第三十四話 ゴブルとオーク
どうもHekutoです。
修正等完了しましたので、投稿させていただきます。文字の量がちょっと少ないですが楽しんで頂ければ幸いです。
『ゴブルとオーク』
名も無き異世界に広がる広大な森、その中でもなぜか立枯れた木々が目立つ場所、そこはかつて様々な争いにより何度も血で血を洗う戦場となった場所である。そして今もまた戦うための場所として選ばれていた。
「おぉらあ!」
「こなくそ!」
しかし、その戦いは互いにぶつかり合い潰し合うような拮抗した戦いではなく、圧倒的少数の側が逃げる為に繰り広げている戦いである。
そんな戦いを繰り広げる者達とは、気合と共に丸太を振り回して小柄な異形の者を跳ね飛ばすクマ、高く跳びかかってくる小柄な異形の腹を、石を強く握り込んだ綺麗な手で躊躇なく打ち抜いていく、赤みのある長い黒髪が特徴のパフェ。
「よっ・・・とぉえぇい!」
「ギギギギ!?」
「ゲギャァ!?」
また、単調に跳びかかってくる異形の攻撃を半身になることで避けると、目標を見失ったその異形の細い足を掴み勢いよく振り回し、驚き固まる異形の集団めがけ遠心力に任せ放り投げ、激しく動くたびに大きな母性の象徴を揺らすメロンの三人である。
「下がるぞ姉さん!」
「お、おう!」
三人はどこからともなく飛んでくる矢による援護を利用しつつ、敵の居ない方へと後退し続けていた。一見大暴れする三人の方が優勢のようにも見えるのだが、流石に数の暴力には勝てるわけもなく、また鬼気迫る勢いで跳びかかってくる異形の者は、何度殴り飛ばされても再度立ち上がってくるのである。
「えいやぁ!」
「メロンさん早く!」
「はぁい」
いくら相手より圧倒的に強いようであっても、体力は無限ではないのだ。パフェが先行して駆けていくのを確認したクマは、グレープフルーツほどの石を野球のピッチャーよろしく投げるメロンに声をかけると、勢いよく迫ってくる大きな石に慌てふためく異形の者を後目に逃走を始める。
「上だよけろ!」
しかしその逃走は、森の木々の隙間から聞こえて来た警戒を促す声と共に急停止してしまう。
「なに!? ぬおわ!」
「くっ! なんだ、岩!?」
どこからか聞こえて来た声に後ろを振り向いたクマの目には、勢いよく飛んでくる大きな岩が目に入り、クマは慌ててその着弾地点から逃れるように跳んで避け、岩が地面に着弾したことで生じた砂煙に、パフェは鼻と口を手で覆いながら目を細め驚愕の声を洩らす。
「あらぁ大きい子来ちゃったみたいねぇ」
また一番後ろを走っていたメロンは、ヘッドスライディングを終えた様な体勢から起き上がるクマの隣までやってくると後ろを振り向き、岩が飛び出してきたと思われる辺りに目を向けると、そこにとある影を確認する。それは人と変わらない身長の二足歩行する豚で、体格に関しては豚や人の何倍も、横に大きかった。
「うげ、マジかよ・・・てかさっきの声誰?」
血走った目で鼻息を荒くして立つその異形、見る人が見れば一言でオークと言う仮想の生物を連想するその影は、クマ達が逃げ始めてからすぐにその存在を確認されていた。
遠目からでも明らかに脅威となりそうな見た目に危機感を感じた一同であったが、見たまま動きが遅いことがわかるとそれを利用し、なるべく遠くまで逃げることで接敵することを回避してきたクマ達、しかしここに来てとうとう追いつかれてしまったようだ。
「こっちだ急げ!」
新たな敵の出現にげんなりした表情を浮かべるクマであったが、先ほどの危機を知らせる声の人物を探す様に周囲に視線を彷徨わせはじめ、そんなクマの気持ちに答えたわけではないのであろうが、背の高い草木をかき分けるようにその人物は姿を現し、先ほどと同じ声でクマ達に手招きをしてみせる。
その人物とは、
「うな、ねこみみ・・・だと!?」
「おおおお!」
「あらあら、まぁまぁまぁ!」
黒のメッシュが入った灰色の髪、その髪と同じ色のピンとまっすぐ伸びた三角の耳を頭に乗せ、人と変わらない背格好の少女であるネシュ族。気の強そうな目でクマを見上げる彼女の姿に、クマは驚きと感動と興奮と僅かばかりの自制心で言葉を失い、パフェは只々好奇心と感動で歓喜の声を洩らし、メロンもまた同じような感情が透けて見える満面の笑みを浮かべている。
「な、なんだよ・・・」
オークの出現にこれ以上の悠長な援護では間に合わないと考えた彼女は、慌ててクマ達の前に姿を現したのだが、そんな相手から凝視され、しかしその視線に悪い感情が無い事に困惑すると、僅かに後退りながら黒毛のラインが入った頬を撫でつけ警戒するように耳を前に伏せる。
「ってそれより誘導するからさっさと逃げろ! こっちも矢が心もとないんだ!」
その行為には心を落ち着ける効果があるらしく、頬を揉むように撫で付けた彼女は、困惑した目に再度気の強そうな色を灯し直すと、クマ達に向かって手招きをしながら声をかけ、出てきた草むらへと歩き始めた。
「・・・はっ! わ、わかった恩にきる!」
「そ、そんなもの生き残ってからにしろ!」
彼女の声と手招きにようやく正気を取り戻したクマは、ネシュ族少女の後について行きながらお礼を口にするのだが、振り返った少女からは噛みつくような勢いで拒否されてしまう。
「あらてれちゃぁって! ・・・あたぁりぃ」
猫耳少女から威嚇するように吠えられ若干しょんぼりするクマの頭上からは、彼女とは別の少女の声が聞こえ、木の枝の上に居たその少女は引き絞った矢を放ち嬉しそうな声を洩らす。
「うっさい! くそ、豚野郎があんなに・・・こんなところにまで何しに来やがったんだ」
近くでよく見れば、産毛の様な毛に覆われた肌が赤く染まっていることがわかる灰毛のネシュ族少女は、クマ達を伴い草むらをかき分け進みながらも、遠くに見える豚野郎と呼ばれたオーク族に目を向け悪態をつく。
「魔族も今はまとまってないらしいからね、あれ? もう矢がない!」
灰毛少女を先頭に草むらを進むクマ達の頭上では、木の枝から枝へと身軽に跳び移るトラ毛の少女が、時折矢を放ちながら灰毛少女の言葉に楽しげな声を洩らす。しかしそんな楽しげな声も、手探りした先の腰につけた矢筒に思い描いていた感触が無い事に気が付くと悲しげな声を上げる。
「「「・・・・・・」」」
「・・・はぁ、ばかすか射ちすぎなんだよ! ほら!」
クマとパフェとメロンが、頭上から聞こえて来た悲しそうな声に思わず足を止めて目を向けると、先頭を歩いていた灰毛少女も立ち止まり頭を掻いて溜息を洩らす。しかしすぐに自分の腰にある矢筒を掴んだ彼女は、腰のベルトにひっかけてあるだけの矢筒をベルトから引き抜くと、すでに矢筒を待ちわびて両手を広げていた樹上のトラ毛少女へと、苦情と共に放り投げる。
「ありがとう! どんどんいっちゃうよぉ!」
「だから節約しろよな!?」
投げられた矢筒を目で追ったクマ達の目の前で、抱きしめるように矢筒を掴んだトラ毛少女。一行は、そのまま腰に矢筒をひっかけなおしたトラ毛少女に護衛されながら、灰毛少女の案内で安全な場所へと向かうのであった。
クマ達が危機を脱しつつある頃、彼らを助けに行くために今も走り続けているユウヒ、
「はぁはぁ・・・」
傾斜こそ緩やかではあるが道も無く凹凸の多い険しい山の斜面を、一切スピードを緩めることなく下る彼の走り抜けた場所には、空気を切り裂くような音と葉擦れによる森のさざめき、それと荒い吐息だけが残されていく。
「はぁはぁはぁ・・・」
その吐息は明らかに疲れからくる呼吸の乱れであり、聞こえてくる吐息はそれだけでどれほど森を下る速度が速いかを物語っていた。
「ネム、限界か?」
しかしその吐息は、森の斜面を滑るように下るユウヒの口からではなく、人としてはありえない速度で下る彼の横を必死について走るネムの口から漏れだしている。
「あたりまえにゃ! 急いで知らせるために! 全力疾走! だったの、にゃ!」
「あぁうん」
ユウヒの心配そうな声に、ネムは半場怒りすら籠っていそうな声を張り上げて見せ、そうやってしゃべらないと息が上がってまともにしゃべられないネムに、ユウヒは申し訳なさそうに声を濁す。
なぜこのような差が生まれているのか、それはネムが話した内容の通りユウヒを探すために彼女が全力で走っていたこともあるが、それ以上にユウヒが魔法の力でほぼ体力を使って無いにも関わらず、人としては異常な速さで森を下っている事が最大の理由である。
「流石に! 私だって! 限度が! あるの、にゃあああ!!」
ネムの主観ではあるが、隣を涼しい表情を浮かべ走っているユウヒを見ていると、彼女の獣人としてのプライドから羞恥と悔しさが込み上げ、溢れた感情は怒りへと変わるも、同時に彼女はその怒りの理不尽さも理解していた。その為、ぐるぐると回り蓄積と濃縮を続けるストレスに、ネムは叫ばずにいられない様だ。
「・・・仕方ない、よっと! ほら、ネムは背中にしがみ付いとけ」
「うにゃっとと、おぶって、くれるのかにゃ?」
見つめれば見詰めるほどに可哀そうになってくるネムの姿に、ユウヒは困ったように微笑むと、彼女を瞬間的に追い越して少し開けた地面で立ち止る。そこは野生動物が昼寝にでも使ったのか草木がなぎ倒されており、その中心に立ち止り膝立ちで背中を丸めたユウヒに、急停止で足を縺れさせたネムは、屈んで目線が同じくらいになったユウヒの目を申し訳なさそうに見つめた。
「足はダメでも腕の方はまだ力残ってるだろ? 絶対に離すなよ、怪我するからな」
ネムの問いかけに対して背中に摑まる様に目で促したユウヒ、そんな彼の問いに小さく頷いたネムは、おずおずとユウヒの背中に汗の滲む体を密着させ、ユウヒの首元に細くしなやかな腕をからませる。
「えっと・・・こんな感じで、いいかにゃ?」
ユウヒから見えないネムの顔は、元々産毛で顔色がわかりにくい種族であるにも関わらず、近くから見なくても分かるくらいに耳まで赤くなっており、しかしその場にそのことを指摘する人間は誰もいない為、ネムは照れながらも口元を緩めると、思う存分ユウヒに抱きつくのであった。
「思いっきりしがみ付いとけよ、飛ぶからな」
ネムが背中にしっかりとしがみ付いたことを確認したユウヒは、さらに膝を曲げて深く屈み、上体をやや前に倒しながらネムに注意を促す。
するとどうだろう、ユウヒの意志と姿勢に反応して【飛翔】の魔法はユウヒの体だけではなく周囲にも影響を与えはじめ、ネムを背負ったユウヒを中心に水面に広がる波紋のような、不可視の力場が形成され始める。
「へ?」
ユウヒの広い背中で頬を緩めていたネムであるが、不意に感じた妙な気配とユウヒの言葉にきょとんとした表情で頭を上げると、周囲の木々がユウヒ自分を中心にうるさくざわめいている事に気が付く。
「行くぞ!」
「へぇ・・・?」
そして、ユウヒの気合の籠った声と共に、哀れ子猫は空の住人へと変わるのであった。
この数秒後、空飛ぶ猫など存在しない世界に住む彼女が、真っ赤になっていた顔を、まるで頭上で晴れ渡っている空の様に蒼くしたことは、言わずもがなである。
「ひにゃああぁぁぁ―――」
いかがでしたでしょうか?
豚が飛び出し猫が空を飛びました。いや強制的に飛ばされたわけですが、書いていてふと脳裏を某名作アニメが過ぎ去ったせいかもしれません。
それではこの辺で、また読みに来て頂ければ幸いです。さようならー




