第三百二十九話 異常振動
修正等完了しましたので投稿させてもらいます。楽しんで頂けたら幸いです。
『異常振動』
世界のどこかで重大事件の主犯であるコプレスが新たな余罪の疑惑でローン兄妹に搾られて連日悲鳴を上げている頃、異常気象が続く日本には大きな台風が接近しており、ユウヒの部屋も風と雨で揺れていた。
「よし設定完了!」
「またでかい装置だな……」
そんな天野家にずぶ濡れすっけすけの白ワンピース姿で育兎が現れたのは2時間ほど前、嫌な予感を感じて自室から玄関に降りて行ったユウヒは、能面の様な表情の明華に無言で摘まみ出されそうになっていた育兎を回収して風呂に入らせたのであった。そんな育兎は持ち込んだ荷物を組み上げ、ユウヒの部屋にミドルタワータイプのパソコン三台分ほどの大きさの装置を作り上げている。
「そう言わないでよ、パソコンとか色々兼ねてるハイスペックな通信親機なんだから」
「うーむ」
設置完了と言いつつまだ弄らないといけないものがあるらしく、タブレット端末を片手に調整している育兎。彼が言う様に設置された装置はユウヒのパソコンとも繋げられた状態で稼働しており、その必要性を理解しているユウヒも邪魔だとは言えず、しかしその圧迫感には唸らずに居られない。
「これも娘の為だよお父さん」
そんな大きな装置が何のために必要なのかと言うと、ユウヒの新しい娘であるアン子と連絡を直接取る為である。月よりもずっと離れた場所で地球を追いかけるように公転する人工天体と、秘匿性を維持しつつタイムラグ無く通信をするには地球の技術では不可能。それ故に様々な技術を盛り込みユウヒの魔法と魔法の道具も組み込んだ装置は、彼ら以上にアン子の悲願である。
「ウェルダンでおk?」
「やめてよね! 洒落にならないんだから!」
育兎の技術力には感謝しているユウヒであるが、妙に含みのある笑みを浮かべた友人の表情には不快なものを感じたようだ。視線を育兎から外すユウヒは、小鳥を指先に止まらせる様に人差し指を伸ばしニッコリと笑みを浮かべると焼き具合を問いかける。その瞬間彼の指先には線香花火が火花を出す様な音が鳴り始め不自然に火の粉が舞上がり始めた。
「そんで、この子機を持っていけば言い訳だな?」
「うん、そっちはただの通信用だからね、それでも世界を飛び越えて通信可能だよ! ……まぁ同調世界間だけなんだけど」
育兎にも精霊を見る事が出来る目があれば、ユウヒの指先で歯を見せる様に笑う火の精霊が見えたであろう現象は、ユウヒが視線を指先に送るとすぐに消失、何事もなかったかのように話し出す彼の姿に息を吐く育兎は、通信機の仕様について答えていく。
「どう言う事?」
部屋に置かれた大きな装置は親機であり、ユウヒが手に持った200mlの牛乳パックほどの大きさの子機との間で通話ができるようだ。それはアン子とだけではなく、異世界に居る一号さん達とも可能であるらしいが、その機能は限定的なもののようだ。
「ちゃんと話すとすごく長くなるから簡単に言うけど、この世界と同調してるのはドームとか現地の神様とか妖怪妖精が住む世界だけ、僕の住む世界とかは完全に別個の世界で発生時期も全く違うから、言ってしまえば距離が遠いんだよ」
「ほーん?」
育兎曰く、世界にも色々種類や距離があるようで、以前に兎夏から聞かされた世界についての知識を思い出しつつ説明を聞くユウヒは、解ったのか解ってないのか、大きく瞳孔の開いた目でゆっくり首を傾げる。
「だから僕の作った装置では管理神との通話とかは出来ないってこと、彼らは基本安全のために世界の外側に居るからね」
「ん? でも俺の作ったレリーフがアミールと繋がったやつは?」
育兎の説明だと、ドームは地球を含む世界の内側に存在し、まったく別の世界や基本的に管理神は世界の内側に入ってこないそうだが、ユウヒは以前にアミールと話す事の出来るレリーフを偶然作ってしまっており、それはどういう理由なのかと首を傾げた。
「んー、その件は非常に興味深いけど。多分精巧な偶像と縁によって奇跡的にも世界間の接続線に到達したんだろうね。まぁもし他人がやって繋がっても相手側が受け取らないと思うけど」
「んー……俺が電話掛けたってこと?」
「そんな感じかな、まぁ僕には無理だね」
育兎の説明に専門的な言葉が増えて来たことで理解が追い付かなくなってきたユウヒは、それでも何とか噛み砕き確認するように問いかける。ユウヒの電話を掛けたと言う理解は概ね正しく、しかしそれは極めて稀な状況でありユウヒ以外では成り立たないだろうと唸る様に呟く。
「なんで?」
「接続線への自由接続権限があるのは管理神でも一部の役職だけだからね? 僕が勝手に弄ったら怖いばばぁにおこらへぶ!?」
先ずユウヒが接続線と言うものに触れたのは偶然であり実際に接続したわけではない。万が一にでも人間が接続線を自由に操作しようものなら、管理神が何らかの措置を行う事になり、最悪世界のどこにでも干渉できる某乙女が、現在進行形で育兎の頭にゴム鞠を落とした様に、突然制裁が加えられる事となる。
「なるほど理解、俺は大丈夫なのか? 怒られない?」
突然虚空から現れたゴム鞠に頭頂部を打ち抜かれた育兎を見て視覚的にすべてを理解したユウヒは、アミールと連絡をとれてしまった自分の事が心配になったのか天井を見上げながら不安そうな表情を浮かべ始めた。
「き、君は触れただけで弄っちゃいないから、触れる人は偶に居るんだよ? 予言者とか未来視出来る人とか……そういう意味では君もある程度の接続出来る素養を持ってるわけか」
しかし育兎のように制裁が加えられることも無く、元々ユウヒは措置を行われるような行動を行ったわけではない。世の中には意外と接続線と言うものに触れる事が出来る者も居て、触れた程度では見逃されることの方が多く、ユウヒに関してはアミールが即座に対応しているので何の問題もない。
「ん?」
問題があるとすれば、ユウヒの能力を総動員することにより接続線から様々な操作が可能と言うところであり、そのことに気が付いた育兎は不思議そうに眉を上げる目の前の異常の塊に肩を竦めて見せる。
「まぁ自由に使えるのとではだいぶ違うから見過ごしてもらってるんじゃない?」
「自由に使うと何ができるんだ?」
熱を帯びた様に痛む頭を摩る育兎は、本当の事を伝えることなく見逃してもらえていると話し、ユウヒの質問に対して僅かに眉を顰めると少し考えながら口を開く。
「そうだなー好き勝手にいろんな世界に行けたり、あとドームみたいに異世界を無理やり別の世界にくっつけたり」
「へぇ……ドームを異世界に? 何の役に立つの?」
全てを話せば良くない未来に繋がりかねないと思い、話しても特に問題ない部分に触れる育兎曰く、接続線と言うものを使う事で自由に別の世界に移動したり、ドームみたいなものを無理やり別の世界に出現させる事が出来ると言う。実際にアミールは異世界ワールズダストから伸びる接続線を使って、地球の日本にあるゴミ捨て場のダストボックスを異世界への転送装置に作り替えたのである。
「んー世界を乗っ取るとか?」
嫌な記憶が浮き上がって来そうになるユウヒは、別の事を考える事で心の奥底にゴミ箱の記憶を封印すると、ドームを作ることが何の役に立つのか首を傾げて見せ、そんなユウヒに育兎は視線を彷徨わせると、パッと思いついた言葉を口にするのだった。
育兎の思いついた利用方法に妙な予感を感じたユウヒが天井を見上げて目を瞑り、その表情を見た育兎が何かを察した様に口を真一文字に閉ざし妙な汗を流し始める一方で、彼が作った通信機の届かぬ遠い世界の外側では問題が発生していた。
「駄目です制御を受け付けません」
「極小世界尚も速力を上げて前進、該当世界への予想接触時間まで残り1200カウント」
「第二妨害膜接触、効果なし妨害膜の消滅確認」
室内競技がいくつも余裕で行えそうな室内に広がるのは複数の宙に浮かぶ巨大なホログラムモニター、簡略化された図形の集合体からはどこのどの様な様子を示しているのか見た目では理解出来ないが、何かが迫って来ているの事は飛び交う声から分かる。
「くそ! 何なんだあの世界は」
座席が並ぶ一画の上座に座る男性は、頭の周りに浮かべた光る輪を感情で乱しながらモニターの一点を見詰め、その理不尽な動きに悪態を吐く。
「無人世界を加工したものと思われますがデータにありません」
「データに無いってことはないだろ」
彼らが阻止しようとしている移動物体は無人の世界を加工した何かであるようで、当然そんなものを相手にする存在と言えば管理神以外に居ないであろう。しかし彼らからしても現在相手にしているものは理解が及ばない様で、膨大な管理神のデータ上にも存在しない様だ。
「該当するデータ見つかりません」
「特殊事例か……またAの氏族絡みかもな」
途方もないデータも対象の照会であればすぐに終わる為、念の為にと何度目かになるデータ照合を最新の情報をもとに行うがやはり該当するものは無い。そうなると現在対応している世界の加工品は初めての事例と言う事であり、そう言った事件の中心には一つの氏族が関わっている事が多く、上座の一段下で作業を行っていた年老いた男性は渋い声で呟く。
「第二艦隊危険域、撤退を開始」
「第三艦隊前進します」
老人の言葉に上座の男性が顔を蒼くする間にも事態は刻一刻と進んでおり、世界の加工品を阻止するために展開していた艦隊の一部が阻止限界を超えたために撤退を開始、後方に詰めていた別艦隊が撤退補助と阻止行動のために前進を始める。
「妨害膜はあといくつある」
「残り3セット、全て予想針路に展開済みです」
巨大なモニター上で散開するように撤退を開始する第二艦隊の姿を見上げていた上座の男性は、常に状況を声で伝える女性達に問いかけ、返ってきた状況説明に難しい表情を浮かべると第三艦隊と阻止対象との距離をモニター上に大きく表示させた。
「極小世界さらにしゅう……爆発! 超極小化と加速を確認、第三艦隊接敵します」
第三艦隊に打開策となる指示を出す為に上座の男性が口を開こうとした瞬間、世界の加工品を示す表示が一時ロスト、続いて女性の鋭い声が響くとすぐに第三艦隊と阻止対象の距離がほぼ無くなったとモニター上の表示が更新される。
「これは不味い、全艦隊予測針路より離れろ! 妨害膜そのまま」
「全艦隊へ通達極小世界予想針路より撤退せよ、繰り返す予想針路上から撤退せよ」
阻止対象と接触した瞬間から次々とロストして行く管理神の第三艦隊、阻止対象の反応はさらに加速すると第三艦隊を食い散らかして予想進路を綺麗になぞりながら突き進む。その先にはまだ複数の艦隊が阻止作戦の為に待機しているが、上座の男性はすぐに事態が想定以上に危険な事を理解して最低限の阻止だけを試み全艦隊に撤退を指示した。
「本部に連絡、第二次阻止作戦失敗……第三次作戦部隊にデータ転送後、撤退を促す」
「……了解!」
慣性の力によって僅かに感じる横向きの力に息を吐いて座席の背凭れに体を預ける男性は、上座から見える複数の不安そうな表情に苦笑で返すと、疲れた様な声で次の指示を伝え、悔しそうな了承の声に眉間を指で揉み込む。
管理神の異常事態阻止艦隊の司令官が作戦の失敗を上層部に伝えてから数時間後、地球の天野家は揺れていた。
「ん? 揺れてるか?」
「あらやだ地震?」
「んー?」
勇治の浮気がバレて明華の怒りで一家が揺れているわけではなく、物理的な揺れを感じた家族は同じような動きで天井を見上げる。
「隠れなくて大丈夫?」
「ははは! このくらいなら家は大丈夫だ!」
ゆるゆると揺れ始めて次第に強くなる揺れを前に不安そうな表情浮かべる流華は、思わず隣の兄の服を指先で掴み、そんな彼女の不安の声にユウヒより早く勇治が笑って問題ないと断言し、そんな父の姿に流華は少し安心した様な表情を浮かべるが指先はユウヒの服から離さない。
「んーー」
「そうねぇ変よねぇ?」
一方で勘の良い二人は今感じている揺れに違和感を感じて視線を合わせ、気持ち悪そうな表情で唸るユウヒに明華はニッコリとほほ笑みながら頷き、今感じている揺れが変であると言う。
「お兄ちゃん?」
「んーこれ地震じゃないかもしれ、ん? はいもしもし?」
勘の良い二人が揃って可笑しいと言い出したことで不安が戻って来た流華は、抓んでいた服を引っ張りながら隣の兄に声を掛けるも、視線を合わせて説明している途中でユウヒを電話に奪われる。
「そうなのか?」
「嫌な感じだわ、でもきっとユウちゃんが何とかしてくれるわよ」
一方で、勇治は特にいつもの地震との違いに気が付かない様で、愛する妻に声を掛けるも特に焦った表情も無く、いつもと変わらないニコニコとした表情でユウヒを見詰め話す姿に、彼は鼻から息を吐いて肩に入った力を緩めた。
「ならいいか」
「え? 月と地球の間? に、ドーム??」
「……いいの?」
明華が問題ないと言うなら何の問題もないだろうと肩の力を緩めた勇治であるが、電話口で妙な事を言い出すユウヒの言葉に目を見開くと、不安そうにする流華と目を合わせ、そのままもう一度確認するように二人で明華を見詰める。
「……お母さんじゃ手が届かないわ」
二対の視線を受けて目を瞬かせた明華は、同じ表情を浮かべる二人を見比べると可笑しそうに微笑みながら肩を竦めると、両手の指を組んでテーブルに肘を付いてその上に顎を載せじっくりとユウヒを見詰めた。どこか眩しそうでどこか寂しそうな表情を浮かべる明華は、左右から視線を受けながら嬉しそうに呟く。
「わかった。……ん? 明日仕事になったけど、どした?」
明華の表情を見て目を丸くした勇治と流華は、そのままユウヒの広い背中を見詰め、振り返ってキョトンとした表情を浮かべて首を傾げる姿に勢い良く首を横に振る。
「無理しちゃだめよ? 石ちゃんが変なこと言ったらすぐ連絡しなさい? きゅっと絞めてあげるから」
ユウヒから訝しげな表情で見詰められた二人は、慌てて視線を逸らすと顔を隠す様な姿勢のまま思い思いに唸りだし、そんな二人を横目にユウヒへ無理はするなと言う明華は、どんな未来を感じ取ったのか目の前に置いてあった布巾を指でつまみ上げると徐に捻じり始め、石木に変な事言われたらすぐに連絡するようにと笑い話す。
「そんな、布巾をミチミチ言わせながら言われても……」
妙な家族の様子に若干の困惑を覚えるユウヒは、とりあえず何が言いたいのか理解出来る母親に目を向けると、呆れた様にツッコミを入れながら布巾の安否を気遣うのであった。
いかがでしたでしょうか?
地震の様な振動に不穏な気配を感じるユウヒは、なにやら仕事が入ったようだがそこで何を聞かされるのか、次回もお楽しみ。
読了ブクマ評価感想に感謝しつつ求めつつ今日もこの辺で、また会いましょうさようならー




