第三百四十九話 時は経ち明けまして
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『時は経ち明けまして』
時は過ぎ、療養中にも関わらずあちこち引き回され入院期間が延長されるも無事退院し、クリスマスを家族と過ごしたユウヒ、これまでの事が嘘の様に穏やかな日常を……体感したかったと愚痴をこぼす彼は元旦早朝から自室で妹の流華と見詰め合っていた。
「はい流華お年玉」
「……お兄ちゃん?」
特に甘い展開がなされるわけもなく、年の離れた兄から妹へとお年玉が手渡される。しかし普通なら喜ぶべき状況において、お年玉を手渡された流華の表情はあまり良くない。
「どした?」
俯く暗い表情、と言うより青白くなっていく流華の顔を少し屈んで覗き込むユウヒは不思議そうに声をかけ、そんな声に反応して彼を見上げる目は大きく見開かれていた。なぜならば、
「おかしいおかしい、厚みがおかしいから!?」
「気にしなくていんだよ流華? 全体から見たら微々たるものだし、お金が次から次に入ってきて使えと言われてもわけがわからないんだ。あ、税金はかからない金額らしいから大丈夫だよ?」
ユウヒが手渡したお年玉はポチ袋なんて言う可愛いものでは無く、熨斗袋などの縁起がいい袋でもない。所謂現金封筒と呼ばれるような大きな封筒であり、その封筒も頑張ればそのまま立ちそうなほど膨れている。
あまりに多すぎるお年玉に慌てふためく流華であるが、現在のユウヒが持つ資産から見ると通常の税金と数か月後にもう一度払う事となる予定納税の事を考えても特に何の問題もない金額であり、誰の入れ知恵なのか贈与税対策まで行っている様だ。
「えぇ……お兄ちゃん大丈夫? パフェさんとかリンゴさんに相談したら? そう言うの詳しそうだし」
国や企業に対して多大な貢献を行ったユウヒは、あちこちから報酬が振り込まれ、リトルムーンの一件で全世界が知ることとなった今ではそれまで以上のお金がユウヒに雪崩れ込んでいる。本来なら誰も知らぬ内に握りつぶされるはずだった報酬まで、認知度の急上昇と共に払い込まれた彼はその資産の使い道を未だに決めていない。
お金は身を亡ぼす原因になるし、動かさないお金は良くない、そう言った知識を朧げに聞かされていた流華は、色々教えてくれた人物たちを思い浮かべながらユウヒを心配そうに見詰める。
しかし、彼女の思い浮かべた女性たちが正しい答えをユウヒに与えることは無いようで、
「あー、なんかパン屋さんの両隣と後ろの土地を買い取ってもっと大きいビルを建てないかと言われたな」
「え?」
彼女達が示した道をユウヒから聞かされた流華はキョトンとした表情で疑問声を洩らす。
「なんでも俺が住めるように増築して色々出来る複合ビルにしようとか、その時点で母さんに電話切られたけど、それからなんだか家にいると通信状態が悪いんだよね」
既にユウヒも、現役社長や社長秘書経験者、それに自営業の家計管理を行っていた女性達に知恵を求めていたようだが、帰ってきた返答は誠実な言葉ではなくずいぶん欲に塗れた返答であったらしく、詳しく話を聞く前にいつの間にか忍び寄ってきた明華に電話を切られ、それ以降は一度も相談できていないようだ。
「あー……お兄ちゃんは、将来家出ていくの?」
「なんで?」
何かを全て察したような遠い目でユウヒを見詰める流華、女性にしかわからない無いかがあるのかと、一連の話に関わった女性陣の顔を思い浮かべながら小首を傾げるユウヒ。そんな彼の表情を見詰めていた流華は、少し顔を赤くするとユウヒに家を出ていく気があるのか聞き始める。
「だって彼女とか、連れ込んだり……できないでしょ?」
突然の質問に訝し気な顔で首を傾げるユウヒであるが、次に飛び出してきた流華の言葉と恥ずかしそうな顔に思わず表情筋を弛緩させた。
「流華ちゃん、どこでそんなことを……あの馬鹿どもか? あんぽんたんから悪い影響受けたのかい?」
「……そんなことは無いけど、普通だよこのくらい……で?」
「で?」
震える早口で問い質してくるユウヒに目を瞬かせる流華は、どこか不服そうな表情を浮かべると、女子高生ならそのくらいの話をするのは普通だと突き放し、真剣な目でじっと兄を見上げもう一度短く問う。
「そう言うのないの?」
「ないが?」
「なんで?」
そう言うの、と言う言葉の中には実に大量の情報が含まれており、その意味合いを察したユウヒは熟考することなく簡潔に無いと答える。その何の含みもない返答を聞いた流華は真剣に顰められていた目を瞬かせると、今度は大いに疑問を含んだ視線で見上げる。
「いやいや、そもそも相手がいない人にそれはナイフで刺すのと同じ質問だから」
純粋な疑問によって投げ放たれた流華の問いはユウヒの繊細な心に深く突き刺さり、その吐血しそうな痛みに堪えるユウヒは、震えながらその質問は良くないと流華を優しく諭す。これがもし友人のクマが放った言葉ならば、次の瞬間には相手の顔に拳が突き刺さっていたであろうし、忍者達ならどこかのコンパニオンに切り刻まれているところだ。
「…………そう言う所だよお兄ちゃん」
「ええ?」
そんな危険をはらむ言葉を放った流華は、優しく諭す兄に酷く残念そうな目を向けると、深く音もない溜息を吐いて見せ、彼女の言葉にユウヒは少し驚いたように声を洩らすと、彼女の言葉の意味が理解できないのか首を大きく傾げる。
「彼女とか作らないの?」
「世の中作りたくても作れない人が多いんだよ流華ちゃん、まぁ流華ちゃんの場合最大の障害は父親なんだろうけど」
ユウヒは生まれてこの方、彼女と言う存在がいたためしがなく、それ故モテないと信じ切っているがその実態を知っている流華にとってはユウヒと認識が異なり、自分にも関わる大きな理由として父親が障害になると言うユウヒの言葉に大きく頷く。
「お兄ちゃんの場合は母親ね」
「あーまー否定はすまい。まぁ今はやりたいことがあるから、クロモリは終わっちまったけど、リアルに面白い事増えたからな」
そしてそれ以上に大きな兄の障害は母親である明華、勇治以上に過剰反応を見せる彼女の行動には、一部方面に対して鈍感なユウヒでも察して余りあるが、だからと言って彼が何か対策を講じると言う事もない。要はユウヒ自身に彼女と言う相手も求める気が無いのだ。
「またどこかいくの?」
以前はクロモリオンラインと言う人生を費やしても遊びつくせないようなゲームに肩までしっかり浸かっていたユウヒは、神様と接触したことによってもっと楽しい世界に目を向けるようになった。そんな忙しい環境下で彼女を求めるほど心に余裕のないユウヒは、今日もこの後どこかに出かけるのか服装は外行きのものである。
「そうだな、とりあえず今日はこの後宇宙に行くかな」
「え?」
どこかに出かけるのか、その先に彼女候補がいるのではと考える流華であるが、彼の行き先は宇宙。突拍子もない返答に驚く流華であるが、よくよく考えればユウヒにとってはすっかり身近になった宇宙、そう言う予定もあるのかと少し落ち着いて兄を見上げた彼女は話の続きを待つ。
「最近忙しかったから行けてなくてな? 明後日はブラザーと何かの会議に出るし、そのあとはまた追加の翻訳器を作るのに倉庫に行く」
「それが、お兄ちゃんのやりたい事?」
まだ正月だと言うのに予定がてんこ盛りなユウヒ、今日の予定は個人的な予定であるがそれ以外は仕事である。社畜時代より顔色の良いユウヒの言葉に流華は、今の仕事がやりたい事なのかと考えるが、返答より先に曇る兄の表情から次に出てくる言葉を察した流華。
「ではないな……ふむ、そろそろ向こうから連絡来るんじゃないかと思っているんだが、そう心配しなくてもまたすぐ帰って来るさ」
「うん」
嫌そうに顔を歪めたユウヒは、現状走り回ることとなっている仕事は辞めることとなった仕事よりマシだがと言いたげな声で呟くと、窓際の壁に引っ掛けてある革鞄とポンチョに目を向けると小さく笑い、不安そうな表情を浮かべた流華は兄の困ったような笑みと言葉に少し不服そうな表情で素直に頷く。
「もう異世界で迷子とか勘弁してくれよ」
「そ、それは! お兄ちゃんが」
ユウヒの言動から、また異世界へ旅立つ日が近いのだと理解した流華、神の力をもってすれば時間の制御は難しくなく、異世界に旅立ってもそう長い事離れるわけでは無い。それはすでに流華も知ることであるが心が納得してない様子で、そんな彼女の姿に肩を竦めたユウヒは、ニヤリと笑みを浮かべながら揶揄って妹の気分を変える事にするのであった。
妹を揶揄って家を追い出されたユウヒが宇宙要塞でお茶をしている頃、異世界ワールズダストではアミールが鼻に付いた黒い油を細く白い腕で拭って笑みを浮かべている。
「これも完成です! ……まだですか?」
金色の長い髪は後ろで一つに纏められ、一部の趣向にドストライクな髪形を披露するアミールは、いつもの服装と違う繋ぎ姿でスパナを握り、しかし神々しさを損なわぬ姿でサポートAIのドローンに声をかけた。
「残念ながら、まだ許可は出ません。と言うか過剰では? アミール様は彼にどこと戦争をさせる気で?」
「そ、そんなこと思ってません! これはユウヒさんの安全のためにですね」
何の許可かわからないものの、十中八九ユウヒが関わることであろう。そんな何かの許可を待つアミールは、ワールズダストの広大な大地でユウヒの足となる乗り物を用意しているのだが、サポートAIのカメラにはどこかの国へと戦争を吹っ掛ける用意にしか見えないようだ。
「……過保護って言葉知ってます?」
「どう言う意味でしょうか?」
次に向かってほしいと思ている場所は歩くのも大変だからどんな所でも進める様に、地上は危険がいっぱいだと強靭な装甲を用意しよう、ただ攻撃を受け逃げるだけでは危険だと強力な武装を、そんな考えでユウヒように拵えられた黒鉄の城を見上げるドローンのスピーカーからは過保護と言う言葉が洩れる。
「絶対ドン引きされますよ」
「ユウヒさんに限ってそんなこと!」
彼の高度演算装置によって導き出される未来のユウヒは、超巨大戦車を見せるアミールの前でドン引きした表情を浮かべていた。一方で高性能なはずの神の脳では喜んでくれるユウヒの姿が様々な角度から予想されている様で、サポートAIの言葉に語気を荒くし反論するアミール。
「いや絶対やめた方が良いですよ」
「貴方には解ると言うのですか? 彼の気持ちが」
可愛く睨まれ男なら心奪われるであろう美貌を前にしても、サポートAIの考えは変わらず、アミールの補佐を至上命題とする彼は彼女の涙を全力で回避するため強く否定するが、そのことが女神に嫉妬の火をつけてしまう。どこか挑戦的な声で睨んでくるアミールに、サポートAIは自分にはない肺いっぱいに空気を吸う感覚を覚えるとそのまま吐き出す様に話し出す。
「一般常識の範疇だと思いますが、あとは対象の傾向から計算した結果です」
「……ぐぬぬ」
呆れを多分に含んだ、様には感じられないはずなのに呆れの感情を感じるサポートAIの言葉に、思わず悔しそうに唸るアミール。どうやら彼女は自らの常識が一般の常識とずれていると言う認識が、多少なりともある様だ。
そんな可愛く唸る女神がたっぷり時間をかけて頭を冷やし、別の足を用意する為に再度スパナを振るっている頃、ユウヒは休みたいと言う体を育兎に引き摺られとある会議室で死んだ魚のような目を浮かべていた。
「……ぐぬぬ、何とかならないのか」
「僕、譲歩してると思いますよ? ブラザーの作る物は強力だけど替えや修理が出来ないから」
彼ら二人の側には政府の人間が座り、対面には首が太い男が汗ばんだ顔で睨むように顔を顰めている。何かの譲歩を迫っているらしい男性に育兎は面倒くさそうに椅子の背凭れに体を預けながら無理だと言う。
「だからその製造技術を提供してほしいと言ってるんだ! しっかりその分の金も払う!」
どうやら彼はユウヒが作る何らかの製品に関する製造技術の提供を求めている様で、その為なら金も払うと、すでに何度も言っているのか苛立たし気に語気を荒げる。
「だからー技術技術って作れる技術が無いのにそれだけ渡して解決するわけないでしょ、その他の部品は設計図渡してるけどユウヒ謹製の機関部は渡したって無駄なんだから無理だって」
「我々を侮るな!」
製造技術の詳細を手にすればいくらでも同じものが作れると、そう言った類の技術ではないと理解の出来ない男性を前に、ユウヒの魔法によって作られた部品は簡単に作れる物じゃないと話す育兎。確かにその言葉の中に侮る感情はあるが、それでもずいぶん前向きに相手を評価しているつもりである。
「そりゃまぁ侮るよね、彼の足元にも及ばないのに彼が苦労して作った物を全部寄こせだなんてちょっと頭心配するレベルだよ、ね?」
ユウヒの魔法を再現できる可能性が有る事を前提に話しているなど理解出来ない恫喝を前に、育兎はこれ以上何を言っても無駄そうだと前向きな返答を諦め少し疲れたような声でユウヒに水を向けた。
「え? うーん、全部魔法でやってるからなぁ? 別にブラックボックスにしてるわけじゃないし、リバースエンジニアリングしたらいんじゃない? 得意でしょ?」
「なっ!?」
一方、この場にいること自体が面倒なユウヒは、話半分で聞いていたらしくキョトンとした表情を浮かべると、対面で立ち上がりながらテーブル叩き威嚇する様な態度をとる赤い顔の男に目を向けどうでもよさそうに話し首を傾げる。目の前の男がどこの国の人間か知った上で、よく彼らが行う手法を勧めるユウヒ、その言葉に言葉を失う男性であるが、ユウヒ自身特許も何も取ってないので好きにしたらいいと言うのが本音であった。
「あはははははは! 確かにそうだよね、ごめんね? 君たちを侮ってたよ、現物はちゃんと購入できるからそれで頑張って! はい次の人!」
「ちょっとまて! 離せ!」
「疲れるな……」
ユウヒの言葉に育兎は大笑いを始め、政府関係者は冷や汗を流し、どこかの企業の男は暴れようとするも警備の人間に腕を捻り上げられそのまま退場していく。疲れるとぼやくユウヒの技術は科学では説明できない為にどれも特許が成立せず、国は技術流出を防ぐために大急ぎで法令を変えようとしているがいつもの如く足の引っ張り合いが発生していた。
「ほんとにねぇ、なんでみんな上から目線なんだろ? 上から目線じゃない人は無茶振りしてくるし? どっかの大統領とかさ」
そんな足の引っ張り合いを嘲笑いながらとあるアメリカの大統領はプライベートな時間も使ってユウヒに接触、国益にもなるし個人的な趣味も満足させられる提案をユウヒに持ちかけるがその姿はとても謙虚で、彼の姿がどこかアイドルを前にしたヲタクのようでもあるとは、彼の無茶振りに苦言を洩らす育兎の談である。
「作品を大事にしてくれる人は良い人なのでそっちはどうでもいいかな?」
「いやいや、対核対EMP防御装置とか個人に頼むものじゃないでしょ……」
一方で、ユウヒはその無茶振りに対して特別思う所はない様で、対核兵器用の防御装置と言う曖昧かつ無茶な要望に対しても育兎ほどの拒否感は無い。
「日本政府としてもちょっとやめてくれって言われたな、でも試作してたり」
「してるの!?」
むしろ日本政府としてはなるべく直接的なやり取りを控えてほしいと言う想いもあり、まさか実際に彼から依頼を真面目に検討しているなど誰も知らず、初めてこの場でその事を知った政府の人間達は目を見開き無言でユウヒを見詰め、育兎もまさか本気で実現させようと考えているなどとは思わず驚きの声を上げる。
「いつ核が降って来るかわからないご時世だからな……」
「……うーん」
かつて核爆弾を投下された国の人間であり、最近ちょっと間違えば核爆弾の爆発に巻き込まれたかもしれない場に居合わせた人間としては、その脅威から身を守りたいと思うのは当然と言えば当然であり、彼の言葉に一定の理解を示してしまった育兎が唸る中、何か思いついたのかメモ帳に書き込み始めるユウヒ。
果たして彼は何を作る気なのか、そして彼を見詰める政府関係者の胃にはいかほどのダメージが蓄積するのか、それらはどうでもいい話である。
いかがでしたでしょうか?
一気に時間が進み年を跨ぐもユウヒの忙しさは緩和されず、彼の身にはストレスが溜まっていく。果たしてそんなストレスの行先は、そして彼女はユウヒを自らの管理世界に招く事が出来るのか、次回もお楽しみに。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ求めつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




