第八話 森の仁王
どうもHekutoです。
加筆減筆修正作業等、一通り完了しましたので、お暇な時間や皆様の好い時間にでも楽しんで頂ければ幸いです。
『森の仁王』
茹だるような夏の陽射しの下、ザクロの樹商店街を中心に聞き込みを進めたユウヒ。
しかし、今年の最高気温を更新し続け、まるで蒸し殺しに来ているかのような日中の重い空気に負けた彼は、ランチタイムを待たず早々に静かで落ち着いた雰囲気の喫茶店へ避難し、軽食とアイスコーヒーでまったりとした時間を過ごしたのであった。
「はぁあつ・・・さてと、久しぶりに来たけど誰か居るかな?」
そんなまったりとした時間を過ごしたユウヒは、日も落ち始めた空の下、首元を扇ぎながらとある一軒のビルを見上げて、無骨な呼び鈴を押し込む。
「はいはい今開けますぞっと!」
すると、ユウヒが呼び鈴を押してから一分も経たないうちに、扉の向こうから重量級を感じさせる足音が聞こえ始め、さらに扉の向こうから男らしい野太い声が聞えたかと思うと、勢いよく重い鉄の扉が開かれ、中から仁王と間違えそうな厳つい大男が姿を現す。
「おや? おお! ユウ君ではないか、行方不明との事だったが無事だったんだね!」
男は視線を正面から下に落としてユウヒの顔を見下ろすと、眉を少し上げて驚いた表情を浮かべる。そんな表情も束の間、ユウヒの両肩をその太く逞しい手で鷲掴みにすると、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「うぼぉうあ!? はい、お騒がせしたようで」
彼の名は森野 久馬、とある個人経営の警備会社社長であり、ユウヒの高校時代の数少ない友人である森野 球磨の父親である。
「はは! 無事ならそれで良いさ! それで、今日は球磨に用事かな? 悪いけどあいつ帰って来てないんだよ・・・すまないね」
「帰ってない・・・」
久馬の馬鹿力で揺さぶられふらつくユウヒに、彼は首を傾げて要件を予想すると、ユウヒの言葉を待たずに申し訳なさそうな表情でそう説明し頭を掻く。
ユウヒはじぇにふぁーから聞いた内容を確認するために、商店街から少し離れた場所にある、この森野家の住居も兼ねたビルへやって来たのだが、久馬からの説明に彼が思わず浮かべた訝しげな表情からは、その予想が悪い方に傾いている事を感じさせた。
「うむ、連絡も特にないし・・・ところでユウ君、お母さんとお父さんは元気にやっているかな?」
「え? はぁいつも通りですけど」
「そうか、うむそれは良い事だな」
ユウヒの呟きに頷いた久馬は、表情を少し変えると辺りを窺った後、明華と勇治について問いかける。その問い掛けに考え事をしていたユウヒが頭を上げて、首を小さく傾げながらもいつも通りだと答えると、久馬は満足そうに頷くのだった。
「はぁ? それで、何時頃帰りそうなんでしょうか?」
このやり取りは何時もの事なのだが、ユウヒは未だにその問い掛けの理由が分からず、かと言って社交辞令の一つとも言えるので、不思議な違和感を感じつつも本題である友人の帰りについて問いかける。
「ん? 倅かい? そうだねぇ長期休暇を入れやがったからそのうち帰ってくると思うが・・・何か急ぎの用事かな? 伝言が有れば連絡してみるが?」
何か満足気に頷く久馬は、ユウヒの問い掛けに我を取り戻すと、太い腕をこれまた分厚い胸板の前で組んで首を傾げると、困ったような表情を浮かべながら伝言が有れば伝えておくと提案した。
「そうですか、それじゃ妹の流華がどこ行ったか心当たりないか聞いておいてもらえますか?」
「なぬ? 流華ちゃんの事を何故倅に・・・いや、まさかそんな・・・手を・・・だしたのかな?」
子供ならまだしも、大人なら連絡を入れずどこか遊びに行くことぐらい可笑しくはないかと考えたユウヒは、とりあえず伝言だけでもしてもらおうと思い伝言内容を口にする。
何気なくお願いしたユウヒに対して、にこやかな笑顔で了承しようとした久間であったが、その内容を聞いて疑問を持った瞬間、それまで血色の良く程よく焼けた健康的な肌色だった顔は、見る見る真っ蒼に変わり、口からは力の籠らない声が絶望的な雰囲気と共に吐き出され始める。
「え? いやあいつは巨乳好きだしなぁ・・・性癖変わったか? まぁ流華と球磨が会っていたって話をじぇにふぁ「ハイアウトォォォ!」うおう!?」
頭を抱えて俯く久馬の口から漏れ出る言葉の断片から、彼の心配している事が分かったユウヒは、数少ない友人の事を思い出しながら、その性癖と自分の妹が繋がらないことに首を傾げた。
しかし、ユウヒがじぇにふぁーの名前を出そうとした瞬間、久馬は臨界を越えた様な反応を示し、口と目から汁を吐き出しながら空を仰ぎ雄叫びを上げ始め、その急な反応にユウヒは思わず後ずさる。
「なんで、なんでよりによって姐さんと旦那の娘に手を・・・しかもジェニ郎にばれてるって、なんで・・・なんでなんだ球磨、もっとほかにもいるだろぉぉ」
どうやらユウヒがもたらした情報は、どれをとっても彼にとって致命的であった様で、空を仰いだまま両膝を地に付いた久馬は、両手をだらりと下ろしたまま焦点の定まらない目でぶつぶつと呟き、
「あーっと、とりあえずよろしくお願いします。ちょっと妹も行方不明っぽいんで」
「・・・・・・・・・オワタ」
早くこの場を後にしたかったユウヒの去り際に残した一言で、彼は血の気が一気に引いて、まるで塩の柱の様にその場で固まるのであった。
それから小一時間後、とあるビルの玄関に予期せず塩の柱を作ってしまったユウヒは、引き攣った表情でその場を後にすると、夕食の準備で賑やかに香る自宅へと帰って来ていた。
「それで? だいぶ遅かったけど収穫はあったの?」
「じぇにふぁーからちょっとね」
夕食には少し早いことも有り御風呂で汗を流したユウヒは、自室で部屋着に着替えてリビングに戻ると、両親に今日の収穫について話していた。
「あら、思ったより豊作だったみたいね」
非常に短い返事であったが、明華にとってはその言葉と表情だけで十分伝わったのか、ニコニコと微笑みながらユウヒの前に麦茶の入ったコップを置いて向かいのソファーに座る。
「流華はやっぱり夕陽を探していたのか? どうなんだ?」
一方勇治は詳しい話を求めて居るようで、ソファーに座る姿にどことなく落ち着きが無く、ユウヒに問いかける姿も僅かに前のめりになっていた。
「そうみたいなんだけど・・・」
「あら、何か気になる事?」
「あぁまぁ、一緒に居るらしいメンバーが・・・ちょっとね」
言外に先を急がせる勇治の問い掛けに曖昧な返事で頷き答えるユウヒであったが、その声は尻すぼみになって行き、同時に表情は何とも言えない困ったものへと変わる。そんなユウヒの表情に首を傾げた明華に、ユウヒは浅く頷いて見せると、溜め息を吐くような疲れを感じさせる言葉を洩らす。
「・・・なに? 誰かと一緒、だと!?」
「こわ、顔こわ」
そんなユウヒの言葉に明華が何か言おうと口を開いた瞬間、ソファーを揺らして立ち上がった勇治は、リビングテーブルに両手をついて身を乗り出すと、驚いて仰け反ったユウヒに般若のような顔で迫る。
「誰だ、あれかお友達の女の子か? そうだろ? そうなんだろ? まさか男とか言わないよな? 言わないよなぁ!?」
「うっとおしい!」
終いにはテーブルの上に上がり、ソファーの背に邪魔され後退する事の出来なくなったユウヒへとにじり寄り、ユウヒに顔を押し退けられても気にする事無く血走った目で迫りくる勇治。
「ぐにゅにゅ! だりぇだ、だ「おくちぃ、ちゃーっく!」げふ!?」
今にも口と口が接触しそうな状態にまで追い込まれたユウヒを救ったのは、底冷えする様なニコニコとした笑みとほんわかとした掛け声で、痛烈な右フックを勇治のレバーに躊躇することなく突き刺した明華である。そんな彼女のこめかみには、彼女の内なる感情を表すように血管が太く浮き出ているのであった。
「うふふ、えい♪ ・・・それで誰なの?」
「・・・・・・んー多分球磨と居るんじゃないかと、あともしかしたら―――」
痛烈な一撃によりテーブルの上に崩れ落ちた勇治を、明華はニコニコと見詰めたかと思うと、足蹴にしてテーブルから蹴り落とす。そんな父親の姿に、何とも言えない表情を浮かべ生暖かい視線を注いだユウヒは、話の続きとして友人である森野球磨の名前を告げる。
「もぉぉりぃぃのぉぉ・・・天誅じゃがふ!!」
「ウルサイ」
「はい・・・すいません・・・」
「・・・」
さらに一緒に居ると思われる知り合いの名前を出そうとしたユウヒであったが、テーブルの下から甦って来た羅刹と、その羅刹の顔を踏みたった一言で黙らせる母の姿に、そっと口を閉ざす。
「それで、だいじょうぶそうなの?」
「もう少し調べないと何とも・・・最悪俺も冒険する必要があるかも?」
勇治を正座させた明華は、いつでも勇治を鎮圧出来るように立ったままユウヒに問いかけ、明華からの問い掛けにユウヒは感じたままを口にしたが、その言葉のニュアンスからはあまり良い予感ばかりでは無い事が窺い知れた。
「そなのぉ? うふふ、男の子はそう言うの好きよね」
「子って歳でもないけどね」
「そう言うのは心が大事なのよ?」
一方、ユウヒの言葉を嬉しそうに頷き聞いていた明華は、息子の言葉に対して楽しそうに笑うと、嫌そうに表情を歪めてソファーから立ち上がるユウヒに首を傾げて見せる。
「そうだぞ! 父さん何かいつでも少年の心を忘れた事が無いんだ」
「はいはい、じゃ部屋戻ってるわ」
「はいはぁい、晩御飯出来たら呼ぶわねぇ」
正座したままの勇治が、子供心しか感じない輝く笑顔を浮かべて親指を立てる姿に、虚脱感を伴う疲れを感じたユウヒは、麦茶を飲み干してキッチンカウンターにコップを置くと、一声かけてリビングを後にするのだった。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒの友人の父親、森の仁王、もとい森野久間さんでした。彼の悩みは、初見の小さな子供には必ず泣かれることだそうです。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー