第三百三十三話 リトルムーン
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『リトルムーン』
緊張、強いストレスにより交感神経が優位に立つと筋肉が震え心拍数が上がり、それにより顔が赤くなったり汗をかいたり、それは人でなくても起きるし、魔法により生みだされた生命体もまた体に様々な反応が出る。
「なるほど」
そんな緊張に体と心を振り回されるアン子の見詰める前で、足を組んで椅子に座るユウヒは、伸びてきた前髪で隠れ暗くなった目を足元に向けて小さく理解したように呟く。
「あの、今回の失敗は必ず「あぁ気にしないで」え?」
アン子がユウヒに話したのは、宇宙ドームから突然現れた砲台と深き者のほんの短い戦闘について、颯爽と駆け付け彼らを助けたことを誇らしげに語りたいところであるが、隠れているように言われていた手前、砲撃に使った採掘艦の露見は致命的であった。しかし彼女が青くなる顔で呟く言葉にユウヒのワントーン高い声が被さる。
「失敗でもないし、事前に危険を排除しただけでしょ? ありがとね」
「しかし資源採掘船を見られてしまいました」
影が顔にかかり暗く見えていたユウヒの顔はいつの間にか上げられており、話しながら思わず視線を逸らしていたアン子はその声に顔を上げると、少し不思議そうな表情のユウヒの優しい声に迎えられ、にっこりと笑う表情に安心より不安が勝りもう一度確認するように自らの失態について言及した。
「まぁ深き者ならいんじゃないかな、遅かれ早かれ彼等なら見つけそうだし、それに今後のお付き合いもあるからね」
「そうなのですか?」
頑なにステルス機能の一時不調により姿を見られたことについて罰を求めるようなアン子、しかしそんな彼女の表情を不思議そうに見詰めるユウヒは、深き者の科学力をもってすれば何時かアン子たちの存在を知ることになるだろうと思っていた。故に、人工天体の修繕に飛び回る採掘船が見られても、それは彼にとって遅いか早いかでしかなく、いずれ話さないといけないと考えていたユウヒにとって失敗でも何でもない。
「お客さんになってくれるかもしれないし、今回はまぁ良い切っ掛けじゃないかな」
どんな構想がユウヒの中にあるのかアン子には解らないが、楽しそうに話すユウヒの言葉で救われたように表情を明るくし、その変化にユウヒは今一つ状況が飲み込めないのかキョトンとした表情を浮かべる。
「ありがとうございます」
「要塞AIの子にもお礼言っておいて」
「はい」
良い切っ掛けだと言われていつものニコニコとした表情に戻ったアン子は、緑色の長い髪を揺らしてお辞儀すると、要塞AIについて触れるユウヒに目を見開くと嬉しそうに返事を返すのであった。
ゲームの中でのユウヒと変わらぬ主の姿に、アン子が笑顔の花を咲かせ画面外の要塞AIの義体がガッツポーズを決めた二日後、地球を回り円を描きながらようやく宇宙ドームをカメラで捉えたアメリカの衛星はその映像を地球に送り、リアルタイムで各地に送信される映像は世界のお茶の間を賑わせていた。
「テレビはみんな同じ内容だね」
「一部アニメを流してるけどな」
そんな映像が流れている日本は少し早い夕飯時、ある母親は夕ご飯の準備をするキッチンから、ある店員は客と一緒にカウンターから、とある異常者二人は明華の邪魔を退けユウヒの部屋に紙のように薄く大きなスクリーン状のテレビモニターを設置し、ビールを片手に鑑賞している。
「ブレないねぇ……ふむ、黒いね」
「ほかのドームと同じかと思ったけど違うな」
当初は兎夏の家で鑑賞する予定であったのだが、彼女の体調不良を察した育兎によって急遽鑑賞の場所がユウヒの部屋に変更となったのだ。そんな彼ら二人の前で切り替わる画面には、一部を除いたテレビ局が一斉に同じ黒い空間を映し出す。それは月をバックにして宇宙に浮かぶ巨大な黒い球体ドーム。
「森のような模様かい? あれは世界補完装置と繋いでいた観測装置の影響でね、こっちはそう言った物とは別、全く違う世界からの介入だろうから」
しかしその球体は地球上のドームと違い森の様な模様は浮かび上がっていない。何故なら地球上に存在したドームは、どれも世界補完装置と連動して運用されていた観測装置の影響を受けた物であり、その影響によって紋様が浮かび上がっていたドームと発生経緯が全く違う目の前のドーム表面には模様らしい模様は無く、時折波打つかのように輪郭が乱れるだけである。
「全く違う世界か、何が起きてるんだか」
「わかんないなぁ、でも管理神ならこんなことしないと思うんだよね」
まったく違う世界からの干渉に改めて何が起きているのかと腕を組み唸るユウヒ、彼の隣ではベッドの上に寝転がったままの育兎が体を伸ばしわからないと返事を返す。同時に、育兎は管理神が行ったものではないのではないかと、どこか確信をもった様子で呟く。
「そうなのか?」
「どっかのば……乙女に怒られるからね、やろうと思った瞬間きゅっと……ね?」
「へぇ」
わからないと言いつつも、管理神の手によるものでは無いと言う育兎から感じる確信めいた雰囲気に小首を傾げるユウヒは、その理由が気になりベッドに寝転び天井にヘソを向ける友人に目を向ける。育兎曰く、今回様な行為は乙女の機嫌を非常に損ない、実際にやる前に排除される様で、そんな説明に空間が裂ける様な音を耳にしたユウヒは蒼い顔の育兎から視線を外し天井を見上げ呆けた声を洩らす。
「なんか大昔に色々やらかした所為で世界に致命的なダメージを与える様な干渉は禁止されてるらしいよ」
「ふぅん?」
どこかで聞いた様な説明に目を細め顎を扱くユウヒは、結局何もわからないなと肩を落とすと大きく薄いモニターに目を向け、そこに映し出されるぽっかりと月も星も呑み込む黒い空間に目を凝らす。
「さてさて、ブラザーが撃破した砲塔は出て来るかな?」
恐ろしく解像度の良いモニターが可愛そうになる様な画質で送られてくる映像を見詰める育兎は、体をベッドの上で転がすとうつ伏せになって楽しそうな笑みを浮かべる。どうやら彼は、ユウヒから深き者が遭遇した物について聞いて以来、未知の砲台を確認するのが楽しみで仕方なかったらしく、自分でも調べていたようだがまだその砲台を確認できていない。
「俺じゃなくて要塞AIだけどな」
「おなじじゃん……しかし高性能だよね。どうやって滅びたんだろう? キナ臭いなぁキナ臭いなぁ」
撃破したと言ってもやったのはアン子の指揮により動いた要塞AIの操る採掘船でありユウヒではない、しかしアン子も要塞AIもユウヒの指揮下に居るわけで、そうなると戦果はおのずとユウヒのものとなる。そんな事実認めたくないと表情で語るユウヒにジト目を向ける育兎は、一発の攻撃で砲撃の迎撃と砲台の撃破を同時にやってのけるほど高性能な艦船とAIに思わず唸り、その文明が滅びた理由について悩む。
「まぁあんだけの物作れても尚滅びるんじゃ、未来に希望が持てないな」
「ほんとだよね……おお?」
それは今も進化を続け同じ領域に足を踏み入れようとする育兎の世界も、いつかは同じ運命を辿るかもしれないと言う不安からくる悩みであり、それよりもずっと後ろを歩くユウヒの世界もまた滅びの可能性があると言う事である。しかしそんなことの前にドームと言う異常に寄って滅びそうな世界の中で、彼らは新たな予兆に目を向けた。
「ドームが揺れてない? 気のせい?」
「ちょっとまってね! これは、これで……何だこれ世界丸ごと内側に入ってくる!?」
「んん?」
その予兆に気が付いた育兎は揺れるスマホをお腹のポケットから取り出すと勢いよくベッドの上に立ち上がり、波紋とは違う揺れ方を見せるドームにユウヒが目を凝らす中、独自の衛星から送られてくるデータを食い入るように見つめる育兎は、驚きでかすれた声を洩らしユウヒの首を傾げさせる。
「世界の内側に世界を入れ込もうとしてるんだよ、普通そんなことしたら世界が内側から壊れちゃうよ」
「え、俺等終わった?」
ドームの先にあるのは異世界であり、本来世界の中に別の世界を入れ込むことは不可能でありその妥協点とも言えるのがドームと言う状態だ。それは頬を寄せあうような、指先をふれあわせるようなもので、それだけでも世界にとっては負荷が大きく危険である。それがもし無理やり重なり合わせるような事をすれば、世界は砕け崩壊し、生きとし生ける者の未来はない。
「それが全く破壊の兆候が出てない。……ちょっと空間に負荷がかかるくらいかな」
「……ドームが割れていく」
死を悟りそうな表情で呟くユウヒに目を向けた育兎は、自らの目を疑うような奇妙な氷上で首を横に振ると、壊れてもおかしく無いのに壊れる予兆すらないと言う。一体宇宙ドームとは何なのか、視線を合わせ合った二人が同じ動きで目を向けたモニターの向こうでは、振動する宇宙ドームに無数に光の罅が入り始めていた。
「世界を隔てる壁が消えていく……ゲートとかじゃない世界そのものだ、でもこれは見たことないよ」
「真っ白な球体だな」
黒い卵の殻が割れる様にひびが入っていくドーム、そこから現れたのはゆで卵のように真っ白な球体、まるで月のように光輝く球体は高級な真珠のようでもある。僅かな色合いの変化がみられるがほぼ均等に白い球体からドームの痕跡は消えて行く。
「ブラザー何か右目で見れない?」
「テレビだと特に何か見れるわけじゃないんだよなぁ、遠くからでも見れないからある程度近づかないと、でもあれだけ大きかったら近距離じゃなくてもいけるかな」
いったい何が現れたのか、恐ろしさと好奇心で目を見開く育兎はユウヒに勢いよく顔を向けると金色の瞳で何かわからないかと声を上げるが、神から貰った金色の右目はテレビ越しではその力を発揮できず、距離が離れていても調べられない為、窓の外に広がる空を見上げたところで何の情報を手に入れられない。
「なら宇宙船で調べに行った方が早いか、でも攻撃が怖いなぁ」
「深き者と一緒に行くとか?」
白い球体となったドームを調べるためにはどうしても近くに行かないといけない、その為には育兎の宇宙船を使うのが最も手っ取り早いが、深き者を襲った攻撃は育兎も恐ろしいらしく、ユウヒの提案に否定の言葉が出てこない。
「それが無難か……あーらら」
「一瞬何か見えたな」
嫌そうな表情を浮かべながらもその感情を飲み下そうとモニターに目を向けた育兎、その瞬間モニターに映し出されていた映像は白く染まり途切れて真っ黒になってしまう。どうやら何らかの攻撃を受けて通信が途絶、と言うより撃墜されてしまったようでモニターの画面が変わり悲鳴が聞こえてくる。
「自動迎撃かな、うわぁコントロールセンター阿鼻叫喚だね、頭抱えてるよ」
「そらまぁ、無事な可能性は無いだろうからなぁ」
阿鼻叫喚の様相を見せるコントロールセンターの映像を見ながら、別の画面を出して映像が途絶した瞬間を巻き戻して確認する育兎。どんなに良く考えても無事とは思えない衛星と関係者に何とも言えない表情を浮かべる彼の目には、白い球体の縁で一瞬強く光る何かが映り、その光景は深き者を頼ることを決める切っ掛けとなるのであった。
放送事故のように中継が終わり、各放送局のスタジオが気まずい空気で満たされた翌日、ネットを用いた会議の場には石木を筆頭に今回の宇宙ドームに係わりのある政府関係者、深き者からは補佐を侍らせたメーフェイル、育兎、そしてユウヒ。画面の一つには「あーでる」と書かれており、星龍である彼女はめんどくさいと言って欠席である。
「これまでの調査結果だが、これに関して主要各国にはすでに伝達済みだ」
「深き者が頑張ってくれたんですね」
「ええ、褒めてくれていいのですよ?」
一堂に集まった人々を画面越しに見詰めていた石木は、すでに一通り説明がなされた宇宙ドーム改め、リトルムーンと呼称されることとなった白い球体について、日本だけで集めた情報も世界各国に伝達済みだと話し、集めた情報の七割近くに及ぶ収集を担った深き者の代表であるメーフェイルは、笑みを浮かべるユウヒに微笑み返す。
「皆さんに怪我とかは無いですか?」
「ご心配ありがとうございます。どうやら完全にプログラムされた自動防衛で、ある程度近づく相手のみ攻撃してくるようですから問題ありません」
どこかドヤ顔にも見える笑みに少し心配そうな表情を浮かべるユウヒ、彼の言葉にやさしく微笑むメーフェイルは、リトルムーンの行動パターンに言及すると問題ないと言ってのける。しかしその心中は採掘船が遭遇した出来事により平静ではいられない。
「こっちから何もしなければ問題ない。問題ないから近づかないと言う連中の声は大きいな」
「実際どうなんでしょうか?」
またそれらの情報は日本政府にも伝えらえており、それ故に近付かない限り攻撃されないのなら何もせず傍観すべきと言う意見も少なくない。しかし本当にそう言い切れるかは、それはこの場に集まった政府の関係者では見当もつかず、彼らからは不安の声が上がり視線が自然と育兎に集中し始める。
「わかんないかなぁ、あれの実態を調べないと何とも、僕も知らない物だからブラザーに見て貰わないと」
「ユウヒなら解るのか?」
これまで何度となく事実を言い当てて来た育兎であるが、今回に限っては解らない事の方が多く、詳しく現地で調べる必要があると言ってユウヒの名前を出す。ユウヒよりもこういった事は育兎の方が詳しいと思っていた政府の面々は驚いた様子を見せ、単色の瞳を細めるメーフェイルの前で石木はユウヒに声を掛ける。
「可能性はあるかなぁと言った感じですね」
「お願いできますか?」
「何もしないと言う選択肢は無さそうなんで……」
いろいろな感情が混ざり、なるべくならユウヒに頼らない方法を、そんな感情を透けて見せる石木に苦笑を洩らすユウヒは、肩を竦めながらやってみる価値はあると言外に告げ、石木の隣の画面に映る男性の問いに小さく頷くと調査を了承するのだった。
「我々からお二人を送る為のワープ艦と万が一に備えてシールド艦を出しましょう。長距離砲撃艦は念のために後方で待機させます」
「至れり尽くせりだね」
一方で、明るい気色を浮かべる日本政府の面々とその中で少数渋い表情を浮かべる者達の姿に目を細めるメーフェイルは、石木をはじめとした者達の懸念を少しは減らしてあげようと笑みを浮かべ護衛艦を派遣すると言い。彼女の言葉と表情を見詰めていた育兎は口笛でも吹きそうな表情で笑うと、至れり尽くせりだとメーフェイルに声をかける。
「ですが、敵の砲撃は戦艦の主砲と大差ないエネルギー総量と砲台の量による速射性が高いので、シールド艦でも慢心は出来ません。なるべく安全に短時間でお願いします」
一見にこやかに話す二人であるが、見るものが見ればお互いに牽制し合っていることが見て取れていた。胃に痛みを感じる政治家がちらほらいる中、特に喧嘩する気の無いメーフェイルは謙虚に、しかし棘を残す様に言葉を選ぶ。
短距離、中距離、長距離と自由にかつ複数の艦を同時にワープ移動させることが出来る深き者のワープ艦、さらに現在居住艦となって陸に固定されている艦種と同じ艦隊の盾であるシールド艦、それらの後方には万が一逃げる場合に援護射撃を行う長距離射撃艦隊。アメリカの予想ではどの船もその一隻でアメリカ自慢の空母打撃群を無力化できるとされ、そんな船が三隻も護衛に着くとなれば至れり尽くせりと言う言葉も理解できる。
「そこはまぁ頑張るとしか言えないかなぁ……」
それでも尚、リトルムーンの調査には危険が伴うと言われ会議に参加している面々は画面の中で難しい表情を浮かべた。本来なら調査拠点を用意してからと言う話であったが、その拠点もまだ半分ほどしか稼働しておらず、それでも尚強行する以上は育兎も絶対の安全は保障できない。
「最悪の事態も考えると……」
「そうだねぇ……そのままぁって可能性もねぇ」
その所為で明華とちょっとした事件があったのだが、内容はいつも通りなので割愛するとして、刻一刻と最悪の状況に進むリトルムーンにはユウヒも嫌な予感を感じており、二人は事前にいくつかのパターンで行動方針を決めていた。
『んん?』
そのうちいくつかはとても政府の許可が出るものでは無く、今この場で言う事は憚られる。二人がなんとも言い難い表情を浮かべ言葉を濁したことで会議に出席する政府関係者も深き者も眉を寄せ、なんとなく嫌な予感を感じた石木はお腹を軽く手で押さえ、メーフェイルは護衛艦に使う船の他に緊急出動可能な船が無いか、カメラの外で確認し始めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
突如姿を現すリトルムーン、そして迎撃されるアメリカの衛星。明華の激怒を宥めようやくユウヒの出番の様だが、果たして彼はそこで何を見る事になるのか、次回も楽しんで貰えたら幸いです。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ求めつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




