第八十二話 その男女危険につき刺激するべからず
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させていただきます。お暇の合間にでも楽しんで頂ければ幸いです。
『その男女危険につき刺激するべからず』
よくある話、一般的な堅気の世界を表とするならば、非合法が罷り通る世界は裏であろう。そんな世界を歩き回る人々は裏の住民などと言われ、この世界にはそんな人々がひっそりと、またしっかりと根付いている。
「そんなの居たら普通捕まりませんか?」
確かに、非合法な事を行えば大半は警察のお世話になるかもしれないが、非合法が罷り通る世界を合法的に歩き回れば話は違う。
「捕まらんな、なんせそいつらの依頼主には国の重鎮も多数居るんだぞ? 下手に手出したらどうなるか」
そういった世界に居る以上は、多少犯罪紛いな行為を行うこともあるかもしれないが、権力者の後ろ盾があれば問題なく、また捕まったとしてもすぐに釈放されるのがこの世界の裏側の様だ。
「はぁ? 漫画みたいっすね」
「現実は小説より奇なりって言うのは割かし当たってるってことさ」
しかめっ面で首を傾げる若い男性自衛官の言う通り、まるで漫画の様な話ではあるのだが、長い経験を顔の皺に刻んだベテラン自衛官曰く、それらは列記とした事実との事である。
「おやっさんは会った事あるんすか?」
「・・・ずいぶん昔の非公式任務でな」
タープで作られた日陰の下で休憩する自衛官達は、どういった経緯でそういった話になったか分からないが、ベテラン自衛官の男性が経験した作戦などの話を聞いている様だ。そんな話をする男性は、若い自衛官の質問に目頭を指で挟むように揉むと、ため息交じりに話し始める。
「どんな人だったんですか?」
非公式任務とは、合法とは言えないものの必要悪であるがために一般の目に入らぬところで行われる自衛隊の任務で、守秘義務の塊の様なものなので一般人は先ず知ることのない話だ。
「どんなって・・・普通だな」
『普通?』
そんな普通ではない非公式任務で出会ったと言う裏の人間について問われた男性は、ステンレス製のマグカップに入ったコーヒーで口を湿らせると、口をへの字に歪めてタープを見上げしばし物思いにふけ、ゆっくり視線を戻して普通と告げる。
「あぁ・・・鉛玉と火薬の塊が飛び交う場所で普通にコーヒー飲んでて、確か手に持ってたマグカップ撃たれても平気で笑ってたな」
「えぇ・・・一人っすか?」
ベテラン自衛官の言う普通とは、きょとんとした表情でオウムの様に反す自衛官達の考えた普通とは違い、戦場のど真ん中でも普段と変わらないと言う意味であった。その時の事を思い出しマグカップ見詰めて苦笑を洩らす男性に、周囲は何とも言えない表情を浮かべている。
「いや、その時は部隊で来てたんだが、どいつもこいつもネジの外れたやつばかりだった」
「その任務は成功したんですか?」
「成功してなかったら俺はここにいねぇな」
銃弾飛び交う中でコーヒーを飲みながら談笑するような人物は一人ではなく、結構な人数が居た様で、ベテラン自衛官曰く一癖二癖じゃ足りないような人物達だと言う。しかし彼がこの場に居られるのも、そんな頭のネジが外れた人間達のおかげとも言えるので、男性も苦笑こそ浮かべるもその表情から悪感情は一切抱いていないようだ。
「へぇ・・・会ってみたいような、まぁ日本人じゃないだろうからそうそう会うこともないか」
ベテラン男性の昔語りを聞いてそれぞれに違った表情を浮かべる男性達、その中でもベテラン男性の目の前に座りどこか軟派さを感じる笑みを浮かべていた男性は、特殊な人間と言う物に僅かな憧れを感じてか会ってみたいと口にするも、早々会えるものではないと思い直し頭を掻く。
実際今の話を聞く限り、非公式任務にでも参加しない限り会えるような人物ではなく、またそういった人物の大半が日本人では無い事は、彼らが学んできた知識としては通例であった。
「あ? 日本人だぞ?」
『へ?』
が、どうやら彼らが持つ常識は意外と現実とは違うものだったのか、ベテラン男性は顔の皺を偏らせながら首を傾げると、不思議そうな声で彼らの偏見と言う名の常識を打ち壊す。
「一応そいつらにもランク分けとかあってな、基本的にアルファベットのDから始まってAに近くなるほどあぶねぇ。そんなかでも一等あぶねぇ奴の事をSランクとか呼ぶんだが、その時会ったSランクの二人は日本人の夫婦だ。当時はまだ結婚してないって言ってたが、今は夫婦になって子供が居てもおかしくないな」
この非合法を渡り歩く人間達の中には、その能力の高さから格付けがなされたランク保持者と言われる者たちが存在し、そういった者達の情報はある程度国で管理されている。彼らはDからAになるほど能力が高く同時に危険性も高くなり、中で最も恐れられているのがSランクと言われる者達で、男性が語るSランクの二人はその中でも珍しい日本人の男女であった。
「え? なんで?」
「そりゃそんだけいちゃいちゃしてたってことさ、戦場のど真ん中でな」
国が保持している情報と言っても名前や年齢、ランクや適性などに関してだけでプライベートなどは一切保持していないのだが、ベテラン自衛官は彼らの今が予想できるくらいには、彼らと付き合いがあった様だ。
そんな男性の呆れた様な言葉に、周囲がいろんな意味でドン引きした空気を出していると、彼らの影が俄かに蠢き意志を持ったように動き出す。
「ほうほう、こっちの世界も裏は物騒なんだな」
「Sランクでござるか、会ってみたいものでござる」
「化け物のはどこにでもいるってことかぁ・・・あ、ユウヒもか」
その影はベテラン自衛官の背後にまわると興味深そうに話しだし、同時にそんな化け物に面識があったとユウヒの名前を呟く。そう、その怪しい影とはいつもの如く三人の忍者達であり、ユウヒの名を上げたのはヒゾウであった。
「うお!? いつの間に」
流石にベテラン自衛官と言えど、全く気配を感じさせずに背後から囲まれては驚きの声を上げてしまうのも仕方ない。突然現れた忍者達に驚いたのは彼だけではなく、目の前に居たにもかかわらずその存在に気が付かなかった皆が驚きで声を失っていた。
「だからそうやってヘイトを稼ぐなでござる」
「やあどうも、なんだか楽しそうな話しが聞こえたんで割と最初の方からお邪魔してました」
ナチュラルにユウヒからの敵愾心を上げていくヒゾウに呆れるゴエンモ。また同意するように頷いていたジライダは、驚き目を見開く自衛官達に手を上げて見せながら、陽気に最初からいたと話してさらに驚かせる。
「・・・お前さんらもそう変わらんだろ」
「ばっか、そんな褒めんなよ」
そんな邪気のない三人の姿にようやく落ち着いて来たベテラン自衛官は、しかし胸を片手で抑えたまま呆れと悪態が混ざった様な声を漏らす。そんな男性の言葉を聞いて、照れた様に頭を掻くヒゾウは手を振り緩んだ口元に力を込めるも全く元に戻っていない。
「良く似てるぜ、へらへらと笑ったりしてても全く隙がねぇとこなんか特にな」
同じく嬉しそうにニヨニヨとした笑みを浮かべる忍者達の姿に、過去に出会ったランク保持者達を思い出した男性は、彼らが纏う空気感がその記憶とよく似ていることに呆れた表情を浮かべる。
「あぁそれ石ちゃんにも言われたな」
「別に気を張ってるわけではないでござるが」
三人は経験で忍者になったのではなく、形の無い概念と言うモノと人知を超えた神の手で無理やり忍者になった為、何処からどう見ても忍者であるがどこか歪で、しかしそれ故彼らは意識せず常に忍者なのだ。
「赤狐と黒鬼も似た事言ってたよ」
そんな彼らの何気ない言葉は、奇しくも死線を潜り抜けて来た強者の言葉と同じであったようで、三人はベテラン自衛官の男性、また周囲で話を聞いていた自衛官達からも呆れた様な目で見られてしまう。
「何それコードネーム? かっこいい! それともキラキラネーム?」
「そら仕事の偽名だが・・・まぁあれはもう二つ名だったが、あぁでも黒鬼の名字はわかるな」
そんな強者のコードネームは赤狐と黒鬼と言うらしく、その何とも厨二心を擽るネーミングにヒゾウは目を輝かせ、ぐいぐい近づいてくるヒゾウに呆れを深める男性は、何か思い出したように顔を上げると、黒鬼と呼ばれる人物の名字について分かると言いだす。
「なんでっすか?」
「赤狐、女の方がもうすぐ天野姓になるとか言って惚気てたからな」
「うわぁ・・・」
限られた政府機関であるならそういった情報を持っているのもおかしくは無いが、普通に考えて一自衛官が知り得ているのは妙で、そのことに思い至った若い男性自衛官の問いかけに対する返答に、その場に居合わせたすべての人間が口から砂糖でも吐きそうな表情を浮かべるのであった。
「「「(ん? あまの? 最近どこかで見たような・・・)」」」
そんな中、一瞬殺意を目に宿らせた忍者三人であるが、何かその名字に引っ掛かりを覚えた様で同時に首を傾げていた。
そしてその天野さんはと言うと、
「久しぶりだな天野・・・いや、仕事中なら黒鬼と呼んだ方がいいか」
「お久しぶりです石木さん」
にこやかな表情で日本の防衛大臣である石木の前に立っていた。コードネーム『黒鬼』彼の名前は天野勇治、そう何を隠そうユウヒの父親であり、
「天野だとどっちかわらないからそっちの方がいいかしら」
「赤狐は変わらないな・・・結婚したのか」
その妻である明華はコードネームで『赤狐』と呼ばれる、日本に数人しかいないSランク保持者本人である。
「あの後すぐにな」
ずいぶん昔に行われたとある大きな作戦で死線を共にした石木と二人は、その作戦以降実際に会うことは無かったのだが、勇治は連絡を取っていたらしく大して懐かしいと言った表情ではないようだ。
「子供もいるんだからぁ」
「そりゃ俺も歳をとるわけだ・・・で? 今日はどうしたんだ」
一方、明華は石木を懐かしそうな目で見詰めながらもさっそく惚気始め、最後に会話を交わした時から性格どころか姿も一切変わらない明華に、石木は余計に自分の衰えを感じざるを得ないと言った表情である。そんな石木は、高そうな革張りの椅子に背の体重を預けると、旧交を深めるのもほどほどに彼らが訪ねてきた理由について問いかけた。
「ちょっと聞きたいことがあってね」
「少しは時間もとれるが手短に頼むぞ?」
「それは石ちゃん次第ねぇ?」
「俺かぁ?」
理由が無くとも知り合いを尋ねると言う事は一般的には割とあり得る話であるが、そんな一般とは違う世界の三人にとっては、理由なく会いに来ると言う事はありえない。そのため何かしら問題が起きていると感じていた石木であるが、その予想は明華の言葉によって否定されてしまい、何も思当たる節の無い石木は不思議そうに首を傾げる。
「そ、ジェニに頼んで異世界に詳しい人紹介してもらうんでしょ?」
「あ? あいつばらしたな・・・」
訝しげな表情を浮かべていた石木であるが、小首を傾げながら問いかける明華に少し驚くと、すぐに頭を掻きながらじぇにふぁーに対して悪態を付き始めた。しかしその表情は不満と言ったわけではないようで、どちらかと言うと呆れ交じりの仕方なさそうな顔である。
「忍者君達だけじゃだめなのか?」
「情報は多いに越したことはねぇからな、ニンジャの連中は戦力として申し分ないが知識がな・・・」
「知識ねぇ」
じぇにふぁーがどう足掻いても頭の上がらない二人にジト目を向ける石木は、勇治の問いかけに対して、三人の忍者に不満は無いものの必要とする知識が足りないと口にし、そんな石木の言葉に明華は人差し指で自らの頬を押えながら首を傾げた。
「ジェニの話じゃ異世界には本物の魔法があるって言うじゃねぇか。それがどんな力なのか知りたいと言ったら使える奴がいるって言うんだからな、見せてもらわないと言う選択は無いだろ? その相手が異世界についても詳しいって言うんだから尚更だ」
石木が求めている知識とは、単純に異世界についてだけではなく、ドームの向こうの異世界に存在すると思われる魔法と言う未知の力についてもである。空想の産物と思われていた力が実在すると聞けば、サブカルチャー大好きな石木でなくてもその存在に興味を持つものだろう。
「だからユウヒか・・・まぁ選択としては正しい、いや情報源としては最善かもしれんな」
その事を聞き納得した様に頷いた勇治は、彼の選択を認めたくないと思う反面、客観的には彼の選択に及第点をつけた様だ。
「私たちを恐れないなんて、石ちゃんも成長したのね」
「あ? それもジェニが・・・違うのか? 俺は何か勘違いしているのか?」
しかし、だからと言って息子を利用しようとする存在に対しては、一切妥協する気のない二人の妙な気配に、石木は寒気と同時に自分の選択が間違っているような予感を感じ始める。
「いや、情報の一部が故意に隠蔽されていただけさ」
「そうね、ところでぇ? 石ちゃんは私の愛する息子の名前、知ってる?」
そんな顔色の悪くなる石木に、勇治はニヤリとしたどこか黒い笑みを浮かべ、明華は夫の言葉にニコニコとした笑みで頷くと、表情を変えぬまま自らの長い赤毛を揺らしながら石木を見詰め、静かに問いかけた。
「いや? 結婚の事も詳しく知らなかったのに知るわけないだろ」
その質問は、彼の今後を決定付ける質問であるが、今一状況の呑み込めない石木は質問の内容に訝しげな表情を浮かべながら知らないと首を傾げる。
「ふむ・・・本当か?」
「赤狐がいんだからウソかホントかすぐわかるだろ、なんなんだ?」
「・・・そうか、ならばまだいいか」
一方、目を細めて石木をじっと見詰めた勇治は、念を押す様にもう一度問いかけ、その問いかけに対する返答を聞くと明華と見つめ合って肩から力を抜き、ほっとした笑みを浮かべた。
「そうね、ジェニは折檻だけど・・・。ふふ、私の可愛い可愛い愛する息子の名前は天野夕陽って言うの、良く覚えててね?」
大臣の返答に勇治は笑みを浮かべ、明華は先ほどまで滲ませていた妙に重苦しい気配を霧散させて見せ
、そんな二人の反応に不安と困惑が混ざった表情を浮かべる石木。妙な汗を額に滲ませる彼に明華は楽しげな笑みを浮かべ、愛する息子の名前をよく覚えておくようにと告げる。
「あ? まぁ覚えちゃおくが・・・ユウヒだと? おままさか、くっそ! そう言うことかあのジェニ公! Sランクってお前らか!?」
明華から告げられた内容を反芻しながら頷く石木であったが、その意味を理解した瞬間椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり急激に血の気を失くし、感情に任せて叫んだかと思うと頭を抱え椅子に座り込み、頭を抱えた手の隙間から二人を見上げ叫ぶ。
「まぁそう言うことだ」
「お前ら息子に何仕込みやがった!」
事前にじぇにふぁーからSランクの関係者だと言う事は仄めかされていた石木であったが、そのSランクが目の前の二人、ましてやその息子だとは思いもしなかったようで、その事実が示す未来予想に思わず恐怖すると同時に、目の前の二人がいったい息子にどんな教育を施したのかと頭を抱えてしまう。
「やぁねぇそんなことダーリンしかしてないわよぉ」
「俺は大したことしてねぇけどな? あ、でもハニーはいろんな仲間に会わせてたな」
「えー? 御守りしてもらってただけよぉ?」
「・・・頭いてぇ」
二人の規格外ぶりは裏の世界でも割と有名で、同時に同じくらい恐れられており、それは二人の個人的な能力は当然として、それと同等以上に幅広い人脈から来る行動力の早さも恐れられていた。そんな二人に様々な経験をさせられ、さらに彼ら同様にネジが緩んだ人物達に御守りをしてもらった子供がどう育つかなど想像もできない石木は、頭に鈍い痛みを感じる気がして頭を抱える。
「大丈夫? お薬いる?」
「・・・盛る気かよ」
頭を抱えて溜息を吐く石木に、明華は小首を傾げて心配そうに問いかけるも、その妙にニコニコした笑みを浮かべる彼女を見上げた石木は、げんなりした表情で小さくそう呟く。何故なら彼女の指の間には妙に毒々しい色をしたアンプルが複数挟んであったからだ。
「まぁ止めはしないが気は使ってやってくれ、流石俺の息子と言えばいいのかいろいろすごい事になってるからな」
「石ちゃん達が大事にしてくれるならいいのよ? 可愛い息子の為なら私、何でもしてあげるから・・・でもでも、いつの間にか私の方が守られる立場になってるかも! 母のピンチに颯爽と現れるユウちゃん、いやんお母さん我慢できなくなっちゃう!」
冗談よ? などと呟きアンプルを仕舞う明華に苦笑を洩らした勇治は、体を気怠そうに持ち上げて背凭れに体を預ける石木に苦笑を浮かべたままそう語り。明華も同じように夕陽に気を使えと言うも、途中から何処か惚気話の様な内容に変わると妄想に突入していく。
「おいおい・・・あぁそういうことなら了解だ。お前が親バカ丸出しで言ってるんじゃなけりゃ信用できそうだ」
二人の様子、特に明華の妄想する姿で夕陽がどれだけ溺愛されているのか察した石木は、万が一にもぞんざいに扱えばどうなるか想像すると、二人からの要請を承諾する。しかし半場脅されるような状況に釈然としない石木は、一矢報いる様に悪態をつき空元気にも似た笑みを浮かべて見せた。
「なら信用してくれ、なかなか濃い経験をして帰ってきたみたいだからな」
そんな開き直り調子を取り戻し始めた石木の笑みを、同じような笑みで見返した勇治は、彼にとってはほんの僅かな時間で大きく成長した息子の背中を思い出し、少し呆れた様に肩を竦めて見せるのだった。
いかがでしたでしょうか?
そこかしこに散見できるユウヒの異常性の原因が少し見えて来たようです。尚、この物語はファンタジーな為、日本の正史とは少々異なる歴史を歩んでいますので悪しからず。この先もちょっと普通じゃない日本の姿出てくるかもしれませんが楽しんで頂ければ幸いです。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




