第四話 懐かしき母校と再会
どうもHekutoです。
修正等完了いたしましたので投稿させて頂きます。ユウヒの日常で、忙し毎日の中にほんの少しの安らぎを感じていただければ幸いです。
『懐かしき母校と再会』
入館者用の名札を渡されたユウヒは、首から慣れない名札を下げて第二体育館と呼ばれる建物までやってきていた。
この体育館は通称『小体館』などと生徒に呼ばれる二階建ての体育館で、主にそれほど天井高を必要としない授業やスポーツに使われている。
「小体館、久しぶりに来たけど・・・縁が薄いからあまり思い出が無いな」
しかし帰宅部のユウヒにとっては縁が薄かった様で、今の姿と昔の姿との差異が分からず、二階建ての建物を見上げるユウヒの表情には、懐かしむ様な表情は浮かんでいないようだ。
「ダンス部、ダンス部・・・そういえば最近の小学生は授業でダンスを踊るとか聞いたな」
男性事務員から教えてもらった聞きなれない部活動の名前を口にしながら、第二体育館の一階内部をこっそり覗くユウヒ、それほど長い期間でもないのだろうが、様変わりしていく学校風景と言うものにユウヒは時間の流れを感じざるを得ない様子である。
「ダンスとか無理、俺の時代には無くてよかったわ。んー下は違うのかな? 新体操はダンスと違うよな・・・てか女子しかいねぇって、これは不味いな」
ダンス部を探しながら自分がダンスをしている想像をしてしまったユウヒは、その想像に思わず気持ち悪そうな表情を浮かべた。その想像を振り払うように、体育館の窓から一階内部を目にしたユウヒは、目の前に広がる女子高生の集団に今度は顔を引きつらせる。
「・・・ふぅ、通報される前に退散した方がいんだろけど、収穫なしじゃな」
どう考えても今の自分が不審者でしかない現状に、騒ぎになる前に迅速かつ静かにその場を去ったユウヒは、聞こえてくる一階の様子に変化が無いことを確認すると、ほっと息を吐いて二階へ続く外階段を上り始めた。
「科学部実験中入室厳禁、卓球部使用中、料理部試食会準備中・・・気になるっていやいや」
一階より二階の方が横に広く、天井は逆に低い構造となっている第二体育館は、可動式の壁で室内を細かく区分け出来る。その為に複数用意された扉には、部活動の名前なのであろう使用中を表す張り紙がなされており、僅かに心惹かれる文言に誘惑されながらもユウヒは目的の部活名を探して行った。
「お、あったダンス部使用中、たぶんここだよな?」
誘惑と闘いながらもお目当ての名称を見つけたユウヒは、立ち止まると中から聞こえてくる音楽に頷いて、そっと半開きにされた鉄扉に近づく。
「失礼しまー・・・」
「え・・・」
半開きの引き戸から顔だけ室内に入れて、小さな声で入室の挨拶を告げたユウヒは、練習着なのであろう動きやすそうなゆとりのあるTシャツと、学校指定と思われる短パンを履いた女子高生と目が合ってしまう。
「えっと、ダンス部の子?」
「・・・あ、はい!」
引きつりそうになる顔に必死で営業スマイルを張り付けると、警戒されないように細心の注意を払いながらそのままの姿勢で問いかける。そんなユウヒの姿に、休憩中だったらしい女の子は驚いた表情で身構えるも、ユウヒの首にかかった名札に目を向けると納得したように遅れて返事を返す。
「顧問のこと・・・ことなんだっけ?」
「琴音先生ですか?」
「あ、それだ。居るかな? ちょっと用事があって来たんだけど」
首から下げている『来館許可証』と書かれた名札の力に感謝しつつ、ユウヒは早々に本題について問いかける。しかし名前がすぐ出てこないユウヒに、ダンス部の女の子はどこか好奇心の見え隠れする目で、ユウヒを見詰めながら首を傾げ問いかけ、その助け舟で名前を思い出したユウヒを見て可笑しそうに微笑む。
「はい、適当にその辺で待っててください。すぐ呼んできます!」
「え? あ、あぁいっちゃった・・・流石ダンス部、動きが機敏だな」
ユウヒの見せる何とも締まらない姿に安心したのか、僅かに強張っていた表情を楽しそうに微笑ませた少女は、パイプ椅子を指さして待っているように告げると、その場を駆け出して行き、ユウヒに妙な感心をさせるのであった。
それから数分後、パイプ椅子には座ってはいないが室内に靴を脱いで入室したユウヒは、目の保養とばかりにダンス練習をする女子高生たちを微笑まし気に見詰めていた。
「それにしてもダンス部かぁ・・・時代は変わったなぁ」
その視線も考えもどこか枯れた印象を与えるもので、そのおかげか周囲からの視線もそれほど悪いものでは無いようだ。
「そんなしみじみと言われるほど変わってないわよ? 夕陽君」
「へ?」
ユウヒがしみじみと感じた事をそのまま呟いていると、隣から苦笑交じりな女性の声がかかり、気を抜いていたユウヒはきょとんとした表情で声のした方へと振り返る。
「お久しぶりね? 夕陽君は覚えてくれているかわからないけど」
ユウヒが振り返った先には、緩めのポニーテールを揺らす美女が立っており、ユウヒの顔を確認すると落ち着いた雰囲気の中にもどこか嬉しそうな笑みを浮かべ、キョトンとした表情のユウヒに微笑みかけていた。
「・・・・・・・・・は! ねねちゃん先生!?」
急にかけられた声に驚くもすぐに目の前の女性を凝視するユウヒ、しかしその表情は理解を示す物では無く思考中、または忘れた事を思い出している最中のものである。
「ものすごく長い間も気になるけど、結局その呼び方のままなんだね・・・」
しかも地味に長い間が続いたことで、相手の女性も次第に顔が不安そうな表情へと変わり、ようやく思い出したユウヒの言葉に喜ぶよりも飽きれ方が上回ってしまうのだった。
「そういえば先生の正式名称は琴音でしたね、すっかり忘れてました」
「ねぇ、今ものすごく失礼な事言ってるって・・・自覚ある?」
「あはは、お久しぶりです猫屋敷先生」
ユウヒの目の前に現れた美人教師の名前は、猫屋敷 琴音と言い、ユウヒが高校三年の時にやって来た教育実習生である。正式に教師となった事を知らなかったユウヒは、本人を目の前にして昔の記憶がよみがえったようで、ジト目で見詰めてくる琴音に苦笑いと渇いた笑い声を洩らしてしまう。
「ねね先生でも構わないわよ? ・・・それで今日はどうしたの?」
「あ、そうでした。先生のクラスに家の妹がいるんですが、最近見ませんでした?」
ユウヒの困った顔を見て溜息を漏らした琴音は、肩から力を抜くと可笑しそうに笑みを浮かべながら訪ねてきた理由を問い掛け、ユウヒは本題に入る。
「夕陽君の苗字って天野、もしかして流華さん? ・・・そうなの、んー少し前にお兄さんを見なかったかって聞きまわっていたそうだけど、行方不明のお兄さんってもしかして?」
ユウヒの問い掛けに何かを思い出すような素振りを見せた琴音は、苗字から流華に思い当たったらしく、それと同時に最近の出来事にも思い当たり驚いた様子でユウヒを見詰めた。
「あはは、ちょっとドームの向こうに行ってまして」
大きな瞳をさらに見開いて見詰められたユウヒは、苦笑を洩らしながら何でもない事の様に嘘を吐くが、行方不明であったと言う意味では強ち間違いとも言えない。
「ええ!? だ、大丈夫なの? 怪我とかないの? そういえば目の色が・・・視力は大丈夫なの? 病院は行ったのかな?」
「ちょ落ち着いて、大丈夫ですから」
なるべく大げさにならない様にと言うユウヒの苦肉の策も、目の前の真面目で心配性な女性には効果が無かったらしく、幾分顔を蒼くした琴音は、周りの目を気にかける事もせずユウヒの体の彼方此方を触り始め、さらにはユウヒの目の色に気が付くとその目を間近から覗き込み始める。
そんな彼女の行動に驚きながらも苦笑いを浮かべたユウヒは、両手を琴音の肩に置いてその行動を制止させると、苦笑いを浮かべたまま彼女を宥めるのだった。
「あ、ごめんなさいちょっとびっくりしちゃって」
「変わんないですね、まぁそんなわけで俺を探していたらしい妹と連絡がつかなくて」
ユウヒの声で落ち着きを取り戻した琴音であるが、その行動は教育実習の頃から変わらないのか、頬を赤くして照れる琴音の姿を見て、ユウヒはどこか懐かしそうに苦笑いを浮かべる。
「・・・そうなの、確かあなたを見なかったかって、クラスの子や部の子に聞いてまわっていたような・・・あ、佐々良さーんちょっと来てくれる!」
「はぁーい!」
いろんな意味で苦笑を浮かべたユウヒの言葉に、琴音は心配そうに眉を寄せ考え込む。しかしすぐに何かを思い出したのか小さく吐息を洩らすと、何故かダンスの練習を中断してユウヒと琴音に興味深げな視線を向けていた女子高生の集団に声をかけ、一人の生徒を呼び出す。
「ん?」
「どうしたんですか先生? わ、近くだとさらにかっこゲフン! こ、この人誰ですか?」
集団から何か言われながら小走りでやって来る小柄な女の子にユウヒは首を傾げ、小走りでやって来た彼女はユウヒの顔を見るなり何か叫びかけ、その叫びを咽ながら誤魔化すと、取り繕う様に琴音に首を傾げて見せる。
「こちらは天野さんのお兄さんで夕陽君、昔この学校で先生がお世話になった人よ。この子は佐々良さん、流華さんと同じクラスの子なの」
「お、お世話・・・ん? 流華のお兄さんは行方不明って」
ちらちらとユウヒを横目で見ながら、琴音に説明を求める様な視線を送る少女の名前は、佐々良と言い。流華とはそれなりに仲の良い友人だったのか、兄であるユウヒが行方不明になっていたことも知っている様子であった。
「初めまして、昨日無事ドームから帰って来てね、最近流華を見てないかな?」
「へ? あ、うん・・・あ、二日くらい前にみたぁました!」
琴音の説明になぜか顔を赤くした佐々良は、行方不明と聞いていた人物の急な出現に小首を傾げて見せ、ユウヒに話しかけられるとまた顔を赤くして目を泳がせる。
「はは、無理に敬語は使わなくていいよ」
そんな彼女は二日前に流華を見たらしく、恥かしそうにユウヒを見上げると、自然と視線は上目遣いになり、その恐る恐ると言った少女の姿にユウヒは苦笑を浮かべ、なるべく語気を柔らかくしながら声をかけた。
「すみません、えっと二日前に駅じゃない方の繁華街で熊みたいに大きな人と一緒に居たのを見たのが最後で・・・何かあったのぉですか?」
「あぁ大丈夫だよ、ちょっと連絡が取れないだけで大事じゃないから」
敬語を使いなれないながらも必死に丁寧な言葉遣い心がける佐々良の姿に、懐かしくも微笑ましい感情を感じたユウヒは、彼女の説明に一瞬眉を動かすと、心配そうな佐々良を心配させない様に言葉を選ぶ。そんなユウヒの柔らかめな語気や気遣いが功を奏したのか、幾分強張りの抜けた佐々良は声を出さずに小さく何度か頷いて見せる。
「ありがとう繁華街だね、それじゃ・・・? そっちあたってみます」
ユウヒは一度佐々良にお礼を言うと、この場を離れる前に琴音にも一声かけようとしたユウヒであったが、顔を向けた先の琴音が微笑んでいたことに思わず首を傾げてしまう。
「そう、気を付けてね? 最近物騒だから」
「はい、ねねちゃん先生も体に気を付けてください」
どうやら目の前のやり取りが微笑ましかったようだが、ユウヒの言葉に表情を戻すと心配そうに眉を寄せるも、ユウヒの返事に満足そうな笑みを浮かべた。
「ああそうだ、これでダンス部の子に飲み物かアイスでも買ってあげてください」
そんな別れの挨拶もほどほどに、体育館から出て靴を履いたユウヒは、何かを思いつくと見送りの琴音と、なぜか一緒に見送りに来てくれた佐々良に振り返り、財布から女性の描かれたお札を一枚取り出すと、琴音の手を取りその掌にそっと置く。
「お、おお!」
「あら・・・ふふ、夕陽君もすっかり大人になったのね」
その行動に、佐々良は歓喜の声を洩らし輝く目で琴音の掌にのせられたお札とユウヒの顔見比べ、琴音は一瞬驚くもユウヒの見せた行動にどこか可笑しそうな笑い声を零す。
「さぁ? 自分ではわかりませんね。そいじゃありがとね」
「は、はい! こちらこそ!」
琴音の言葉尻から感じる生暖かい感情に、ユウヒは恍けた調子で肩を竦めて見せると、佐々良に手を振りその場を後にする。
そんなユウヒの背中を見送る琴音の目は、微笑ましさと僅かな寂しさで眩しそうに細められ、その隣では対照的にキラキラと若さを感じる瞳がめいっぱい開かれているのであった。
じりじりと夏の太陽に焼かれた地面を歩くユウヒ、その表情はいつもの勘により何かを察した表情をしていたが、それ以上に疲労を感じさせる目をしている。
「熊、ねぇ・・・はぁ」
ユウヒは第二体育館を背に立ち止まり、小さく何事か呟き背後に少し目を向けると、疲れをそのまま吐いたかのような溜息を洩らし、再度歩き始めた。
一方その頃、バイト忍者達はとある公園のベンチに集まり、昼食なのかコンビニから買ってきたと思われるパッケージを開きながら、これからの事について相談をしている様だ。どうやら彼らもまた、ドーム被害の割を食った者の様である。
「さてどうするか・・・バイト先が物理的に潰れてしまったのだが、マヨタマサンドは安定だな」
「ジライダも? 俺のところもなんだよなぁ、再建して働くより被災店舗援助金貰った方が儲かるってさ・・・うそだと言ってよバーニャカウダーもぐもぐ、うまし!」
「ひ、酷い話でござるな・・・まぁ、拙者も似た様なものでござるが・・・あれ? シャケじゃなくて梅なんだけどこれ」
ユウヒと差はあれど、それぞれに職を失った三人は、肩を落としてそれぞれの状況を説明しながら食事を摂り、その夢も希望も無い互いの報告に顔を苦悩と無気力で力なく歪めていた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
一通りしゃべり終わった彼らはベンチで項垂れ、気のせいかその口からはタバコも吸ってもいないにも関わらず、白い靄が空に向かって漏れ出ている様にも見える。
「「「どうすっかなぁぁ」」」
口から漏らしてはいけない何かを漏らしていた三人は、示し合わせたかのように同時に立ち上がり、互いに見つめ合ったかと思うと、空を仰いで頭を抱え全く同じ言葉を空に向かって、狼煙の様に吠えるのであった。
いかがでしたでしょうか?
知らない成人男性が高校の中を歩き回り、さらに女子生徒が汗を流す体育館をこっそり覗く・・・どう考えても通報待ったなしですね。という許可証の存在のありがたみを感じるお話でした。
そんなわけで、ユウヒの妹足取り調査はまだまだ続く様です。次回もここでお会いしましょう。さようならー