず呆けてしまっていた副団長は、いつの間にか光の下に出来上がっていた氷柱の檻を目にすると頼もしげに笑みを浮かべ、周囲の部下と視線を合わせると息を吐きながら一つ頷き、引き締められた鋭い表情で槍を構え、突撃の合図を上げて一気に斜面を駆けおり始めた。
「ヘリアン、無理はしないでね」
「はい! 姫様今参ります!」
また大岩を挟んだ反対側でも同じように呆けていたラミア達が突撃を開始し、彼女達の最後尾をキエラに声を掛けられたヘリアンが気合を入れて続く。
一方、山裾側で身を屈め待機していた歴戦の傭兵であるオーク女子達も、ラミア騎士団と同様に頭上で輝く魔法の光に驚き目を見開いていた。
「ブヒ!? なんて明るさだい!」
「日の光みたいだ・・・」
まだ地平線の縁が僅かに白み始めたばかりの暗い山岳地帯を照らし出した魔法の光は、まるで真昼の太陽の如く明るくしかし不思議と熱を感じない。そんな不思議な魔法の光を見上げたオーク達は、驚きや感動と言った感情をその表情に滲ませ一様に動きを止めていた。
「とと、いけない。アンタたち準備はいいね!」
「はい!」
しかしラミアの副団長と同様に気を取り直したコズナは大きめの声で周囲の気を引き締め直し、コズナの声に前を向き直ったオーク女子達は、まだ僅かに驚いた表情ながらもその目に戦いの光を取り戻す。
「雄共を一匹足りと逃がすな! 突貫!」
『うおおおおお!』
その目を確認したコズナはやおら頷き手に大きな鉄槌を握り構えると大きな声を上げて走りだし、彼女の声を聞いたオーク女子達は波立つように動きだし野営地へと粉塵を上げながら走り出すのだった。
えっと・・・見通しを悪くしていたテントは、手伝うと言ってついて来た風の精霊達が嬉々として吹き飛ばし視界の確保は完了。氷の檻も高さより幅を優先した棘付き氷柱を張り巡らせたし、照明弾の魔法もぶっつけ本番だけど問題ない・・・ちょっと明るすぎたけど攪乱にもなったので良しとしておく。
「うお!? すごい声だな」
閉じ込められていた女性達に声をかけて檻の格子をいくつか魔法で切断していたら周囲で怒号が聞こえた。たぶんラミア騎士団とオークレディースとか言う傭兵団の人たちの声だろうけど、心臓の悪い人じゃなくても知らずに聞いたら鼓動が止まりそうになるような怒号である。特にコズナさんの声はなんだろう、男を恐怖させるような特殊効果でもありそうだ。
「あ、あの」
「ん? おお、あなたがリミア姫でいいのかな?」
檻の上から周囲を見渡し状況を確認していると。足元、檻の外側から周囲の怒号と違い綺麗な、しかし不安そうな声が聞こえてくる。周囲の怒号に掻き消されそうな声の聞こえた方に顔を向けると、そこにはヘリアンより少し身長? 体長? の長そうなラミアの少女がこちらを見上げており、状況から考えて彼女がお姫様なのであろうと思い、上から失礼かもしれないが確認のために問いかけた。
「え! あ、はい!」
貴族のお姫様だけあって不敬であるとか言われないかと考えつつ、しかしその心配はなさそうで、俺の問いかけに彼女は緊張した様に返事を返してくれる。ヘリアンがツンツンであったので少し心配していたが、その心配は杞憂だったようだ。
「すぐにラミア騎士団が助けに来るからな」
「え?」
ラミア騎士団の女性達と違って全体的に線の細い彼女は、見た目通りの性格であるようで、安心した俺は自然とその感情が笑みとして顔に現れてしまうも、とりあえず彼女を安心させておこうとラミア騎士団の名前を出しておくことにする。
「できれば捕まっている子を起こして防壁の中央に退避していてくれ、広さ重視で作ったせいか隙間が多いんだよこの防壁。みんなが退避したらもう一つ張るからさ」
「は、はい・・・」
周囲に張り巡らせた氷の檻だが、ある程度広さを優先したのでまだ隙間が多い、その為もう一度貼り直したいので、彼女にお願いして捕まっていた女性達を一箇所に集めてもらおうと思う。見知らぬ男の俺よりも、一緒に捕まっていた女性で貴族な彼女の方が話も纏めやすいと思ったのだが・・・うん、大丈夫みたいだな。
「それじゃ頼んだよ」
「・・・ぁ」
少し不安そうであるがしっかり頷いてくれたラミアのお姫様に思わず笑みが漏れてしまった俺は、彼女達に危険が及ばない様に周囲を警戒するべく、予め用意していた高めの氷柱に飛び上がり、後ろから小さな声が聞こえた気もするが気にせず周辺の状況に目を配る。
「とりあえず【魔力放出】・・・捕まえられた子は可愛い子ばかりだったな、雄オークの美的感覚は俺ら人に近いようだ」
氷柱に飛び乗った俺は、自主的に手伝ってくれている精霊達を支援する意味も込めて魔力をばら撒きながら、氷の檻の中で空を見上げている魔族? の女性達に目を向けた。多種多様な特徴を持つ女性達であるがその容姿は皆整っているように感じ、そのことで雄オークの美的感覚と人の感覚が近いと言う事がわかる。
しかしその姿は最低限の衣服しか身に着けておらず、あまりじろじろ見ていたらまたぞろ風の精霊に妙な噂を流されかねない為、俺は妙に重く感じる視線を氷の檻の外に向け直した。
「まぁだからと言って手心は加えんのだが、一応先端は丸くしてあるので死にはしないだろ【アイスロック】【マルチプル】【たーげっとぉ・・・これだけ密集してたら狙う必要はないな」
人と趣味が合いそうな雄オーク達は、明るくなった周囲と聞こえてくる怒号に慌てふためき、まだ氷柱で守られた女性達に気が回っていない。とりあえず乱戦になる前にある程度戦力を削ぐことにした俺は、特に手心を加える必要はないものの少女達に醜い物を見せる必要も無い為、殺傷能力を低めに妄想した魔法を展開していく。
正直目標が多すぎて狙うのが面倒なので面制圧で行こうと思う、これがゲームなら敵愾心が俺に集中して大変な事になりそうだが現実は混乱中に攻撃されても、多分どこから攻撃されているか分からないと思う。
「まぁ一応仲間に当たらない様に注意するけど、おっし充填完了! こいつは最初のより痛いからな、広範囲一斉射撃!」
光に満ちた山岳地帯ではすでにあちこちで戦闘が始まり、一部では魔法の反応も飛び交っている様だ。また普通の人には見えないらしいが、俺の左目には色とりどりの精霊達が舞い踊っているのが見え、その影響があるのか今は山岳地帯に入ってから感じていた魔法に対する負荷が少ない。
そんなことを考えている間に、周囲では俺の妄想通りに成形された丸い氷の塊が、いくつものグループに分かれ螺旋を描くように一列に並び、その一口サイズほどの体を高速で回転させている。そんな氷の飛礫は俺のかけた声に反応すると空気を切り裂き順序良く射出されていく。
「ふははは! 仮眠しかとってないから最高にハイな気分だぜ!」
キラキラと光を反射する氷の塊が一斉に動きだし、幻想的な光景を作り出す。その美しい光景と破壊的な姿にテンションが上がってきた俺は、妙な殺気を感じる仮眠で寝不足と言う事もあり、なんだか楽しくなり思わず笑い声を漏らしてしまう。
『ブキィィイイ!?』
俺の射出した氷の飛礫が当たったのか、それともそこかしこでゴブルを薙ぎ払い浸透するように制圧を開始したオーク女子に殴られたのか、あちこちから雄オークの悲痛な鳴き声が聞こえ始める。
「アンタ! おいたが過ぎるんだよお!!」
「カンベンカーチャッ!?」
そんな中、氷の檻のすぐ近くからコズナの怒号が聞こえて来たので、もうこんなところまで来たのかと視線を向けたのだが、その瞬間雄オークの焦った声が聞こえたかと思うと、並みの関取など相手にならないような巨体が宙を舞った。
「うお、あの巨体が飛んだぞ・・・つぶれたか?」
宙を舞う様々な輝きが同じく宙を舞うオークを幻想的に彩る中、地面では巨大な鉄槌を振りぬいた姿勢を維持するコズナが見え、それはそれは酷い光景を作り出しており、その現実離れした光景を見た俺は驚きの声と共に、苦い笑みと下半身の局部にえも言えぬ鈍い幻痛を感じる。
「突撃構え! 蹂躙せよ!」
『うおおおお!』
あまり見過ぎると幻痛にやられそうだったので、何も見なかったことにして今度は反対の大岩側へと目を移したのだが、そこでも大変なことが起きていた。俺が視線を向けるとそこでは丁度副団長が槍を構えて突撃を開始するところで、彼女の号令と共に後ろに続くラミア騎士団は幅の広い矢印の様な陣形で続いて行く。
「うわぁ・・・ありゃ撥ねると言うより轢くだな、体格差もあって押しつぶされてるよ」
彼女達が突撃する先にはゴブル達が武器を手に待ち構えていたのだが、彼らはその武器を振るう暇も無く彼女達の大きな蛇の体に轢かれていく。
「大盾が意味をなさない突撃かぁ・・・盾ごと潰されてるな」
彼女達の突撃はそれだけに収まらず、全くその速度を落とさずに前進した先で待ち構えていたゴブル達をねめつけると、大きな楯を横に並べ構えていたゴブル達をその楯ごと押し潰しその先のオーク達に食らいつく。
「魔族こわいわぁ・・・おっと【再装填】」
魔族怖い、何が怖いって割と美人な女性達もあんなに野性的な戦い方をするのだ。現代兵器での戦闘とは違う泥臭い戦い方に思わず背筋の伸びた俺は、周囲で舞っていた氷の礫が少なくなってきたことに気が付くと、魔法のキーワードを口にして補充することで、恐れを誤魔化すことにする。
アミールの管理する世界に居た頃は、何事にも動じない神様印の精神力を後付けで付与していたので、何があっても割と平常心を保てていたのだが、その精神力もとある理由で無くなってしまった今は恐怖を誤魔化すのが大変である。
「向こうが薄いのか」
まぁそれが普通なんだろうけど、この先もいろいろと大変なことが起きそうな予感がするので、なるべく早く慣れておきたいものだ。むむ? 逃げようとしている一団が居るな、なるべく取り逃がしは少ない方が良いと副団長も行っていたし、とりあえず撃っとくか。
「大体この辺で掃射!」
この日、魔王領のとある山岳地帯の空に複数の小さな太陽が姿を現し、その太陽は大きな太陽が大地から完全に顔を出すまで周囲を照らし続け、山の尾根から響く雄たけびや絶叫と共に、周辺の生物を恐怖させたのであった。
いかがでしたでしょうか?
オーク族の女子・・・いえ、魔族の女子強しでした。そんな彼女らに強襲されたオークとゴブルは無事なのか、それはまた次回を読んでください。ちなみに、ユウヒの寝不足の原因はオーク女子の夜這い作戦とラミア族の防衛線による殺気が原因です。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




