第八十四話 名も無き異世界のゴブリン 後編
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させていただきます。日常の合間にでも楽しんで頂ければ幸いです。
『名も無き異世界のゴブリン 後編』
すっかり空が明るくなった名も無き異世界の青空の下、魔王城の場所を訪ねる為にとある小さなゴブリンに話しかけたユウヒは今、彼に連れられやってきたゴブリン国境警備遠征隊の宿営地の中に居た。
ゴブリンキングの大きなテントの奥から感じる妙な視線から逃げて外に出て来たユウヒであったが、状況は改善された様に見えない。
「ふむ・・・まるで子猫だな」
なぜならば、外に出たら出たでそこには幾人ものゴブリン達が行動しているわけで、そこに現れた見慣れない人影は、当然の様に彼ら彼女らの視線を集めてしまうからだ。
「いやいや、あまりじろじろ見ていたら風の精霊に在らぬ噂を流されそうだな・・・」
一定の距離を保ったままあちこちから視線を向けてくるゴブリン達、その見た目は最初に出会ったゴブリン同様小柄で、人から見て成人に至っているような者の姿は無く、また揃って灰色の肌と整った顔立ちに長い耳と言う姿である。
視線を感じる度にその方向へ目を向けては逃げられると言う行動を繰り返しつつ、その子猫然とした姿にほっこりしていたユウヒであるが、ふと脳裏に二人の風の精霊の姿がよぎると、背中を伸ばして渋面を作った。しかし、視線は依然と注がれ続ける為ついつい気になって視線を彷徨わせてしまうユウヒ。
「ユウヒ殿」
「おう!?」
そんなことをテントの前で繰り返していると、大きなテントの入り口からゴブリンキングが顔を出しユウヒに呼びかける。小さなゴブリンを見回すことに気が向いていたユウヒは、頭上からかけられた声に驚くと思わず変な声を洩らしてしまう。
「どうされた? む・・・ふむふむ、あやつらはまだまだ若い故、好奇心に勝てぬのであろう。すまぬの」
「いえ、遠巻きから見られてるだけですから」
驚くユウヒの姿に周囲を見渡したゴブリンキングは、すぐに状況を察すると苦笑を浮かべユウヒに軽く頭を下げる。そんな、椅子に座っていても僅かに見上げる必要のあるゴブリンキングの顔を大きく見上げたユウヒは、彼の謝罪に対して気にしてはいないと言った表情で首を振り、もう一度周囲のそれまでとは違う蜘蛛の子散らす様に走り去るゴブリン達に目を向けるのであった。
「ははは、我等ゴブリン族はどうしても臆病での、好奇心はあるがまだ怖くて近付けんのであろう」
ゴブリンキングが出て来たからか、それともそんな上司と親しげに話すユウヒに驚いたからか、急に姿を隠し始めた彼らの後ろ姿にユウヒが首を傾げると、ゴブリンキングは可笑しそうに笑いながらそう種族の特徴を説明する。
「怖い・・・こわいかぁ」
頭上から聞こえる怖いと言う言葉に釈然としない様子で呟くユウヒは、しかし体格差や見た目の差を考えれば、怯えられたとしても仕方ないのかと小さく肩を落すのだった。
「それでこれが地図なのだが」
「ありがたい・・・ふむ、結構詳しく描いてあるんだな」
ユウヒが周囲からゴブリンが少なくなって行くことに一抹の寂しさを感じていると、ゴブリンキングは特に気にすることもなく、本来の用件である地図をユウヒに差し出す。地図を受け取ったユウヒは、想像していたより細かく描きこまれた地図を目にして感心すると、すぐに視界に映る【探知】による周辺の地形と見比べ、地図の向きを解りやすいように調整する。
「・・・多少心得があるからな、先ず現在位置はここだの」
「こっちが森でこっち側が魔王領ってことか」
地図を渡してすぐに実際の方位と地図上の方位を合わせて見せるユウヒに目を細めたゴブリンキングは、ユウヒの言葉に頷くと現在位置を示し、すぐに位置関係を把握してみせる姿に笑みを浮かべた。
「この辺は緩衝地帯の様なもんでな、この辺りからが魔王領じゃ」
「なるほど、これは?」
ユウヒの現在いる場所はまだ森の中に位置しているが、そのまま北西に進むとすぐに森は途切れ魔王領となっている。しかしそこに明確な線引きは描かれておらず、ゴブリンキング曰く、現在地である森と山岳地帯が交わる一帯が国境代わりの緩衝地帯となっていると言う。そんな緩衝地帯を出て目的地は西北西の方向に描かれているが、その間にはいくつもの印が書かれており、一番近い場所に描いてある印に気が付いたユウヒはその場所を指さす。
「うむ、先ず目指すならその場所であろうな、そこにはラミア領の都がある」
「ラミア・・・」
そこには一匹の蛇が絡みつく槍の絵が描かれており、ゴブリンキングはそこをラミア領の都だと言って中継地転として勧める。
ラミアと呟きその印の意味を理解したユウヒ、彼の様なサブカルチャーに汚染された者ならその名を聞けば姿も想像できるであろう。その姿は上半身が女性で下半身が蛇の姿などで描かれることの多い神話に出てくる存在で、最近では漫画やアニメなどでも良く見る種族である。
「うむ、我らと同じく国境や辺境を担う半人半蛇の一族でな、穏やかな性格の者も多く治安も良い街じゃ。本来この辺りもラミア族の担当なのだが・・・」
「へぇ・・・それがどうして?」
この名も無き世界のラミアもユウヒの想像と一致しているらしく、興味深そうに頷くユウヒに中継地点に進める理由を話すゴブリンキング。彼の説明に納得したユウヒであるが、その話が本当であればここにゴブリン達が居るのは少しおかしなことになってしまう。
「わからん。急に頼まれての、わしらも少しこちら側に用事があったから問題は無いのだが」
しかしその質問は想定していたのかすぐに頭を振ると、ゴブリンキングは何とも言えない困った表情で急に頼まれて国境警備を交代しているのだと話す。
「ふーん」
ゴブリンキング曰く、彼らもこの辺りに用事が有って特に断る理由も無かったために引き受けたそうであるが、その説明を聞きながらユウヒは僅かに眉を寄せ、同時に目から少しづつ生気が抜けていく。どうやら彼の勘は、ゴブリンキングの話に嫌な予感を感じ取り始めたようだ。
「む? おお、そんな時間か。ユウヒ殿朝食はもうとったかな?」
いつも感じる妙な勘を手繰り寄せる様に眉を寄せ空を見上げるユウヒ、そんな彼の表情にゴブリンキングが首を傾げていると、そこへ一際小柄なゴブリン少女が駆けてくる。その少女は駆けて来るなり無言で手を上げ、その手に持った木製の大きなスプーンを振って見せる。
「そういえば何も食べてないな、夜に果物と木の実を口にしただけか」
「そうか、これから朝食故どうかの一緒に?」
その少女の仕草を見たゴブリンキングは笑みを浮かべ頷くと、少女の黒髪を撫でながらユウヒに声をかけた。どうやら少女は朝食の準備が整った事を伝えに来たらしく、ゴブリンキングは丁度良いと言った顔でその場に居合わせたユウヒも朝食に誘う。
「いいのか?」
「うむ、ゴブリン族の伝統でな、ヨイヤツとは仲良くすることにしておるのだ」
朝食に招くと言うゴブリンキングを不思議そうに見上げるユウヒ。実際、急に現れた怪しい人間を朝食に同席させるのは少しお人好し過ぎる気もするが、どうやら誰でもと言うわけではないらしく、彼らの判断基準でユウヒは朝食に招いても問題ない『ヨイヤツ』と判断された様である。
「まぁいいならいんだけど」
この『ヨイヤツ』と言うのは、彼らゴブリン族にある伝統的な考え方の一つであるのだが、その判断基準は非常に独特であるらしく、彼らの長い歴史の中未だに他種族からその判断基準を理解されていない。どんなに金を積んでも親切にしてもヨイヤツと言われない者も居れば、いつの間にかヨイヤツ認定を受けていた者も居たと言う。
「うむうむ、それではこっちだ。そういえば器などは持っておるか? 我等ゴブリン族の朝食は草粥と決まっておっての、深めの器が良いのだがなければ用意しよう」
そんな謎の認定を受けたユウヒは、ゴブリン族の伝統的な朝食に御呼ばれすることとなり、朝食で必要となる食器の有無を問われるも、周囲から集まってきたゴブリン達は、ユウヒが袈裟懸けにしているバッグの大きさを見て持っていない事を察すると、予備の器があったかコソコソと話し始める。
「器か・・・誰かいないか?」
「む?」
『ゴブ?』
しかし、そんなゴブリン達の行動に気が付かないユウヒは、少し考える様に腕を組むと、すぐに頭を上げて虚空に向かい声を掛けはじめた。その急な奇行に目を見開き首を傾げるゴブリンキングと、同じくそろって首を傾げるゴブリン達。
「悪いな、このくらいの木材がほしいんだがどこかにないかな?」
怪訝な表情で見詰められながらも、ユウヒは虚空に向かって身振り手振りを交えて話しかけ続ける。
「ユウヒ殿? いったいどうされたのだ」
「ん? ああ、ちょっと精霊にお願い事を、持ってきてくれるのかありがとな」
「・・・精霊、なんと」
その行動を心配そうに見ていたゴブリンキングが、周囲のゴブリン達の視線を受けてユウヒに声をかけるも、笑みを浮かべたユウヒの返答を聞いた瞬間、それまで以上に大きく目を見開き静かに驚きの声を洩らす。
その後どこからか空を飛び現れた薪割り台になりそうな丸太に、ゴブリン達だけではなく落ち着いて見えるゴブリンキングまでも、大きく驚きの声を上げることになるのであった。
空飛ぶ丸太を森に住む精霊達から受け取ったユウヒが、妄想魔法と合成魔法で瞬く間に丸太を木の器に作り替えそのまま量産し始めた事で、さらにゴブリン達驚かせている頃、同じ緩衝地帯となっている森の別の場所では、複数の女性が木の枝を払いながら道なき道を進んでいた。
「・・・やはりこの辺りの様です」
「馬鹿な、この辺りは完全に獣人達の森だぞ」
「犯人は獣人だと言う事ですか?」
赤いラインの入った揃いの鎧を身に纏った女性達は、一人意趣の違う軽装の女性を中心に手に持った槍を構え周囲を警戒している。一人だけ軽装の女性は、隣に立つ長身の女性に申し訳なさそうな表情を浮かべ呟き、その言葉に驚きの声を上げる長身女性。彼女の傍らでは鎧を着なれた感じがしない小柄な女性が目を細め不快そうに呟いている。
「そんなわけがあるか、奴らは森から出ないし我らと敵対する理由がない」
「そうですね。精霊たちの声もどこか否定的な感じです」
しかしその小柄、少女と言っても差し支えの無い女性の呟きは、長身な女性と軽装な女性に否定されてしまう。
「でもじゃあいったいどこのどいつが森に逃げ込むんです?」
二人の否定の声に不満そうな表情を浮かべる小柄な女性に、二人の女性は険しい表情で互いに見つめ合い考え込み始める。
「・・・まてよ、確かゴブリンキングもこちらに用事があると言っていたな」
「はい、確か・・・盗みを働いた複数の魔族がこの辺りに逃げ込んでいる可能性がある、とか」
しばし考え込んでいた長身の女性は、何か思い出したかのように顔を上げると、周囲を警戒している者達に目を向け問いかけ、その問いかけに一人の女性が振り返って思い出しながら答え頷く。
「盗賊団か・・・」
「うわぁ・・・また探すのがめんどくさそうな、ねぇ! 精霊で何とかならないの?」
盗賊団と言う言葉に表情を険しくする女性に、周囲の女性達も彼女の考えが解るのか同じ様に表情を暗くしていく。そんな空気の中、小柄な女性は目に見えて不快な感情を露わにすると、軽装の女性に振り向き手を広げ何かを乞うような声を上げる。
「ごめんなさい、精霊との対話と言うのはそう便利なものでは無いの。精霊はとても純粋で無邪気なので、こちらの意思に従ってくれることは稀なのですよ」
「じゃぁどういう時ならその稀がおきるの?」
軽装な女性は小柄な女性に申し訳なさそうな表情を浮かべると、両手の指を胸の前で組みながら精霊について話す。どうやら彼女は精霊と話すことのできる者の様で、しかしユウヒの様に自由に会話を交わすことは出来ないらしく、精霊達が彼女の意思に従ってくれることは難しいようだ。
「それは、彼女たちが関心を示す物や状況があればですが、盗賊に感心を示すとは思えませんし・・・」
「むむむ・・・そうだ! 精霊も頼りにするぐらいの助っ人を紹介してもらえないの? 森には精霊と近しい人が多いと聞いたわ」
しかし場合によってはそれも可能であるらしいが、彼女の説明を聞く限りその行動は小さな子供の様な気紛れさに溢れており、説明を聞いた小柄な女性は顔を顰めて唸り声を上げる。そんな唸っていたのも束の間、ぱっと笑顔を浮かべた彼女は良い案が浮かんだ様で軽装の女性を見上げ、自分の案を語り始めた。
「そうなると、最低でも上位精霊や大精霊、それに世界樹の精霊クラスになるでしょうから、おいそれとは・・・え?」
「どうした?」
希望的観測に満ちた案を聞いた女性は、難しい表情で結果を予測するもその予測の結果はなかなか難しい様でやはり表情は優れない。元々精霊が頼る相手などと言うのは限られており、その限られた相手は大抵に精霊以上に出会える確率が低いのだ。
しかしそんな困った様な難しい表情の浮かんだ顔も、彼女の耳元で囁かれた声により驚きに染まる。軽装な女性の一変した表情に、小柄な女性はほっそりとした釣り上がり気味の耳を揺らすと、不思議そうに小首を傾げ彼女を見上げた。
「それが・・・頼れる人がいると、急に精霊達が騒ぎ出して」
「ほんと!?」
小柄な女性を見下ろした軽装な女性は、驚いた表情のまま精霊の囁きを口にすると、嬉しそうな声を上げる女性を見詰めながら耳を澄ます。
「ええ、精霊たちが一斉に騒いでいてうまく聞き取れないのですが・・・近くに居ると」
小柄な女性より幾分長い耳を忙しなく揺らす軽装の女性は、どうやら周囲で騒ぎ始めた精霊達の声に耳を傾けているらしく、しかしその騒がしすぎる声に苦労しているのか、目を若干白黒させながら聞き取れた情報を長身の女性に伝える。
「・・・よし、精霊の勧める道に頼ってみよう」
軽装な女性から方針を託された長身の女性は、期待する様な視線を足元から感じながら目を瞑り、暫く悩んで目を開くと周囲に目を配りながら頷き方針を決定する。
彼女の一声により軽装な女性の示す道に従って動き出す一団は、地面に生い茂る草木を押し倒しながら進んでいく。そんな彼女達通った後には、重量物を転がしたような獣道が出来上がっているのであった。
一方その頃、ゴブリン達の宿営地では湯気を上げる大鍋を中心に、多数のゴブリン達がおいしそうに草粥をかきこみ笑顔を浮かべている。
「うむ、これは良い」
食べる先から大鍋に駆けよりお代わりを木の器に注ぐ朝食の席の一角では、太い丸太に腰を下ろしたゴブリンキングが、手に持った木の器を色々な方向から見つめ口元を緩めていた。
「うん、朝の草粥はお腹に優しいな」
小さなゴブリン達が使う小ぶりな器と違い、ラーメンどんぶりの様な形をした大きめの器を見詰める彼の隣では、ユウヒが頷きながら温かい草粥に舌鼓を打っている。
「いや・・・わしは器の事を言っておるのだが」
「ん? そうか、気に入ってもらえて何よりだ」
おいしそうに草粥を食べるユウヒに、何とも言えない表情を浮かべ眉を垂れさせたゴブリンキングは、彼を見下ろしながら自らが手に持つ器を指さす。
ゴブリンキングが今手に持っているラーメンどんぶり風に作られた木の器は、ユウヒがその場の勢いで作った器の一つである。それは無駄に凝性なところがあるユウヒの作品らしく、絵を描く代わりに表面には滑らかな曲線で、デフォルメされたゴブリン達のレリーフが彫られていた。
「ふむ、しかし譲って貰って良かったのかの? 正直その辺の売り物より良い物であるのだが」
「いいさ、地図を貰ったし草粥もご馳走になったからな。だいたい生産者にとっては価値も大事だが、それよりも喜んでくれる奴が居ることの方が大事だからさ」
そんなユウヒ謹製の器であるが、一抱えはありそうな丸太を使って機械では不可能な高効率で量産され、数百人はいるであろうゴブリン達の中では器をもらえた者が周囲の仲間に自慢している姿が見受けられる。
つるつると肌触りのいい器には全てレリーフが彫られ、ゴブリンキング曰く銀貨十数枚から金貨1枚の価値があると、鼻息荒く説明されたユウヒであるが、彼は価値に関してはそれほど興味が無いようだ。ゴブリンキングの問いに軽く答えたユウヒは、視線の先で喜んでくれているゴブリン達に目を向けると、心底嬉しそうな微笑みを浮かべる。
「・・・確かにユウヒ殿はヨイヤツであったな」
「ヨイヤツねぇ?」
笑みを浮かべながら機嫌良さそうに草粥をかきこんだユウヒに、ゴブリンキングは見尻を緩めて満足げに頷き、隣から聞こえて来た独特のイントネーションのある言葉に首を傾げるユウヒ。
「それで、すぐに発つのか?」
「ああ、なるべく早めに目的を達成したいからな」
ゴブリンキングが見詰める前で魔法を使い器を洗ったユウヒは、肩に袈裟懸けされた御手製バックに器を仕舞いながらバックの中身を整理し始める。
「何のために魔都に行くか聞いても?」
「んー・・・まぁ悪いことはしないさ、むしろ良いことをするためってところだ」
荷物こそ少ないようであるが、器が増えた事で整理が必要になったバックの中身を漁るユウヒは、ゴブリンキングの問いかけに顔を上げると応えに困った様に唸り、詳しく説明せず悪い事はしないとだけ伝えた。
「そうか、ならばそのヨイコトを成すと言う言葉信じよう」
普通に考えればそんな誤魔化した様な言葉に安心など出来ないであろうが、ゴブリンキングは一つ頷くとニコリと笑みを浮かべる。
「そういえば、今の魔都ってどんな感じなんだ? 世界樹が機能しなくなって色々あったんだろ?」
「閑散としておろうな、知り合いの辺境領主から聞いた話では、どちらが田舎なのかわからないほどだとか」
しばらくゴソゴソと荷物を漁っていたユウヒは、満足いく整理が出来たのかバックの蓋を閉じてゴブリンキングを見上げた。大きく見上げないとゴブリンキングの顔が見えないユウヒの問いかけに、それまでにこやかであった表情を顰めたゴブリンキングは、さびしそうな目で魔族の王都について閑散としていると語る。
「それまた深刻だな」
「忌まわしいことだ」
辺境に田舎と言われるほどの状況を想像したユウヒは、脳裏でシャッター街となった銀座や渋谷を思い浮かべ眉を寄せ、そんなユウヒの呟きにゴブリンキングは目を瞑り深く頷くと小さく溜息を漏らす。
「世界樹が復活したら元の状態に戻るのかね?」
「もしそうなれば多少は戻るであろうが・・・時間はかかるであろうの」
隣の大きな丸太と違い幾分細い丸太に座っているユウヒは、草粥の御代わり待ちの列を眺めながら自分がやろうとしている事の先について問いかけ、同じく部下たちに目を向けていたゴブリンキングは、その問いかけに昔を懐かしむような遠い目で答える。
「そか、とりあえずのルートはこれでいいとして、ん? 少し寄り道してほしい? いいけど何かあった・・・のね、面倒事は勘弁してくれよ?」
悪くなるとは言われず良い方向に向かうと聞けたユウヒは、口元を緩めて小さく呟くと地図を手に立ち上がった。どうやら出発準備が完了したようで、地図と実際の方角を合わせているユウヒであるが、そんな彼の耳に精霊達の呼び掛ける声が聞こえ、その目には急に集まってきた様々な精霊達の姿が映る。
どう考えても面倒事の予感しかしない小さな精霊のお願い事に、悪意の無いお願いに弱いユウヒは、めんどくさそうな表情を浮かべながらも予定ルートの変更を余儀なくされるのであった。
「ふむ・・・まさか精霊の伴侶に出会えるとは、長生きもしてみるものだ」
困った表情を浮かべながらも微笑むユウヒに、ゴブリンキングは眩しい物でも見るかのように目を細め小さく呟く。
「なんか言ったか?」
「いや、もう行くのか?」
ゴブリンキングの小さな呟きが良く聞こえなかったユウヒは、振り返って首を傾げる。しかしゴブリンキングは何もなかったように首を横に振ると、地図を仕舞ったユウヒの服やバックが不自然に引っ張られている姿に目を向けもう行くのかと問う。
「おう、ご馳走様」
「なんの」
ゴブリンキングの問いかけに対して笑顔で返事をするユウヒ。そんな二人の会話を聞いていた周囲の小さなゴブリン達は慌てて立ち上がると木の器を手に持って集まり出す。
「バイバイ!」
「ヨイヤツ、バイバイ!」
ゆっくりと歩きはじめるユウヒを、集まったゴブリン達はキラキラとした目で見送り、その手にユウヒ謹製の器を持ったゴブリン達は、器を持った手を大きく振りユウヒを見送る。
「おう!」
不思議なイントネーションの見送りに顔を綻ばせたユウヒは、片手をあげてその見送りに答えると、軽いステップから大きく足を踏み込み空へと飛びあがった。
「・・・最後まで驚かせる者であったの」
空に舞い上がり一気に高度を上げるユウヒの姿にぽかんと大口を開ける小さなゴブリン達。そんな中大口こそ開けないものの大きく目を見開き固まっていたゴブリンキングは、逸早く正気を取り戻すと自身を落ち着けるように顎を扱き、どこか呆れた様に目を細めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
名も無き異世界のゴブリン達とユウヒの出会いでした。無事ゴブリンキングから地図を入手して道を教えてもらったユウヒ、しかしその先行きは精霊の手招きによって一歩目から予定と変わっていくようです。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




