第三十六話 降臨するは氷原の魔王
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので投稿させていただきます。ほんの一時でも皆様に楽しんでもらえれば幸いです。
『降臨するは氷原の魔王』
エルフの精霊騎士団が、窮地に陥っていたルカ達の下へ到着している頃、ルカ達の下へと駆けつけ・・・いや、飛んできているユウヒは、
「にゃぁぁぁぁぁあああああ!?」
「捕まっときゃ落ちねぇから落ち着けネム!」
背中に叫ぶ三毛猫少女をぶら下げながら困った表情を浮かべていた。
「いやいやいやいやいや!? むりにゃ! むりだから! とんでるんだよ!?」
まさに泣き叫ぶと言う言葉が似合う姿を見せるネムは、ユウヒの言葉を聞くと全力で否定してみせる。それも仕方ない事で、飛行機など存在せず空を飛べる者も極限られた種族だけと言うこの異世界で、空を飛んだ経験がある獣人、ましてやネシュ族など今まで存在しないのだ。
「まぁ言いたいことは解るけどな、【探知】【範囲収束延長】・・・よし捉えた」
背中のネムの言い分も分からないでもないユウヒは、しかしその速度を緩めるわけにも行かず、高い高度を取っていることによる恐怖と寒さに震えるネムを少しでも早く開放するべく、じわりじわりと速度を速めながら、思ったように性能の上がらないながらも少し工夫した【探知】で捉えたルカ達の下へと急ぐ。
「あぁ、もうげんかいにゃ」
「もう少しだがんばれ・・・いかん、これはまずいぞ」
「まずいにゃぁ」
寒さと恐怖で腕の力が緩んでいくネムにエールを送りながら、進行方向の状況を確認していたユウヒは、後方に吹き飛ばされたオークが大きな岩を担ぎ出したという、【探知】からの情報を確認し小さく声を洩らす。
「あいつらの前で魔法はいろいろな意味で厄介だが、ヒーローでもない弱者には躊躇や手加減なんて選択を選ぶ余裕なんて、元々存在しないか・・・」
「ゆ、ユウヒ?」
明らかに岩を投げる気満々のオークと、その動きに気が付かないルカや友人たちの姿に一瞬魔法の使用を悩むものの、かつてワールズダストでも感じたある種の感情を思い出すと、小さく呟いてその瞳に仄暗い光を宿すユウヒ。そんな小さな声と共にユウヒから漏れだした寒気すら感じる威圧感に、ネムは空に居る恐怖を忘れたかのようにユウヒの背中から彼の表情を覗き込む。
しかし次の瞬間、
「【加速】」
「うにゃぁ!?」
ユウヒの魔法により瞬間的に上がった飛行速度と、急激に下がっていく高度に驚きの声をあげるネム。
「しっかりしがみ付いとけよ! 遍く事象を破壊し尽せ! 【フリージングデストラクション】永劫を旅せし星の涙!【ミニマムコメット】」
そんなネムを気にしながらも、青と金の瞳に魔力の光を灯らせたユウヒは、膨大な魔力により生み出された破壊の為だけの魔法と、どこからともなく現れた巨大な氷塊を地面に向けて高速で射出する。
破壊するためだけの魔法は、尋常じゃない冷気を伴い大岩の尽くを粉微塵に破壊してみせ、射出された巨大な氷塊は、魔法によって与えられた運動エネルギーにより、今にも突撃を慣行しようとしていたオーク族の前にその身を落とし、衝撃波をまき散らしながら半身ほどを地面に埋める。
「も、もうだめにゃぁぁきゃん!」
そんな地面に落とされた巨大な氷塊の上にふわりと舞い降りたユウヒは、途中で力尽き腕を放してしまったネムを片腕で受け止めそのまま氷塊の上に下ろすと、ちらりとルカと友人たちに目を向けた後、そのまま視線をオーク達に向けて口を開く。
「・・・この糞豚共! よくも家の可愛い妹泣かしてくれたな! こんだけやっておいて無事に帰れると思うなよ!」
あちこちに傷を負ったパフェ達や、最近では滅多に涙を見せなくなったルカの泣き顔に、瞳のハイライトを消し去ったユウヒは、普段は見せない内なる感情を爆発させて叫ぶよう様に声を張り上げた。
名も無き異世界の地に、異界にて魔王と呼ばれた一人の男が降臨した瞬間である。
一方、そんなユウヒの咆哮を耳にした者達はと言うと、
「おにいちゃん・・・」
ルカは涙を拭くことすら忘れて呆けたようにユウヒを見上げており、その表情からは困惑の感情が見て取れる。
「ゆ、ユウヒ「ピギイイイ!!」うお!?」
またクマはホッとした様にユウヒの名を口にするも、その声はオーク達のユウヒに対する威嚇の声でかき消され、彼はその大きな鳴き声に思わず身を屈めていた。
「プギイイイピギイイ!!」
「ブウブウうっせんだよ! うらぁ!」
オーク達の威嚇は鳴き声だけに留まらず、氷塊の上から見下ろしてくるユウヒに向かって多数の石が投げられ始めるが、いつものユウヒからは想像もできない声色と口調と共に、投げられた石は美しい氷の槍で打ち返される。
「ピギィィ!?」
「お、おにい・・・ちゃん?」
次々に飛んでくる石つぶてを尽く打ち返し、打ち返された石つぶてによりオーク達が悲鳴を上げる光景に、ルカが困惑し引き攣った声を洩らす一方、
「あぁやばいなぁ」
「ままま、魔王モード・・・」
「あららぁ」
「あっはは・・・これは死んだかもねぇ」
彼女の背後では大人たちが様々な表情で、しかし揃って恐怖に顔を蒼く染めていた。
状況を正しく理解してしまったクマは乾いた笑い混じりの声を洩らし、力なくその場に尻餅をついたパフェは恐怖に震えあがる。またメロンは、一見いつもと変わらない微笑みを浮かべているように見えるが、その顔や体から血の気が引いて真っ蒼であり、同じく血の気の引いた笑みを浮かべたリンゴの目は虚ろに揺れていた。
「そこのお馬鹿共! お前ら後で説教だから逃げるなよ! 「プギイイイ!」うっるせぇ! 【アイシクルガスト】」
『ピギャァァ!?』
そんな面々の感情を知ってか知らずか、勢いよく顔だけで振り返ったユウヒはそう口にすると、耳障りな鳴き声を上げるオークの集団に向かって、濡れた服が瞬時に凍りつきそうな氷点下の突風をお見舞いする。
「いつものお兄ちゃんじゃなぃ・・・」
そんなユウヒの声と光景に、大人な女性陣がそろって肩を跳ねさせる中、ルカは先ほどまでとは別の理由によって涙をにじませていた。どうやら生まれて初めて見るユウヒの激怒する姿に、純粋な恐怖を感じている様だ。
「ありゃ? ルカちゃんはあのユウヒをしらんのか?」
「・・・!!」
クマの問いかけに目を潤ませながら必死に頷くルカ、どうやら色々な感情が相まって声が出せなくなった様である。
「あぁまぁそれならショックなのかなぁ」
その姿に苦笑を浮かべるクマは、もう一度ユウヒに目を向けるとその懐かしく感じる後ろ姿を見て困ったように頭を掻くのだった。
「今のうちに下がりますよ」
「おうそうだな」
そんな気が抜けた表情を浮かべるクマであるが、後ろからかけられた声に気が付くと表情を戻して振り返り、黒猫少女のチャコに頷いて答える。
「え、でもお兄ちゃんが一人で・・・」
「あぁ・・・まぁ、大丈夫だろありゃ。元々あいつ喧嘩強いけど、いったい何が起こってんだかなぁ」
クマとチャコの会話に、ルカは不安そうに氷塊の上のユウヒとクマを見比べ、そんな彼女の様子に苦笑を浮かべながら頭を掻いたクマは、氷塊の上から次々と氷の塊や石で出来た太いボルトを撃ち出し、また飛んでくる石つぶてを氷の槍で打ち返すユウヒに目を向けると、何とも言えない引き攣った表情を浮かべて問題ないだろうと呟く。
「・・・」
「メロンさんルカちゃんをよろしく」
「あ、はぁい」
視線の先で戦う兄の姿に、ルカは不安な気持ちもあるがクマの言うことも理解でき、彼に背中を押されると、正気を取り戻したメロンと支えあうように、その場から離れるため歩き出す。
「・・・ほら姉さん、行くべ」
メロンにルカの事を頼んだクマであったが、心配そうにルカから支えられている彼女の姿に、逆だったかと頭を掻くと、背後で尻餅をついたままのパフェに向き直り手を取って立ち上がらせる。
「・・・え? 逝く? やっぱり逝っちゃうのか? それとも私もう逝っちゃってるの?」
「そっちじゃねぇよ、ユウヒの邪魔になるから下がるぞ」
「・・・邪魔、排除、死・・・あばばばば」
クマに腕を掴まれることで、よろよろとではあるが何とか立ち上がることが出来たパフェ、しかしその視線は定まっておらず、耳に入ってきた言葉から一人ネガティブ連想ゲームを始めてしまい、突っ込みを入れるクマに引きずられながら恐怖で目を回し始めるのだった。
「あはは、こりゃだめねぇ」
「・・・とか笑いつつリンゴさんや」
一方、目を回すパフェを背後から両腕を抱え重そうに引きずるクマの隣をゆっくり歩くリンゴは、パフェの表情を見ると苦笑を洩らす。一見パフェやメロンと違い余裕がありそうなリンゴなのだが、
「な、なにかなぁ?」
「膝も笑ってるぞ」
「・・・」
ジト目を浮かべたクマがすっと下げた視線の先では、リンゴの乾いた笑いと同じように、いやそれ以上に膝が笑っており、そう指摘を受けたリンゴは黙り込んだままクマの袖を鷲掴みすると、俯いたままクマを支えによろよろとその場を後にするのであった。
一方少し時間は遡り、友人たちに逃走防止の釘を刺したユウヒは、視線を眼下に向け直すと金と青の瞳から魔力の籠った同色の光を宙に漂わせる。
「さて豚共・・・逃走経路の確保は十分か?」
「うぅわぁ・・・黒いにゃユウヒの表情が限りなく闇に染まってるにゃ」
見る者の心を等しく凍りつかせるような冷たく冷え切った表情を浮かべたユウヒは、自分を見上げ鳴き声を上げるオーク族へと、問いかけるように呼びかけ、そんなユウヒの見せる姿にネムはドン引きを絵に描いた様な表情で恐ろしげに声を洩らす。
「【複数展開】【ロックアイスストライク】【複数展開】【ガトリング】【ロックボルト】」
しかしそんな声に反して、座り込むようにユウヒの足にしがみ付いたまま傍を離れないネムの目の前で、自重を脇に置いたユウヒの魔法がその本領を発揮し始める。
二言魔法のキーワードを口にすると、ユウヒの周りに数えるのも嫌になるほどの小さな氷の塊が現れ、それらはある程度の纏りごとに円を描き空を舞い。さらに三言魔法のキーワードを口にすると、堅そうな石で作られたネジなどと同じ絞め具であるボルトが宙を舞い、それは複数の帯状に纏まると一つ一つが高速で回転を始める。
「・・・オールバレッツ、ファイヤー!」
「ゆ、ユウヒ・・・そんなに魔法使ってだいじょうぶかにゃ? 倒れないかにゃ?」
突如出現した大量の氷と石にネムが驚きで視線を彷徨わせる中、ユウヒは力強く指示を出した。瞬間、彼らの周りを舞っていた氷と石は、待っていましたとばかり動きだし、心配そうな声を洩らすネムの周りの空気を震わせながら次々と射出されていく。
「問題ない、まだまだ魔力の貯蔵には余裕があるから」
「マジかにゃ」
待機させていた魔法を開放し、次々と射出されていく魔法に満足げな表情を浮かべたユウヒは、足元からの視線に目を向けると不敵な笑みを浮かべて見せ、その笑みにネムは呆けたように口を開くと、そのままユウヒの顔をまじまじと見つめる。
「マジだ。む、小賢しい! 【ミニマムコメット】」
そんなやり取りの最中も、ユウヒの魔法は地上に居るオークとゴブル達を蹴散らしていき、あまりの猛攻に亜人達は次々と敗走していく。しかし、中には逃げるルカ達を追いかけるオークの姿もあり、目敏くそのオークに気が付いたユウヒは、再度巨大な氷塊を生み出すと彼らの道を塞ぐように地上に落とす。
「わわ、ユウヒこっちから岩だにゃ!」
その一撃は道を塞ぐと言うよりはオークを吹き飛ばしているのだが、迂回していたオークを対処した瞬間、謀ったかのように反対側からは巨大な岩がユウヒめがけて投げられる。
「ぬ! 【アイシクルランス】行ってこい! ついでに【アイシクルガスト】」
「うわぁ・・・石礫と氷礫の雨だにゃ」
岩の接近に気が付いたネムの慌てふためく声に振り向いたユウヒは、振り向きざまに手に持った槍へと魔法を乗せ、岩めがけて気合いの籠った声を上げて投擲し岩を爆砕、追加とばかりに岩を投げたのであろう肩で息をするオークめがけ、小さな氷の粒が混ざった極低温の突風をお見舞いするのだった。
「さて、そろそろ降りるかネム」
それから十数分後、ユウヒの眼下には魔法により荒れに荒れ果ててしまった元枯木だらけの森が、平らに均され地面は凍り付き、まさに氷原とい言葉が似合う姿となって広がっていた。しかしその激しい攻撃の爪痕の割には、モザイクが必要になる様な亜人の数は極めて少なく、そこに平和な国の人間であるユウヒの配慮? が見て取れる。
「うにゃ、流石に寒いのにゃ」
「まぁ・・・降りても下に冷気が溜まってそうだけどな」
一度異世界を体験し、様々な経験を積んだことで現代日本人としては少々逸脱した精神を得たユウヒは、息をしていない亜人に一瞬だけ黙祷を贈ると、氷塊の端から地面を覗き込むネムに近づき、彼女の言葉に苦笑を洩らす。
「・・・・・・」
「ん? ほれ行くぞ」
「ぁぁぁ、もう少し心の準備をぉぉぉ―――」
戦闘時に見せていた魔王の様な表情からいつもの気だる気な表情に戻ったユウヒが、苦笑を洩らしながら何気なく告げた言葉に、体を硬直させて顔だけゆっくり振り返るネム。心なしか蒼く見える彼女の表情に首を傾げたユウヒは、ひょいっと彼女を小脇に抱えると、十メートル近い氷塊の上から、冷気がたっぷり溜まった地面へと軽い足取りで飛び降りるのだった。
時は少し遡り、ユウヒが魔法でオークとゴブルを蹴散らしている頃、木々に隠れるように避難していたクマ達はと言うと、
「ありゃもう固定砲台だな、新しい二つ名は人間ファランクスかバルカンあたりかね?」
「んだねぇ魔法じゃなくて魔砲ってやつ?」
氷塊の上から動かずに次々と魔法を放つユウヒに、思い思いの感想を述べていた。座り込み呆れた様に固定砲台だと洩らすクマの隣には、同じような表情と声でうなずくリンゴ。
「綺麗ねぇ」
「まぁ・・・遠くから見る分にゃきれいだけどな、てか寒くね?」
そんなリンゴの後ろでは、キラキラと光を反射する氷の群れにメロンが微笑みを浮かべ、現実逃避なのか本気でそう思っているのか微妙にわかりづらい彼女に、クマが思わず苦笑を浮かべる。
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんが・・・えっと、魔法少女?」
「ぶふっ! 少女って、それは無いわぁ」
またメロンの隣では絶賛現実逃避中のルカがぶつぶつと小さな声で呟いていた。そんな彼女はふと顔を上げると、目の前の状況を正しく表現するための言葉を探し始め、しかし著しく思考能力の低下した彼女の口からこぼれ出た言葉は、クマを笑わせる効果しかなかった。
「ユウヒがリアルでも氷原の魔王になってしまった。もうこれしんだよね? あれ? しんでるのかな」
一方いつも無駄に元気なパフェはと言うと、地面に膝を抱え座り込み、しばらく見ないうちに斜め上どころか宇宙空間に脱出するほど成長していたユウヒに、過去のトラウマを思い出したような表情で震え、自らの死を幻視してしまっている様だ。
「ささ、さむい・・・」
「もう氷漬けは勘弁なの・・・」
「さむいさむいさむい・・・デス」
そんな彼女の背後では、灰色、トラ柄、茶色の猫耳少女達が体を寄せ合い震えていた。
「・・・こりゃもう被害者出てそうだな」
「くっ! いっそ殺せ!?」
寒さと同時にパフェと似た様な症状を見せる三人の猫耳少女達の姿に、何とも言えない表情を浮かべたクマ、彼がなんとなく察して呟いた一言が刺激となり、パフェは涙目で大きな声を上げるのだった。
ユウヒの戦闘がほぼ終わりを見せる中、騒ぎ出すパフェをなだめるクマ達を離れた場所で見ているのは、彼らの窮地を救うべく駆けつけたエルフ達。
「はぁ魔王ねぇ・・・うーん、確かに納得しちまうなぁ」
「これだけの冷気、恐ろしいものだな。この調子ならもう終わるだろう」
「そっスね!」
彼らもまた、ユウヒから吹き荒れ迸る強力な魔力を受け、足手まといになると判断してここまで避難していた。そんな彼らはユウヒを魔王と評するパフェの言葉に納得した様に頷き、騎士団長は心の中でユウヒと言う人物の評価をさらに上げる。
「移動の準備を、ここからならハラリアが近いだろうからそちらに、別動隊もそろそろ作業を開始しているだろう」
轟音を上げていたユウヒの攻撃が止んだことを確認した騎士団長は、部下に指示を出しながら胸の前で組んでいた腕を下ろし歩き出す。
「世界樹が増えるか・・・」
「そうだ、我らの悲願が一つ成る時がきたのだ」
彼らエルフの悲願の一つである世界樹の復興、その第一歩が今獣人の里で成されようとしている。その事が彼らの活力となり、思わずその感情が笑みとして溢れ出す。
しかしそんな美形エルフ男性五人の絵になるような空間は、未だに正気を取り戻さないパフェと、それをなだめるクマ達が背景となり、微妙に締まらないのであった。
いかがでしたでしょうか?
サブタイ、悩みました。まだ悩んでますがとり合えずこれで、ほかにも豚の悲劇とかいろいろありましたが、その場にいる人々にとってはこれが一番かと思いました。
それではこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




