第三百四十一話 飛び出す暴力
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『飛び出す暴力』
リトルムーンの奥へ奥へと核心に向けて落ちていくユウヒ、そんな彼を世界のあちこちの人が心配する中、普段から何かと彼の事を気遣う女神が一人、
「何か、何か変な気がします」
「どうしました?」
仕事部屋のモニターに映し出されるデータを前に小首を傾げている。それは美しい金色の髪をふわふわと揺らす女神アミール、彼女の呟きにどこからともなく現れたドローンが淹れたばかりのお茶を渡す。
「ありがとうございます。なんだかユウヒさんのバイタルがおかしい様な……」
「また盗み見ですか? あまりやりすぎるとバレた時に……」
アミールの様々なサポートを行うシステムの端末であるドローンからは、人とは少し違う機械的な音で呆れた声が漏れる。どうやらアミールは日課となっているユウヒの観測データに違和感を感じている様だが、正直その行動は神だとしても褒められる様なものではない。
「ゆ、ユウヒさんはそのくらいで嫌いになんて!?」
「いえ、ドン引きされるのではないかと」
「……!?」
彼女なりにある程度気を付け、かつユウヒへの信頼からなる行動であるが、ドローンから聞こえてくるサポートAIの分析では十中八九相手に引かれることは予想の範疇であるらしく、バッサリ切って捨てられたアミールはあまりの驚きに声がすぐに出てこない様だ。
「お嫌いになられなくても、距離が開く可能性が……」
「…………ほんとに?」
見た目や所作からは常識的で善良に見えるアミールであるが、その行動の端々からは可笑しなところが見え隠れしており、人とは違う神と言う存在だとしても少しばかり行き過ぎている。一方で蓄積されたデータから平均値を計算しているAIには、この先で起こりえる悲劇も予想できているのか、上目遣いで確認してくるアミールに思わず呆れた様な仕草を見せてしまう。
「一般的にはそうだと思います」
「そうなのね、うん……今日はこのくらいにしておきましょう」
丸いボディから数本のマニピュレーターを生やすドローンの言葉をじっと待つアミールは、はっきりと聞き取りやすい声で告げられた内容によろめくと、顔を俯かせながら小さく頷きそっとモニターの表示を別の物に変え、残念そうな声を漏らして仕事に戻る。
「それがよろしいかと(任務完了です)」
ニッコリとほほ笑む顔が表示されるドローンを見上げて肩を落とすアミール、その姿を見下ろし一言残してどこかへ飛び去るドローンは、外に聞こえない仮想領域で小さく呟く。
アミールのサポートAIが誰かしらからの任務を成功させている頃、ユウヒと育兎は長い通路の先に大きな広がりを感じていた。
「ずいぶん広い部屋に出るみたいだ」
「これは、中心の空間かな? て事は終着?」
今までの移動経路とリトルムーンの大きさから計算すると次の広場は巨大な人工物の中心になるらしく、それは同時に彼らの行きつく先である事を予想させた。
「何が出るかな?」
「これは、思った以上に広いね」
彼らに道を指し示す【指針】も真っすぐ広い空間を示しており、通路の地面を蹴って前に強く進む二人は、明るい光で溢れる空間に飛び出すと思った以上に広大な空間に目を見開く。
「何かあるな」
「足場も多いから隠れながら近づこうか」
中心に緑色の何かが見えそこを中心に大きな浮遊物が多数浮かぶ空間は、一面が光源となる球体の壁に囲まれ明るく幻想的な雰囲気で満ちている。浮遊物は一つ一つが家一軒以上の大きさがあり隠れるには十分な大きさがあるようだ。
「これだけ広いとどこからか監視されてそうだけど」
「それはあるね、この足場は何だろう? 何か変な干渉を受けるな?」
スラスターや小鳥の補助を受けながら大きな浮遊物に降り立つ育兎は、ユウヒの言葉に周囲を見渡し頷く。彼の調査機器では監視装置の有無を確認できないものの、何かの監視はされていると思って良いと言って、乳白色で滑らかな浮遊物を蹴り踏み、僅かに感じる重力や妙な干渉に小首を傾げる。
「無重力なのにしっかりした足場だな」
「なんだろうね、それよりあれ見てよ」
今までの巨大な物体は、ユウヒ達の干渉を受けて僅かに回転方向を変えたり加速させたりと何かしらの反応を見せていたが、二人が今降り立った浮遊物は小動もせず決まった動きを繰り返している様だ。周囲には変わらず重力を感じないが足下からは吸い付く様な感覚を覚え小首を傾げるユウヒは、育兎の声に顔を上げて指で指し示す方向に視線を向ける。
「あれな、なんだろうな」
「まだ見えない?」
「今まで以上に見えない」
中心に見えている緑色の何かは距離がある為かまだ良く見えず、ユウヒの右目にもそれが何なのかまだ分からない様で、彼に問いかける育兎もまた調査機器が妨害されているらしく、目に映し込まれる映像にはノイズが入っている様だ。
「神の力も妨害されてるってこと?」
「神の力と言っても搭載機が普通の人だからなぁ?」
無数に浮遊する乳白色物体を見渡し、移動する経路を考えているユウヒは、育兎の問いに振り返ると肩を竦めて見せ、神様から貰った力はすごいのだろうけれども、その力を受け取ったのが普通の人間では効果もちゃんと発揮できないのだろうと言う。
「え? (ふつう? 普通とは?)」
「ん?」
「でもそれなら近付くしかないか」
普通、普通とは何なのか、神の力を受け入れる事が出来た時点で普通と言うカテゴリーからかなり逸脱している、そう言う認識の無いユウヒに思わず疑問に満ちた声が漏れ出てしまう育兎は、キョトンとした表情を見返すとジト目を浮かべながら肩を落とし、何も聞かなかったと言いたげな表情で広大な空間の中心に目を向ける。
「そうだな、とりあえず【マルチプル】【小盾】【小盾】【小盾】【小盾】」
「わわ!?」
育兎が何を言いたいのか今一つ理解していないユウヒは、不思議そうな表情を浮かべながら気にしないことにしたのか、肩を竦めると周囲に大量の盾を生み出す。一度の魔法で複数の緩く湾曲した丸い盾が生み出され、次々と魔法を唱えるユウヒと育兎を囲む様に現れてはすぐに二人を守る様に動く盾に、育兎は思わず驚いた声を出してしまう。
「防御兼足場と言うわけでよろしく」
「ほへぇ」
敵がいる場合はすぐに敵に向かって警戒する【小盾】と言う魔法は、相手がいないと二人を囲み球体の陣形をとる。そんな小盾たちは、周囲を警戒していると聞こえてきたユウヒの言葉に反応してバラバラに動き出すと、ユウヒが指し示す方向へと向かって飛び石のように隊列を変えて行く。
「そいじゃいくぞ!」
「うん!」
感心と驚きで間延びした声を漏らした育兎は、ユウヒの声に顔を上げると元気よく返事を返し、よく訓練された兵士のようにまっすぐな列を作る盾に向かって跳びだす。
そんな二人の行動が誰にも気が付かれていないなどと言う事はない様で、ユウヒが魔法を使ったのと同じタイミングで女性が目を開く。
「高エネルギー体の接近を確認」
一見地味でも高度かつ高出力の魔法を使うユウヒから洩れた魔力、それは魔力を取り扱う者には大なり小なり感じ取れるものであり、詳しいものであればその反応からどれほど大きな力かも測り取る事が出来るようだ。
「エネルギー回収率依然上がらず、代案を推奨」
ぼそぼそと呟く黒髪の女は、乳白色の大きな椅子に座り、簡素であるものの重厚な背凭れに背中を預けながら、俯き見えない顔を僅かに歪める。
「世界外部からの影響の拡大を確認、タイムリミットの大幅な修正実施」
彼女の行動を阻害する者は世界の外側から妨害しているらしく、課せられた制限時間はその影響によって大きく修正する必要出てきた。それは彼女にとって良い修正ではない事は、肘掛を握る彼女の手の力のは入り具合によって見るものにも理解出来る。
「工程の修正……」
感情の籠らぬ平らな声とは裏腹に、彼女自身の感情は大きく動いている様で、最後には歯を強く噛みしめる音で言葉が途切れてしまうのであった。
一方で、道中交わす言葉が途切れないユウヒと育兎は、何度目かになる乳白色の浮遊物体を使った加速により目的の緑の何かまで到達していた。
「広い地面がある!」
「そして怪しい建物もあるね!」
遠くに見えていた緑色の物体、それは大きな円形の地面であった。東京ドームがいくつも入りそうな地面は、背の低い芝の様な草で覆われており、その中央にはこれまで見て来た乳白色の浮遊物体にも似た歪な建物が建っており、その一部は壊れているのか疎らに黒い模様が見える。
「とりあえず降りてみる、おん?」
ビスマスの結晶を簡略化した様な形の建物に目を向けながら先行して地面に向かい降下していたユウヒは、急に何かに気が付き変な声を出すと、前方斜め上を同じく降下している育兎に目を向けた。
「ふえ? おち、おちるううう!? ぐえ!」
「ナイスキャッチ」
無言で育兎を見上げるユウヒは何かを確認している様で、その理由はすぐに育兎の降下軌道をもって判明する。どうやら今向かっている緑地周辺には重力が発生しているらしく、【飛翔】の魔法で飛んでいるユウヒと違い、無重力と姿勢制御用のスラスターによって移動していた育兎は重力に引かれて落下を始め、ユウヒの目の前を勢いよく落ちて行く途中で水晶の小鳥に救助されるのだった。
「!」
「もう少しやさしくだね……」
まるでドヤ顔でも浮かべる様に、胸を張って見せる青い水晶の小鳥に苦笑を浮かべるユウヒは、背中を掴まれ項垂れる育兎の足元に小盾を数枚移動させる。
「重力があるんだな」
「く、空気もあるけど……外さない方が良いね」
背中を掴まれた拍子に首が絞まった育兎は、苦しそうに顔を歪めながら盾の上に降り立つと、久しぶりに感じる重力で体をよろめかせながら周囲の環境を調べ始め、その周りには複数の【小盾】たちが集まり地上を警戒し始めた。
「誰かいるけど、好意的ではない……装置だ」
その理由は降下予定の地点より少しだけ離れた場所にある建物、その屋上部分に人影を確認したからであり、そこから感じる気配が明らかに好意的な物ではないと、ユウヒの勘を経由して魔法に伝えられたからである。
「え!?」
そしてもっと重要な事をユウヒは右目で感知してしまう。
「あの女の人が座ってる椅子とその下、全部装置だ」
「爆弾の?」
「……」
眼下に見える大きな建造物、その屋上には建造物と同じ乳白色の椅子が設置されており、その全体がワールドボム製造装置なのだと言う。何の爆弾か、ここまで来たら確認する必要も無く、無言で頷くユウヒに育兎は気を失いそうになる自分の弱さに唇を噛むことで気合を入れ、軽い痛みで熱を持つ唇を舐めながらしっかりと装置に目を向ける。
「動いてる?」
「凄く動いてる。原初エネルギー精製工程になってる」
育兎の持つ調査機器ではまったく装置の状況が分からないが、一方でユウヒの右目には装置の稼働状況が手を取る様に解るようだ。それでも強く力を使うとわからなくなるのか、僅かに光を灯した金色の右目は力を調整するように明滅している。
あと少しで地面に着地するそう思った瞬間、二人の耳に音が聞こえてきた。
「見つけた、見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた」
「ひえ!?」
「こわ!?」
何の音なのか、確認するよりも早くその音は狂気に満ちた言葉として形を成し、それが女性が発生しているものだと心で理解した二人は、その悍ましい言葉の波に震え思わず互いに抱き合ってしまう。
「お、お知り合いかな?」
「しらないよ!?」
何を見つけたのか、はっきりと二人に目を向ける女性は長い長い黒髪の隙間から赤く輝く目を覗かせ、その眼光の鋭さに薄ら寒いものを感じた二人は凍り付きそうになる心を誤魔化す様に声を絞り出す。
「お待ちしておりました。直ちに処置を施します」
「へ?」
互いに知り合いかなと、詮無き問いかけを行う二人に女性はにこやかな表情をその黒髪の奥から表し、大きく迎え入れる様に手を広げると、未だに空の上で震える二人に良く通る透き通った声で、告げる。
「何か生えた!?」
「逃げるぞ!」
彼女の言葉がトリガーになったのか、いつの間にか地を這うように広がっていた黒髪から質量保存の法則を無視した大量の黒い手が沸き立つように生え、どこまでも伸びる黒い腕は蛇の体のようにうねり、枯れ木の様な細く長い指は歪に広げられ渇望するように掴みかかって来た。数枚の盾がその身を犠牲にする一方で、その隙にユウヒは育兎の細い腰を抱えると一気に加速してその場を離れる。
「おっとぉ!?」
「くそ! 小盾が打ち負けてく」
急加速に体を振り回されながら腕の装置を操作する育兎は、背後に迫っていた黒い手をユウヒのバレルロールで回避すると、遠心力で広がる手を盾に押し込まれ驚いた声を上げた。どうやらその手は黒い手に捕まれそうになっていたらしく、その危機を救った一枚の盾は黒い手に叩かれてどこか遠くに飛んでいく。
「おっと!? 掠っただけでシールドすごい持ってかれてんですけど!」
どこか遠くに飛ばされていく盾に心の中でお礼を言いながら、必死に宇宙服の設定を変更して行く育兎は、自分の体を守るシールド機能が先ほどの一撃で大きく削られたことに気が付くと、慌てた様子でユウヒへと状況を伝える。
「【マルチプル】【大楯】【小盾】【マインバード】」
「初めて見る鳥だね! 盾助かる!」
迫ってくる大量の黒い手が見た目以上の威力を持っている事に、ユウヒは機動力よりも防御を優先したらしく複数の盾と初めて見る草色の小鳥を生み出す。大量の盾は一斉に動き出すと一時的に黒い手を押し戻し、その光景に歓喜の声を上げる育兎は、腰をしっかりとつかむユウヒの腕を数回手で叩く。
「その小鳥に触れるなよ! それ飛行地雷だから!」
腕を叩かれたユウヒは育兎の準備が整った事を理解し、声を掛けながら彼の体を大楯に受け止めさせるように押し出す。
「うわ!? あの大きさでこの爆発力って! ええい鬱陶しい!」
「そっちも新装備じゃないか!」
大楯の上に着地した育兎の背中からは、バックパックを押し開いて緑色の光を放つ機械的な翼が姿を現した。緑色の小さな小鳥に興味深そうな表情を浮かべたのも一瞬、その小鳥の爆発力に頬を引きつらせると、それでも追ってくる黒い手に向かって腰にマウントしていた平らな形状のライフルを構え光の線を放つ。
「これは宇宙軍の標準兵装だよっと!」
「俺もそっちの世界が良かったな!」
見るからに未来的なフォルムのライフルから吐き出されるビームの光に目を輝かせるユウヒ。どうやらその装備は育兎の世界では宇宙軍の標準的な装備のようで、大したものじゃないと言いたい育兎に対して、ユウヒは惹かれるものが十分になるようだ。
「おすすめはしないけど! 来たら歓迎するよ!!」
「なら生き残らないとな! 【マルチプル】まぁ俺忙しすぎて旅行とか行く暇ないけど! 【アイシクルランス】」
次々に飛び掛かって来ては蹴散らされる黒い手から逃げるように、空中を縦横無尽に飛びながらも決して距離を離さないユウヒと育兎、互いにどうでもいい会話を掛け合う事で鼓舞する二人の姿は、とても出会ってそれほど時間の経っていない間柄には見えない。
「どうやらやつの狙いはブラザーみたいだね。良かったね! 可愛い女の子にモテモテだよ!」
そんな攻撃を掻き潜る間にも敵の攻撃パターンを解析していた育兎曰く、黒い手の攻撃が集中しているのはユウヒの方であるらしく、大量の氷柱で一気に開けた空間に躍り出る育兎がライフルの腰撃ちでビームを吐き出しながらユウヒに笑いかける。
「やめてくれ! こんな熱烈アタックは俺の趣味じゃねぇ! 【氷乱武装】」
「おお! 寒そう!」
「それが寒くないんだよ! おらあ! そいや! どせえい!!」
真っ直ぐに追いかけてくる黒い手をビームの光で消し飛ばす育兎の背後からは、隙を狙うかのように黒い手が迫っていた様で、氷の武装を纏ったユウヒはその黒い手の群れに飛び込み、殴る度に強烈な勢いで弾ける氷の拳と氷の靴で黒い手を削り取っていく。
「やっぱ普通じゃないよねぇ」
「!」
熱烈な好意は趣味じゃないと言って次々と黒い手を排除して行くユウヒ、その背中を横目で見る育兎は、その猛々しい姿に少し前の彼が言った言葉を思い出し苦笑を洩らす。その意見には彼の肩に止まる小鳥たちも同意であるらしく、小さく頷く様に頭を揺らすとユウヒに聞こえない程度に同意の意味を含めた声で鳴く。
そんな二人はいつの間にか緑の地面を大きく迂回し真っすぐに女性の背後に回っていた。逃げる以外で現状を改善するには攻撃してくる相手の無力化が必須、飛行地雷を使い女性の気をそぐことに成功したユウヒと育兎は彼女の背後から急速に迫る。
「【加速】これでも食らえ【アイスインパクト】【フリー、いや!? 【大楯】」
そして射程に捉えた女性の背後、大きな椅子の背凭れによって出来る死角から残像を残す勢いで迫ったユウヒは、大量の氷の塊による散弾で目の前の進路を開き、周辺装置ごと女性を吹き飛ばすための魔法を、放てなかった。
「ブラザー!! スモーク!」
予期せぬ攻撃を予知したユウヒは途中で魔法を変えて自分の目の前に【大楯】を生み出し、直後彼の体は突入した時と同じくらいの勢いで跳ね飛ばされ、その様子に目を見開いた育兎が音声入力の声を上げると、即座に大量の発煙弾が発射され辺りを煙で覆う。
「うお!? 煙? なるほど【アイスフォグ】」
「えいや! こっちだブラザー!」
あっと言う間に地面の終端近くまで地表すれすれを切りもみする様に飛ばされたユウヒは、煙から抜けると驚いた表情を浮かべて周囲を確認すると、状況を理解して自らも煙幕魔法を使い飛ばされるままに後退し、育兎の声のした方に向かって加速する。
「何投げた?」
「大型シールド発生器の試作品、携帯型のバリアだね」
地面のある場所から抜けたユウヒは無重力の空間を突き進み育兎と一緒に浮遊物の影に隠れ背中を壁につけてため息を漏らす。不思議と吸着するように壁に体が固定されるユウヒは、逃げる時に育兎が煙の中に投げた物について問いかける。どうやらユウヒに呼びかけながら気合の籠った声を上げた育兎は、煙の中にバリア発生装置を投げ込んだようだ。
「そうか……くぅぅぅ」
それらが攪乱の為の行動だと察したユウヒは、自らも同じように攪乱の為に煙の中へ盾を設置するべく腕を動かすも、すぐに痛みで顔を歪める。
「宇宙服が破れてるじゃないか!? 何があったんだい?」
「触手のお化け、あれが出てきた」
「あれって、要塞の?」
上げられた左腕は宇宙服が一部裂けており、血こそ出ていないが皮膚は腫れ上がり変色していて痛々しい。そんな傷を彼に負わせたのは、なんと人工天体に巣くっていた触手の化け物だと言う。
「ほぼ間違いないだろうな」
「ここであれが……って折れてるよこれ!?」
何故ここに以前に中央ドームの奥で戦う事になった触手の化け物が居るのか、いくら考えたところですぐに答えが出るわけも無く、すぐに気持ちを入れ替えた育兎はユウヒの左腕をとって宇宙服の穴を塞ごうとするも、そこから感じる感触に目を見開くと同じタイミングで調査機器がユウヒの骨折を感知する。
「あ、やっぱり?」
何とも惚けた間の抜けた声で呟き苦笑を浮かべるユウヒ、かなりの痛みが出ているであろうにも拘らず笑い顔を浮かべる姿に顔を顰める育兎は、太もものポケットから治療道具を取り出すと慣れた手つきで処置を施していく。
「とりあえずこれで固定するけど、無理しないでよ? 軽い麻酔と治療薬を注入したけどすぐ治るものじゃないから」
「……触手は予想外だったからな、まさかあんな飛び出し方してくるとは」
宇宙服の機能と治療によって固定された左腕は傷むものの動かす事は出来る様で、しかしそれは応急処置であって普通通り使えると言うものではない。事実、無理するなと言って来る育兎に、ちゃんと返事を返さないユウヒは力の入らない左手に眉を寄せ諦めた様に鼻から息を吐いている。
「そんなに?」
「装置を突き破って出て来たからなぁ? 避ける暇もなかったよ」
会話の流れを変える様に話した触手の化け物は、今もユウヒを探して煙りの中を暴れているのか、彼らの耳にはいくつもの破壊音が断続的に聞こえており、一息つく二人の心に焦りと言う重圧をかけて行くのであった。
いかがでしたでしょうか?
突然の攻撃から始まった戦いはユウヒの負傷によって一時の撤退を余儀なくされる。しかし二人にそのまま逃げる猶予は残されておらず、隠れながら心に焦りを蓄積させていく。果たして彼らは世界を救う事が出来るのか、それとも世界はドームのように散り散りになってしまうのか、次回もお楽しみに。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ求めつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




