第六十八話 彼の知らぬ場所で
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させていただきます。休憩や暇のお供に楽しんで頂ければ幸いです。
『彼の知らぬ場所で』
異世界から日本へ、そして怪しい女性の光に目を焼かれ、トレビ庵で美女擬きに襲われながら多額の報酬を受けたっとユウヒは、気温がようやく下がり始める時間帯の住宅街を家に向かって一人歩いていた。
「母さん、何回目だよ・・・」
そんなユウヒは、急に立ち止るとポケットの中からスマホを取り出し操作を始め、とある画面にたどり着くとめんどくさそうに眉を寄せる。
「母の愛が重い・・・まぁ良い事なのかもしれないがたまに狂気を感じるなって、また・・・」
普段家以外ではスマホの着信音や振動機能の一切を切っているユウヒは、ふと忍者達を呼んだ時に見た画面を思い出し、なんとなしにスマホのメール画面を開いたのだった。そこには、ユウヒが日本に戻ってきた直後と思われる時間から、数十分間隔で母からメールが送られてきており、その間隔は次第に短くなってきている様で今も新たなメールが送られてきていた。
「母さん? もうそこまで来てるんだから、何回もメールしなくて・・・解ってんならするなよ」
内容は非常に短い文章であり、時間が経過するにつれさらに短くなっており、どうでもいい内容のメールに溜息を吐いたユウヒは、今もスマホを弄っているであろう母に電話を掛ける。
どうやら電話口の向こうで楽しげな声で話す明華曰く、暇だったから悪戯していたそうで、ユウヒが気が付かない事も、どこにいるかも何をしているのかもその異常な勘で想定済みであったらしい。
「はいはい・・・てか俺がこっちに戻ってるってよくわかるよなぁ」
いつもの甘える様な話し方で話す母の、早く帰ってきてと言う言葉におざなりな返事を返したユウヒは、電話を切るとすでに屋根が見えている自宅へと目を向けると、自分の事は棚に上げて母の異常な勘に首を傾げるのであった。
そんなユウヒから遠く世界の壁を越えた場所では、とある女性が焼け焦げたエルフの集落跡地に建てられたテントの中で、椅子に座り重い空気を吐いている。
「姫」
「何かわかりましたか?」
何度目かの溜息を吐いたその女性は、テントにそっと入ってきた鎧姿の女性に目を向けると期待と不安が混ざった表情を浮かべ、少し急かす様に問いかけた。
「はい、やはりエルフも獣人も一度たりと戦闘を行わず里を去った様です」
「では、皆さん無事ということですね?」
どうやら鎧姿の女性はエルフの里やその周囲で戦闘の痕跡を調べた様で、その調査の結果エルフ達はほとんど戦闘を行わずに退却したと推測される様だ。
「はい、多少の怪我はあるかもしれませんが死者はいないと思われます」
「良かった。・・・それで、皆さんはどこへ?」
撤退時に遅延の為ある程度の戦闘を行ったようだが、戦死者が居ないと言う言葉を聞いた姫と呼ばれる女性は、ほっとした表情を浮かべると感情のままに浮いていた腰をそっと椅子に下ろす。
「ハラリアに向かったと思われます。ハラリアに向かう森の道のいたるところに罠や木の柵などが設置されていましたから」
姫の問いかけに対して、鎧姿の女性は即座に予想されるエルフ達の動向を話しはじめる。ユウヒがリーヴェンや母樹から聞いた通り、彼女が見て来たハラリア方面に続く道には木の柵や罠などが多数設置されており、少数で移動するにも支障があるその道は現在、とても集団で移動できる様な状態ではなかった。
「ハラリアですか・・・向かいましょう」
「危険と・・・言っても行くのでしょうね。あなたはまったく・・・はぁ」
ハラリアと言う言葉に少し表情を曇らせた姫は、すぐに顔を上げると真剣な表情でハラリアに向かうと口にし、その言葉に鎧姿の女性は顔を顰めるもすぐに呆れた様に肩を竦め溜息を漏らす。
「ふふ、私の性格は解っているでしょ?」
「ええ存じておりますとも、では明朝出立できるように準備いたします」
彼女は目の前のお姫様と付き合いが長いようで、その性格も熟知しているのか、くすくすと楽しそうに笑う姫の姿に苦笑を浮かべた女性は、優しげに目を細めるとすぐに背筋を伸ばすし、準備すると言ってそのままテントから出ていく。
「お願いします。・・・貴族派は何を考えているのでしょうか、人族だけでこの窮地を乗り越えて行けるわけがないのに」
女性の出て行ったテントの入り口に笑みを向けたまま、姫は小さく呟き頭を下げる。しかし再度あげられたその顔に、先ほどまでの笑みはどこにも無く、苦悩の感情が見えるその表情で彼女は深く悩み続けるのであった。
さらに時間は過ぎ、ここは日本のとある料亭の一室。
「待たせたようですまんな」
「うふふ、お忙しいようですわね」
丁度その部屋には一人の男性が入ってきたようで、こぢんまりとした部屋で一人待っていた女性に詫びを入れながら、少し荒っぽい足取りで対面に用意された座椅子に腰を下ろす。
「無駄に忙しいだけだがな、それで早速だが・・・ん」
席に座り草臥れた表情を浮かべる男性の対面に座っているのは、美女にしか見えないと定評のあるじぇにふぁーで、くすくすと笑う彼女の姿にジト目を向けているのは、忙しいスケジュールを前倒しさせて時間を作ってきた石木防衛大臣である。
「・・・」
「ふふ、これが今上がっている情報と、補足に予測ですわ」
「読ませてもらう」
席について早々じぇにふぁーから酒を注がれた石木は、おちょこの中身を一気に飲み干して一息入れると視線で本題を要求し、そんな石木の姿に笑みを絶やさないじぇにふぁーは、あらかじめ開けられていたテーブルの上にクリップで留められた書類の束をそっと置く。
テーブルに置かれた書類はそれなりの量があったことで、石木がそれを読み終わるのには十数分ほどの時間を要した。
「・・・なるほどな、これでは自衛隊の装備は持ち込めんわけだ。バラして運んでも・・・むぅ」
「あとはその補足も彼からの情報よぉん」
石木が書類を読み終わるまでの間、一人手酌でお酒を楽しんでいたじぇにふぁーは、呆れと疲れを多分に含んだしかめっ面が上がるのを確認すると、手に持っていたおちょこを置いて石木の目を見詰め話し出す。
「協力者か・・・まさか忍者の知り合いたぁ思わなかったが」
予想以上に進められていた調査報告書の内容と、じぇにふぁーの言葉を聞き感心した様に呟く石木は、協力者と言う人間が忍者との繋ぎも担っていることが書かれた書類に視線を落とすと、謎の人物に対してより興味を持ったようだ。
「あ、そう言えばさっさと登録しないといつまでそのサイトがあるか分からないって言ってたわよ? あと忍者さんどうする?」
「・・・このあとすぐに言っとく。それでおめぇさんの目から見てどうだった? その忍者」
書類にどんな内容が書かれているのか分からないものの、じぇにふぁーの言葉に顎を扱いて口元を歪めた石木は一つ頷いてそう呟くと、じぇにふぁーの目をじっと見詰め、今度は忍者について聞き始める。
「そぉねぇ・・・あれはヤル時はさくっとヤル気配ね、普段はふざけているけどあんな人間が今の日本に転がっているとは思わなかったわぁん」
「おいおい、危険人物かよ」
じぇにふぁーの感じた印象について聞いた石木であったが、彼女の話す内容に思わず目を見開くと、頭を掻いて座椅子の背凭れにもたれかかり、ため息交じりの声で悪態をつく。
「そういうんじゃないのよ、物語に出てくるような忍者が本当に実在していたらあんな気配なのかもしれないわね」
「ほぅ・・・お前さんにしては高評価ってところか、異世界で活動は出来そうか?」
そんな石木に、じぇにふぁーはテーブルの上で手を交差させて橋を作ると、指で出来た橋の上に顎を乗せ目を細めて見せ、感じたままの感想を口にする。そんな彼女の、どこか野性味を感じる目に何か感じ取った石木は感心した様に呟くと、興味深げな表情で彼女同様に身を乗り出す。
「それは問題ないでしょう。持ち込み出来る範囲内で強力な武装も可能だそうだし、でもその辺はある程度擁護してくれるならって言ってたわね」
「武装・・・本当に大丈夫かよ」
身を乗り出したまま話し合う二人の表情は常に対照的なもので、笑みを絶やさないじぇにふぁーに対して石木は常に渋みがかった顔のままである。しかし次の言葉で石木の表情は少し変わり始める。
「知ってたいっちゃん? 異世界には魔法が実在するらしいわよ?」
「おいおいマジか! それは、いや・・・そいじゃ裸一貫で向かわせるのは危険すぎるな、魔法ってのはどんなもんなんだ? その情報はどこから?」
それは書類にも載せていなかった不確定情報である【魔法】について触れた瞬間からであった。
漫画やアニメを見る時間が無いと嘆く石木の言葉からわかる様に、彼はファンタジーなどの世界に一定以上の興味がある、所謂サブカルチャーな世界の住人なのだ。そんな世界の住人が、魔法が実在すると聞けば乗り出していた体をさらに乗り出してしまうのは自明の理である。しかし同時に彼は多数の人間の命を預かる立場にある為、すぐにその思考は仕事の方へとシフトさせていく。
「いやぁんがっつきすぎぃん」
「おいおい勘弁してくれよ」
真剣な表情で考え込み始めた石木は、すぐに身を乗り出しさらなる情報をじぇにふぁーに求めるも、そんな石木にじぇにふぁーは身を守る様に自分を抱きしめると、ゆらゆらと科を作りわざとらしくお茶らけて見せる。
「そっちがもっといろいろ協力してくれるなら、詳しい人や実物を目にできるかもよぉ?」
真剣な話の途中にも関わらずお茶らけて見せるじぇにふぁーに、引き攣った様な苦笑いを浮かべる石木は、すっと目を細めて微笑を浮かべた彼女の目の奥で揺れる怪しい色に、背筋をわずかに強張らせた。
「まさか・・・異世界人が情報源とか言わねぇよな? 向こうからこっちに入ってくるんじゃねぇかって問題になってんだぞ?」
何故なら、彼女がこういった目をするときは、大抵何か大きな事態が起きていると言う事を、彼は長い付き合いの中でよくわかっているからである。それ故、現在問題となっていることが脳裏を過って不安そうな表情で呟く石木。
「違うわよ、この間の言ってた子の事・・・本当は気乗りしないんだけどね? あの子を守るためにも国の後ろ盾は悪くないかなって」
そんな石木に対して小さく笑ったじぇにふぁーは、眉を寄せた真剣な表情で話し出すと普段の彼女からは想像できないような鋭い表情で石木を見詰め、その表情に少し驚いたように目を見開いた石木は、
「・・・詳しく教えろ、俺は石橋をしっかり叩く方なんだ」
ニヤリと笑みを浮かべると、じゅにふぁーに顔を近づける様に身を乗り出す。
「良い事ね」
じぇにふぁーもまた石木同様に口元を緩め笑うと、ぐっと身を乗り出し今回の会談で最も重要な話を始めるのであった。
とある料亭の一室で政治家と情報屋が怪しい話をしている頃、
「・・・到着だな」
夏の遅い夜の闇に包まれながらもネオンの光が差し込む繁華街の片隅では、二人の男が突然現れ、片方の男が小さく呟く。
「ああ・・・やっぱり娑婆の空気は良い」
男の呟き声に答えたもう一人の男は、大きく深呼吸すると心底嬉しそうな声を漏らす。
「特にこの国は何もかもが揃っているからな」
「まったくだ、今回の任務を勝ち取れたのは大きいぞ」
何もかもが揃うと口にした男は楽しそうに笑い、深呼吸をしていた男も楽しそうな表情で頷いて、達成感を感じる表情を浮かべる。
「そうだな、先ずは拠点確保、その次は・・・」
互いに欲望で濁った鋭い視線を交わし合いこれからの行動方針を決める二人は、急に黙り込み只々見つめ合ったかと思うと、急に腕を握り込む。
「「アキバ巡り!」」
次の瞬間同じ動作で腕を振り上げた二人の男は、先ほどまでの雰囲気がまるで幻想であったかのような明るい声を上げ、互いに肩を抱き合い歩き出す。
「任務なんて!」
「二の次だー!」
互いに肩を抱いて陽気にネオンとLEDで彩られた光へと消えていく二人の先には、どこかで見た様な電気街独特の空気で満たされており、美少女の書かれた看板を見上げた二人は先ほどまでよりずっと楽しそうにこれからの予定を話し合うのであった。
丁度その頃、自室で寛いでいたユウヒは妙な感覚に頭を上げていた。
「ん? ふむ・・・なんだかいろいろ起こりそうだし、武器の一つも持ち歩いた方がいいかなぁ」
首を傾げたユウヒは勘の向くままに独り言を口にしながら、手に持っていたマグカップを机に置くと椅子を回して机に背を向ける。
「相棒はアミールのところだし、有り合わせで作るとしてやっぱ槍かな」
机に背を向けたユウヒは、異世界を共に旅した特殊な力の籠る肩掛けバッグを見詰めながら、アミールに預けた短槍に思いを馳せ、何か護身用の武器を作ろうかと思案し始めた。
「姉さんたちも絶対何かやるだろうし、おいて来た傷薬以外にも用意は必要か」
ふらりと立ち上がるユウヒはぶつぶつと独り言を続けながらバッグの中身を漁り、いくつかの小瓶を手に取り、未だ異世界に居る友人たちの心配、いや彼女たちが何かやらかさないか心配しだす。
「何かあるかなぁ? あ! お土産渡し忘れたな・・・」
この先何が起きるか想像し、そのために必要な対策を考え始めたユウヒは、ふと異世界に持って行ったお土産を渡し忘れてネムの家に置いたままなことを思い出し、それまで引き締めていた顔から力を抜いて頭を掻く。
「他の人にも何かお土産買っていくか、ここはネタに走ってアキバ土産とか面白そう」
つい先ほどまで物騒な事を考えていたはずのユウヒの頭の中は、あっという間にお土産の事でいっぱいになっていた。
「萌えお菓子に萌えお酒? そうだ、模造刀売ってる店によって妄想を膨らませて・・・向こうに行くのはお昼過ぎくらいになるかな?」
東京の有名な電気街で手に入る一風変わったお土産物をジョークとして異世界に持って行ってみようかと考え始めたユウヒは、そう言えば模造刀を置いてる店もあったかと思い出すと、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる。
「レトルトごはんも持っていくかな、クマには激辛を買っていってやろう」
それから十数分後、机に向かい何やらメモを取っていたユウヒは、日本食やカレーなどの文字が書かれたメモの最後に『いたずら用激辛カレー(クマ用)』と書き込むと鉛筆を置いて満足そうに頷く。
ユウヒの知らぬ場所でユウヒに関わりのありそうなことが次々と起きている中、いつもと変わらない緩い思考で明日の予定を決めているユウヒ。今日の出来事が一体彼にどうかかわってくるのか、それはまだ誰も分からない。
いかがでしたでしょうか?
相変わらずユウヒの波紋は様々なところに影響を与え、また与えられるようで、妙な胸騒ぎを感じるもすぐに別の方へと思考を移したユウヒの明日は何処に・・・。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




