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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第一章 救出と救済

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第八十話 名も無き異世界の山岳地帯

 どうもHekutoです。


 修正等完了しましたので投稿させていただきます。暇の合間にでも楽しんで頂ければ幸いです。



『名も無き異世界の地理』


 名も無き異世界の日も出ぬ早朝、着々と獣人の首都へと成長しているハラリアの中央に聳える若々しい世界樹。


「・・・ふむ、混沌としているな」

 その足元では、昨夜母樹に怒られながら渋々就寝したユウヒが目を覚まし、簡易的に作った木のベンチとその上に敷き詰められた世界樹の若葉のベッドから起き上がり、持ち上げた上半身から小さな精霊達を優しく振り落としていた。


 そんなユウヒは、熟睡している母樹と守里を含めた精霊達を一纏めにしながらベンチから降りると、白み始めた空と魔力の光に照らされる周囲の惨状に小さく呟く。


「職を失ったと言うのにこの社蓄体質は変わらずか、まぁ役に立つ辺りが皮肉なもんだ」

 早起きが身に沁みついてしまい、仕事を失った今でもその体質が変わらないことに嘆きつつ、足下に散らばった作りかけの部品を拾い片付けるユウヒ。昨夜は片付けすら許されずに強制就寝となった為、周囲は作業途中の工場の様なありさまなのである。


「ユウヒ殿、本当にここで寝泊まりしていたのですか・・・」


「あれ、リーヴェンさんおはようございます?」

 そんなわけで起き抜けから片付けに勤しむことになったユウヒが、魔法も使いながら静かに片づけを行っていると、呆れの含まれた優しい声が聞こえて来た。声のする方を振り返ったユウヒは、視線の先で苦笑を浮かべて立つリーヴェンを不思議そうに見詰め、朝の挨拶を交わす。


「ええ、おはようございます」

 少し驚いた様なユウヒの挨拶に微笑んだリーヴェンは、朝の挨拶を交わしながらも周囲に興味深そうな視線を彷徨わせる。


「あぁ、何かいろいろと散らかしてしまって申し訳ない」


「いえいえ、母樹様もお許しになっているのですし問題は無いでしょう。それに、この地に魔力が溢れているのはユウヒ殿が作った魔道具のおかげとも聞いておりますから」

 ユウヒはリーヴェンの視線を、周囲の散らかり具合に対する不満の視線だと思ったようであるが、実際は周囲に溢れる尋常ではない活性魔力に驚いていただけであった。その魔力の理由もすでに聞いていたのか、彼の浮かべる笑みは非常に好意的なものである。


「誰が・・・風の精霊か」


「はい、とても楽しそうに語って行かれました」

 しかし、そんなリーヴェンの笑みにホッとしながらも嫌な予感を感じたユウヒは、リーヴェンの背後にほくそ笑む一対の風の精霊を幻視して頭を抱えた。事実リーヴェンは風の精霊から話を聞いたらしく、小首を傾げながらも楽しそうに微笑んでその時の事を思い出している様だ。


「それで、あれがその魔道具ですか」


「おう、試行錯誤しながら作ったから全部作りが違うけどな」

 リーヴェンの楽しげな表情に、何とも言えない複雑な感情の籠った皺を眉間に寄せていたユウヒは、ベンチで塊になって寝ている精霊達に目を向け癒されると、魔力活性化装置にゆっくりと近づいていくリーヴェンの質問に答えながら、その後を同じ速さで続いて歩く。


 興味深げなリーヴェンにユウヒが語るように、溢れる妄想が形となった魔力活性化装置は、その一つ一つが異なる形をしていた。一つはユウヒ曰く一号機のドラム缶タイプ、二つ目は大きな箱から二つの煙突が真っ直ぐ上に飛び出た二気筒タイプ、三つめはドラム缶タイプを何倍にも大型化した様な円柱型。


「なるほどそれで一つ一つ形が違うのですね、まるで噴水の様に魔力が溢れるのを感じます。実に興味深いですな」

 ユウヒがリーヴェンに説明する物の他にも作りかけの物がある様だが、それらはまとめて一か所に積み上げられており何が何だかわからないオブジェとなっている。そんなオブジェの脇を通り完成している活性化装置を見上げたリーヴェンは、少年のように好奇心溢れる瞳でそれらを見詰めると、装置から間欠泉の如く噴き出す魔力に目を輝かせていた。


「わかんの?」


「はは、これでもエルフですから」

 しかしその間欠泉の様に噴き出す魔力の光は普通の人には見えず、ユウヒのように特殊な目を持っていないと視認する事は出来ない。実際、精霊を見ることが出来るリーヴェンでも、魔力の濃い部分以外は見えずに残りは触感の様に肌で感じるだけである。


「ふぅん・・・あ、そうだリーヴェンさん」


「はい?」

 ユウヒの問いかけに答えた後も、じっと活性化装置に目を向け続けるリーヴェンの妙に嬉しそうな姿に、ユウヒは不思議そうな表情と声を漏らして自分も活性化装置から溢れる魔力の光に目を向けた。しかしすぐに何か思い出したような表情で小さな声を漏らすと、いつも以上に優しい笑顔のリーヴェンに声をかける。


「実は教えてほしい事があるんだよ」

 どうやらユウヒは教えてほしい事があったらしく、きょとんとした表情で振り返ったリーヴェンに、少しだけ申し訳なさそうな苦笑を浮かべて見せた。


「なんでしょうか、私でお役にたてるのであれば何なりと・・・あといつになったら愛称で呼んでいただけるのでしょうか?」


「はは、それはまぁそのうちな」

 そんなユウヒの表情に柔らかい笑みで返したリーヴェンであるが、未だにユウヒが自分の事を愛称で呼んでくれない事には些か不満がある様で、そんな感情の透けて見える彼の表情と言葉にユウヒは何とも言えないと言った苦笑いで応える。ユウヒにとって、年齢的にも立場的にも遥か上を行くリーヴェンを愛称で呼ぶのは、中々にハードルが高いようだ。


「そうですか・・・それで聞きたい事とは?」

 いつもと違う何処か子供っぽい表情を見せるリーヴェンであったが、そんな表情も束の間、いつもの落ち着いた笑みを浮かべ直すとユウヒに目を向け小首をかしげる。


「実は山岳地帯の世界樹について知りたいんだよ。平原は全部なくなったらしいけど、山岳地帯にはまだあるんだろ?」

 ユウヒの聞きたかった事とは、昨夜母樹から聞いた山岳地帯で僅かに感じる世界樹の魔力についてであった。母樹はそこから魔力の気配を感じると言うだけで、正確な場所を知っているわけではなく、その為ユウヒはその辺の事情にも詳しそうなリーヴェンを頼った様である。


「山岳地帯と言えば魔王領の事でしょうが・・・それは母樹様から?」

 リーヴェンが淀みなく応えた様に、この世界で山岳地帯と言えば魔王領の事であった。様々な種族が存在する魔族は、平地の少ない代わりに切り立った山々が複雑に乱立する広大な山岳地帯を主な住処としている。


「そそ、山岳地からまだ微弱に世界樹の気配を感じるってさ」


「・・・であれば、それは魔王の城にあると言われる巨大な世界樹の事でしょう」


「魔王の城?」

 ユウヒがそんな質問をする理由が母樹のお告げだと分かるなり、不思議そうな表情を納得した様に緩めるリーヴェンは、いつもの笑みを浮かべ直すとユウヒの知りたい世界樹の所在をすぐに答え、その答えにユウヒは少し驚いたような声で聞き返す。


「はい、山間部に作られた魔王の城とその眼下に広がる広大な都を、纏めて魔都デュロセアと言うのですが、その魔王城の中央に聳えている世界樹は世界最古の樹と言われ有名なのです」


「あぁ、じゃそれだな」

 単純に魔王と言うワードに反応しただけのユウヒは、さらに魔都と言う言葉に興味を惹かれつつリーヴェンの説明を聞き、その世界樹が世界最古と言われていると聞いた時点で、その世界樹が母樹の言っていた世界樹であると確信する。


「しかしなるほど、封印されたとは聞いていましたが生きてらっしゃるのですね」


「封印?」

 リーヴェンが場所を知っていた事でホッとしたのも束の間、腕を組んで複雑な表情を浮かべるリーヴェンの呟きに動きを止めるユウヒ。彼の口から飛び出した不穏な言葉に嫌な予感を感じたユウヒは、その予感が勘違いであってほしいようにリーヴェンの瞳をじっと見つめる。


「はい。今は滅びてしまったとある国の勇者が、数年前に聖剣で封印したと聞いています」


「なんでまた・・・」

 しかしユウヒの現実逃避とも言える願いは、困った様な笑みを浮かべたリーヴェンの言葉で脆くも崩れ去るのだった。しかもその説明に出てくる名称とその名に似つかわしく無い行為に、ユウヒは複雑な表情で背中を丸める。


「それが・・・その国は所謂宗教国なのですが、曰く魔王国の世界樹は呪われていて、平原の世界樹が枯れたのはその呪いが原因であるとして・・・」

 物語の勇者と言えば英雄譚の華と言っても過言ではない、と本気で信じているほどユウヒの心は綺麗ではないが、世界を支える世界樹を封印した上に国が滅んでいると聞けば流石に呆れると言う物で、しかも事が起きたのが数年前と割と最近な事と時系列が合うことに現実を突きつけられるユウヒ。


「それで封印かぁ・・・ばかだなぁ」

 しかも宗教がらみであり、その内容がどう考えても今まで知り得た内容と違う責任のなすりつけである辺りに、ユウヒはすっかり呆れかえってしまう。


「ええまったくです。その国が亡びたのも怒った魔族の逆襲によるものだそうです」


「・・・」

 さらに滅びた理由も逆襲だと言うのだ。要は、魔族側にとっては気にもしていない弱者に難癖をつけられ噛みつかれたわけで、しかもそれが致命傷だったとあれば滅ぼされても文句は言えないだろうと、ユウヒは会ったことも無い魔族を憐み閉口してしまう。


「ユウヒ殿?」


「俺、今から魔王国に行ってくるわ」


「は?」

 母樹の話や利点、またリーヴェンから聞いた内容で特に手を差し伸べて問題は無いと判断したユウヒは、真剣な表情で何事か考え始める。その姿に訝しげな表情で声をかけたリーヴェンは、すぐに返ってきたユウヒの言葉を聞き、思わず呆けた声を漏らすのであった。





 それから小一時間後、ハラリアの集落にうっすらと日の光が差し込み始め、早起きな者ならそろそろ目を開き始める時間。未だにすやすやと眠る精霊達から少し離れた場所には、簡易的な会議の場が設けられ、


「で? ユウヒ殿どういう事かの?」

 集まった者の視線が集まる中、ユウヒは牙を剥いたウォボルに至近距離から睨まれていた。


「なんで俺此処にいるんだ? なぁユウヒ、今度は何する気だ?」

 早朝から起こされ急遽この場に集められたのは、彼らを呼んだリーヴェン、ハラリアの代表としてウォボル、ユウヒ側の世界代表と言う事でユウヒの一声で連れてこられた不安そうなクマ、さらに基人族の代表としてカデリア姫と護衛騎士の二人。


「おう、ちょっと圧がきついのだが」

 不安そうなクマに手を上げて応えつつ、眼前に迫る狼顔からの圧力に苦笑いを浮かべるユウヒ。


「ええからきりきり話さんか、なんでまたこの時期に魔王国へ行くんじゃ」


「なんだと!?」

 しかしそんなユウヒの言葉も、朝から叩き起こされた上にとんでもない内容を聞いた側には意味をなさず、呼ばれた理由を知らない勝気な護衛騎士の女性に至っては、驚きの声と共に腰の剣に手を添え出す始末。


「ん?・・・・・・は!? 魔王は二人も入らないからカチコミ「ねぇよ!」ですよねー」

 ウォボルの言葉にすぐ反応を示した面々と違い、魔王と言う言葉にそれほど馴染みのないクマは、眠たそうな顔でしばし何かを考えていたかと思うと、突然真面目な顔で声を上げてユウヒからツッコミを受ける。


「クマ、まだ寝ぼけてんだろ」


「当たり前だ、何時だと思ってんだよ・・・まぁ俺も何時か分からないけど」

 ユウヒのツッコミで再度眠たそうな顔に戻ったクマは、ユウヒの言葉に悪態を付きながら、日本ではいつも腕時計を付けている左手首に目をやりながら肩を竦めて見せるのだった。


「こっち時計ないもんなって、いやこわいこわい」

 周囲の空気を和ませたいユウヒの思惑に巻き込まれて雑談を交わすクマであったが、その効果は薄かった様で、両肩を大きく毛深い手で鷲掴みにされたユウヒは、今にも頭から丸齧りにしそうな表情で睨みつけてくるウォボルに頬を引きつかせる。


「ウォボル殿・・・」


「うむぅ・・・で、なんでなんじゃ?」

 周囲が苦笑を浮かべる中、語気に僅かな鋭さをにじませたリーヴェンの声に気が付いたウォボルは、振り返った先で光るエルフの長の瞳を見詰めると、決まりの悪そうな声を洩らしながら椅子に座り、だいぶ勢いのなくなった視線でユウヒを睨み問う。


「魔王の城に世界樹があるって聞いてさ、ちょっと視てこようかと」


「あれか・・・」

 急遽招集められた際に、ユウヒが魔王領に行こうとしているとだけ聞き齧っていたウォボルは、ほっとした表情で理由を話すユウヒの言葉に目を細めると、肩から力を抜いて小さく呟く。


 ウォボル以外の者達もユウヒの言っている対象を思い浮かべると、それぞれに違った表情を浮かべている。唯一クマだけは未だに疑問顔で周囲を見渡していた。


「封印されてるらしいからな、出来そうなら封印も解いてこようかと」


「なんだと!? 貴様正気か!」

 険しい表情で見つめて来るウォボルに続きを説明するユウヒを、何事か察したクマがその目をじっとりしたものへ変質させていると、突然カデリアの後ろに控えていた勝気な女性騎士が腰に佩いた西洋剣を強く握りしめながら怒気をはらんだ声を上げる。


「へ?」

 気を回していなかった場所から上がった突然の声に、きょとんとした表情を浮かべたユウヒ。


「あの樹のせいで平原の民の世界樹は枯れたのだぞ! やはり貴様魔族の手先だった「だまりなさい!」ひ、姫!?」

 今にも切り掛かってきそうな女性騎士に驚いた表情を浮かべるユウヒの隣では、呆れ顔のクマが二人の間で視線を彷徨わせながら、足元に転がっていた角材をそっと足で引き寄せ、またリーヴェンも笑みに冷たいものを滲ませながら彼女を見据えていた。しかし、彼女をいち早く止めたのは彼等ではなく基人族の姫であるカデリアであった。


「あなたはもう少し物事を知るべきですね」


「すみません。しっかり教えておきます」


「え? 何がですか、あの樹は世界樹ではなく魔樹だと・・・ちがうの?」

 カデリアからキツイ言葉と視線で睨まれた女性騎士は、あまりの驚きに目を白黒させるも、彼女を擁護する者は居らず、その事で自分の知識におかしなところがあるのかと不安になり語気が弱まっていく。


「亡国の嘘を信じきっているとは思わなかったけど・・・はぁ」

 勝気な女性騎士の同僚である女性は、呆れた感情隠すことなく深い溜息吐くと、彼女の腕を取りその場を離れていく。そんな二人を確認したカデリアは、心底申し訳なさそうな視線をユウヒに向けると小さく頭を下げ謝罪し、その謝罪にユウヒは声なく表情だけで謝罪を受け入れるのだった。


「えーっと、それでこの後魔王国まで行ってくるので、その間うちのをよろしくと言う話です」


「そんな急にですか・・・封印の解除については我が国としても賛成ですが、いったい何が」

 謝罪を受け入れた後も申し訳なさそうに眉を寄せ続けるカデリアに苦笑を浮かべるユウヒは、とりあえず残りを簡潔にまとめる。その説明を聞き終えたカデリアは、何よりも先にユウヒの行動に異議が無い事を伝えると、疑問と不安が浮かぶ顔でユウヒに問いかけた。


「・・・おまえあれだろ、また大事に首突っ込んだだろ」


「・・・なぜわかったし」

 最終的な理由は世界の救済の為となるのだが、そのことを説明すると過程も説明しなければならず、なんと説明したらいいかと、先ほどから浮かべる苦笑を顔に張り付けたまま無言で悩むユウヒ。一方、ユウヒをジト目で眺めていたクマは、すべてを察した様に小さな溜息を漏らすと呆れた様に問いかけ、その問いかけにユウヒはびくりと肩を跳ねさせクマを見詰める。


「わからいでか、この天然トラブルクリエイターめ」


「えぇー」

 驚くユウヒの顔を目にしたクマの表情は、どこかの有名なスナギツネの如く顰められ、その口からはどこまでも呆れた声が零れだす。その声に対して不満そうな声を出すユウヒであるが、その不満は一切聞かぬと言った顔でユウヒに視線をぶつけ続けるクマ。


「母樹様曰く、まだ魔王国の世界樹は生きているとの事です」


「! ・・・なるほどの」

 対照的な表情で見つめ合うユウヒとクマに目を向けていたウォボルは、隣のリーヴェンから告げられた内容に目を見開くと、納得した様に頷くと同時に困った様に肩を竦めてユウヒに目を向ける。


「と言うわけで、昨日のうちにいろいろ作っておいたから何かあったら遠慮なく使ってくれ」

 ウォボルからの怒気が完全に消えた事を感じたユウヒは、笑みを浮かべ作業場と化した世界樹の足元の一角に積まれた大量の製作物に手を向け、周囲の視線を誘導し微笑む。同規格の陶器製容器や、粉薬の入ったと思われる紙の包、何処かのバランス栄養食の様な形の食料が包まれたレジ袋、その山の様な物資に周囲には何とも言えない空気が流れる。


「山の様な物資だがありゃ・・・錬金的なやつか?」


「戦士の必需品な回復薬っぽいのや、エルフの味方な魔力回復薬などなどだな。あと、姉さん達に説明よろしく」

 それらがなんなのか察したクマは、認めたく無さそうに問いかけるも、その予想は正しかったようだ。そんな正しい予想を成したクマに笑みを浮かべたユウヒは、ついでにと言った軽い調子でパフェ達への説明をクマに任せる。


「・・・・・・全力で逃げたい。絶対また荒れるだろ」


「任せた!」

 お願いではなく完全にクマへと放棄したユウヒは、輝かんばかりの笑顔で説明をクマに押し付けると、絶望で背中を丸めるクマを後目にいそいそと魔王領に向かうための支度を始めるのだった。


「はぁ、せめてルカちゃんには直接言ってから行けよな」


「あぁまぁ・・・その方がいいか」

 急いで出かけなければ面倒事が増えると、いつも通りの勘が警告を発していることで機敏な動きで支度を進めるユウヒに、まだ早朝にもかかわらず疲れ切った表情のクマは顔を上げると、せめて妹にだけは直接説明しろと最後の気力を振り絞って念押しする。





 自称ユウヒの親友はその妹にも優しいようで、クマからの念押しに感謝しつつ支度を勧めたユウヒは、魔法の力で巧みに音を操り、眠っていたルカだけを起こして呼び出すことに成功していた。


「と言うわけで、お兄ちゃんはちょっと魔王の城まで冒険に行ってくるから。良い子でお留守番していてくれ」


「お兄ちゃん・・・病気再発したの?」

 出かける旨とどこに出かけるかを簡単に説明したユウヒは、起き抜けで眠たそうなルカに親指を立てて見せながら精一杯に爽やかな笑みを浮かべていたのだが、その笑みに対するルカの反応は非常に冷めたものである。いや、正確には心底心配そうな顔だ。


「ひどい言われようだな・・・」


「だって・・・」

 ユウヒの黒歴史をその目で見て来た妹からの、なんとも辛辣な言葉に思わず胸を押さえて仰け反るユウヒ。


「はぁ、俺の病気を心配するより早くその足を完治させてくれ」


「それは、うん」

 仰け反った背中を気力で戻したユウヒは背中を丸めて溜息を一つ吐くと、少しだけ居心地悪そうに見上げてくるルカに困った様な表情で微笑み、まだ包帯が巻かれた彼女の足を見詰める。


 本当であれば魔法ですぐに治してあげたいユウヒであるが、人体に対する治癒魔法の経験が無い事と、魔法の制御に不安がある以上下手に手を出すことなど出来ない。慎重すぎると思われるかもしれないが、それだけユウヒにとってルカは大切な妹なのである。


「なるべく急ぐから、な?」

 普段自分に見せる表情と変わらない兄の姿に、ルカはじっとユウヒの顔を見詰め、見詰められているユウヒは彼女が何を考えて見詰め返してくるのかわからず、笑みの中に困惑が混じっていく。


「一応万が一のことを考えていろいろ手は打っておいたから」

 自分の姿を映すルカの瞳を見つめ返しながら、彼女の考えを不安や心配であると予想したユウヒは、もう一度彼女を安心させるように声をかける。


「て? わぷ!?」


「心配すんな、ちゃんと帰ってくるから。そしたら一緒に家に帰ろう。な?」

 それでも彼女の表情はそれほど変わらず、むしろユウヒの打った手と言うものの見当が付かないのか首を傾げ始め。そんな彼女の頭に手を乗せたユウヒは、少し乱暴にその頭を撫でる。


「・・・うん、いってらっしゃい」


「おう、行ってくる」

 少し荒っぽく撫でるユウヒの手に頬を綻ばせたルカは、離れていく大きな手に名残惜しそうな表情を浮かべながら、しかしすぐに明るい笑みを作ると背を向けた兄を元気な声で見送るのであった。


「・・・なでられたの、久しぶりだな」

 文字通り飛び立っていった兄を見送ったルカは、先ほどまでユウヒの手で乱雑に撫でられ乱れてしまった頭に手を置くと、頬だけでなく口元を緩く綻ばせ小さく呟く。その顔は先ほどまで作っていた元気な笑顔と違い、心の底から嬉しそうな笑みであふれており、その事を自覚したルカは急激にその顔を赤くするのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 エルフと獣人の多くが住む深い森、基人族が住む広い平原、そして魔族が住む広さだけなら最も広いが起伏の激しい山岳地帯に触れるお話でした。どうやらユウヒは魔王の城に向かうようですが、果たしてそこでは何が待っているのか、お楽しみに。


 それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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