第三百五十二話 ご利用は計画的に 後編
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『ご利用は計画的に 後編』
午前中を久しぶりにのびのびと過ごし、午後は育兎と愚痴を零し合ったユウヒが多くの会議に出席した次の日、この日も朝早くからユウヒは会議出席の依頼が入っており、ここはそんな依頼を出している役人の休憩室。
「はぁくそ、仕事が増える一方だよまったく」
「仕方ないですよ、今忙しくないところなんて無いんじゃないですか?」
主に異世界人との外交などを行う彼らは、外に声の洩れない休憩室で盛大な溜息を煙と共に吐き出している。それと言うのも異世界人とのコミュニケ―ションが円滑に取れるようになったことで出来ることが増えて仕事が倍増、そこに政府の思い切った決定によって人員はあちこちに割かれて人手不足のダブルアタック、愚痴を零したくなるのも仕方なくはあった
「さっさと人員補充して仕事を振り分けないと過労死しちまうぜ、しかもどこの連中も異世界専門家との対談を求めて来るしよ? 調整できねぇっての」
忙しいのは彼等だけではなく、政府の省庁でデスマーチを繰り広げていない部署はどこにもない。普段使えないとして窓際に追いやられた人間まで使っているのだから相当であるが、そんな中で彼らは比較的ユウヒと接触することが多い役職にある様だ。
「あー、だから立会いと言う名目でちょこっと話す許可を出してるんですね。優しいですね」
異世界からの難民との交渉事が多い男性は、愚痴っぽく話しながら煙草を灰皿に捨てると、後輩なのであろう少し若い男性の感心と尊敬が混ざった暖かい目に思わず嫌そうな表情を浮かべる。
「……違う、異世界専門家に同席してもらう会議はすぐに話が付くんだよ」
「え? なんでですか?」
どこか後ろめたい感情が見え隠れする男性は度々ユウヒに会議への同行を依頼しており、それは会議を早く終わらせる為の作戦であって異世界人の要望に応える為ではなかった。その後ろめたさはユウヒへの対応にも出ており、彼の人相書は精霊達の処すリストにも上がっていない。
「さぁな? 恐怖すると言うか畏怖すると言うか、どこにでもいる冴えない男にしか見えないんだが、対応が全然違うんだよ」
ユウヒを連れて来るだけで感謝され、会議は円滑に進み彼の評価はどんどん上がる。その根本的な理由を知らない男性は、畏怖や尊敬によるものだろうと判断しているのか、その感情もまたユウヒへの対応の所作に出ている様だ。
「え、マジですか? 俺の担当してるとこなんて毎度ごねますよ? まぁ翻訳器が回ってきてすごく楽にはなりましたけど」
一方でそんなことになっているなど知らない後輩男性は驚いた様な声を上げると、最近の事を思い出しているのかげんなりとした表情で背中を丸め、しかしそれでもマシになった方だと首から細いチェーンで下げていた筒状の物体を胸ポケットから取り出す。
それはユウヒが大量生産している翻訳装置であり、今では見慣れたものとなった魔道具である。一時期は高性能な翻訳機械と誤魔化していた政府だが、もう誤魔化す事も出来ないと開き直り魔法技術の結晶だと全世界に伝え、今では異世界人の活躍する場所ではどこでもみられる道具となっている。
「アメリカの企業なんかも奴の前では大人しいらしい、まぁどっかの国は全力で噛みついて来てるらしいけど」
「あぁ被害が大きかった国ですね」
そんな道具を作り出す相手にどこの企業も目の色変えて交渉を行っているのだが、その交渉もまたユウヒの事をどれくらい知っているかで大きく変わる様で、彼の事を褒めそやす大統領の国では大抵の商売人が彼をキラキラした目で見詰め、一方で連日異世界専門家を批判するメディアが多い国々の企業からは高圧的で懐疑的な目を向けられていた。
「あれはキャスティングミスだと思うぜ? 事実専門家も軽く切れてたらしいからな」
「若いですねぇ」
特に育兎と一緒に出席することの多かった企業との会議の場での一幕が話題に上がり、切れたと言うユウヒに後輩男性は若いと言って苦笑を洩らす。その言葉からは大人なら多少の不平は笑ってあしらえと言った意味が言外に伝わり、その事に愚痴の多い男性は顔を顰める。
「馬鹿野郎、あんなの俺でも切れるわ。まぁ仕事柄それでも自重するが専門家は我慢する必要無いからな」
「そうなんですか?」
怒って当然だとため息を漏らす男性に驚く後輩男性は、専門家であるユウヒが我慢する必要が無いと言う言葉に目を瞬かせ不思議そうに呟く。
「そらな、お願いされてやってあげてる側なんだ。対応誤ったら切られるのはこっちだぞ?」
なにせユウヒは育兎が話していた通り善意で付き合っているだけで義務はどこにも発生せず、たとえ彼の行動で相手から不興を買ったとしてもペナルティが発生するのは役人であってユウヒではない。と言うより彼が呼ばれる場でユウヒを怒らせる事は、役人、企業、他国の人間、また異世界人達にとってもっとも踏んではいけない地雷のはずである。
「お? お疲れ」
「あ、お疲れ様です」
「どうした? イライラが顔に出てるぞ?」
そんな基本的な事すら理解できていない者達が最近増えていると愚痴の多い男性が嘆く部屋に、新たに休憩の為に人が入って来る。その男性は愚痴の多い男性と同期なのか、軽い言葉と仕草で挨拶するなり不機嫌そうにタバコを取り出し火を着け始めた。
「あ? あぁそれがよ、あの異世界専門家ってやつが急に怒り出してよ、これ以上はもうやってられないとか言って残りの会議ぶっちしやがって、何がやってられないだよやってられないのはこっちだっての!」
「ぁ……」
つい先ほど話していた地雷、それを思いっきり踏み抜きその影響に全く気が付かない困った人間がすぐ目の前に立っている事に、思わず小さな声を洩らす後輩男性。彼がその視線を愚痴の多い男性に向けると、彼は手からまだ火の着けられていないタバコを落としており、その落下が酷く遅く感じられる室内で若い男性は背中に嫌な汗が噴き出すのを感じた。
「何やった? いや、何やらせるつもりだった。残りの会議ってなんだ?」
高性能な集塵機と毎日の清掃で綺麗な壁に寄り掛かっていた体を起こした愚痴の多い男性は、蒼い顔で同僚に何をやったのか問い質す。企業や異世界人や他国の人間がユウヒを怒らせるのは問題があるがまだ慌てるほどではない、しかしそれが日本政府の関係者によって引き起こされた場合は全く意味が異なる。
「え? えーっと、あったこれだ。異世界移民の要望による慰安会が6件と、企業の研究会での魔力に関する説明と、深き者との諸問題対策会議の立会いと、浮遊島からの観光客問題会議と」
その意味をよく理解していない同僚は、突然慌てた様に問い質してくる男性に戸惑いながらも素直に今日の予定をスマホで確認し始めた。彼の口から出てくる大量のスケジュールに後輩男性は口を半開きにしながら顔を蒼くし、愚痴の多い男性はみるみる表情が険しくなっていく。
「ちょっとまて、それは今日一日でやるつもりだったのか?」
「そらそうさ? 専門家の貸出し今日だけなんだから」
「いや貸出しって……」
すべてのスケジュールを話し終える前にもう十分だと愚痴の多い男性は正気を疑う様に問いかけ、問われた男性は特に何か悪びれることも無く頷き、ユウヒの協力を貸出しと言ってため息を漏らす。まるで人を人と思っていないような言い草に後輩男性も御呆気に取られ呟き、愚痴の多い男性は大げさに片手で額を押さえて天井を見上げる。
「そうだろ? お前らだって頼んでるんじゃないか?」
「俺はそんなの知らないです」
二人の態度に対して訳が分からないと言った様子で首を傾げる男性に、後輩男性は力なく首を横に振り手伝ってもらった事は無いと返答、一方で愚痴の多い男性はよろよろと壁に寄り掛かると深く長い溜息を吐き、その姿にスケジュールを表示させたスマホを持つ男性は、状況が理解できず困惑した様に視線を二人の間で泳がせていた。
「限度があるし貸出しなんて言葉使うやつがあるか」
「いやでもよ? あいついるだけで話し纏まるの早いから詰め詰めでやれば行けるだろ? 向こうもそれで稼げるから問題ないって」
頼るにも限度があると呆れた様に話し、それ以前に人として超えてはならないラインを越えていると力なく話す男性、その言葉に少しは思うところがあるのか声の震える男性は、スマホを仕舞いながら自分の行動を肯定する為の言葉を積み上げていく。
「問題があったから今の状態だろ」
「大丈夫だって、上からすぐ命令されてくるだろ?」
「誰に命令されるんだよ……」
しかしいくら言葉を積み上げて自らを守ろとしたところで結果は変わらず、彼の中でユウヒより自分の方が偉く、自分より上の人間からの命令があればすぐにでもユウヒは残りのスケジュールをこなしてくれる……そんな妄想で満たされた言葉に愚痴の多い男性は心底呆れた様に問いかける。
「さぁ? お偉いさんがするんじゃないの?」
「彼はただの個人だ、命令権は誰にもない」
いったい誰がユウヒに働けと命令するのか、彼はどこにも所属していない個人であり、その稀有な能力故に国の上層部が頭を下げて手伝ってもらっているだけであり、彼に対する命令権は誰にもない上に、まかり間違って国が強権を発動しようものなら国が滅びかねない。
「……いやいや、政府からの命令ならさ? 緊急時だぜ?」
「あぁ……仕事が忙しくなるぞ」
「マジっすか……」
比喩ではなく物理的に滅ぶ可能性の高い命令など誰が出すであろうか、愚痴の多い男性の愚痴がまた一つ増えたことに、後輩男性は彼が目を向ける方向と同じ窓の外に目を向け、そこに広がる青空を空虚な瞳に映すのであった。
そんな騒動が緩慢な動きで国の上層部に伝わってすぐ、石木は嫌な汗が噴き出る顔を拭う事すら忘れてユウヒに電話を掛けるも、すでにユウヒはスマホの電源は切っており、なるべくなら話したくない相手に電話を入れざるを得なくなった彼は、現在全身から気持ち悪い汗を流し受話器を耳に当てている。
「3ストライクでアウトよ石ちゃん」
静かで楽し気で底冷えするような恐怖を感じる明華の声は、静かな執務室の室温を急激に下げ、心配そうな表情を浮かべる秘書の顔色を悪くしていく。根源的な恐怖を振り撒いているのか、明らかに超常の何かを感じる明華の声は石木の要件を聞くより早く答えを返していた。
「すまん」
「許すと思う?」
何かを問う事も無く聞きたい返事、いやこの場合は聞きたくない返事が返って来るのは、明華との会話ではよくあることで、絞り出す様に謝罪を口にする石木に対して明華は子供に問いかける様な声で許すと思うのか問う。溺愛する息子を苦しめられて許す親が居ると思うのか問われた石木の答えは一つしかない。
「思わんが「許したげる」許すんかい!」
許されるわけが、あった様だ。
許されるわけがないと口にする石木の声に被せる様に許しを与えた明華は、思わずツッコミを入れてしまう戦友の声に少女の様な高く楽し気な声で笑い、悔しさに小さく唸る石木を煽るように手で太ももを叩く。
「うふふ、どうせユウちゃん当分手伝う気無さそうだし? 許しても許さなくても状況変わらないなら揶揄えてダメージ大きい方が良いじゃない」
「この……、だめかぁ」
既にユウヒが石木を手伝う事は当分無い、それは決定事項であり覆ることは無く、明華にとっては歓迎する事態であり、石木に怒りをぶつけたところで意味はなく、ならば状況を利用して相手を盛大におちょくった方がいくらかマシである。そんな考えを笑い話す明華に石木は悔しそうに唸るも、すぐに脱力した落胆の声を洩らす。
「うちの子は繊細なのよ? ちゃんとケアしないと、キュッとされなかっただけ幸いだと思いなさい」
落胆して頭を抱える石木の前で、姪である女性秘書が眩暈を感じた様にふらつく執務室には電話越しの明華の声が良く聞こえ、そんな彼女は息子のことを繊細だと言って手に持っていたクルミを握りつぶして冷たい笑い声を洩らす。
「おめぇじゃねんだからそれは無い」
「あら、ずいぶん信用してくれるのね」
しかし石木はユウヒがそんなことをするとは思っていない様で、いつもの砕けた調子で話す彼に少し驚く明華は、明るくうれしそうな声でユウヒに向けられる信用を好意的に受け止める。
「夕陽はお前に似なくて善人だからな」
どこか小馬鹿にしたような二アンスも含まれる明華の言葉に毒を洩らす石木は、自然と電話を持つ手とは反対の手で頭を掻き出す。
「その善人を追い詰めた悪人さんはどうするのかしら?」
「やれるだけやるさ、夕陽には気が向いたら顔見せてくれとでも言っておいてくれ……じゃあな」
明華に言われるまでも無く善意で動いていたユウヒを苦しめた認識がある石木は、その事を再確認させるような明華の言葉に何も言えずより強く頭を掻くと、その手を机にそっと置いて息を吐く。やれるだけやると言った石木は目を鋭く細めると一度肩から力を抜いてユウヒへの伝言を残し電話を切った。
「うふふ、だってよ? 気に入られちゃって妬けちゃうわ」
「んー? あんまりうれしくないかな」
スピーカー機能を使って電話をしていた明華は、すぐ近くのソファーにぐったりと体を沈めるユウヒに目を向けると、楽しそうに目を細めながら心にもない事を言い出し、顔を上げたユウヒは、しばらく仕事のことなんて考えたくないと言った様子で呟くとまたソファーに頭を落とす。
「それで? それはどこの女狐からのラブレターかしら?」
そんなユウヒの手には、以前訪れた異世界ワールズダストにおいて一種の身分証明書としても使える冒険者カード摘ままれており、女神の力で魔改造されたカードからは日本語の文章がホログラムで表示されている。その光から女の匂いを嗅ぎ取った明華は、それまでの楽しそうな表情とは一転して冷たい炎を目の奥でちろちろと揺らし問いかけた。
「異世界の女神さまからそろそろ旅行に来ませんかって」
「だめよ! 二人っきりでお泊りだなんて!!」
内容は異世界ワールズダストへのお誘い、冒険を旅行と言い直したユウヒの言葉に妄想を爆発させる明華はテーブルを両手で叩き立ち上がると二人っきりのお泊りなど許さないと叫ぶ。彼女の中ではお泊りデートからのウェディングまで妄想が膨らんでおり、白いドレスを着る女の手に抱かれるユウヒ似の赤ん坊に対して複雑な感情が湧き出て怒りが増していく。
「どっちかと言うとボッチ旅じゃないかな?」
いつもと変わらず妄想が激しい母親の立ち姿に飽きれるユウヒは、横にしていた体を起こすとソファーの背凭れに片腕を載せて寄り掛かりながら一人ぼっちの旅だと話す。実際にアミールは地上に降臨できないので二人で旅と言うわけにも行かず、また以前訪れた地方はすでに回収済みなので別の場所になる可能性が高い。
「そんなこと言って! あっちこっちで女の子引っかけて来るんでしょ! お父さんの子なんだから、まったく! まったく!」
「ぐえ……今度はなるべく早く帰って来るから、そんな寂しがんないでよ」
しかしそんなこと知らない明華は勘で何かを感じ取っているのかユウヒの服の肩辺りを引っ掴むと前後に揺すりながら確定事項の様にユウヒの未来を決めて批判し始める。いつものことながら何を言っているのか理解できないユウヒは、苦しそうにしながらもなすがままに早めに帰って来ると話し母親の頭を撫でる。
「やだ」
まるで子供扱いであるがまんざらでもない明華は、しかしへそを曲げた様に眉を顰め直すとそっぽを向いてしまう。
「帰ってきてまた迷子の捜索とか勘弁願いたいね」
「もう、男の子は鉄砲玉なんだから」
そっぽを向くと同時に服を解放されたユウヒはそのままソファーに身体を預け、また迷子の捜索は勘弁してほしいと笑い、その表情を横目で見ていた明華は呆れた様にため息を漏らすとユウヒ鉄砲玉だと言う。
「ちゃんと跳弾しながら戻って来ただろ?」
「あまり大怪我しちゃだめよ? 何時までも幸運があると思っちゃだめなんだから」
一度飛び出したら帰ってこない鉄砲玉だと言う明華に対して、ユウヒは帰ってきてるだろうと肩を竦めて見せる。実際帰ってきているが最近は無事で帰って来た試しがなく、どこかしら怪我を負って帰って来る息子にじっと目を向ける明華は心配そうに幸運はいつまでも続かないと念を押す。
「んー……前向きに検討しとくよ」
「あら、阿賀野ちゃんみたいなこと言って駄目な政治家になっちゃうわよ?」
既にユウヒの心が地球から離れ異世界ワールズダストに向いている事を察している明華は、せめてもの抵抗を示したようだが、その効果は特になく、全く信用出来ない返事を返してくるユウヒの姿にころころと笑い始めるのであった。
この日、国会で話をしていた阿賀野総理が連続でクシャミを洩らし、背筋に寒気を感じて震える姿がテレビで生放送され、彼の健康を不安視する声が囁かれる事になったのはまた別の話しである。
いかがでしたでしょうか?
ユウヒの扱いを間違えて心離れされてしまった日本、そして世界。一体その影響はどんな形で出て来るのか、今はまだ分からない……次回もお楽しみに。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ求めつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




