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ワールズダスト ~現世に現れし黒き森~  作者: Hekuto
第一章 救出と救済

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第四十九話 一時帰宅

 どうもHekutoです。


 修正等完了しましたので投稿させていただきます。お暇のお供にでも楽しんで頂ければ幸いです。



『一時帰宅』


 暗くジメジメとしたビルの影、人の気配のない場所でそれはうごめいていた。


「・・・」

 騒ぐこともなくただゆっくりと体を動かし、その様子はまるで周囲を警戒する獣の様である。


「・・・・・・」

 身を屈め周囲を窺っていたその影は、危険が無い事を確認すると徐に起き上がり、ビルとビルの隙間から差し込む太陽の光に目を細めた。


「なるほど、出口はここで固定になるのか・・・人は居ないみたいだな」

 と、なんだかんだ怪しげに説明しているが、影の正体はユウヒである。暗い理由は黒いドームの影響で、ジメジメしているのは空気の通りの悪いビルとビルの間であるため、また周囲を警戒していたのは、ドームに近づく馬鹿を保護する為に、日夜走り回る国家権力の影を気にしての行動だった。


「警戒線は引かれているが、割と穴だらけだな」

 そんなユウヒはビルの影から顔を出して周囲を窺うと、【探知】の魔法を併用しながら安全な脱出経路を確認するも、その穴だらけな警戒網に妙な違和感を感じて首を傾げる。


「今何時だ? 昼チョイ前ぐらいかな・・・ふむふむ、とりま家に帰るか」

 しかし都合が良いのは確かなため、深く気にしないことにしたユウヒはビルの隙間から外に出ると周囲を窺う。ユウヒの目に映るのはアーケード街の中央付近にある屋根の途切れた場所、そこは避難勧告がなされているのか、入り組んだビルの隙間から出た周囲の光景は、もうすぐ昼だと言うのに人が少なくいつもと違うとてもさみし気な風が吹いていた。





 人が少なくなっても暑さは変わらない街をユウヒがふらふら歩いている頃、とある家庭の玄関口では、一人の男がこれから戦場に出向くような表情で座っていた。


「・・・よし」

 小さく何かを確認するように立ち上がった男性は、体中から重々しいを音を立てながら一歩足を踏み出す。


「うふふ、どこに行くのかしらア・ナ・タ?」


「はっ!? いやぁこれはそのトイレにだな」

 しかしその一歩は彼にとって最後の一歩であったようで、次の足を踏み出そうとした瞬間柔らかく細い手で肩を掴まれ、背後から聞こえてくる冷え切った優しい声と、肩を掴む手に込められていく万力の様な感触に、男・・・ユウヒの父である勇治は引きつった声を洩らし、硬直して動けない体で言い訳を始める。


「そんな重装備で行かないといけないトイレって、どんなとこなのかしらね?」

 だがそんな言い訳が通じるわけもなく、ユウヒが予想した通り暴走を始めた父は、妻の口から紡がれる優しくも冷たい声に、どこからどう見ても銃刀法違反待ったなしの荷物を揺らし震えはじめる。


「その、これは、未開のトイレを開拓へぶ!?」

 自分の意志に反して硬直する体に力を籠めた勇治は、活路を見出すために最大限の笑顔を浮かべて振りかえると、一貫した言い訳を口にしたのだが、その言葉は彼の腹部を鋭く突き刺した明華の拳によって強制的に途切れてしまう。


「はぁい、大人しく待ってましょうねぇ」


「ぐふぅ・・・」

 鋭く内部にまで響く様な一撃に崩れ落ちた勇治は、明華に服の襟を掴まれると悲しそうな呻き声を洩らしながらリビングに引きずられていく。どこからそんな力が生まれるのか、体格の良い勇治と抱える大荷物をまとめて引きずる彼女の表情は涼しいものであり、鼻歌すら聞こえてきそうである。


「それにぃもうすぐ帰ってくるんだから、今出て行ったら入れ違いになるでしょぉ?」


「何! 帰ってくるのか! ・・・よかった、流華! お父さんが最初に抱きしめてやるからなぁ!」

 どこからどう見ても満身創痍な表情の勇治は、リビングまで引きずられてくると襟首を離され地面に潰えた。しかし、明華が子供に言い聞かせるような声であることについて話した瞬間、燐光でも幻視しそうな勢いで目を見開いた勇治は、大荷物ごと勢い良く起き上がり、彼女の目を見て予想が当たっていたと確信すると、子供の様にはしゃぎ始める。


「・・・流華ちゃんも、とは言ってないんだけどなぁ」

 子供の様にはしゃぎ鼻息荒く娘の帰りを待つ夫の姿に、明華は思わず苦笑を浮かべ困った様に肩を竦めると、誰が帰ってくるのかなんとなく勘でわかる彼女は、その後の展開までも思い浮かべくすくすと笑い声を零すのであった。





 一方その頃、すでにユウヒが出た後の黒いドームの近くでは、怪しげな黒い影が人通りのほとんどないアーケード街で、揺らいで見えるドームを見上げていた。


「たぶんここに入ったと思うでござる」

「元魔窟公園ドームかぁ」

「どうするよ? あんまいい思い出無いぞここ」


 その影はユウヒを探し回っている忍者達である。聞き込みやら立ち聞きやらを繰り返し、ユウヒが入ったと思われるドームを特定したのは良いのだが、そこは彼らにとってあまり良い思い出の無いドームであり、その感情はドームを見上げる彼らの表情にも見て取れる。


「まぁ確かに、入ったとしてユウヒに会えるかわからんしな」

「ヒゾウだと確実に二次災害でござるな」


 出来れば入りたくないと言った表情で首を傾げるヒゾウに、ジライダも同じ気持ちなのか腕を組むと、どうしたものかと言った顔で唸る。実際入れば待っているのは異世界であり、そこからユウヒを探すのは道具を使っても大変であろう。そんな現状に、方向音痴なヒゾウ付きだとなおさら大変だと、困った様に呟くゴエンモとショックを受けた様に勢いよく振り返るヒゾウ。


「てか、警戒線が広くなってないか? あとちらほら見覚えのあるくすんだ緑色の車とかも増えてるしよ」

「どっからどう見ても立派な高機動車でござるな」

「自衛隊もきてんのかよ」


 ショックを受けるも何も言えないヒゾウは、釈然としない表情を浮かべながらも、日本に帰ってきた当初より閑散とした印象を受ける周囲に目を凝らし、厳つい車両群を見つけると若干目を輝かせる。ミリオタ気質のある三人には、普通とは毛色の違う車がなんなのかすぐにわかる様で、その車を使う人種にもすぐ思い至った様だ。


「とりあえず、もう少しこっちを探してからでござるな」

「そだな、入るにしても夜じゃないと目立つか」

「昼間なのに真っ黒忍び装束とかww忍つもりが無いですね解りますwww」


 人の居る場所から離れているとは言え、黒尽くめの忍者は眩しい日差しの降り注ぐ中で良く目立つらしく、視線を感じ始めたゴエンモ達はビルの影に隠れると、その場から飛び上がり場所を移動する。ユウヒがすでにドームから出て家に向かったことを、この三人が知って落ち込むのは、この数時間後なのであった。





 忍者達が額に汗しながらユウヒの行方を捜している頃、


「ふぅ、やっとついた。とりあえず風呂に入りたいなぁ」

 当の本人はと言うと、途中で買ったのであろう半分以上飲まれたペットボトル飲料片手に、自宅玄関の影で額の汗を腕で拭っていた。魔力不足の件もあり魔法を使わず歩いて帰ってきたユウヒは、夏の日差しによって体の水分を搾り取られてしまったようだ。


「ただい「おかえりー!」ぬぉ・・・」

 全身に汗を掻いて気持ち悪そうな表情を浮かべたユウヒが、きっと涼しいであろう外界と隔絶された玄関の向こうに思いを馳せがら扉を開けた瞬間、本来飛び込んで来るはずだった室内の光景の代わりに、母親が文字通り飛びついてくるのだった。


「おお! 帰ったか流華!」


「なんでいつも待ち伏せするかな・・・」

 

「えへへーくんかくんか」


「流華は! 流華はどこだ!」

 汗でしっとりと湿っている息子を力いっぱい抱きしめ、あまつさえ首筋に鼻を埋め臭いを嗅ぐ母親の姿にげんなりとした表情を浮かべるユウヒは、その後ろで流華の名前を連呼しながら辺りを見回す父親の姿に脱力を極める。


「・・・あぁ、まだ帰ってこないよ?」


「なん、だと・・・」

 眩暈にも似た虚脱感を感じたユウヒは、気力で息を吸いこむと、嗅ぎなれた香りのする明華の体を引き剥がしながら、父親である勇治にほんの少しだけ申し訳なさそうに事実を告げる。尚、この間必死に明華から体を引き剥がそうとして居たユウヒだが、その密着した体は数ミリほどしか動かせず、地味にへこむユウヒ。


「まぁその辺も話すから、先に風呂に入らせてくれ」


「えー、もう少しこのままってあん・・・逃げられちゃった」

 しかしユウヒのかけた声に、明華が不満そうな声を上げながら少し体を放した瞬間、最後の力を振り絞り勢いよくしゃがんだユウヒは、母親からのタコの様な抱きつきから逃れ靴を放り捨てると、力なく崩れて両手を床につける勇治の隣をすり抜け素早く室内に駆けて行くのであった。





 それから小一時間後、風呂に入りさっぱりしたユウヒは、冷房が効いた涼しいリビングのソファーに身を預け、


「・・・で? なんで流華が居ないんだ? お? うん? きりきりはなさばっ!?」

 暑苦しい表情の勇治に詰め寄られていた。が、ユウヒの視界の端でニコニコとした笑みを浮かべていた明華の手元がぶれたと思った瞬間、テーブルの上にチンピラの様に座りキスでも出来そうな距離で睨みつけていた勇治の体は、くの字に折れ曲がりテーブルから落下する。


「テーブルに乗らないの、それでどうだったの? 流華ちゃんとお友達は見つかったかしら」


「・・・まぁ一応見つかりはしたけどいろいろあってね」

 テーブルから落とされた父親の姿に何とも言えない表情を浮かべ、続いて母親の右手から煙でも上がっていそうな幻覚を見たユウヒ。しかしこれもいつもの事だと気を取り直すと、後ずさりクッションに沈めていた背中をソファーから起こしながら、明華の問いに答え始める。


「い、いろいろだと、まさか・・・いやしかしそれでも、待てよ美人な流華の事だからきっと、そういうことか!?」

 ユウヒの説明が始まると、テーブルから落とされ苦悶の表情を浮かべていた勇治が復活し、勢いよく起き上がるとユウヒの話したほんの少しの言葉から何を想像したのか、百面相を繰り広げ悲しみと驚愕と怒りに満ちた表情でユウヒに振り替えって見せた。


「どういうことだよ、ちょっと流華の奴が足首捻挫しちゃてさ」


「あら、大丈夫なの?」


「数日休めば問題ないと思う。あとお馬鹿な友人たちも元気は元気なんだけど、それなりに怪我も疲労もしてるから、異世界でバカンスやって帰ってくる予定だよ」


「よかった♪」

 そんなある意味いつもの父親の姿に肩を落としたユウヒは、後ろ襟を掴まれる鎖に繋がれた犬の様な勇治に呆れた表情を隠すことなく突っ込みを入れ、その後ろ襟をつかむ明華に続きを説明していく。ユウヒの説明に少し不安そうな表情を浮かべるも、その内容が軽いものだとわかり、さらにバカンスまでしてくると聞くと、明華は少し羨ましそうに微笑む。


「むぅ・・・捻挫だけか?」

 息子と妻のやり取りを見て小さく唸った勇治は、ソファーにゆっくりと腰を下ろすと、腕を組んでずいぶんと落ち着いた表情で何事か考えると、静かな声でユウヒを見詰め問いかける。


「他はかすり傷とか擦り傷とかあるけど綺麗に治せるから、父さんが心配する様なことは一切ないよ」


「・・・ならばよし!」

 どうやら、後遺症や傷跡が残る様な怪我の心配をしたようであるが、苦笑を浮かべて見せるユウヒをしばし見詰めると、大きく目を見開き深く頷いて見せた。ここに来てようやく落ち着いたと見える父親の姿に、いつものことながら苦笑を禁じ得ないユウヒであった。


「それでユウちゃんはまたとんぼ返り?」


「いや、親御さんとか家族とかに報告して回る予定だからすぐには戻らないよ」

 落ち着いたところで少し照れている様子の勇治に微笑んだ明華は、呆れた表情を浮かべるユウヒに目を向けると、今後の予定について問いかける。その問いかけに、ユウヒは友人たちから頼まれた伝言を思い出しながら首を横に振ると、すぐには戻らないと今後の予定を話す。


「お母さんが連絡しておいてもいいわよ?」


「んーまぁ直接俺が行った方が話は早いだろうからいいよ」

 ユウヒの友人であればある程度誰であるか分かっている明華の提案に、ユウヒは困った様に笑うと、もっともらしい言い訳を口にして彼女の提案を断る。実際に自分で話した方が早いと考えたユウヒであるが、それ以上に母の目の輝きに余計な事をしそうな嫌な予感を感じたからであった。


「・・・はぁ、しっかし無事でよかったが本当にドームの向こうは異世界だったんだな」


「間違いなくね」

 一方勇治は、視線で牽制し合う妻と息子の姿に苦笑を浮かべると、一つ溜息を吐いてドームについて、なんと言っていいのかわからないと言った調子の声を漏らし、その言葉に明華から視線を外したユウヒは一つ頷きその言葉を肯定する。


「まるで御伽話の世界だな、ほかのドームも一緒なんかね? 俺の仕事関係も最近キナ臭くてよ・・・」

 ユウヒの肯定に、勇治は肩を竦めて見せると自分のスマホを取り出し、そこに何が映し出されているのか、非常にめんどくさそうな表情で頭掻く。勇治の仕事についてある程度把握しているユウヒは、顰め面を浮かべる父親の姿に少し心配そうな表情を浮かべる。


「じぇにふぁーもいろいろと情報収集してるみたいだから、行って来たら? お小遣いくれるわよぉ」


「お、マジで? お金の当てが無いからどうしようかと思ってたんだよね。この後さっそく行ってみるよ」

 しかしそんな父親への心配より、失業した自分の懐事情の方が優先なのか、明華からの朗報に目を輝かせるユウヒ。一気に表情を変えた息子の姿にどこか寂しそうな表情を浮かべる勇治は、しかしそれもしょうがないかと肩を落とす。


「・・・お母さんの脛、齧っていいのよ?」

 一方、息子の反応に不服な者がもう一人、じぇにふぁーと会うことに喜んでいるように見えるユウヒの姿に、怒ったフグの様に頬を膨らませた明華である。しかしすぐに何か思いついたのかパッと笑顔を浮かべると、ソファーに座るユウヒの前にどこか艶めかしく、見せつける様に右足を差し出し、頬を赤らめながら実の息子に対して向けるには若干可笑しい色合いの流し目を送るのであった。


「ダメだ! マイハニーの体は全て俺のものだ!」


「・・・はいはい、暑い暑い」

 いきなり目の前でガウチョパンツをたくし上げ、自らの生足を披露しだした母親の姿にぽかんとした表情を浮かべるユウヒ。そんなユウヒが何か口にしようとする前に、即座に反応した勇治は立ち上がると明華を庇うように息子に立ちはだかり、そんな両親の姿にユウヒはどこまでも冷たい目で平坦な声を零すのであった。


「私はユウちゃんがいいのに・・・あ、そういえばお昼まだよね? すぐ準備するから」

 目の前に立ちはだかる勇治の背中に、明華は不服そうなにしながら足を下ろすと、すぐにまた別の作戦でも思いついたのか小さな声を漏らし立ち上がり、息子の胃を掴むべくキッチンに向かう。


「あぁ軽くでいいわ、それ食ったらトレビ庵行ってくる」


「ぐぬぬ、昼間っから歓楽街とは良いご「はいはい」・・・ユウヒ、パパに冷たくないかい?」

 勇治の向こう側のキッチンへ向かう母にユウヒが軽く返事を返す一方、勇治は二人の間で視線を彷徨わせると悔しげに唸り声を洩らし、鬱憤の籠った声でユウヒをからかおうとするも、その言葉も軽くあしらわれてしまい寂しそうな表情で項垂れる。


 昔がどうであったかは語らないが、最近の天野一家はこんな感じであった。


「パパとか呼んだことねーしキモイ」


「くっ・・・毎度ながら、ユウヒの言葉はまるでバヨネットみたいに鋭く胸に刺さるな」


「なんじゃそら」

 心底気持ち悪そうな表情を浮かべるユウヒの容赦ない鋭い突っ込みに、胸を押さえ崩れ落ちた勇治は静かに涙を流し、そんな父親の姿にユウヒは深いため息交じりの言葉を洩らすと、呆れた様にソファーに深く沈み込むも、口元だけは不思議と楽しげな弧を描いているのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 一時帰宅したユウヒと、案の定暴走していた勇治と物理的にしずめていた明華と、ユウヒの行動に翻弄される忍者達でした。楽しんで頂けたのなら幸いです。


 それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー

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