第五十七話 検証のお時間
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させていただきます。お好きな時間のお供に楽しんで頂ければ幸いです。
『検証のお時間』
日本の首都と名も無き異世界を繋ぐ白い壁、まるでその壁を守る様に大樹の根が張った場所は、今日も明るい木漏れ日と気持ちい風が抜けていく。
「うぅ・・・本当に消えちゃった」
しかしそんな気持ちい場所で、一人のネシュ族少女は周りの空気とは真逆の湿っぽい空気を背負い悲しげな声を洩らしていた。
「まぁ泣くな泣くな、元の服は戻ってきたんだから」
「むぅ」
少女の名はシシリ、ユウヒに連れられ無事日本の暗い路地裏から帰還できた彼女は、帰ってきた喜びと同時に、ユウヒからもらった風呂敷を失ってしまい落ち込んでおり、そんな彼女は頭を優しく撫でられると、ユウヒの言葉に何とも言えない唸り声を出す。
「ところで」
「うにゃ?」
先ほどまでほぼ素っ裸な状態から比べれば喜ぶべきものの、だいぶ気に入っていた風呂敷の喪失はそんな喜びを吹き飛ばすには十分であったらしいシシリ。その喪失感を誤魔化す様に耳の毛繕いを始める彼女に苦笑を浮かべたユウヒは、ふと我に返ると声をかける。
「帰らんでいいの? 心配してるんじゃね?」
「は! そうでした。・・・ユウヒ様は?」
いつからあの場に居たのか解らないものの、彼女が一時的に神隠しの様な状況にあったのは確かなわけで、そんな彼女の事を心配する者も当然居るだろうと考えたユウヒの言葉はその通りだったようで、毛繕いをしていた耳を真っ直ぐ立てたシシリは、慌てて走り出す。しかしすぐに立ち止まると、全く動こうとしないユウヒに振り返って首を傾げる。
「俺はまだ用事が終わってないからな」
「そうですか、それではシシリは急いで帰るのです。この御恩は必ず返すのです!」
「あいあい、気を付けてな」
急に立ち止り首を傾げる彼女に苦笑を浮かべたユウヒの言葉に、シシリはどこか残念そうな表情を浮かべるも、すぐに表情を引き締め帰ると言う言葉を後に走りだし、大きな声で恩返しすると言いながら手を振り走り去るのであった。
「・・・うむ、どっからどう見ても子猫だな」
ユウヒの気だる気な返事が聞こえたのか、緩やかに尾を振り見えなくなるまで元気よく手を振って走り去るシシリの姿が、子供らしさと子猫の雰囲気を合わせて感じたユウヒは、腕を組むと無駄に表情を引き締め満足そうにつぶやく。
「お父様?」
「ん? おう昨日ぶりだな」
そんな正体不明の満足感をユウヒが感じていると、彼の頭上から不思議そうな声が聞こえ、声のする方を見上げたユウヒのすぐ目の前には、きょとんとした世界樹の精霊の顔があった。
「はい、お早いお帰りですけど先ほどの方は?」
「迷い猫だよ、こっちの世界に来ていたようでな」
ユウヒの微笑みに花の咲くような笑みで返した彼女は、その視線を走り去ったシシリの方へ向けると首を傾げて見せ、彼女に釣られるように視線を前に向けたユウヒは簡単な説明をするが、その言葉には僅かな疲れを感じる。
「そういえば昨日御一人でいらっしゃいましたね」
いつから来ていたのか解らなかったユウヒであったが、頭上で何か思い出す様に首を傾げる娘の言葉から、下手するとあのジメジメとした路地裏で一晩過ごしていたと言う事実を察し、何とも言えない表情を浮かべるのだった。
「・・・さて、緊急ミッションクリアしたのは良いけど、懸念事項が増えたな」
そんなユウヒは、一晩中路地裏の片隅で鳴く子猫の妄想を忘れる様に頭を振ると、迷い猫を送り届けると言うハプニングを終わらせたことで、急に意識が向き始めた右手に感じる程よい重さに表情を引き攣らせる。
「それはなんでしょうか?」
「ん? 俺の昼飯だが・・・興味あるか」
その右手に握られている物は、芳しい香りの罠にはまったユウヒが少し早い昼飯にと購入した、日本の某有名チェーン店の牛丼並盛汁増し増しであった。
「え、あの・・・はい」
「・・・精霊も牛丼食えるのかね?」
なぜか持ち込めてしまった牛丼を掲げて見せたユウヒの言葉に、戸惑いつつも恥ずかしそうに小さく頷く世界樹の精霊。その仕草が可愛く思わず胸に小さなトキメキを感じてしまったユウヒは、その感情を誤魔化す様に、しかし純粋な疑問でもある事を口にする。
「ぎゅうどん?」
果たして異世界の精霊は牛丼を食べられるのか、食べられたとして食べさせても問題ないのか、犬にチョコ、猫に玉ねぎを食べさせるような問題は起きないのか、そういえば玉ねぎ入ってるなと、ユウヒが難しい表情でビニール袋の中の牛丼を睨む中、その娘は興味深そうな表情でユウヒの手元を見詰めるのであった。
ユウヒが異世界で牛丼を睨みつけ、未婚にも拘らず親バカレベルを上げている頃、日本のとあるお食事処では、テーブルに置かれたスマートフォンから軽快な電子音が聞こえていた。
「はぁいもしもし、いっちゃん? どうしたのぉ?」
そのスマホの持ち主は、どこからどう見ても美女にしか見えない事が詐欺なじぇにふぁーであった様で、手にとって画面を見詰めた彼女は、笑みを浮かべるとすぐにスマホを耳に当て、電話をかけて来た相手にいつもと変わらない明るい声を聞かせる。
「その件? 新しい情報はあるにはあるけど・・・もしかしてうちもアレやっちゃうの?」
スマホの向こうに居るいっちゃんと言う人物は、どうやら情報屋としての彼女とそれなりに付き合いがあるのか、微かに聞こえる話し声は親し気なものであった。
「うふふ、そぅよねぇ日本じゃ無理よねぇ」
また、アレと言うじぇにふぁー言葉に対しては呆れを多分に含んだものであり、その声に可笑しそうな声で笑うじぇにふぁーとのやり取りからは、友人と言って差し支えない雰囲気が伝わる。
「他の方法? そんなの知ってたらもう高値で売りつけてるわよぉ」
そんな仲良さ気な二人の間でも、情報には対価が必要であるらしく。しかし高値で売りつけたい情報をじぇにふぁーは持ち合わせていないようだ。
「内部での円滑な調査方法? あぁそういうこと、んー・・・」
スマホのスピーカーから微かに聞こえてくる声から、どうやら話はドームに関することの様で、その内容にじぇにふぁーは困った様な声を洩らす。
「え? そうね、心当たりあるにわぁあるんだけどぉ・・・」
彼女のその悩ましげな声は男を誘惑するには十分な威力があるが、スマホの向こうに居る人物はその声が何か知っていると時の声だとわかったらしく、どこか期待を感じる声色で再度問いかける。
「あの子に迷惑かけたくないのよねぇ、お願いしたらなんだかんだで聞いてくれるんだろうけどぉ」
そんな問いかけに対して眉を寄せたじぇにふぁーは、何処か気乗りしない表情でそばにいたコニファーを見詰めて小首をかしげて見せた。
「え? 紹介? いっちゃんに? もしかしてあの話進んでるの?」
急に見詰めて小首を傾げて見せて来たじぇにふぁーに彼女? がまるで猫の様に首を傾げると、今度は驚いたように声を上げたことでコニファーも驚いたように背筋を伸ばす。
「それなら忍者さんに頼めば? え? まだ接触できてないの? おっそーい」
そんな二人の様子を呆れた様な表情で見つめていたファオの目の前で、話は別の方向に進み始め、その中には某忍者達に関わる話も含まれている様だ。
「そぉねぇ・・・いつもの倍で話してみるだけならいいわよ?」
二人の店員に見詰められながら話し込んだじぇにふぁーは、ため息交じりでつぶやくと倍の金額を対価に話してみると口にする。
「たかいぃ? こっちだってすごく危ない橋渡るのよぉ? S級二人も敵に回す可能性があるんだから」
しかし相手は僅かに声を大きくすると値段が高いと抗議の声を口にしはじめ、しかしその声に対してじぇにふぁーは一歩も引く気は無いようで、その理由は彼女も危ない橋を渡るかららしく。いつの間にか近くで耳を澄ませていた二人の店員も、何度も同意するように頷いている辺り、相当に危険な内容の様だ。
「んーん、その子は一般人なんだけどね」
何が危険なのか伝わってこないが、電話の向こうの人物が紹介してほしい人物が危険なわけではなく、じぇにふぁー曰くそれ以外の要素に問題があるらしい。
「私の勘だけど、今流行りの自称専門家なんて足元にも及ばないと思うわよ? 経験者って言ってたし」
一方、当の人物が一般人と言うことに不安を口にしたスマホの向こうの人間に対し、じぇにふぁーは口元を楽しそうに緩めると自信の溢れる声色で胸を張り、左右から挟むように耳を澄ます店員二人も無言で頷く。
「わかった。とりあえず話してみるから、この間の件は延長で、え? 横槍? なんとかしなさいよねぇそれじゃバイバーイ♪」
自信に溢れ強気な声で追加の要求を口にしたじぇにふぁーは、スマホのスピーカーから聞こえてくる不満の声を軽くあしらうと、電話を受けた時と同じ明るい声で別れの挨拶を口にして、投げキス一つスマホに投げかけると静かに電源を落とす。
「・・・うふふ、胃が痛い」
明るい笑みを浮かべたジェニファーは、スマホをソファーに放り投げるとその表情のまま顔をみるみる蒼くしていき徐にお腹を押さえはじめる。
「ん」
「はいママ」
急に元気をなくしていくじぇにふぁーの姿は予想済みとばかりに、ファオは胃薬を取り出してそっとスマホを放り投げた手に握らせ、コニファーはいつの間にか用意していた水を差し出す。
「・・・ふぅ」
二人の介護を受けて薬を飲んだじぇにふぁーは、力尽きた様にソファーに倒れ込み動かなくなると、店のシェフが呆れ顔で晩御飯を持ってくる数時間後までピクリとも動かないのであった。
トレビ庵の一室でどんよりとした冷たい空気が溢れる一方、世界の壁を越えた名も無き異世界で葉を広げる世界樹の足元には、爽やかな風と柔らかな木洩れ日、
「ふぅ・・・満足です」
そして微笑ましく幸せそうな少女の笑顔が零れていた。
「そらよかった。そいじゃ俺は調べものしてそのまま家帰るから・・・名前はもう少し待ってな?」
色々と悩みに悩んだものの、期待に胸をふくらませる目の前の少女の視線に負けたユウヒは、牛丼を彼女にそっと渡すこととなり、しかし心配な事には変わらなかったようで、世界樹の精霊の声にホッとした表情を浮かべたユウヒは、彼女が牛丼を食べ始め食べ終えるまで力を込めていた金色の右目から力を抜くのだった。
「はい! 楽しみにしてます」
立ち上がり頭を撫でられた世界樹の精霊は、温かい牛丼のせいかそれとも撫でられたからか頬を淡く朱に染め、ユウヒの言葉に元気よく返事を返して飛び上がると、白く光る壁の前で作業を始めるユウヒが良く見える木の枝に座り、楽しそうに彼を見詰め続ける。
「・・・さて、ドーム検問さんの持ち込み設定について調べるか」
一方ユウヒは光る壁の前に立つと腰に手を当て、牛丼の容器が入れられたビニール袋を片方の手で弄びながら気合を入れ直す。
「先ず食べ物は持ち込めたしビニールもよし、でも服は強制脱衣or強制着せ替え」
ドームに入るとなぜか服装の強制的変更が起きて荷物の持ち込みが出来なくなる。しかし今回ユウヒがドームに入ったところ手に持っていた牛丼はビニール袋に入ったまま持ち込めた。
「ふむ、シシリに着せた風呂敷もどきは消失してるな、もう一度出入りしてどうなるか見てみたいが・・・それはあれがあれで事案になりそうなので却下だな」
状況を再確認しつつ白い壁に入って行ったユウヒは、白い壁を抜けるとジャージから普段着に戻っている事を確認し、同時にビニール袋がを持ち帰れたことも確認する。さらにそこはシシリと一緒にドームへ入った場所でもある様で、そこに風呂敷が落ちて無い事も確認すると、条件を確認するために彼女にも協力してもらうかと一瞬考えるも、道徳的な観点から即座に自分で却下するのだった。
「・・・風呂敷、気に入ってたな。持ち込めればいんだけど」
相手がどう思おうと、ユウヒの持つ倫理的には何度も少女を半裸にするわけにも行かず。そんな彼女の姿を思い出してしまったユウヒは顔を赤くし、同時に風呂敷をもらってうれしそうにしていたシシリの姿を思い出して、風呂敷を持ち込めないかと考えながら路地裏から抜け出していった。
それから十数分後、
「というわけで、古着屋から買ってきた100円のシャツをほいっと」
同じ路地裏には、買い物袋を下げたユウヒの姿があった。どうやら検証のためにいろいろと購入してきたようだ。
「んでもって羽織って・・・ふむ、無いな」
薄手のビニール袋を地面に置き、その中から取り出した使い込まれて草臥れたシャツを、まるで手品のように一振りして風呂敷に変えてしまったユウヒは、シシリと同じように肩に掛けると黒いドームの中に飛び込む。白く光る壁から出てきたユウヒは肩に風呂敷が無い事に一つ頷くと、名も無き異世界の精霊達がきょとんとした表情で見詰める中、踵を返して日本へと戻る。
「戻ると羽織っている・・・ポケットに入れても無駄だろうな」
そして路地裏、そこでは肩に風呂敷を掛けたユウヒが満足そうに頷いており、風呂敷を手に取り畳むとポケットに仕舞おうとした手を止めて、次はどうするかとどこか楽しそうな表情で考えだす。
「・・・まさかと思うが、飛行機みたいに手荷物なら持ち込み出来るとかないよ・・・あったは」
じっと手の中の風呂敷を見詰めながらしばらく考え込んでいたユウヒは、例のごとく脳裏を何かが駆け巡ったらしく、右手に畳んだ風呂敷を持ったままドームの中に入り、またも異世界側から出てくると右手に持ったままの風呂敷に顔を引き攣らせるのだった。
それから小一時間後。
「なるほど、ある程度理解できた。持ち込み持ち出し制限は手荷物1キロまでか・・・なんでや」
名も無き異世界の世界樹の下、白く光る壁の前で木のベンチに座るユウヒは、乱雑に置かれた様々なサイズや形の石や木のブロックに土の塊、木製の剣や槍の様に見える何かを睨みながら呆れた様に背中を丸めていた。
「ぴったり1キロってところに人為的な気配を感じる・・・はぁ、めんどくさい事にならないといいけど」
どうやら検証の結果、ドームの謎のひとつを解明してしまったらしいユウヒは、しかしその仕様にどこか人間の意思を感じたことで、新たな悩みの種が生まれたと眉を寄せながら溜息を吐く。
「大きさは多分白い壁の大きさまでかな、この情報はどこにもなかったが盲点なのか隠してるのか」
溜息を吐きながらもベンチから立ち上がったユウヒは、重さは確認できたが、1キロと言う範囲のせいで確認できなかった大きさについては、確かめる気がしなかったのか予想で終わらせると、あまりに簡単な制限になぜどこにも情報が無かったのかと首を傾げる。
「・・・ちょうどいいから風呂敷で実験してみるか」
しばらく考え込むも答えが出ないと諦めたユウヒは、ふと父親との会話を思い出すと風呂敷を手に取り合成魔法の光を漏らし始めた。
「ふむ、ふむふむ・・・やはり異世界の物でないと特別な効果はつかないのかな」
異世界【ワールズダスト】に居た頃と違い魔力の制限が出来たユウヒは、今まで制限をかけていた合成魔法を久しぶりに全力で使用し始める。合成魔法の安定性を上げる意味もあるらしい大量の余剰魔力を周囲に撒き散らし魔法を使い終えた彼の手の中では、風呂敷であった布が細密な柄の手提げ袋へと変貌しており、しかしその手提げ袋を右目で観察したユウヒは、どこか残念そうな表情を浮かべた。
「ん? そうか、1キロまでなら異世界の薬品も持ち出せるのか・・・危険だな」
どうやら地球の物質では、どんなに魔力を使ってもこれと言って特別な効果が付くことは無く、しかし無駄に品質の上がったように見える布の質感を確認していたユウヒは、またも両親との会話を思い出し険しい表情で小さく呟く。
「両手に持ったり肩に掛けたりしたら駄目で、片手に持てる範囲で総重量1キロと言う制限で何が出来るかわからんが、あまり言い触らすのもよくないよなぁ」
今脳裏をよぎった危険性を振り払う様に調べた結果を口に出して纏めはじめるユウヒは、この検証結果をどうするべきかと、俯き腕を組んで困った様な声を洩らす。
「うん、ママに売ってしまおう。次はいくらになるかな?」
しかしすぐにめんどくさくなったのか、考えることをやめた彼は信頼できる相手にすべて任せることにするのだった。
「取らぬ狸の何とやらだが期待はしておこう。まぁ話すのはまた今度にして明日はいったん流華達の方に戻ろうかね」
考えることをやめたことで肩の荷が軽くなったのか、曲がっていた背筋を伸ばして手提げ片手に精霊達に手を振ったユウヒは、そのまま白く光る壁の中へと消える。
「あ、風呂敷手提げにしちゃったな・・・いらない服で適当に作って持ってくか」
そんなユウヒは、太陽が中天から下り始めた日本の暑い空の下、右手に持っていた元風呂敷な手提げに目を向け、しまったと言った表情を浮かべ少し考えに耽ると、自分の服を一つ合成魔法の生贄にすることを決めて、空腹を訴えるお腹に従うように家路を急ぐのであった。
いかがでしたでしょうか?
まさかの牛丼から判明する新事実でした。ちなみに、世界樹の精霊がおいしく頂いた牛丼並盛汁増し増しの入ったビニール袋は大体600g以下なので持ち込めてます。ついでとばかりに自分の使う合成魔法の性質も少し解き明かしたユウヒが、この先何を解き明かしていくのかお楽しみに。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




