第五十九話 エルフの森炎上 後編
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させていただきます。一日のちょっとした一笑程度に楽しんで頂ければ幸いです。
『エルフの森炎上 後編』
森が燃えていた。今ではその火も小さくなってはいるが、痛々しく表面が焼け焦げ炭化した樹木や焼け崩れた建物を見る限り、どれだけ激しく燃えていたかがよくわかる。
「ふはははは! 所詮エルフなんぞ獣人と変わらん火を畏れ逃げ惑う獣よ! そんな下等生物が世界樹の独占なぞ考えるからこうなるのだ!」
「全くでございますな!」
そんな火が燻る森の中、薄い光の膜に覆われ煙も熱も通さない天幕の前には、大きく出っ張ったお腹を揺らしながら大笑いをする男の姿があった。またその男の隣には、笑う男の言葉を肯定し続ける男が、細い体の背を丸めながら顔に愛想笑いを張り付けている。
「ゴーバンの爺は頑なに森攻めを反対していたが、蓋を開ければこの呆気なさだ。まったく笑いが止まらんわ!」
彼らの会話を聞く限り、森を火で焼いた元凶は彼らの様で、その事を誇る様に鼻を鳴らした男は、抑えられない笑い声を盛大に漏らすと波打つように腹を揺らす。
「さようですなぁ・・・それで、すべて切り出してしまってよろしいのですよね?」
「当たり前だ! これだけ大きな森なのだぞ? きっと他にも世界樹があるに違いない、さっさと切って次を見つけなければ、ほかの者にすぐ横取りされてしまう」
腹を揺らしながら機嫌よく笑う男に、細めた目を向けながら機嫌を取っていた男は、僅かに口元を引き締めると確認するように問いかける。どうやら彼らの目的は世界樹の切り出しらしく、強い語調で話し始めた大きな腹の男は、鼻息荒く語り出すと周囲に目を向けながら大げさに嘆いて見せた。
「そうですな、この辺りは業突張りばかりです。やはり聡明なサーキス子爵は考え方が先見的でございます」
「そうであろうそうである! ふはははは!」
細身の男は嬉しそうに口元を緩めるとサーキスと呼ばれた男を称えはじめ、その言葉にサーキスは機嫌よさ気に笑うと顎の下にたっぷりと付いた脂肪を波打たせる。
「・・・なんということを」
周囲の人間から様々な視線を受けながらも、気にせず高笑いを続ける二人の男の背後、テントの影から一人の女性が姿を現す。金属鎧姿の人間を引き連れた彼女は、身に纏う急所周りのみを覆う軽鎧から小さな金属音を鳴らすと、表面が焼けた世界樹を見上げながら小さな呟きを洩らす。
「ん? おお! これは姫様、このような下賤な場所までいらっしゃるとは、すぐに寛げる場所をご用意いたしますのでしばしお待ちを・・・さっさと切り開け! モタモタするな!」
背後から聞こえた声と金属のぶつかり合う音に振り返ったサーキスは、声の主をその視界に入れると大きく目を見開き輝かせる。どうやら軽鎧の女性はお姫様らしく、恭しく頭を下げたサーキスは、女性を上目づかいで見詰めると後ろを振り返り周囲の人間に大きな声で指示を出す。
「・・・遅かったのでしょうか」
細身の男を引き連れ足音荒くサーキスがその場を後にすると、押し黙っていた女性は世界樹を見上げたまま悲痛な表情を浮かべ呟く。
「姫、エルフの死体も獣人の死体も見当たりません。お気を確かに御持ちください」
「しかし、世界樹が・・・」
そんな彼女に、露出の極めて少ない鎧を着こんだ人物が気遣わしげに声をかける。フェイスカバーが下ろされ口元しか見えない人物はその声から女性の様で、そんな気遣う彼女に対して姫と呼ばれた女性は振り返り今にも泣きそうな声を洩らす。
「あのエルフ達がただ世界樹を捨てるとは思えません。きっと何かあるのでしょう」
「そうだとしても・・・私がここまで来た本来の目的は、もう・・・」
騎士然とした鎧姿の女性は、お姫様の手をそっと取り優しく包み込むと元気づける様に声をかける。その声に俯き気味であった顔を上げた姫は、僅かに荒げた声を尻すぼみに小さくしていき、最初と同じように俯いてしまう。
「・・・」
姫と呼ばれた女性の周囲を固める同じ鎧姿の人間達は、落胆する彼女にフェイスカバーの奥から優しい視線を送ると、大きな声で兵士たちに指示を出すサーキス子爵を、同じくフェイスカバーの下から射抜かんばかり睨み付けるのだった。
エルフの里を襲い世界樹を奪った基人族達が荒ぶる森のさらに奥、大きな獣人の集落であるハラリア上空には、風の精霊を伴ったユウヒの姿があった。
「お? 何か集まってるな」
目を輝かせながらユウヒの周囲を飛ぶ風の精霊達に、ささくれた心を癒されていたユウヒは、眼下に広がるハラリアその門の内側近くに見知った細長い耳を見つける。
「あそこに着地でいいか」
複数のエルフと獣人が集まる中央には、これまた見知ったエルフの姿を確認し、その場で腕を組み何やら思案顔を浮かべたユウヒは、周囲で同じポーズをとって笑う精霊達に一つ手を振ると、風の精霊達に見送られながら見知ったエルフの下へと急降下を開始するのだった。
「ん? あれは・・・」
一方、某ユウヒのよく見知ったエルフは、周囲の精霊が騒がしい事に気が付き顔を上げると、上空から急速に近づいてくる影に気が付き小さく声を洩らす。
「到着!」
「やはりユウヒ殿でしたか」
空を見上げる彼の視線を追う様に空を見上げた者達が、近づいてくる未確認降下物体に騒がしくなるも、その騒がしくなり始めた周囲の空気を切り裂くように、ユウヒが降り立つ。
自由落下と言ってもいい速度で降りてきたにもかかわらず、地面に激突することなくふわりと降り立ったユウヒに、周囲が息をのんで静かになる中、ユウヒがロックオンしていた人物であるリーヴェンは、楽しそうな苦笑を浮かべながらユウヒに声をかけるのだった。
「おう、そっちはリーヴェンさんも無事だ「ユウヒさま!」おぶ!?」
『おぶ?』
「あ、ははは」
苦笑を浮かべ近づいてくるリーヴェンに、手を上げながら笑みを浮かべるユウヒ。見た感じ木の葉や埃で汚れてはいるも、大きな怪我が無さそうなリーヴェンの姿に彼がホッとした瞬間、その声と視界を遮る様に小さな影が高速で飛来し、ユウヒの顔面の八割を覆う。
「えぇい顔に張り付くな・・・母樹?」
急に顔に張り付く小さな存在にいくつか心当たりのあるユウヒは、鬱陶し気な声を洩らしながらも、顔に張り付く誰かを優しく摘まんで引き剥がす。しかし目の前の小さな存在は、彼が予想していた者とは少し違ったのか、摘まんで引き剥がしたまま彼女をじっと見詰め首を傾げる。
「はい! あなたの愛する母樹です!」
「縮んだな? 移動する弊害か?」
こことは違う異世界でも良く精霊に張り付かれていたユウヒは、今回も小さな精霊達が悪戯したのかと考えたようだが、じっと見つめた先には本来人間の女性と変わらない背格好である母樹、そのミニチュア版がユウヒに摘ままれた服にだらりと身を任せていたのだ。
予想だにしない姿での再開に、すこし驚いた表情を浮かべたユウヒは、目の前で自分に愛をささやく? 小さな母樹に目を細めると、移動すると言っていた樹の精霊達の言葉を思い出し問いかける。
「まぁそのようなところでしょうか、枝に身を移し運んでもらいましたので、だいぶ小さくならないといけなく、それ以外にもいろいろと森に仕掛けを施しましたので」
彼女曰く、ここまで逃げるのに世界樹の枝に宿りエルフ達に運んでもらったらしい。その際体を小さくしないといけなく、同時に逃げている間にも様々な力を行使した影響で今の姿にまで小さくなったと言う。
「ふむ、力を使い過ぎた感じか」
母樹の説明を聞いて納得した様に頷いたユウヒの目の前で、ユウヒの指から離れふわりと宙に浮く彼女の姿は、現在十センチより少し大きいくらいであるが、エルフの里を出た時はまだ小学生低学年程度の身長はあったと言う。
「そうですね・・・ぁ」
「補給は必要か?」
小さくなった母樹は、ユウヒの言葉に少し寂しげな表情で微笑むと俯き、表情のせいか心なしかその姿が透けているように見えたユウヒは、彼女の小さくなってしまった手をゆるく曲げた人差し指で掬い上げる様に取ると、驚いて顔を上げた彼女の目を見詰めながら問いかける。
「大丈夫なのですか?」
優しさに細められたユウヒの目を見詰め返した母樹は、両手をユウヒの人差し指にのせると、期待と不安の混ざった表情で問い返す。
実際に魔力枯渇気味で不安定な母樹にとってユウヒの申し出は非常にありがたいもので有るのだが、すでに大量の魔力使わせてしまった身としては、彼の提案を手放しで喜ぶことは難しいようだ。
「まぁ枯れるまで要求されなければ?」
「わ、私はそんなはしたなくありません!?」
喜ぶに喜べないと言った感情を察したユウヒは、少しでも空気を軽くしようと思ったのかおどけて返すも、その言葉は精霊的に問題のある言い回しだったようで、顔を真っ赤にした母樹はユウヒの人差し指を爪を立てて握りしめながら言葉で噛みつく。
「そ、そうか・・・それでいろいろと事情を聞きたい感じなんだが、なんで世界樹のある里があんなに燃えることになったんだ?」
「燃えて? ・・・わかりました。一度集会所に集まりますので、道すがら簡単な状況をお話しします」
羞恥で顔を真っ赤にしながら頬をフグの様に膨らませる母樹の勢いに思わず腰の引けたユウヒは、彼女の視線から逃れる様に顔をリーヴェンに向けると、話を変える為気になっていたことについて問いかける。
ユウヒと母樹のやり取りに目尻を緩めていたリーヴェンは、ユウヒの言葉に驚きの表情を浮かべると、何か考え込むように口元を手で隠して目を細め、しかしすぐに顔を上げるとユウヒを招くように体を半身引いて、いつもの爽やかな笑みを浮かべるのだった。
母樹を頭に載せたユウヒが魔力を漏らしながらリーヴェンと情報交換をし、考えていた以上に面倒な現状に気だるげな表情を浮かべている頃、集会所の一番広い部屋には複数の人やエルフに獣人が集まり、ユウヒが聞いた話と同じような内容の話しが交わされていた。
「ひどい・・・」
「そうですね。基人族とは長く戦ってきましたが森に部隊を送り込んでくるとは思いませんでした」
エルフからの報告に、話を聞いた獣人は怒りや悲しみの表情を浮かべ、パフェ達もまた同じように感情を露わにし、この場で一番若いルカは平和な日本では身近に感じることのない恐怖と悲しみに肩を震わせている。そんな彼女の隣には、少し草臥れた神官服姿のエルフ女性が、ルカの震える手にそっと手を乗せて気丈に微笑みかけていた。
「しかし良いのか? その世界樹と言うのは名前からして明らかに重要そうなんだが、放棄してしまって」
「よくはないのですが、母樹様とグランシャの判断ですから・・・向こうに残っていた防衛戦力が心もとなかったのも事実ですし」
エルフの里で何が起きたのか一通り聞いたパフェは、ファンタジー物の定番である世界樹と言う存在を放棄したと言う話に疑問顔で首を傾げる。そんな彼女のストレートな疑問に、騎士団長であるザックは困った様に微笑み、防衛するにも戦力に問題があるためどうあがいても結果はそう変わらないかっただろうと語った。
「なんと言うか、たぶん俺らの影響もあるんだろうなと・・・」
「いえそれは、ただの言い訳になるので」
防衛戦力が少なかった理由の一つに、ユウヒの依頼によりルカ達を探していたことで、里の戦力が分散していたことも関係していたが、そのことに申し訳なさそうな表情を浮かべるクマにザックは首を横に振る。
「しかしだな・・・」
「まぁ責任感じるわよね・・・」
当事者が気にするなと言ったところで、平和な日本で過ごしていた人間にとってはそうもいかないようで、眉を寄せたパフェは唸る様に呟くとその視線をリンゴに向け、視線を感じたリンゴは苦笑を浮かべると肩を竦めて見せた。
「いえ、まだ取り返せばいいだけの話し「やぁ、それが無理そうなんだよザック」・・・グランシャとユウヒ殿」
パフェ達から共通して感じる気遣いの心に、少しだけ心が軽くなった気がしたザック達エルフの里の住民は、互いに視線を交わし合うと微笑む。そんな空気に、ザックは少しだけ元気の出てきた声で取り返せばよいと口にするも、彼の前向きな言葉は部屋に訪れたリーヴェンにより遮られてしまう。
「どうやらすでに切り出されているそうだ」
「・・・」
振り返った先に居た面々に驚いた表情を浮かべたザックは、続くリーヴェンの言葉に声を失ったかのように口を開いたまま動きを止める。
「里も火をかけられてたらしくてね、少なくとも半分くらいが焼失していると思われるんだよ」
「そんな・・・」
ユウヒから齎された情報をまとめたリーヴェンは、ザックの隣に座りながら里の現状について話し続け、その場にいる者は総じて同じような驚きの表情と声を洩らし、それはユウヒの座るスペースをルカの隣に開けたエルフ女性も同様の様で、驚きの声を小さく呟いていた。
「あぁまぁ本当だ。なんせ俺が見て来たからな、アホなのかバカなのか、自分たちでつけた火を制御できてないみたいで、山火事一歩手前だったよ」
予想もしていなかった状況に、エルフ女性と同じように呟いていた流華は表情を歪めると、ユウヒを見上げながら視線だけで真実を問いかけ、そのすがるような視線に困った様な表情を浮かべたユウヒは、小さく頷き状況を簡単に説明する。
「そりゃ両方だな、てかその感じだとそいつらの目的はその世界樹っぽいが、なんでだ?」
何ともやりきれない感情が洩れだすユウヒの言葉に、クマは呆れ顔で両方だと口にすると、同じような考えの者達が目を吊り上げて同意するように頷く。そんな周囲の空気にリーヴェンやザック達騎士団のエルフが苦笑を浮かべる中、クマはまだよくわかっていない世界樹について口にした。
「そりゃまぁ自分たちの世界樹が枯れちまったからさ、魔道具やら薬やら万能と言っても過言じゃない用途があるんだよ世界樹には」
そんなクマの疑問に答えたのは、精霊騎士団一軽い男と定評のあるアブルである。彼は肩を竦めて何でも無い事の様に話だし、世界樹と言う存在がこの世界に住む者にとって一般的にどう言う存在なのかざっくりと説明する。
この世界の世界樹と言う樹は、葉を煎じて飲めば病気にならず、果実を食べればあらゆる病魔を退散せしめ、その枝はどんなに小さなものでも最高級の触媒に、木材は魔法に関わる全ての材料として最高級と、一切捨てるところが無い万能の素材なのだと言う。
「へぇー・・・それで便利な世界樹を使いすぎて枯らしちゃったわけね、それで手元にないなら他人の、エルフの世界樹を奪ってしまえと」
アブルの説明から、万能の樹に訪れるであろう未来を察したリンゴは、確認も含めてアブルにそう問いかけると、肩を竦めて頷く彼の姿を見て納得したように呆れ、今の状況に至った基人族の真実にたどり着く。
「ひどい!」
納得した様に頷くリンゴの言葉に思わず声を上げたのはルカ、彼女の隣で冷静に話を聞くユウヒは、妹をなだめようとするもすでにメロンが彼女の頭を撫でていることに気が付くと、小さく微笑みルカの視線の先に目を向ける。
「だよなぁひどいよなぁ・・・でもくそったれだが現実なんだよ」
その視線の先には大きな柱に背中を預けたアブルが困った様な表情で頷き、そして肩を竦めていた。まるで他人事のようなしぐさを見せる彼であるが、その目の奥には周囲のエルフ同様怒りの色が揺れている。
「最悪の事態はユウヒ殿のおかげで回避できましたが、さてどうしたものか」
「そんなもの一つしかあるまい!」
隠しきれない怒りを僅かに漏らすアブルに微笑みを浮かべたリーヴェンは、今もユウヒの頭の上で魔力供給を受けている母樹に目を向けると、胸の前で腕を組み俯き加減に考え込み始めた。しかしリーヴェンの頭がその思考と共に沈み始めたのも束の間、大きな声によって彼の頭は思考の海に沈むのを止められてしまう。
「え?」
つい先ほどまで閉まっていた襖が勢いよく開き、その向こうから現れた存在に一同が注目する中、ユウヒはきょとんとした表情で大きな人影を見詰めながら小さく声を洩らしたのであった。
いかがでしたでしょうか?
一難去ってさぁそろそろ帰ろうかと言うところに色々と問題が出始めそうな予感がしますが、ユウヒがどのように関わっていくのか、どうぞ楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




