第五十三話 忍者凸る
どうもHekutoです。
若干の不安がありますが、修正等完了しましたので投稿させていただきます。楽しんで頂ければ幸いです。
『忍者凸る』
とある住宅街、そこは今綺麗な夕日の光で暖かな色合いに染め上げられ、帰宅を急ぐ老若男女の影を長く細く引き伸ばしていた。そんなノスタルジックな空気の中、男が一人、胸の前に割と大量の荷物を抱えて家路を歩いていた。
「むぅ・・・お腹すいてくるなこれ」
大量の荷物を抱えているのは今日の予定を一通り終わらせたユウヒ、両手抱えられているのは大きく丈夫な紙袋にこれでもかと詰め込まれたパンである。フランスパンにバケットにカンパーニュなど、割と固くて詰め込んでも潰れないそれらのパンは、パン屋とミカンが善意とちょっとした悪戯心でユウヒに持たせたお土産なのであった。
「なんだかんだ喜んでたみたいだし、今日行ってみて正解だったな」
鼻先に漂う香ばしいパンの香りと、夕飯時の住宅地に溢れるおいしそうな家庭の香りに眉を寄せたユウヒは、沈みゆく夕陽に目を向けながら今日の事を振り返り、遅くなったこともあり明日にしようかと考えていたパン屋さんへの訪問に、満足げな表情を浮かべる。
「・・・今日の晩飯はなんだろうか、母さんの事だからパンに合う料理を用意してそうだな、晩酌はワインあたりだろうか?」
しかしそんな満足げな表情も束の間、お腹に感じる空腹感にもう一度眉を寄せたユウヒは、次第に暗くなる空を見上げると今日の夕飯に思いを馳せ、鼻先のパンを見詰めると今日の献立はパンに合う物だろうと予想するのだった。
「と言っても飲めないけどな、明日も早くから動き回らないといけないし、流石になぁ・・・」
明華の勘を持ってすれば、ユウヒが大量のパンを持って帰ってくることを予知するなど容易いことの様で、そのことを今までの人生でこれでもかと理解しているユウヒは、晩酌のワインを思い浮かべ頬を緩めるも、明日以降の事を考えるともうしばらく禁酒が続きそうだと溜息を漏らす。
「ふむ、昼と夜の境目の空はまた格別、このグラデーションはいくら見ていても飽きない」
それほどお酒が好きなわけではないが、たまには何も気にせず飲みたいものだと、少し憂鬱な気分になったユウヒは、綺麗なものでも見て心を癒そうと再度遠くの空に目を向け、微笑を浮かべて呟く。
「・・・いかん、真っ暗になってしまう。あまり遅いと母さんがめんどくさい」
帰るべき家もあと数分と言う距離でしばらく空を眺めていたユウヒは、はっと正気を取り戻すとすっかり日の落ちた空の下、めんどくささが臨界しかねない母を思い出し慌てて駆けだす。
「むむ、両手がふさがってドアが―――!? そぉい!」
それから数分と掛からず自宅の低い門の前まで帰ってきたユウヒ、しかし目の前に立ちふさがる門扉とその低い位置にあるドアノブを見て唸ると、食品を地面に置きたくない気持ちと苦労して開けるめんどくささの間で葛藤、する暇もなく異常に気が付く。ユウヒは即座にパンをしっかり抱きしめ、純粋な身体能力だけで身を屈めながらその場で回転すると、背後に接近してきた怪しい気配に対して掬い上げる様な鋭い回し蹴りを突き刺す。
「げぶら!?」
「「おわわ!? ぎゃー!?」」
本能で放たれた蹴りは、予め分かっていたとしか思えないような軌道を描き、背後にいた人物の鳩尾に突き刺さり、そのまま跳ね飛ばされた黒い影は、慌てる仲間二人の上に墜落する。
「なんだ、ゴ・・・黒い忍者か」
ユウヒの背後に忍び寄った怪しい気配とは、例のごとく三人の忍者であり、ユウヒの蹴りをお腹に受けたのは、どうやらヒゾウの様であった。回し蹴りを放ったユウヒは、体にかかる遠心力を逃がす様にその場で一回転すると、目の前の地面に倒れ伏す三人を呆れた様に見下ろす。
「ま、回し蹴り打ち込んでおいてそのセリフ・・・なんて鬼畜な」
「ヒゾウが襲い掛かるからだろが! 巻きむな!」
「そうでござる! いくら両手がふさがっているからってモブが魔王に勝てるわけないでござる!」
『ゴ』と言う言葉の先に何を言おうとしたのか分からないものの、明らかに暴言を吐き出そうとしたであろうユウヒの感慨のかけらもない声に、二人の上に仰向けで倒れるヒゾウは元気に悪態を付き、その下で潰されているジライダとゴエンモは、重そうに表情を歪めながらヒゾウを批判し魔王と自分たちの差を口にするのだった。
「・・・何? やんの? 魔法何でもありなデスマッチ?」
ゴエンモの魔王発言で遠回しにからかわれている気がしてきたユウヒは、悪戯かノリなのか背後から襲いかかってきたヒゾウの件もあり、パンを大事そうに抱えながら首を傾げると、冷たい視線を足元の忍者達に向けながら周囲に魔力の燐光を瞬かせ始める。
「いやぁ・・・それは勘弁」
「拙者たちはユウヒ殿を探していたでござるよ」
「そしたらドームの辺りで目撃情報があったから、帰ってくるのを待ち伏せしてたわけだ」
ユウヒの周囲で剣呑な光を放ち、一部は紫電の様に瞬く魔力に顔を引き攣らせた忍者達は慌てて起き上がり身構えると、まるで暴れ馬でも落ち着かせるように手でユウヒを制しながら用件を話し始めた。
「ふむ、なんぞあったか? 俺の勘だとお願い事っぽいけど」
「流石ユウヒ殿でござる」
「実は頼みがあってな・・・」
元から本気でデスマッチなどする気のないユウヒは、感情の影響で漏れ出した魔力を引っ込ませ、ため息混じりに鼻を鳴らすと、三人にジト目を向けながら問いかける。そんなユウヒの問いかけに、ゴエンモとジライダは引きつっていた顔を真剣な表情へと変えた。
「わかった。中で聞くよ、ちょっと門開けてくれる?」
その表情の変化に、いつもとは違う真面目な話だと理解したユウヒは、肩の力を抜くと門扉に向かい歩きはじめ、両手がふさがって開けられなかったことを思い出すと取っ手を回すだけの扉を開けてくれないかと三人に頼む。
「はっ! ささどうぞユウヒ閣下!」
「閣下って誰だよ・・・」
ユウヒが声をかけた瞬間、名誉挽回とばかりにヒゾウは目にも止まらぬ動きで前に出ると、まるで執事が主人にするかのような所作で門扉を開き、呆れた表情のユウヒに通るよう勧める。
「母さん待ち伏せしてるでしょ? 両手ふさがってるからあけてー」
「「「へ?」」」
苦笑を浮かべながら門を通り抜けたユウヒが玄関の前で停止すると、またもやヒゾウが動こうとしたのだが、それよりも早くユウヒは玄関に向かってそこそこ大きな声を上げ、その声の内容に忍者達はきょとんとした表情を浮かべた。何故なら、いつも通り騒がしい三人であるが、夜の住宅街と言うこともありそれなりに気をつかって騒いでいた為、家の中に居る住民が自分たちに気が付いているとは思えなかったからである。
「久しぶりにユウちゃんが甘えてくれるなんてお母さん感激!」
しかし相手は明華である、彼女の持つ異常な勘の良さの事を良く知り、またいつものパターンとなっている待ち伏せを想定しているユウヒにとって、それはある意味便利な自動ドアを開ける呪文だったようで、ユウヒが声を上げると間もなく、鍵が開く音と共に玄関扉が勢いよく開け放たれるのであった。
「・・・あらあら? また珍妙なお友達ね? どこの傭兵さんかしら」
ユウヒに頼られて上機嫌な彼女は、壊れそうな勢いで玄関扉を開けた勢いのまま、いつも通りユウヒに跳び付こうとするも、ユウヒの背後で硬直する三人の黒い人間を見つけると、きょとんとした表情で小首を傾げ彼らのナニカを見抜くと、今度は笑みを浮かべながら不思議そうに問いかけはじめる。
「・・・え?」
「ユウヒ殿の母君でござる?」
「若!?」
ユウヒの何気ない開門の呪文と、恐ろしい勢いで開け放たれた玄関、さらにはそこから現れたユウヒの親の若さと言う連続した驚きで固まっていた三人は、正気を取り戻すと一番に目の前で首を傾げている明華の若さに驚きの声を上げる。
「あら良い子ね、あなたたちご飯食べてく? 今日はパンにぴったりのビーフシチューよ?」
「また夏にあったかご飯作ったね」
ユウヒの母親である明華は見た目も性格も非常に若く、化粧次第では一緒に夜の街で遊んでいた勇治が職質されるほどである。
そんな明華は若いと驚く三人に笑みを浮かべると、夏に作るにしては少々温かすぎるメニューを口にして三人を食事に誘い。ユウヒが呆れた表情を浮かべる後ろでは、三人の忍者が思わず頬を赤らめる。
「冷房かけすぎて寒かったんだもん」
「・・・はいこれ」
「やっぱりパン屋さんのパンね、いいチョイスだわ」
「全部二人が選んでぶっこんだだけだよ」
ユウヒの突っ込みを受けて肩に掛けたショールをひらひら動かす明華は、彼女の予測通りにパンを持ち帰ってきた息子からパンを受け取ると、香ばしいパンの香りに笑みを深めるのだった。
「だもん・・・いや見た目的には全然問題ないんだが」
「ユウヒ殿の母親でござる故、いやこれ以上は危険な殺気を感じるでござる」
「このまま行けばユウヒの父親も・・・」
傍から見るとカップルにも見えなくはない二人が話す後ろでは、見た目も仕草も言葉遣いを見てもユウヒの親と言うことを疑うほかない三人の忍者が、しかしユウヒの受け答えから目の前の現象が真実であることを悟ると、混乱する頭でぶつぶつと呟き、ゴエンモはどこからともなく殺気を感じると体を震わせる。
「そいじゃ俺の部屋行くぞ?」
「準備出来たら呼ぶからねぇ」
「はいはぁい」
妙な三人を不思議そうに見詰めたユウヒは、しかし大して気にすることなく三人を引き攣れ二階に上がり、混乱したままユウヒについて行く忍者達を見送る明華は両手でパンの入った袋抱えると、キッチンへと軽快にスリッパを鳴らしながら立ち去るのであった。
尚、この後玄関が開けられたままなのに気が付いた勇治は、ヒンジが壊れ傾いた扉を見て肩を落とすことになるのだが、それはまぁどうでもいい話しである。
ユウヒが忍者三人を正規のルートで部屋に招いて数分後、こちらに戻ってきてから増えた部屋の荷物を、適当に端に寄せ床に胡坐をかいたユウヒの前には、どこか緊張した雰囲気の三人が正座で座る。
「そんで? 何かあった?」
普段と違う妙な緊張感漂う三人を前にしたユウヒは、一向に話し出さない忍者達を訝しむと、肩を竦めいつもの気だる気な表情で三人に話し出すきっかけを与えた。
「・・・いろいろとあったでござる」
「ユウヒもドームに入ってたんだろ? そっちは大丈夫だったか?」
ユウヒの問いかけにゴエンモはゆっくりと話し出し、ヒゾウはどこか本題に入り辛そうな表情を浮かべ、自分たちと同じくドームに入っていたはずのユウヒに問い返す。
「まぁなんとかな、まだ終わりってわけじゃないが・・・そっちもドームに入ったわけね」
一方、三人がテレビで話題になっている事など知らないユウヒは、彼らの口ぶりからその行動をなんとなく予想し、彼らの要件についていくつか想像したのか、少しだけ表情を引き締めた。
「うむ、遭難者救助して知名度アップからの国家公務員計画だ」
「・・・おう、軽く聞いただけでも穴がありそうな計画だな」
しかしそんな引き締められ始めた表情も、ジライダが胸を張って告げた計画名を聞くと、あっという間に元の気だる気な表情に戻ってしまい、ユウヒの表情から呆れられている事を察した忍者達は、心外そうに驚きの表情を浮かべる。
「そ、そうでもないでござる。日本政府も大変みたいなので可能性は・・・わんちゃん?」
「まぁ、そうみたいだな」
呆れて脱力していくユウヒに、ゴエンモは慌てた様に計画の有用性について語り出すが、語りながら自分でも不安になってきたのか、次第に彼の口から出る声は疑問へと変わっていく。
「それでだな、急ぎで悪いが本題に入るとだ」
「・・・」
ゴエンモの言葉にじぇにふぁーとの話を思い出し、確かに彼の言う様にワンチャンスはあり得るかもと頷くユウヒは、真剣な表情を浮かべて背筋を伸ばし話し出したジライダに目を向けると、話を聞くために同じく背筋を少し伸ばす。
「ござ、実は以前ユウヒ殿が封印指定にしていた欠損部位もきれいに治せる回復薬を、譲ってほしいのでござる。できればなる早で・・・」
「・・・怪我?」
ジライダの視線に頷いたゴエンモは、予定していた通り回復薬の譲渡に関して話し始める。ユウヒ自信その性能と危険性からそっと封印したほどの物、その回復薬をなるべく早く欲しいと言いだす彼らに、ユウヒはすっと目を細めるとそれまでとは違う明らかに真剣な表情で、それでいて少し心配そうに問いかけた。
「あぁ・・・二人ほど、女の子なんだけどさ、遭難者の救助には成功したんだが反吐が出る様な人間に捕まっちまっててな」
「・・・欠損?」
ユウヒの問いかけに、ジライダは少し話をぼかしながら説明をはじめ、その表情と言葉を聞いたユウヒは、いつも通りの勘でなんとなく話すのも憚られる様な事態になっている事を察し、深く問うことなく簡潔に問いかける。
「いや、両足の腱を・・・」
「切って焼かれていたでござる。心の方に関しては母親のケアもあったでござるが、まだ小さい子でござる・・・できればまともな未来を与えてあげたいでござる」
いつもと違う雰囲気の忍者達、しかし雰囲気が違うのはユウヒも同様であった。忍者達の説明を聞くにつれて、冷気を伴いそうな視線と表情を浮かべはじめるユウヒに、三人の新人類忍者は、その強靭な精神をもってして薄ら寒いものを感じるのか、説明をしながら思わず背筋を震わせる。
「あぁ・・・なんとなく想像できた。俺その手の話しが嫌いなんだよね」
正座をした膝の上で拳を握り込みながら、悔しそうに話すゴエンモを見詰めていたユウヒは、心底不機嫌そうに溜息を吐いて肩を落とすと、まるでそれ以上この話を聞きたくないと言ったように彼らに背を向けてしまう。
「「「・・・」」」
実際問題あまり気持ちのいい話とは言えず、話をしたゴエンモ達もこういった事態は覚悟しており、背を向けてしまったユウヒに申し訳なさそうな表情を浮かべると、思わず俯きそうになる背中に力を込める。
「だから、なる早で治してきてくれ」
しかし、彼らが互いに帰るかどうするか視線で語り合おうとした瞬間、ユウヒは急に立ち上がりとある大事そうに置かれた荷物の下へ向かうと、ちらりと三人に視線を向けて笑みを浮かべそう口にした。
「「「ユウヒ!」」」
ユウヒが手に取ったバッグが異世界で使っていた物だと知っている忍者達は、ユウヒの笑みと言葉に歓喜の声を上げ、思わず感動に目を潤ませる。
「あ、おっさんの潤んだ瞳は素でキモイのでこっちみんな」
「「「ひどい!?」」」
だがしかし、不安による震えが感動の震えとなり、涙を滲ませるおっさんに対するユウヒの対応は辛辣であった。その言葉がシリアスの苦手なユウヒの冗談だとわかっている忍者達であるが、あまりの塩対応に叫ばずにはいられない、と言った表情で大げさに驚く三人。
「あったあった、これだな」
「それが・・・」
驚く忍者を特に気にすることなく荷物を漁っていたユウヒは、お目当てのものを見つけたのか声を弾ませると、バッグの中から、細い口に木の栓で蓋がされた米茄子の様な陶器の入れ物を取り出す。ユウヒが大事そうに取り出したその茶壺の様にも見える入れ物の中に、忍者達が求め、ユウヒが封印指定することとなった薬が入っている様である。
「えぇっと・・・何か入れ物入れ物っと、これでいいかな? 【浄化】【浄水生成】」
「おお?」
壺を持って近づいてくるユウヒを見て薬を受け取るために手を上げたヒゾウ、しかしユウヒはそんなヒゾウを無視して周囲を見回すと、机の上に置いてあった中身の入っていないペットボトルを手に取り、きょとんとした表情を浮かべる三人の前で魔法を使いボトルを綺麗な水で満たす。
「んで、このくらい・・・かな?」
上げた手を宙で彷徨わせるヒゾウの前で、ユウヒは壺の蓋を開けると、ペットボトルに満たされた水の中へ濃い夕焼け空を液化させたような色の薬を一滴づつ垂らしていく。
「むむむ?」
「よし、これでいいな。はいもっていっていいよ、こっちは簡単な説明書ね。多分これできれいに治ると思うんだけど」
首を傾げるヒゾウの前で一滴毎に色を濃くしていくペットボトルの中の水が、朝焼け色に染まったところでユウヒは右目を瞬かせ満足そうな表情を浮かべる。ボトルを机に置き壺に木の栓をしっかり刺して机にそっと置くと、今度はペットボトルのキャップをしっかり締めて軽く振り、手を上げたままのヒゾウにペットボトルを投げ渡す。
「・・・? ・・・??」
「・・・なぜに薄めた?」
ユウヒから投げられたペットボトルを危なげなく受け取ったヒゾウは、手の中のペットボトルと小さな紙切れを渡してくるユウヒを交互に見比べ不思議そうに首を傾げ、その隣で同じように見比べていたジライダがヒゾウの心の声を代弁する。
「・・・原液は使い辛いし危険だからな、そいつを一掬い程度傷口に駆ければ古い傷でもすぐ治ると思うから、まぁ一度試してみてくれ」
「マジで? ・・・そんな少なくていいって、これ何回分くらいあるんだよ」
ジライダの質問に金色の右目でツボを見詰めたユウヒは、何とも言えない苦笑を浮かべると原液は危険だと言い、薄めた薬でも一掬い程度あれば十分だろうと口にして困った様に笑う。そんなユウヒの表情からどれだけ原液が危険で、どれだけ薄めた薬の効果が高いのかと、改めてユウヒが封印した理由を考えたヒゾウは、おっかなびっくりとした手つきで手に持ったペットボトルを見詰める。
「500のペットだから5回か6回分くらいじゃないかな?」
「かけるだけで古傷すら治す・・・現代医学に喧嘩売ってるな」
「流石異世界の魔法技術を使ったユウヒの魔改造作品」
「恐るべしマッドサイエンティスト・・・クレイジーとしか言えないでござる」
ユウヒが手渡したのはどこにでもありそうな500mlのペットボトルで、ユウヒのふわっとした説明を信じるなら、一度の使用量は100ml以下と思われ、説明された効果からは想像できないほど少ない使用量に、三人は思わず心の声を全開にしてしまう。
「おう、俺をディスってる暇あんのか? 急ぎなんだろ?」
昔からその手の評価は聞き慣れているユウヒ、だからと言ってなんとも思わないわけではないらしく、口元をひくつかせるユウヒは、いつもより少し低い声で三人に問いかけると真っ暗な窓の外に目を向ける。
「そうでござった!」
「しかしビーフシチューも捨てがたい!」
「久しく口にしていない家庭の味!」
「おまいら、ぶれないなぁ」
ジト目付きの突っ込みを受けた忍者達は、暗くなった外に目を向け表情を引き締め直す。しかし、ユウヒの母に誘われた温かい家庭の味も捨てがたいのか、頭を抱えて叫ぶジライダと顔を押さえ涙を・・・涎を流すヒゾウ。真剣な空気なぞなかったと言った雰囲気の三人に、ユウヒはすでに閉じそうなほど細められた目を三人に向け、感心半分呆れ半分の籠った声を洩らすのだった。
そんな忍者達の苦悩が満ちようとする部屋の空気に、換気の為窓を開けようかとユウヒが窓に向かって歩き始めた瞬間、忍者達の背後、ユウヒの部屋の出入り口の扉が弾ける様に開け放たれる。
「その話、聞かせてもらった!」
「「「ふぁ!?」」」
そこに立っていたのは、服の上からでもわかる鍛えられた肉体に力を籠め、まるで見せつけるかのように半袖シャツから除く腕の筋肉を盛り上げ、胸を張り仁王立ちするユウヒの父、勇治。
「ふふふ、さぁ戦士たちよ! これをもっていくがよいぞ!」
突然の闖入者に、振り返った姿勢のまま驚きの声を出して固まる忍者達に、勇治の後ろから現れた明華は、まるで王が騎士に褒美を与えるような尊大な物言いで、黒い円柱状の物体を掲げる。
「そ、それは!?」
「保温機能付き弁当箱でござる!?」
「まさか、これは・・・この中は」
目の前に掲げられた物体に、目を見開き驚きの声を漏らすヒゾウ、その隣ではその見覚えのある物体がなんなのか察したゴエンモが、明るい未来を見た様に目を輝かせ、ジライダは掲げられた大きな弁当箱を恭しく受け取ると、潤んだ瞳で手の中の弁当箱を見詰め呟く。
「あぁ、マイハニーの手作りビーフシチューだ。涙して食べるのだぞ?」
「「「ありがとうございます! ありがとうございます!」」」
弁当箱を渡し終え明華が夫の隣に戻ると、彼女の肩を優しく抱いた彼は、忍者達に力強く右手の親指を立てて見せ、そんな勇治の言葉と微笑む明華に、忍者達は膝立ちのまま互いに弁当箱を抱き合い、目を潤ませお礼の言葉を連呼する。
「・・・」
怒涛の勢いで混沌としていく自らの部屋に、突っ込みどころが多すぎて呆れを通り越した無の境地で友人と両親を見詰めるユウヒ。色あせた様に見える青と金の瞳の前で行われたお礼の連呼はその後、カップラーメンが伸びはじめるくらいの時間続いたのであった。
「このご恩は必ず! ユウヒもお礼するからな!」
お礼の連呼も終わり、正気を取り戻したように見える暑苦しい笑みの忍者達は、大事そうに弁当箱を抱えたジライダを守る様にユウヒの部屋の窓から跳び出ていく。
「あぁあぁ期待しないでおくよ」
「しからば御免!」
ジライダの残した言葉に、全く期待していないと伝わる表情を浮かべたユウヒは、見送る様にではなく追い出す様に手を振り答え、そんなユウヒに苦笑を浮かべたゴエンモは、敬礼を一つしてみせると、先に行った二人を追いかける様に窓から飛び出る。
「ふむ・・・忍者っていたんだな? どこの里かな?」
「さぁ? でも中々の戦闘力ね、あの身のこなしだけでもトップクラスに十分入るんじゃない?」
窓から跳び出し、住宅の屋根から屋根へと跳び跳ね遠く離れて行く三人の忍者に、窓辺までやってきたユウヒの両親はどこかずれた感想を口にし、しかし揃って感心した様に頷く。
「なんのトップか知らんが、聞き耳たててたな?」
一方、呆れ疲れたユウヒはベッドに腰掛けると、仲良く窓の外を眺める二人をじとっとした目で見詰め、ため息交じりに問い詰める。
「まぁな!」
「その方がいい気がして!」
「・・・反省も後悔もしてない顔だ」
普通ならばつの悪そうな表情の一つもしそうなものだが、そんな常識は天野家に存在しないのか、呆れた表情を浮かべるユウヒに、両親二人は一切悪びれる様子もない輝くような笑顔を振り返り浮かべて魅せるのであった。
ちなみに、玄関で脱いだ靴を懐に入れて持っていく言う周到さを見せた三人が、ヒゾウを先頭にしてしまった為にこの後迷子になるのは、完全な余談である。
いかがでしたでしょうか?
入る時は常識通りに玄関から入った三人ですが、彼らの常識的行動は長く続かない様で窓から飛び立った三人でした。非常識ばかりで構成されていくお話はどこに行くのか、次回もお楽しみに。
では今日もこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




