第五十八話 エルフの森炎上 前編
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させていただきます。お暇のお供に楽しんで頂ければ幸いです。
『エルフの森炎上 前編』
日本のとある高層マンションの一室、そこはカーテンが閉め切られモニターから漏れる光だけが部屋を照らしている。そんな部屋の主はだぼだぼのバスローブを身にまとい、多数のモニターが置かれた机の前に・・・四つん這いの姿で床に崩れ落ちていた。
「いつか見破られるとは思っていたけど、まさかお風呂入ってる間に調べ上げられるなんて・・・」
その理由はモニターに映し出されたとある人物の行動記録が原因の様で、映像記録用ドローンと隅に書かれた動画に映るどこからどう見てもユウヒにしか見えない男性を睨みつけた女性は、悔しげな声を洩らして肩を落とす。
「マジで会って話さないと・・・まさかネットで拡散しないよね?」
悔しそうな表情が一転疲れた様な表情へと変わった女性は、気だる気に立ち上がりながら顔を覆う濡れた長い髪を乱暴に掻き上げると、そのまま頭を掻きながら反対の手でマウスを動かし始める。
「不安だ。今日は寝ずにネット監視&自動削除ウィルスを作ってネットに流さないと」
世界中で行われているドームへの様々なアクションに対して、妨害とも言える対抗措置を講じていた彼女は、その穴を突いたようなユウヒの行動に愚痴を零しつつ、探られた内容が瞬く間に拡散されることを恐れモニターに照らされた口を噛みしめるように歪ませた。
「今日はゆっくり寝ようと思ってたのに・・・」
バスローブのまま椅子に座った彼女は、可動式のアームに固定されたモニターの一つを目の前に引き寄せると、残像が残るほどのスピードでキーボードを打ち始める。草臥れた様に呟き脱力したような表情を浮かべる彼女に反して、モニターの中では何かのプログラムが目で追うのも大変な速度で次々と組まれていく。
「あぁ・・・不幸だ」
それはいま彼女が言っていたウィルスプログラムなのか、それとも監視用のプログラムなのか分からないものの、ため息交じりの片手間でそれらの作成ができる辺り、彼女もまたユウヒ同様一般人とは言い難い枠外の人間の様だ。
ユウヒが猫を元の世界に帰すついでに調べ上げたドームの秘密の影響が、一人の女性の美容と健康を脅かした翌日、早朝の生ぬるい空気が風に流される中、彼の姿は天野家の玄関先にあった。
「ユウヒいいな? 迅速に流華を連れて帰ってくるんだぞ!」
「うふふ、ゆっくりしてきなさいって伝えておいてね?」
これから出掛けるのだろうユウヒが、出掛ける直前の持ち物チェックをしていると、彼を見送りに来ていた勇治が若干血走った目で力強くユウヒに声をかけ、その隣では勇治と反対の内容を明華が微笑みながら口にしている。
「流華次第だな」
そんな対照的な二人に、ユウヒは気だる気な表情を浮かべた顔を上げると、同じく覇気を感じない目で二人を見て正論を口にして肩を竦めるのだった。
「気を付けてね?」
「え、なに嫌な予感?」
そんなユウヒが踵を返えそうとした瞬間、なぜか明華は念を押す様に声をかけ、その言葉に肩を震わせたユウヒは首だけ動かし母に神妙な表情を向ける。
「お母さん予報だと曇かしら?」
「なんかまた一波乱あるのかな? まぁいいか、そいじゃ行ってきます」
明華の言葉に僅かな違和感を感じたユウヒの勘はいつも通り冴え渡っているらしく、それ以上に勘の良い明華は、ユウヒの行先に僅かな暗雲が垂れ込めるのを感じているようだ。
「心配だな・・・」
「大丈夫よ、ユウちゃんは私たちの子だもの」
明華の言葉に嫌そうな表情を浮かべながらも、その足をドームの向こうに向けて歩き出すユウヒ。そんな息子の背中を見詰めた勇治は、妻の雰囲気からあまり良く無い未来を感じ取り、小さくなっていくユウヒを見詰める目を心配そうなに細める。一方、ユウヒの未来が曇だと言った張本人は、腰に手を当て胸を張るとニコニコとした表情で息子の背中を見詰めていた。
「・・・そうか、そうだな」
「異世界までは手助けに行けないけど、こっちでうろちょろしている虫くらいは駆除しておきましょ?」
「害虫が最近増えたからなぁ、自分の巣も大変だろうになんで余所にちょっかい出すのか」
隣で微笑む愛妻に、肩から力を抜いた勇治は苦笑を洩らし、続く彼女の言葉に頭を掻くと背中を丸めて怠そうな表情を浮かべる。
「・・・馬鹿なんでしょ」
「・・・」
怠そうな表情に反して愛する息子の為だと無理やり背筋を伸ばしながらも、愚痴が思わず口をついて漏れ出す勇治に、先ほどまでの微笑みとは全く違う剣呑な空気を伴った笑みを浮かべた明華は、短い言葉を残し家の中に戻っていく。振り返り、玄関の奥に消える彼女の背中を見送った勇治は、その背中に何を感じたのか、伸ばした体を僅かに震わせるのだった。
明華が凄味のある笑みを浮かべてから数十分後、両親が何か行動を起こそうとしている事など気付きもしていないユウヒは、すでに使い慣れてしまった経路で路地裏のドーム前にやってきていた。
「さて、名前は決めたし土産も持った。無事スニーキングも・・・うん、完了」
ドームの前で立ち止り、玄関先で行った最終確認を再度行っているユウヒは、合成魔法で作った手提げに居れた荷物を右目で確認すると、背後を振り返り誰もいない事を確認する。
「予定は帰宅準備と魔力の検証作業と持ち出し制限の追加調査だな、おし! レッツ異世界」
指さし確認で周囲に誰もいない事に頷いたユウヒは、一抹の不安を感じつつもこれからの予定を口に出しながら指折り確認し、抜けていく気合を入れ直す様に背筋を伸ばすとドームに向かって歩き出す。
「と、気合を入れてもすぐ着くので感慨も何もないな」
そんな歩みも束の間、次の瞬間にはユウヒの姿は日本から消え、名も無き異世界の大地の上にあった。
「お父様!」
「おうっ!? びっくりした。どした?」
異世界転移と言う奇跡を前にしても何の感慨も浮かばないユウヒが苦笑を浮かべると、そんな苦笑を崩す声が頭上から聞こえ、ユウヒは思わず変な声を洩らして肩を縮める。
「お母様が基人族に襲われたと皆さんが」
「母樹が? どゆこと?」
頭上から木の葉が落ちてくるように降りてきた世界樹の精霊は、不安そうな表情でユウヒの顔を見上げると、焦りを感じる声色で事情を話し、その言葉にユウヒは突然の事できょとんとした表情を浮かべ、周囲に集まっている小さな精霊にも目を向け問いかけた。
<いっぱい人が森に入ってきたの!><エルフの里が燃えてる!><森も燃えてる!>
「母樹は無事なのか?」
周囲の小さな精霊達も世界樹の精霊同様不安そうな表情を浮かべ、必死にユウヒへと説明の為に多数の言葉を飛び交わせる。それらの言葉を纏めていくユウヒは、次第にその表情を普段とは違う鋭く引き締められたものへと変えていく。
<にげるから大丈夫だって!><エルフと一緒ににげるって!><たぶんもう逃げた後だと思うの>
「獣人さんの里に逃げるそうです」
しかしユウヒの心配は杞憂であった様で、彼女たち曰くすでに母樹もエルフの里の住人も逃げた後の様である。彼女たち樹の精霊が騒がしい理由は、主に世界樹周辺の山火事が原因の様だ。
「なるほど・・・逃げる? 世界樹ってもしかして歩けるの?」
「どうなんでしょう?」
母樹の無事にほっとした表情を浮かべたユウヒは、確かに自分たちの家でもある樹木が燃えればこれほどの騒ぎになっても仕方ないかと、周囲で怒ったり泣いたり宙で器用に地団太を踏む精霊達に苦笑を浮かべる。しかしふと何かが脳裏をよぎったユウヒは、その答えを求めて世界樹の精霊である目の前の少女に問いかけるも、その答えは返ってこなかった。
<小さな木にうつってにげるの><私たちといっしょなの>
「ふむ、ようわからん。が、獣人の里と言うとハラリアでいいのか? そこに行けば母樹と合流できるんだな?」
お互いに見つめ合い首を傾げあう親子の疑問に答えたのは、ユウヒの周りで飛んでいた樹の精霊達。どうやら世界樹の精霊も通常の樹の精霊同様に依代を変えることが出来るらしく、しかし世界樹じゃなくても移れるのものなのかと再度首を傾げるユウヒ。しかし今は考える時間じゃないと考えたのか、とりあえず疑問は脇に置いておくことにしたようだ。
≪うん!≫
「おk」
「お父様、お母様をお願いします」
ユウヒの問いかけに対して一斉に頷く小さな精霊達、そんな彼女たちに微笑み頷いたユウヒは、心配そうに見上げてくる世界樹の精霊の小さな頭を一撫でして踵を返す。
「おうっとそうだ」
足に力を入れ駆けだすための力を込めたユウヒは、しかし少し大きな声を洩らすと急激に体から力を抜いて後ろを振り返る。
「?」
「名前決まったぞ、今日からココって呼ばせてもらうな」
急に動きを止めて振り返ったユウヒを不思議そうに見上げた世界樹の精霊、いや『ココ』は、ユウヒの言葉が理解できなかったのか呆けたまま父の顔を見上げ、
「・・・ココ」
「えっと・・・うん、この世界に幸せを呼び込んでくれると思って考えてみた」
しかしじわじわとその表情を驚きに染めて行き、照れた様に頭を掻きながら名前の意味を説明するユウヒの声に目を潤ませていく。
「・・・」
「ど、どうかな?」
潤んだ瞳でじっと見上げてくる少女の視線に、得も言われぬ緊張感を感じたユウヒは、異様なほど静かな空間に不安を掻き立てられた様で思わず沈黙したココに声をかける。
「お父様! 大好き!」
「お、おう・・・」
その瞬間、不安そうなユウヒの目の前で、少女は花開くような笑顔を浮かべ目元から温かい涙を散らすとユウヒの胸に、正確には少々身長が足りずお腹に抱きつき、戸惑うユウヒの鳩尾辺りに頭を何度も擦りつけるのだった。
<ひゅーひゅー><よくやった!><いいぞもっとやれ!><うらやまけしからん!>
「どういう煽りだよ・・・そいじゃいてくるから、ココも気を付けてな」
またココの反応に思わずほっとした表情を浮かべるユウヒの周囲では、数瞬前の静けさが嘘のように騒がしくなり、固唾を飲んでいた様々な精霊達が祝福と冷やかす様な声を上げている。
「・・・はい!」
ユウヒに頭を撫でられたココは、少し名残惜しそうにユウヒから離れると、精霊達に纏わり付かれながら元気に返事を返す。
<わたしたちが守るからだいじょうぶ!><たのまれたから全力!>
「おう、任せた! 【飛翔】」
返事を返したココの周囲では、彼女を守る様なポーズでユウヒに笑顔を見せる精霊達。彼女たちの姿は勇ましいと言うより可愛らしいものであるが、しかし精霊と言う存在を多なり少なりとも理解しているユウヒは、彼女たちの心強さに素の笑みを浮かべ一声かけると、魔法を使い空へ飛び上がる。
「いってらっしゃーい!」
手を振り見送るココと精霊達が見上げる中、ユウヒは青く晴れた空へと、瞬く間に溶けて消えるのであった。
こちらの世界で魔法を使うのにも慣れてきたようで、青い空へとスムーズに上昇することが出来たユウヒです。
「・・・最近子供の名前を付けることが多い気がする。未婚の父とかシャレにならん」
魔法で空を飛ぶことの快感に最近すっかり魅了されてきた今日この頃、同時に名付け親もだいぶ板について来たとも思ってしまい、なんだか良くわからない恐怖が首筋を撫でた気がした。
「火は見えんが、煙の量からみて相当燃やしたな」
良くわからない恐怖を振り払う様に【加速】の魔法を追加して一度母樹の世界樹に向かったのだが、巨大な世界樹の周囲ではいくつかの煙の筋が集合し、まるで噴煙の様に高く大きく立ち上がっていた。
「にしても、森で火を使うとかアホだろ・・・」
飛び上がった瞬間から見えていた白い煙は、空高く伸びると急激にその方向を変えて広く日の光を遮っており、覆いかぶさる影は森をより一層薄暗く感じさせている。そんな森を右目で注視してみれば、まだあちこちで火が燻っているのか必死に消火活動をしている人影が見えた。
「いた、基人族・・・兵士、貴族の子息に騎士に男爵に子爵、奴隷・・・ふむ」
煙のおかげか今のところ見つかることは無い様で、いくつかの魔法を併用しながら森を調べた結果、消火活動をしているのは全て基人族の様である。
「エルフと獣人は見当たらず、探知にも引っかからないなら無事逃げたか?」
あまり離れすぎると右目の効果が落ちるので慎重に近づいて調べてみると、兵士や貴族に奴隷と様々な人間がいるものの、その中にエルフや獣人の姿は無く、遺体も無い事から無事逃げることが出来た様で少しほっとした。
「しっかしこれだけ離れていると詳しく視れないな、かと言って近づくと面倒そうだし」
世界が優しく無い事は経験上良く知っているが、だからと言って慣れるものでもない。それ故心労になりそうな出来事が起きなかった事にホッとしつつ、右目と魔法で眼下を調べる事十数分、粗方調べ終わった俺は近くに近寄れない事にもどかしさを感じつつも、そろそろ引き上げようかとゆっくりハラリア方面に向かって風に逆らい流れていく。
「ん? 別働隊か? ・・・ほう」
時折通り過ぎる風の精霊達に手を振りつつなんとなしに森へ目を向けると、大量の基人族が集まる世界樹周辺から少し離れた場所に基人族の小集団を見つける。
「これはどうなんだろうか? 装備的には違う組織っぽいが同じ国の人間か」
パッと見ただけでも明らかに世界樹周辺の人間と違う、どこか気品を感じる装備の集団であるが、右目を凝らしてみるとどうやら同じ国の基人族ではある様だ。
「なぁんかいろいろめんどくさそうなんだけど、見て見ぬふりなんて後味悪いよなぁ」
見つかると面倒だが気になったので少し高度を落としつつ小集団を見詰めたところ、余計な項目を目にしてしまい俺は思わず眉を寄せて顔を歪めてしまう。
「光る壁の件もあるし、安全は確保しておきたい」
どう考えてもめんどくさい事この上ない現状に疲れを感じつつも、ほっておいても良い事無しだと俺の勘が告げているため、アミールの世界で旅をしていた時同様ある程度関わらないと駄目、と言うより俺が安心できない。
「近所で異世界からの侵攻とか、ほんとシャレにならん」
母さんの天気予報の感じだと命に係わるとかまではいかないと思うが、母曰く未来は常に流動する不確定なものらしいから安心はできない。子猫の件もあるので、どっかの御話よろしく異世界からの侵攻とか起きたらシャレにならん。
「とりあえずハラリアに行ってみるか」
最悪のシナリオを妄想してしまい思わず丸々背中を無理やり伸ばすと、俺は一路ハラリアに向かって飛行速度を上げる。
「しかし、第四王女ねぇ・・・うぅん会うことになりそうな悪寒が」
その際チラリと視線を地上に向けると、偶然か必然か一番気になった人物が目に入り、その人物の肩書きを思い出すと妙な縁を感じて小さく呟き声を洩らしてしまう。この手の勘は嫌と言うほど当たる為、俺はどっかの異世界の王族みたいにフレンドリーな事を、ハラリアに向かう空の上で小さく祈るのであった
ユウヒが異世界の空で白煙を背に溜息を漏らしている頃、日本のとある薄暗い部屋では、机に突っ伏している女性の体が小さく動く。
「・・・・・・うぁ」
少しずつ動きが大きくなるその背中は、ゆっくりと時間をかけて起き上がると、体の節々から枯木が折れるような音を鳴らして小さく呻く。
「・・・は!? 監視!」
起き上がりぼーっとした表情で部屋を照らす複数のモニターを眺めていた彼女は、急に覚醒すると、寝る為に押しのけていたキーボードを慌てて手繰り寄せ、デスクから落ちて宙にぶら下がっていたマウスを手に取り忙しなく動かし始める。
「・・・・・・・・・特に無し、よかった」
起き抜けの血走った目で、普通なら目で追えないほどの速さで移り変わるモニターを睨みつけていた女性は、小さくぽつりと呟くと安心した様に息を吐き体から力を抜くと、椅子の背凭れに勢いよくもたれかかった。
「悪い人じゃないのかな? 多分出入り繰り返してるのは忍者と同じで救助だろうし」
体を優しく受け止めた背凭れを揺らしながら、彼女はとある人物の事を考えている様だ。
それは名も無き異世界と日本を行き来し、さらにはドームの秘密を解き明かしているユウヒの事であり、探偵に依頼した調査結果の映されたモニターを眺めながら口を窄めた女性は、隣の忍者についての少ない調査結果と見比べ目を細める。
「もうこれは会うこと確定だってぁあ! また向こうに行ってる!?」
当たり前かもしれないが、人は情報が少ないものより多いものに安心感を覚えるもので、その傾向もあり比較的安全な人間と言う評価を受けたユウヒは、この時点で完全に彼女と会うことが決定してしまったようだ。
「ぐぬぬ、また戻ってくるまで待たないといけないのか・・・お腹すいた」
それが幸か不幸かわからないものの、名も無き異世界で面倒事に巻き込まれつつあるユウヒと彼女が出会うまでにはもうしばらく時間が必要なようである。
「たまには外で食べようか・・・うん、牛丼食べよ」
すでにドームの向こうに行ってしまったユウヒの行動記録に悔しげな声を洩らした彼女は、昨日のユウヒの行動記録を見返しながらお腹に感じる空腹感に眉を寄せ、ユウヒが持ち込み制限に気が付く切っ掛けとなった記録を目で追った彼女は、虚ろな目で幽鬼の如く静かに立ち上がると、少し遅い朝ごはんのメニューをぼそりと呟くのだった。
いかがでしたでしょうか?
もう一波乱訪れそうな異世界の空を飛ぶユウヒは、何と出会いまた何を仕出かすのかお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




