第三百四十七話 地球さんは弱り気味
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『地球さんは弱り気味』
宇宙で小さな太陽がいくつも花開き、闇を切り裂く閃光が地上に住む人々の目に焼き付いた次の日、宇宙で簡易的な治療を受けて様子を見ていたユウヒは、この日地上に帰還していた。
「今宇宙からの帰還者が搬送されます! 様々な疑惑が持ち上がっていた異世界専門家が乗っているものと思われます」
観測の目を宇宙に向ければ今も月とのラグランジュ点に巨大な星の欠片が浮かぶ空の下、日本政府関係者に囲まれたユウヒと育兎は黒塗りの車に乗って無数のフラッシュの中を抜けている。その姿はライブ映像で全国の人々の目を賑わせるが、そこにユウヒの姿は一度も映らない。
「物々しい警戒態勢ですが、なぜこれほど警戒しなければいけないのでしょうか」
そんな映像は当然テレビのワイドショーでも取り沙汰され、撮りたてほやほやの映像は何度もプレイバックされ、その映像をバックに司会の女性が物々しい警備の数について質問を投げかける。カンペに沿って話している彼女自身映像に映る警備には興味をひかれている様で、しかし目当て相手以外が口火を切り表情は僅かに陰った。
「やはり今回の謎の声も彼の自作自演で、膨大な経済損失を与えるであろう宇宙で起きた核爆発も彼が起こしたものなのでしょう」
「なぜそう思われるのですか?」
経済専門家とテロップで紹介される男性は、口火を切るなり黒塗りの車の中に乗っていると思われる異世界専門家ユウヒを自作自演であると断定し、宇宙で起きた核爆発もユウヒが用意して経済的被害を地球に与えるため引き起こしたのだと言う。
経済専門家の言葉に周囲は声を失い、視界の女性は引き攣る口元に力を入れながら、深き者達のパワードスーツ部隊に見送られる車に目を向けなぜそう思ったのか問いかける。
「どう考えても不自然でしょ? 何故大国が揃ってミサイル攻撃を行わないといけなかったのか、それは異世界専門家がテロリストだと考えれば不自然ではありません」
「なんとテロリスト!」
思いもしない論説が飛び出たことで、周囲は呆気と失笑で放送事故一歩手前のような状態であり、その空気を何とかしようと司会の女性は唯一滑らかに語り続けられそうな経済専門家に水を向け続け、その間に周囲の人間の思考復旧を期待している様だ。そんな女性の思惑など気が付かぬほどに顔を高揚させた男性は、ユウヒをテロリストだと言う。
どこかのリビングでマグカップが一つ犠牲になる中、彼の言葉は止まらない。
「そうです! きっとあの宇宙に現れた人工の天体も彼がテロを起こすための基地だったのでしょう! それを破壊した中国とロシアには感謝しなくてはいけません! なぜ彼らが責められているのか私には理解出来ない!」
どうやら彼の中でユウヒはとんでもないテロリストで、宇宙に核弾頭を発射した中国とロシアは正義の味方と言う事の様だ。そんな正義の味方が攻められるなんてどう考えてもおかしいと、この時点で彼が最初に発言した内容と矛盾が生じているのだが、声高に自論を述べる彼は気が付いていない。
「そうですか、えっと……この意見に対して皆さんはどう思われますか?」
発言しながら気持ちよくなったのか笑みを浮かべる経済専門家に対して、周囲の空気も多少マシになってきたことを見回して察した司会の女性は、疲れを感じる笑みを浮かべてコメンテーターとして参加している人達に目配せする。その視線に気が付いた一人の男性は、軽快な笑みを浮かべると口を開く。
「えっと、その意見の元になったデータとかあるんですかね? 私の知ってる話とだいぶ違うんですが」
「そうですね、映像を見る限り核攻撃は全て無効化されていましたよね」
ユウヒがテロリストで、核を用いて地球に大きな被害をもたらしたと言う説を立証するに足るデータはあるのかと、笑みを浮かべた男性の至極真面な問いかけに対して、周囲の人間は総じて同じような表情で頷く。すでに様々なメディアが政府広報や各種放送局、個人などから入手した大量の映像を使い、宇宙戦争と大々的に取り沙汰した今回の事件、その映像からは目の前の経済専門家が言う様な資料ははっきりと確認することは出来ない。
「そんなものはCGでどうにでもなっ―――!?」
映像資料、もしくはユウヒがテロリストであると言う証拠があるのか、その答えはCG……。CG技術でいくらでも加工できると言いたかったのであろうかしかし、経済専門家の男性が机を強く叩いた瞬間、テレビの画面は真っ白に輝き、次の瞬間黒く染まり、数秒の間をおいて環境映像が流れ始める。
そんなテレビ番組を見ていたのは一般人だけではなく、ワイドショーのネタにされていた本人もまた、病院に連れていかれる車の中で暇だからと備え付けのモニターに目を向けていた。
「消えたね」
「消されたな」
宇宙から帰還すると同時に自衛隊、政府関係者、深き者達のパワードスーツ部隊に囲まれたユウヒと育兎は、あれよあれよと言う間に簡易的な検査を受けて車に乗せられ、そのまま病院に直行することとなったのだが、そんな彼らの目の前でワイドショーに閃光が走り暇つぶしに見ていた番組は消えた。
「あの、あまりそう言った番組は見ない方が良いのではないかと……」
「あ、ダメでした?」
育兎とユウヒの微妙な言葉の違いに違和感を覚えながらも、同乗した女性は気を取り直すと恐る恐ると言った調子で二人に声をかける。
「いえその、嫌な思いをしないかと」
現在日本で放送されているワイドショーやニュース上では、ユウヒの活躍に対して懐疑的な意見が半分を占めていた。神の声を直接耳にしても尚、彼の功績を信用したくない人間は思った以上に多いようで、そんな番組を見て気分を害しようものなら、ユウヒが日本から出て行ってしまうのではないか、それが現在の政府関係者が抱く心配であり、女性が今現在抱える主な心労である。
「あー……まぁ気持ちいいとは思わないですけど、それよりも馬鹿だなぁとしか」
「現実見えてないよね、大量の映像情報が出ている上に神の声が全世界に轟いたのに疑うとか、まぁ一神教の人には受け付けないのかな?」
しかし、彼女が思うほど当の本人たちは気にしていない様で、多少はイラっとする部分もあると言外に話すユウヒは、引き攣った表情を浮かべる女性に苦笑を洩らしながらテレビのコメンテーターを馬鹿だと評価し、育兎も同意するように頷くと肩を竦めながら気泡を浮かべる飲み物を口にした。
現在世界でも混乱を起こしている神の声、時間差で混乱したユウヒが眉を寄せた声と言うのは世界全ての耳に届いており、宗教関係者を中心に大きな論争の種となっている。
「神様と言うより管理者だって言ってたからなぁ管理神の人……ただまぁ、精霊の目の前であそこまで元気よく話しちゃって大丈夫かな」
そんな自称管理者である管理神について彼らの言葉を思い出すユウヒは、どうでもよさそうに呟くとそれよりも問題は精霊であると言い始めた。
「え?」
「まぁ自分で言うのもなんだけど、俺は精霊に好かれてるじゃないか?」
「うん(いやもう溺愛なんじゃないかな?)」
突然の話題転換にキョトンとした表情を浮かべる女性を他所に、ユウヒは育兎に目を向けて自分が精霊に好かれていると話す。そんなもの精霊とユウヒの関係をすぐそばで見ていれば、その姿が見えなくても理解出来ると頷く育兎は、心の中でユウヒの控えめな言葉選びを大きく修正する。
「それで俺の事悪く言う人にあまり良い思いもしないだろ?」
「まぁわからなくはないかな? (ヤヴァイ事しか起きない気がする)」
事実、精霊のユウヒに対する感情は溺愛や狂愛に近く、彼に何かしらの危害を加えられようものなら黙っていないであろうし、ユウヒの目が無いところであればすでにあちこちで制裁を下していた。
「……」
元々心根の良い人間を愛し、苦境に耐える人に救いの手を差し伸べる傾向にある精霊、それが狂うほどに愛情を捧げる相手が馬鹿にされていたら、何も起きないわけが無く……。
「それでさっきの番組に精霊が見え隠れしてて……最後に声が聞こえてきて」
「声?」
「なんて?」
喉を鳴らしてつばを飲み込む女性の前で、ユウヒはテレビの中に精霊が見え隠れしていたと話し、さらに真っ白に閃光がテレビから放たれる直前声が聞こえたと言う。何が聞こえたのか、思わず身を乗り出す様に問いかける育兎と女性。
「処す? 処す? って声がだな」
「……死んでないと良いねあの経済専門家」
聞こえて来た言葉とその意味を理解して育兎は全てを察し天を仰ぎ、乾いた声で経済専門家の安否をどうでもよさそうに気遣い、女性は顔を蒼く染めて周囲に目を向ける。
「うん、まぁそんな事より結構荒れてるな」
「そうだね、あの揺れかな」
精霊は目に見えずどこにいるかわからない、そんな気配を女性が探していると、ユウヒ達は黒いミラーガラスの向こう側に見える光景に眉を寄せ始めた。テレビにも飽きた二人が見詰める先には、一部が液状化した地面や傾いた電信柱が見受けられ、住宅の塀が崩れている場所もある。
「全世界的に震度5以上の揺れがありましたから、あちこちで老朽化した建物に被害があったみたいです」
大震災によりボロボロとなった都市よりもまだマシな状態であるが、老朽化した建物は震度5以上の長い揺れに耐えられなかったようだ。しかしそれはまだ日本の地震対策が行き届いた都市部だからこそであり市街地ではあちこちで住宅の倒壊、それにより発覚した違法建築などで連日騒がしさが増している。
「大変になりそうだね」
また、同じ揺れは全世界を襲っており、地震の少ない地域や発展途上の地域では都市機能が完全に麻痺するような被害も出ており、その事を思うとユウヒの口からは自然と心配する言葉が洩れだした。
「育兎博士には是非多方面で協力いただけないかと」
「あーそうなる? まぁいいけど」
その大変だと言う言葉は育兎に向けたものでもあり、元々電力供給に関して協力を申し込まれていた彼には、さらに多方面での協力も求められるらしく、求められて出来てしまうばかりに彼も何となくその要請は想像していた様だ。
「以前渡した資料もこう短時間じゃ利用は難しいかな」
「今の日本じゃねぇ?」
既に新しい技術を日本企業に提供している育兎であるが、中央ドームで見せた力は今現在世界が欲する力である。ユウヒのよく解らない力よりもずっとわかりやすい彼の力は、実に多方面から求められるものだ。観測された脅威に対抗できるようにと、少しでも地球の技術促進を狙った育兎であるが、地球を襲った脅威は彼の予想を遥かに超えたものであった。
そんな予想以上の脅威にさらされながらも生き永らえた傷だらけの地球社会は、育兎の手を離す気が無いらしく、ユウヒと引き離された彼はすでに怪我一つ無くなった体で複数企業の技術者達が集まる一室に現れ室内を悲鳴で満たす。
「ユウヒ! お帰り!」
「怪我痛い?」
「まぁそれなりに痛いかな? 久しぶりだね、精霊は宇宙まで行けないのか?」
一方、ナノマシンも無く体全体を一瞬で治す様な便利な魔法もないユウヒは、一人になった広いホテルの様な豪華な病室で精霊たちを出迎えていた。どうやら彼女達は目的の人物が一人になるのを見計らっていた様で、視線に気が付いて一人にさせてもらったユウヒは、集まってきた精霊たちを窓から室内に招き入れると、じゃれつく彼女達の頭を指の腹で撫でながら首を傾げる。
「無理じゃないけど……」
「ユウヒと同じ階層での移動は出来ない」
「かいそう?」
ユウヒを溺愛する精霊達が、危険な場所と思われるリトルムーンへと彼が向かうと知ればついてこないわけがない、しかし彼が宇宙に出ている間、精霊達は一度も姿を現さなかった。それはユウヒを嫌いになったなどと言うわけではなく、単純に宇宙へは一緒に行けないからのようだ。
「階層が違うとユウヒにもみんなにも見えなくなっちゃう」
「同じじゃないと意味がない」
また宇宙に精霊がいけないわけではないらしく、行くには行けるがユウヒであってもその姿を見る事が出来なくなり話す事も触れる事も出来なくなるらしく、その触れ合いを楽しみにしている彼女たちにとっては苦痛でしかなく、そんな生殺し状態になるくらいなら大人しく? 留守番している方が良いようだ。
「なるほどわからんが、宇宙まで一緒に行くのは無理だったか、でもまぁ一緒じゃなくてよかったよ、俺と一緒に世界の外側なんて体験させたくないからな! いやぁまさか世界の外側にはじき出されるとは思わなかったよ」
精霊達の説明をほぼ理解できてないユウヒは、自分の顎を指で抓む様に撫でながら小首を傾げると、一緒に行けなくて良かったと言う。もし精霊達が付いてきていれば、どんな危険な状況でも身を挺して守ってくれるとユウヒの勘は告げているが、それは彼が求める結末とは違うからだ。
「あそこは死」
「むりきえちゃう」
終わったからこそ笑って話せるが全く笑い事ではない話をするユウヒの姿に、流石の精霊も顔を蒼くすると小さな手でユウヒを何度も叩く、その姿はどうやら反省を促している様だがユウヒには微笑ましくしか映らない。また、どうやら精霊であっても世界の外側にはじき出されれば消滅してしまうらしく、闇の精霊は頭を横に振りながら蒼い顔に涙を浮かべている。
「……なんで消えてないの?」
しかし可笑しい、何故なら世界の外側にはじき出されたと言うユウヒは、今現在体中が痛くても元気に話しているのだ。その矛盾に眉を引き絞る様に寄せて眉間に皺を作る風の精霊は、ユウヒの体を強く撫でて実在することを再確認して疑問の表情を浮かべて見せた。
「乙女さんが助けてくれたからな」
「境界の……」
ユウヒを助けてくれた乙女と言う人物は、精霊たちも共通して知る人物なのか、ユウヒの言葉に一瞬ざわついた精霊たちはむずかしい表情で頷き合い、時折境界と言う言葉が聞こえてくる。その光景に乙女と精霊の間には何かあるのだろうと理解するユウヒであるが、藪を突いて余計なものを引き寄せるのも面倒だと好奇心を萎えさせると、大きなベッドに腰かけながら周囲を見渡す。
「にしても今日は少ないのな?」
「お仕事の用意が出来たから、みんな働いてる」
豪華な病室に招き入れた精霊たちはそれなりの数が居るのだが、ユウヒを突いたり室内を飛び回る精霊たちの色は偏っていた。いつもならカラフルな色合いの精霊たちが楽しそうに騒ぐ姿が見られるが、今日は仕事の為大半の精霊はこの場に姿を現していないようだ。
「仕事?」
風の精霊が疑問に答えてくれるが、彼女たちが仕事をしている光景が想像できなかったユウヒに、闇の精霊が膝の上で首を大きく動かし頷いて見せる。
「魔力の循環、これで世界が安定化する。これで変なものも呼び起こされ……にくい」
「……もしかして不活性魔力による害が無くなったのって」
精霊の仕事、存在理由とも言える働きは、世界に満ちる魔力を滞りなく循環させることにより、世界をより安定した形に整えることだ。精霊が多い世界と言うのはそれだけ不安定であるか、もしくは本来世界が内包する平均的な魔力を超える魔力を保持しているかである。
「歪み解消」
「魔力矯正で弱毒化」
「魔力の循環改善」
最近になって急激に不活性魔力の害が少なくなった理由には、彼女たちの働きが関係していた様だ。本来ユウヒの住む世界には魔力が無い、より正確に言うならば神や精霊、妖怪、妖精と言った魔力のある環境に順応出来た種が小さな異世界に引きこもる際、世界の魔力を持って行って希薄になったと言うのが正解である。そんな場所にドームと言う全く異なる異世界から膨大な魔力が地球を中心に雪崩れ込んだことが、今回のドームを中心とした一連の事件で最も大きな環境変化であった。
「でも世界の地力が落ちてるから不安、一気にドカンとは無理」
「ちりょく?」
しかも大半が不活性魔力と言う状態で雪崩れ込んだことで魔力による健康被害は人や生物だけでなく地球と言う星にも多大な負荷をかけ、そこにワールドボム製造装置による負荷が世界にかかり続けたことで精霊たちの仕事は遅々として進んでいなかった。そこに加えてまだ問題があるらしく、地力と言う言葉を使う精霊にユウヒは首を傾げる。
「きっと外のが世界を直す時に変なもの食べさせた」
「食中り気味」
「胸やけ?」
どうやらそれは管理神の世界修復作業によって起こった二次災害か副作用のようなものらしく、やれやれと言いたげに肩を竦めながら首を横に振る精霊達曰く、世界の修復のために余計なものを世界の内に入れてしまったと言う。ただでさえドームと言う異世界を内包してしまった世界にとっては少々食べ過ぎのようで、この場に居る精霊たちはその影響で暇なようだ。
「……お疲れかな?」
『そんな感じ!』
精霊たちの感覚で話す内容を頭の中で咀嚼するユウヒは、半場考えることを諦めて何となく勘で問いかけるが、どうやら間違ってはいなかったようで、それでも完全に理解していないユウヒは、複数の世界から集まった精霊たちの共通点と個性を見比べて、担当医の到着までの暇をつぶすのであった。
いかがでしたでしょうか?
ボロボロで帰って来たユウヒを出迎える地球もまた、一連の事件でボロボロになっている様で、皆等しく休息が必要なようだ。そんなユウヒの物語、次回もお楽しみに。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ求めつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




